第四十話 石切場の戦い2
塔には過剰な量の魔法と矢が飛来する。破壊できないのを理解したらしく、作戦を変えてきたのだ。
攻撃距離も有効距離もこちらの方が長いが、屋根や壁に引っ切り無しに音をたて、あちらこちらで揺れが生じる。確かに壊れはしないが、酷く集中を掻き回される。
「射手は見えるか?」
積まれた岩の隙間から偵察を続ける兵士が口を開いた。
「見えた。大岩から斜右、20mに射手の一団、数は――」
報告を終える直前に岩の隙間から入り込んだ矢は、兵士の眉間に突き刺さると、頭蓋骨を貫いた。
力なく倒れた兵士の手からラウンドシールドが、甲高い音を伴って床へと激突した。
「おいッ!!」
しゃがみ込み体を揺らすが、手足は垂れ下がり、額からは赤い筋が垂れる。即死だった。
矢が飛来したのは、最後に報告を入れた一団からだ。引っ切り無しに矢を撃ち込んでいる。
「あいつらか」
それだけこの塔が脅威なのだろう。だが、追い詰められているのはこちらの方だ。
無言で槍を受け取ると、助走を付けて投げ込む。鋭い弧を描き、目的の集団に突き刺さると、周囲を巻き込み爆発する。
矢と弓が爆風で空中に投げ出され、爆炎は赤と茶色に塗れ、辺りに拡散する。
無事な兵士も無事ではない兵士も、飛散した血で汚れている。中には、臓物を踏み、転ぶものもいた。
幾人もの人間が倒れ、立て直しを図ろうとするが、そんな隙を待ってやる余裕も優しさも今の俺には無かった。
救助を続ける兵に向けて、投擲を続ける。今度は投石だ。
剣で斬り合うよりも胸糞悪い光景が眼下で繰り広げられ、兵士が助けを懇願する絶叫が響く。
「ぐっ」
「ふ、ファイアーボールだ!!」
覗き窓から炎が踊る。威力を考えれば、火属性魔法のファイアーボールに間違いない。射程ギリギリから放たれた為か、塔を僅かに震わせはするが、倒壊させるほどのものではない。
「全員無事だな!?」
仲間の危機を救う為か、距離を詰めた魔法使い達が魔法を放ってきた。姿勢がぶれる。歩兵の中に隠れ、位置を特定できなかった奴らだが、勇敢にも詰めてきたのが仇となった。
「大岩から左に15m、服装同じだが、杖を隠し持ってる。今も左に移動中」
兵士の報告のターゲットを確認するために、身を乗り出す。アロースリッドから入り込んだ一本の矢が盾に弾かれ、頬の横を抜けた。
反射的に弾かれた矢を視線で追うとするが、無駄な行為だと悟り、意識を眼下に向ける。
「あいつか」
腕を伸ばすだけで、槍を与えられる。繰り返される投擲にて一種の投擲機構が人間によって構成されていた。
左手を突き出し、数歩の助走を伴い槍は放たれる。風を切り裂く金切り音を立てながら、槍はそいつをとらえた。
咄嗟に気付いたのか身を捻ったせいで、槍は目標の下腹部ではなく右ふくらはぎを抉るだけで終わった。追撃をしようにも倒れ込んだその姿は、周囲に立つ兵士達に隠され、見ることはできない。
何百回の投擲により何処を狙えば効率的かは嫌という程学んだ。多少の装甲も貫通する槍ならば、狙うべきは下腹部だ。
血流が多く、重要な臓器も多い。何より外れたとしても刺さる場所は、陰部か太ももだ。どちらも傷付けば大出血は免れない。
安否など不明だが、時間がない。目標を急造仕上げの砦へと迫る兵士達に向ける。
狙いなど不正確でも外す方が難しい。ただ、押し寄せる歩兵に対しては、幾らでも取れる石を使う方が効率的だ。塔への運搬も魔法袋を利用すればスムーズに進む。
果実の様に籠に詰め込められた不揃いな石を拾い上げ、すぐさま投げ付ける。
放たれた石はマグリス兵の頭部にめり込むと、直ちに行動を停止させた。
「がッ――」
兜の上からだったので、一時的な脳震盪かもしれない。それでも余裕のない周囲の兵に踏まれれば、良くて打撲、最悪は圧殺されるかもしれない。
「狙われてるぞ」
周囲のローマルク兵は、それに気付いたらしく視線を塔に向けるか、一瞬気をとられる。そんな致命的な隙を見逃すはずも無く、アルカニア兵達は腹や、首に獲物を突き刺していく。
「目の前に集中だ。上は弓手と魔法使いに任せろ!!」
慌てて斬り合いに興じる兵士達の頭上からは、俺を含む投石兵の投げ物が降り注ぐ。致命傷や傷を受け無くともその衝撃は、ダメージを与えて防具を傷つける。
「鬱陶しいクソどもが!!」
痺れを切らし、シールドとロングソードで力任せに踏み込んだローマルク兵を迎えたのは、鋭利なショートスピアだ。
首にぽっかりと空いた穴を理解できないと触れたローマルク兵が崩れ落ちる。大きさとしては約175cm、総重量80kg程度の障害物が防壁に新たに生まれた。
多少の誤差はあるものの、戦場の至る所で、いずれは冷える生暖かい壁が作られていく。
こうなると困るのはローマルク陣営だ。戦死者が増える上に、前線に障害物を生み、足場を悪くする。つい何秒か前は、戦友だった物を踏むのは心地が良いはずもない。
この状況を支えている一因は、紛れもなく俺だった。
侮蔑・憎悪・恐怖あらゆる負の感情が眼前で繰り広げられていた。休む訳にもいかない。俺の一投で、兵士が優勢に相手と戦えるのだ。
数は幾らでもいる。ローマルク側はこちらの数倍いる。1人倒れれば、誰かが2人倒さなくてはいけない。
首元に直撃した投石は、マグリス兵の鎖骨をへし折ったらしく、それまで支えていた盾がダラリと下がる。右手のロングソードだけで、国王派の兵と渡り合わないといけない。
勿論、敵も黙ってやられてはいない。投げ付けられた石を投げ返すものもいるが、時間当たりの投石量が違う。
一つ投げ返す間に3、4もの石が降り注ぐ。そのうち投げ返すのを止め、防御に徹するか、投石に怯えながら斬り合いに興じる事になる。
敵の射手も負けじと中・遠から攻撃を繰り出すが、堅牢な岩石と高低差を覆すまでには至らなかった。
ローマルク・マグリス兵の前列が上下からの攻撃で激しく消耗する。ここで言う消耗は文字通りの兵士の血肉と命だ。流れ出た血とぶつかり合う人で大地が見えない。
「狂気がかってる」
塔で補助を行なっている兵士が言葉を漏らすが石を運ぶ手は止めない。
それでもローマルク・マグリスの兵は攻めるのを止めなかった。
敵は消耗覚悟で全面の一斉攻撃に出たのだ。前線で何人息絶えようが、足場が土から肉と鉄に変わろうが関係が無い。
組織された武装勢力は盗賊や傭兵、国など様々だが、命令に忠実に職務を果たそうとする組織は見た事がない。こうなると敵の目的が達成されるまでは止まらない。
敵の消耗が限界を迎えるか、こちらのラインが崩れるのが早いかは、微妙なところだ。
「はぁ、はぁっ、ぁ――ぐ、うぅう!!」
両手で人間の胴体程度の岩を投げ切った所で、限界を迎えていた筋組織が一斉に断裂を迎えた。意味のない言葉の羅列を口にして痛みに耐える。
奥歯が歯軋りし、呼吸が荒れる。
この日だけで既に1200回を越す投擲を行い、指先はグローブ越しに皮膚が破れ、爪はとうに割れていた。ここに来て更に、肘の靭帯の断裂ときた。
目を見開き呼吸を整える。痛みに慣れどうなるかは経験済みだ。
内出血により指先から肩甲骨まで赤黒く鬱血した右手が、疼いた。焼鏝を当てられた様な痛みを伴い、血液が急速に流れていくのが分かる。
スキル、《異界の治癒力》と《暴食》が入り混じり体を急速に治癒させていた。本来であれば年単位、治るかも分からない断裂も、ものの十数秒で治っていく。
兵士の一人をぼんやりと眺める。鍛えられ肉付きの良い、体だ。齧れば歯応えが楽しめるだろう。
「シンドウ、おい、シンドウ!!」
涎を垂らし見つめていると、別の兵士が肩を揺らした。
「早く食べろ」
黄色がかったブロックの様な物を渡された。いや、口の中へと押し込まれた。小麦、油、塩を押し固め焼いた携帯食料だ。
続いて、同じ携帯食料を矢継ぎ早に渡される。ヒトの指を3、4本纏めた大きさのそれを鷲掴みにすると、纏めて口に放り込む。
最初は、砂の様な感触、続いて口の水分を奪うと粘土の様な粘りが生まれる。感触も味も数ある携帯食の中で、最低だ。
口に張り付いて飲み込めないそれを渡された水で流し込み、同様に数度続ける。
「落ち着いたか?」
「ああ」
食事に関しては最初は驚かれたが、スキルの反動で必要なものだと理解した兵士達の詮索はなかった。
「それじゃ次に行くぞ。次の目標は……」
このやり取りも慣れたものだ。筋組織の断裂と異界の治癒術の発動は、手順化されていた。
スキルや状況に違和感があったとしても、人は迫る脅威の方が重要だった。
食事というには余りに寂しい手順を終わらせ、仕事に戻る。相手が休まないのだ。こちらが休む訳にも行かなかった。