第三十七話 死虫の祭典
荷馬車がオサの陣地を抜け、リュブリス東北部最大の領主であるターニス・グラントの陣地に入ったところで、両軍は戦端を開いた。
それも中央や片翼だけではない。1箇所で戦闘が始まると連動するかの様に、あらゆる前線で戦闘が始まった。リュブリス東北部で攻城部隊を奇襲や森林での追撃戦の規模が子供のお遊びに見える。
数万同士の決戦は大気を震わし、地形すら変えつつあった。
「こりゃ良い。ターニスが優勢じゃねぇか」
荷馬車を進めながらも御者台から戦場を窺っていたハンクが嬉々とした声を上げた。
「ターニスの重装騎兵が敵の騎兵を食い破ったね」
「リュブリスでも文武に優れた英邁と名高い領主様ですからね」
女子組は屋根に上がり観戦武官の様に戦場を眺める。三人同時に屋根に登ると屋根が軋む為、俺は荷台から身を乗り出し、観戦している。
軽装騎兵を蹴散らしたターニス重装騎兵隊は、そのまま敵の歩兵の側面を突いた。小集団が槍衾や魔法で突撃を阻止しているが、《シールド》と魔法の集中砲火で迎撃は失敗した。
「火力と装甲、まさに戦車だな」
「戦闘用馬車ですか?」
屋根から顔を覗かせたリアナが不思議そうに尋ねてきた。
「いや、俺の世界にあった兵器の事だ。重さは4、50トンの鉄の塊なんだが、馬よりも速く動き、不整地も平気で突破する。2、3km先の相手に上位攻撃魔法に匹敵する威力と貫通力で撃ち込むような兵器だ」
リアナは何かを考えた後に、理解ができないとばかりに呻り首を引っ込めた。
「駄目だよリアナ。ジロウが時々言う変な事はスルーしなきゃ」
「そ、そうですね。失念してました」
「嘘じゃないからな!! ヘッジホルグにだって——」
「ヘッジホルグがどうしたの??」
研究所の事故を巡る戦いにアーシェ達は参加していなかった。何処ぞの帝国時代から転移してきた88mm高射砲の名前を挙げそうになったが、あの主任研究員には迷惑を掛けられない。
その上、情報漏洩をしたとなればヘッジホルグから追っ手を差し向けられる。沈黙こそが金なのだ。
「ぐうぅ、なんでもない」
話題は直ぐに戦況へと戻った。ローマルクはマグリス兵の増援を受けるようだが、重装騎兵が陣地ごと本陣を潰す方が早そうだ。そう呑気に構えていると異変が生じた。
「なにあれ!?」
真っ先に反応したのはアーシェだった。戦場に七つの火柱が立ち上がると、竜巻がそれを巻き取ったのだ。
「大規模魔法か!!」
「まさか火炎旋風ですか」
凝視していたリアナがぽつりと呟く。反応をしたのはハンクだ。
「だが、あれは死んだ勇者の末裔の……」
ハンクは納得がいかない様だ。不吉なワードが幾つも聞こえ、顔を顰める。それはアーシェも同じだった。
「人馬が焼ける臭いがする。それも凄い数」
俺だって人馬がメインのバーベキューなど御免だが、嗅覚が優れたアーシェにとって嫌悪感は俺の比ではないだろう。尻尾と耳がぺったりと垂れ下がっていた。
「こいつはまずいぞ」
先程まで優勢だったターニスの軍勢は、砂上の楼閣の如く崩れ去っていく。武装集団の大波が迫っていた。
「敵の逆襲で前線が崩壊しています」
重装騎兵は抵抗も虚しく散り散りとなり、歩兵大隊も瓦解を如何にか防ぎながら後退を続けている。そして本陣のある陣地まで押し返されていた。
「ハンクッ!!」
「道が悪い、飛ばせば車輪や車軸が折れる」
既に荷馬車は精一杯の速度を出していた。不意に陣地の一角が破られるとアルカニア兵とマグリス兵が入り混じりながら溢れてくる。
「くそ、冗談じゃない」
それぞれが荷馬車から飛び降り、護衛を始める。
重要な物資か人を運んでいると勘違いしたのだろう。アルカニア兵を抜けて敵兵の集団が現れた。
弁解したところで、本陣の一部に居る荷馬車を逃しはしないだろう。
スローイングナイフを引き抜くと、魔力を込めて投擲をする。敵兵の肩に突き刺さった短刀は内包する魔力を解放した。
直撃者の上半身が消し飛び、側に居た数人が破片により負傷する。ひとりは爆炎か破片で眼球を傷つけたのだろう。顔面を押さえて、ふらふらと戦場を歩き回っている。
慈悲も容赦も出来るほど余裕など無い。
「炎弾よ敵を焼き尽くせ」
無詠唱で火球を放ち、次々とスローイングナイフを投擲して、突破口をこじ開ける。投擲と魔法を前に、20人程の集団が沈黙した。
周囲に散在した敵兵は、思わぬ爆発に浮き足立ったところをアーシェとリアナに刈り取られた。このペースならば石切場経由の道までたどり着ける。
俺が荷馬車より先導して、敵を仕留めていくが、減るどころか敵の量が増えていく。
気づいたのはリアナだった。
「シンドウさん、目立ち過ぎです!!」
必死になって敵兵を排除した事が裏目になりつつあった。有力な火点と空間を見つけたアルカニア兵が退避してきたのだ。中には反撃に転じる者まで居た。
戦場で使えるものは使い、縋れるものは縋るのは鉄則だろうが、敵方からしたら陣地を蹂躙する上で、この上なく目障りな障害物と化していた。
「固有能力持ちだ。しかも無詠唱魔法まで使うぞ」
「あの荷馬車を潰せ、立ち直らせるな!!」
中隊規模の集団が俺達目掛けて襲い掛かってきた。
「無理ぃ、この数は捌けないよ!!」
アーシェの周りでは鉄の暴風が発生していた。大剣で武具ごと叩き斬り、片手で死体を掴むと近寄る敵兵目掛けて振り落とす。
武器を失い抱き着こうとした兵士だったが、胴部を前蹴りされると、嘔吐物を空へと撒き散らしながら地に伏せた。
「アーシェさん、興奮し過ぎです。《獣化》してますよ。抑えて下さい」
そう言うリアナも4人目となる敵兵の首をソードブレイカーで毟り取った。リアナは自身に《回復魔法》を使い続け、全力を出し続けている。
あまりに多くの血肉を嗅ぎ、大剣で葬ったせいでアーシェの毛は逆立ち筋肉が隆起していた。数度見たことがあるが、ああなったアーシェの膂力は獣人でもずば抜けている。
「獣人!? まさか冒険者に偽装したバルガンの顧問団か」
「まともに撃ち合うな。間合いの外から削り取れ」
射手の集団が視界の端に映る。アーシェに弓を射る気だ。死体や大剣で弾くだろうが、撃ち漏らしもあり得る。
落ちていた短槍を足で拾い上げ、逆手で掴み投げ付ける。そうして射手の足元に突き刺さった短槍は、魔力を解き放った。
短い悲鳴と共に、弓はへし折れて射手は負傷を負う。アーシェを狙う矢は防げたが、それでも何処からともなく荷馬車を目掛けて矢が飛んでくる。
「か弱い善良な商人目掛けて矢を射るなんて、何処の何奴だ!!」
いつの間にか拾ったのか、ハンクはラウンドシールドでしっかりと頭を隠していた。
崩壊寸前とは言え、アルカニア兵が持ち堪える箇所は幾つもある。このまま火力でゴリ押しし、石切場の輸送路まで辿り着けば、逃げ切れる。
淡い期待を抱いていた俺の耳に、その声は届いた。
「あ。ぎぃ、うてゃはは、いぃえ」
背筋に悪寒が走り、本能がそれを拒絶する。《生存本能が》真っ赤なアラートが脳内中に響く。認めたくないその名を叫ぶ。
「あ、アルカストラネか!?」
「なんだ、そのなんとかとらねってのは」
まだ余力のあるハンクが俺の言葉を拾う。3人はアレと戦っていないから脅威を理解していない筈だ。
「ヘッジホルグに居た死虫だ。死体を巣代わりに乗っ取り、動かす。頭を潰せ、大体はそれで死ぬ」
「大体は!? こら待てジロウ!!」
二度と遭遇したくない魔物の上位五種に食い込むであろう一体が其処に居た。しかも複数体、他の兵士には目を向けず、俺に飛びかかって来る。返答する余裕は無かった。
マグリス兵に擦りつけようと位置取りを行うが見向きもしない。不要になったマグリス兵にスローイングナイフをプレゼントしながら、思案する。
見境の無い連中の筈だが、どう言う訳か、ローマルクとマグリス兵を襲わない。殺すしかなかった。
先頭は俺の胸までしかないドワーフだったが、背が低い代わりに厚みと幅は尋常でない。編み込んだ髭と髪、岩の如き腕が目に映る。
初めて見る人種をいきなり葬る事になるとは——
居るとしたらクソの塊である神を呪いつつ、身を覆う大盾とモーニングスターを構えたドワーフ目掛けてスローイングナイフを投擲する。
死虫の巣となったドワーフはそれを大盾で受け止め、目論見通りに爆ぜたが、結果は不十分だった。
頑丈な大盾の一部は食い破り、半身に破片を食い込ませたが、それで止まる死虫では無いのは把握済みだ。
大盾は優れた防御力を持つ反面、機動性と視認性が著しく悪い。投擲を警戒してだろう。俺の上半身を舐めるように睨みつけていたが、自身の足元は無警戒だった。
「炎よ、我が壁となれ」
足元から伸びた炎壁はドワーフの全身を包み込んだ。筋肉が溶ければ流石には動けず、燃焼により酸素を奪われ、ドワーフは動かなくなった。
素体が良いのだろう。研究所に居た個体群よりも遥かに強力だった。
続いて現れたのは黄金に輝く髪、それに髭が繋がりまるで獅子のたてがみの様だ。巨体を誇る鬼人すら上回る体格は、重厚な筋骨に支えられ、それが推進力へと変わる。
「でかい上に速いッ」
一歩の距離が鋭く速い。まるで空を飛ぶ様に進路を小刻みに変えながら、こちらに向かって来る。
「ジロウ、そいつは獅子族だ。近づけるな」
ハンクからの有り難い進言を頂いたが、スローイングナイフは当たり前の様に避けられる。続け様に放った火球は、進路上で爆発した。
(味方を盾にしやがった)
盾代わりに負傷したマグリス兵で、火球の直撃を避けたのだ。間合いが詰められると火球も爆散型の投擲も自爆覚悟でなければ使えない。
深傷を負い戦場で《暴食》が発動すれば、何が起きるか、リュブリスの森で学習している。
牽制のスローイングナイフを投擲しながら魔法を放つ。
「水弾よ敵を薙ぎ払え」
距離は詰まり、火球よりも速度の速い水弾だが、しなやかな身体で上体を逸らしながら滑り込まれ、避けられた。
「ちっィ、虫の癖に良い反射神経してやがる」
獣人でも上位の身体能力か——迫るロングソードをバスタードソードで受け止めるが、一撃一撃が手を酷く痺れさせる。
上・中・下段と切り替えながら刃を交える。膂力も厄介だが、剣術も巧みだ。
鍔迫り合いでは押し込められる。離れ際に指を狙い刃を滑らせるが、手首を返して鍔で受け止められた。
「ぎっぐ、ふ、ええ、オッあ」
口からは意味を為さない言葉が漏れ続ける。だが身体能力とその技能は、生前とほぼ変わらない。
致命的な突きを弾き逸らしたが、更に踏み込んでくる。後ろに飛んで勢いを殺すが、ただの体当たりが軽自動車に跳ねられたかの威力を持つ。
自身も飛び退けたとは言え、4、5mも転がった。荷馬車から更に離れ、アーシェとリアナの負担が増える。
しかめっ面だった俺だが、着地した地面の感触を確かめ、笑みを浮かべる。
「きやがれ虫付き野良猫野郎ッ!!」
「きぃ、ぐえぇあ、いえええ!!」
挑発が通じたかは分からないが、獅子族の獣人は休むこと無く間合いを詰めて来る。
両手でバスタードソードを下段に構え、低い軌道のまま剣を振る。一歩まだ遠いが十分であった。
投擲であれば異界の投擲術の補正により達人者と変わらない動きを披露する事が出来る。
初撃で撃ち込んだ水弾により、土は泥と化していた。刃先で救い上げた汚泥を獅子の獣人目掛けて投擲する。
泥が顔面にへばり付き視界を塞ぐ、最後の位置と聴覚を頼りにロングソードを水平に振るが、俺は既に左側面に回り込んでいた。
跳躍した反動を生かし、再び踏み込みながらバスタードソードを突き入れる。獅子の獣人は、片手で泥を払い、ロングソードを斬り返して反応したが、ワンテンポ遅かった。
「これで口を閉じてろ」
突き入れた剣先は口蓋から入り込むと、喉を裂き、脊髄を完全に破壊した。
だらりと力が抜け、重さが刀身に掛かる。支えである剣先を引き抜き、崩れ落ちる獅子の獣人目掛けてバスタードソードを振り下ろす。
頑強な頭蓋骨だが、ダマスカス鋼製の重厚な刃が勝った。続く戦闘に短く息を吐く俺だったが、リアナの声に呼び戻された。
「シンドウさん!?」
荷馬車の距離は25m以上離れていた。その間にはマグリス兵の集団とアルカストラネが点在する。横の間合いからも殺気が膨らんだ。アルカニア兵は数える程度しか残っていない。
(分断された)
火点である俺と白兵戦の要であるアーシェを意図的に引き剥がしたのだ。
オサの陣地方面と石切場の輸送路でターニスの軍勢は遮断された。
魔法と投擲でこじ開けようとするが、キリがなかった。
視界の端に複数の射手が見えた。《生存本能》が喧しく騒ぎ立てる。俺は転がりながら落ちていたドワーフの大盾を拾い、しゃがみ込む。
僅差で飛来する矢が大盾と炭化したドワーフで食い止められる。
「すまんな」
ドワーフだったものに軽口を叩くが、状況は最悪だった。ハンクの荷馬車は猛攻を前に、後退を始めたのだ。
邪魔立てする敵兵に罵倒の限りが浮かぶが、体力も魔力も消耗した中で、あの数など突破出来るはずがない。
バスタードソードを鞘に戻し、大盾を背中に担ぎながら石切場の輸送路に駆け込む。
仲間の声も軍勢に紛れ、聞こえなくなった。周囲は逃げるアルカニア兵と追うローマルク・マグリス兵しか居ない。
入り口は混乱の坩堝と化していた。包囲を完成させようとする敵兵を目掛けて担いできた大盾を投擲する。
「受け取れ!!」
間抜けな敵兵は悲鳴を上げて大盾に直撃した。優に10kgを超える鉄の塊だ。それに俺の投擲術の補正まで考えれば、再び起き上がる事は無い。
周囲は死体や武具で溢れかえっていた。負け戦だ。最後の頼みである剣は捨てないが、それ以外なら手放す者も多い。
落ちていた槍を投擲して、敵兵を串刺しにすると、敗走をしていた兵士の一人が俺の足元に槍を突き刺した。
「使ってくれ!!」
『そうじゃない』と言いたいが、追撃してくる敵兵を減らす為に、間髪容れずに投擲をする。二本目はラウンドシールドごと敵の腕を貫いた。
目を輝かせたのは、周囲の兵士だった。逃げるついでに嵩張る槍や手斧を押し付けて来る。
何度目か分からない罵倒を続けながらもずるずると投擲を続け、最後尾の一員として4km先の石切場に逃げ込んだ。
【名前】シンドウ・ジロウ
【種族】異界の人間
【レベル】54
【職業】魔法剣士
【スキル】異界の投擲術、異界の治癒力、暴食、運命を喰らう者、上級片手剣B、上級両手剣A、上級火属性魔法B+、中級水属性魔法A、 奇襲、共通言語、生存本能、中級魔法無詠唱
【属性】火、水
【加護】なし
誤字脱字報告と感想ありがとうございます。
先日、朝起きて過去投稿分も含めて40件の報告があった時には三度見して驚きましたが、嬉しかったです
お礼になるかは分かりませんが、本日は一日二話の更新をさせて頂きます