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異世界デビューに失敗しました  作者: トルトネン
第六章 ローマルク帝国 マグリス独立戦争
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第三十五話 ユーラテロガ平原の決戦2

 臓腑に汚染された土埃がまき散らされ、肉の焼ける臭いが兵士達の鼻腔を支配していたが、それは序章に過ぎなかった。


 弓兵と魔法兵による削り合いの成果を歩兵達は受けながら、西部軍集団のアドムス歩兵大隊は進軍を続ける。


 大隊の直下に置かれていた弓兵と魔法兵は側面と後方に移動して尚、援護を続けているが、それは敵である歩兵大隊も同じであった。


 歩兵大隊の最前列を務めるハーリガンはアドムス歩兵大隊の中でも古参兵であり、バルガン国家群との小競り合いを何度も経験していた。


 元々アドムス歩兵大隊の主な任務は属国であるマグリス王国の監視と支援が目的だ。


 その様な関係から、ハーリガンはバルガン国家群を形成する多数の部族の背後関係や国境線に配置された部隊などには詳しかったが、アルカニア王国との戦闘は初めてであった。


 国境線でバルガンが兵を動員する動きを見せており、間違いなく今回の独立派の動きに連動している。


 ハーリガンにとって忌々しい事に、バルガンへの備えで総兵力の4割は国境線に張り付かせたままであった。


 祖国であるローマルク帝国は、五大国の中で一つ二つ頭を抜けた存在である。何かあれば勢力を削り取ろうと他の大国は必死であった。


「ぎっやぁあッ!!」


 仲間の悲鳴によりハーリガンは思考を戦場に呼び戻された。長槍を構えていた槍兵の一人が喉を抑える。柔らかい皮膚を貫通して矢が突き刺さっていた。


 口からは血が吐き出され、溢れ出た空気が血を泡立てている。


「そのまま後方に下がれ、出血が少ない。動脈は避けてる。運が良ければ助かるぞ」


 槍兵はふらつき苦しそうな呼吸音を立てて、後方へ下がっていく。進軍の邪魔ではあるが、足元で動かなくなって邪魔されるよりはハーリガンの精神衛生上マシであった。


 運が良ければ出血死か窒息死の前に回復術士に回復魔法を使って貰えるだろう。


 前進を続ける度に、負傷者は増えていく。対峙する敵軍の顔まで視認できる距離になり、ハーリガンが所属するアドムス歩兵大隊は一気に駆け足になった。


 5、6mのパイクを多用していた時期もあったが、集団の脚を乱し、衝撃力を持った攻撃魔法の使い手がここ100年で飛躍的に増加した影響で、足の遅いパイク集団は廃れつつあった。


「突き崩せぇ!!」


 指向性を持った二つの狂奔は衝突を果たそうとしていた。ハーリガンは歯を食い縛りその時を待った。


 金属の甲高い音と鈍い打撃音が瞬間的に戦場に響く。幾つもの長槍が肉に食い込むと赤い華を咲かせる。怒号・絶叫・苦悶の声が三重奏となって戦場を彩っていた。


 両軍共に長槍や短槍は繰り返し突き入れられるが、鎧や盾により弾かれる。


 ハーリガンが短槍で繰り出した5度目の刺突は、寸分狂わずアルカニア兵の喉元を捕らえた。


 ハーリガンは崩れ落ちる敵を見届ける暇など無い。それに最前線で倒れれば敵や味方に踏まれ圧死するのが道理であった。


 倒れた敵兵の代わりに後ろから新たな兵が現れた。急所目掛けて迫る槍先を同じ槍をぶつけ、回しとる様に弾く。


 敵兵が引き戻す前に槍先は敵兵を捉えたが、肩を傷付けるだけで終わった。数度槍での攻防は続いたが、頬から入り込んだ刃先が口内をグチャグチャに蹂躙すると、そのまま重要な脊髄を破壊した。


 ハーリガンに休む暇は無かった。迫る槍を防御する必要があったからだ。今までと同様の方法で防御を行うが、違和感を感じ取り、内心で舌打ちをした。


 今まで数十のやり取りをした槍先は補強ごと駄目になっている。


 戦場では、槍の幾つかは斬られ折れて駄目になっていく。それはハーリガンの槍も例外ではなく、遂に先端が破断した。


 破断した槍先を振り回してもぎ取ると、ハーリガンは間合いを無視して飛び込む。


 折れた槍はもはやただの棒であった。棒術代わりにはなるが、ハーリガンは非殺傷主義では無い。


 一突き、二突きと棒でいなしながら躱し、顔面に向けて投げ付ける。


 それと同時に腰のロングソードを引き抜き、背中に回していたラウンドシールドを前面に構える。


 槍を失ったハーリガンは付け入り易いと判断したのか、アルカニア兵は先ほどよりも力を込めて刺突してくる。


 広く脚を使うほどスペースは無いが、左右に動く分には問題はない。ハーリガンは小刻みに脚を入れ替えながら懐へ飛び込む。


 突きはその分苛烈になって行くが、敵も後退する訳にもいかない。腰を畳みながら身体を沈めると、喉を目掛けて突かれた突きを上向きに構えたラウンドシールドで頭上へと弾く。


 焦りで顔を歪ませ、槍を引き戻そうとする敵兵だったが。暴れる槍を瞬時に戻す事が出来ず、間合いを詰めるハーリガンを見て、短槍を放棄した。


 アルカニア兵は最短コースで引き抜き、下から斜めに振り上げる。ハーリガンはロングソードでそれを弾くと、脇を畳み肩を窄めながらラウンドシールドごと体当たりをした。


 尻餅を付いた敵兵は慌てて起き上がる。ハーリガンがロングソードを振り下ろすと、敵兵は崩れた姿勢のまま剣を受けた。


 ハーリガンはラウンドシールドの持ち手を強く握ると最低限の動作でシールドバッシュする。タメがないとは言え、鉄がフレームのラウンドシールドは鈍器には変わらない。


 一撃で流血を齎し、隙を作るには充分だった。そのまま三度ラウンドシールドで殴打を続け、逆手に持ったロングソードに体重を掛け、鎧の隙間から突き入れる。


「はぁ、はぁッああ!!」


 直ぐにハーリガンの次の相手は見つかった。斬り合う前に視線を左右に向ける。戦況は互角からやや優勢と言った所である。


 敵と全力で斬り合い、辛うじて斬り捨てたハーリガンは肩で息を続ける。腕も浅くではあるが関節部を斬られた。


 胴にも鈍い痛みが走る。殆どの斬撃や突きは打撲や軽い内出血で済んでいたが、最後の相手の一撃は鎧を切り破った。


 剣先が食い込んだが、脂肪と腹筋により、臓器への損傷は免れていた。


 動きに支障は無いが、腰に吊り下げていた包帯代わりの布を巻きつける。大国の一角だけあり末端の歩兵まで手強いとハーリガンは息を整え考える。


 歩兵単体の突破は難しい。今日はこのまま消耗戦を続ける事になるだろう。戦い方を切り替えようとしていたハーリガンだが、右手の方向が騒がしくなる。


 味方の斜め後方が俄かに騒がしい。素早く振り返ると、魔法を撒き散らし、地面を揺らしながら重装騎兵が突入してくる最中であった。


「まずいぞ」


 ハーリガンが所属する十人隊の内、3人の姿が見えない。姿が健在の者も大小の傷を負っている。そこを騎兵に食い破られれば、何が待っているかハーリガンは良く理解していた。






 隊の真ん中に突入した重装騎兵は、ローマルク兵の隊列に大きく楔を打ち込むとそのまま分断させた。


 アドムス歩兵大隊の側面に位置していた小隊・中隊単位でどうにか槍衾を形成しようとしたが、密集部は迂回と魔法の攻撃により完全に突破を果たされていた。


「今が好機だ。突き崩せ!!」


 背後を散々に突き崩されたアドムス歩兵大隊の内、最前線を形成していた者達にとって、最も好ましく無い状況に陥ろうとしていた。


 分断された隊を何とか立て直らせようと、指示を続けたアドムス大隊長であったが、それはあまりに目立ち過ぎた。


 重装騎兵の一隊が、アドムスに殺到したのだ。


「槍衾を組め、大隊長をお守りするのだ!!」


 精鋭である大隊長直属の小隊は素早く隊列を組むと槍衾を形成した。食い散らす筈だった重装騎兵は槍の森に飲まれ、一度に5騎が失われる。


「死馬と遺体を集めて、片側を防壁としろ。兵が集まるまで耐える」


 騎兵に撒き散らされた周囲の兵も集まり、死体で作られた即席の陣地が形成され始めていた。


「貰ったぁああああ!!」


 擦り抜けた1騎の重装騎兵がアドムスに駆け寄るが、怯む事なく槍を交差させると重装騎兵を地へと叩き落とす。


「殺れぇえ!!」


 落馬しもがく騎兵に周囲の兵が群がると血祭りにされた。槍を構え直したアドムスは叫ぶ。


「集まれぇええ、逃げれば余計に死ぬぞ!!」


 アドムスはバルガン国家群の獣人や竜騎士相手に、戦い生き抜いた歩兵の叩き上げであった。頭上から飛竜に火を吹かれ、鉄柱を振り回す様な獣人と正面から渡り合う。それはアドムスが大隊長となった今でも変わらない。


 戦場に響く、指揮官の声目掛けて、兵が集まってくる。


「集合だ。足のある者は走れ、無き者は這いずれ!!」


「大隊長はご健在だ!!」


「急げ、急げ、急げぇええ」


 死地で最も頼れる者は、妻でも家族でも無く大隊長であると兵達は本能で理解していた。


「あれだけ崩したのに、もう立ち直ろうとしているだと」


 焦ったのはグラント重装騎兵の一隊を率いる百人長であった。短期間で自身が率いる重装騎兵を返り討ちにし、周囲の兵を取り纏めながら立て直す手腕は見事なものとしか言えない。


 故に犠牲を出してでも殺さなければならぬ。百人長は短槍を掲げて叫ぶ。


「敵の指揮官を討ち取る。絶対に逃すな。続けぇえええ!!」


 30騎を超える騎馬を犠牲に200人以上の敵兵を討ち取った百人長であったが、本命である大隊長を仕留め切る事が出来なかった。


 アドムスは歩兵を纏め上げると、組織的抵抗を続けて後退を成功させた。


「側面のガービン騎兵大隊はこの短期間でやられたのか、尤も俺も人の事は言えんが」


 全滅を逃れただけで、どれほどの被害が及んでいるか、良くて半数、悪ければ三分の一まで手勢はすり潰されたとアドムスは判断していた。


 だがまだ負けた訳ではない。臍を噛んだアドムスは戦場を見据え、部下に指示を飛ばした。

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― 新着の感想 ―
[一言] どんどんつまらなくなってゆく
[良い点]  軍隊同士の集団戦闘描写に燃えます♪  魔法による戦術の変化の記述が心憎いです♪
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