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異世界デビューに失敗しました  作者: トルトネン
第六章 ローマルク帝国 マグリス独立戦争
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第三十四話 ユーラテロガ平原の決戦

 戦端を開いたのは左翼に陣を設けたディベルティア・ハイネリウス王率いるマグリス兵だった。マグリス王国軍、カールバイン歩兵連隊は、敵陣地へと突撃、急造の野戦陣地へと牙を剥いた。


 矢と魔法による攻撃は、カールバイン連隊の兵を消耗させるが、先駆けを命じられたカールバインに取っては想定内の被害だった。


 犠牲を出しながらも竹束(竹を纏め束ねた物、戦国時代・江戸時代で多用され、鉄砲の射撃をも防いだ)と大盾で矢と魔法を防ぎ、距離を詰めていく。


 多数の民兵を主力とするウェインザード兵は、野戦での運動戦に対応が出来るほどの練度は無いと、偵察と内通者から判断されている。兵の練度もそうだが血液たる下士官の数も足りていない。


 バルガン国内に逃げ延びた一部の将を除けば、現場で兵の指揮を執れる者など、バルガン国家群が派遣したとされる軍事顧問、その教育を受けた将ぐらいなものであった。


 一斉の突撃程度は可能であるとされるが、仮にカールバイン連隊を叩き潰す為に、一度出撃すれば細かい命令は効かない。


 そうなればラッセン連隊を始めとする部隊が突出した部隊を叩く手筈だったが、その目論見は成功せず、カールバインは陣地へと到達した。


「魔法が来るぞ、竹束は僅かに傾けろ、逸らせ」


 十人長の命令に兵士は足を踏ん張らせ、肩を預けている竹束を傾けた。僅かに遅れて、全身に衝撃が走った。


 兵士の聴力は爆発により、一時的に遠くなる。水を被せていた竹束には、今や折れた矢や魔法による土塊や焦げ跡が目立つ。


 先ほどの攻撃により、竹の上部が弾け飛び、半分が削り取られていた。焦る兵士だが、己に言い聞かせる。魔法兵は多くない。それに今の魔法であればもう一撃耐えられる。


 再び歩みを始めた兵士だったが、真横の兵士の竹束が弾け飛んだ。攻撃の正体は《サンドアーム》と呼ばれる中級の土属性魔法だ。


 次は自分の番かと兵士は覚悟したが、敵の陣地に火が踊るのが見えた。自軍の魔法兵が撃ち込んだ火属性魔法らしい。


 焼ける肉の臭いが鼻に付き、絶叫が耳に残る。込み上げる酸味を我慢し続けた兵士は待ち望んだ時が来た。


 友軍が敵の防御柵を打ち倒し、穴を開けたのだ。


「斬り込めぇええ!!」


 良く通る百人長の声が響くと、背中が叩かれる。竹束の後ろに控えていた仲間が、苦労を労いながら自分の出番を示したのだ。短槍を持った仲間が破れた柵を塞ごうとした敵を突き殺す。


 その隣でもシールドで殴り付けられた敵兵が地面に倒れると、兵士の仲間によりロングソードを突き入れられ、止めを刺される。


 別の兵士は柵をウォーハンマーでなぎ払う。残る柵も絡められたロープにより、引き倒された。


 盛り土と浅い空堀だけがウェインザード兵とマグリス兵を遮るものとなり、それらは容易に突破され、直ぐに白兵戦となった。最早魔法と矢の距離は去った。


 一方的に耐える時間は過ぎた。兵士は背負っていたラウンドシールドを構え、敵味方入り混じる最前線へと身を投じた。


 マグリス兵は、ラウンドシールドで叩き下ろされる手斧を受け止め、敵の盾に対し、ロングソードを突き入れた。


 金属同士が擦れる音の後、鈍い手応えを感じる。踏み込み更に突き立てると、捻りながら引き抜いた。


 糸の切れた操り人形の様にウェインザード兵は倒れる。喉を裂かれた敵兵は力無く数回寝返りをうち、息絶えた。


 斬り合う中でマグリス兵士は思う。事前で言われていた程、ウェインザードの兵は弱くない。寧ろ粘り強い。


 それも急造とは言え、防御陣地相手の戦いだ。今回の戦いは被害が大きくなるに違いない。それっきり目の前の敵に剣を振るう以外の思考を放棄すると、マグリス兵士は戦いに身を投じた。






「さて、我らの出番か」


 ターニスは自身の愛馬に跨ると、戦場を俯瞰する。先端が開かれ一刻、右翼で始まった戦いは、左翼と中央部にまで発展している。


 敵の緊急展開群は、連携の慣れていない三つの集団の分断を図っている様だが、カウフェルトが処理に回っていた。


 鬼人の強さは二つ、白兵戦と強弓だ。右翼のウェインザード兵とは異なり、ローマルクの緊急展開群は易々と陣地に取り付けて居なかった。


 当主自ら前線で動き回り、魔法と矢で浮ついた部隊を刈り回っている。


 ローマルクでも精鋭が集う中央軍集団相手に、主導権を握り有利に立ち回っているのだ。ターニスとしては癪であるが、安心して側面を任せていられた。


 ウェインザード王は、防御陣地を盾に使っているとは言え、バルガン国家群に逃げ延び軍事指導を受けただけあり、麾下の部隊を指揮して回り、戦線の決壊を防いでいる。


 対するターニスの歩兵大隊も陣地を手堅く守り、時には逆襲に出て、綻びを見せない。攻めあぐねる集団が疲弊を始める頃だった。


 ターニスは手綱を引き、体を傾けて馬の向きを変える。背後には隅々まで武具の手入れが届き、微塵の隙もない重装騎兵隊の姿が見える。


 技量・士気ともに高く、まるで噴火前の火山の様に静かに、それでいて内心は大戦を前に激しく荒ぶっている。


「我が重騎兵隊の名を、このマグリス王国へと広める時が来た。奴らに教えてやれ、本物の騎兵とは何か、本当の戦士とは何か。戦場の主役はローマルクでもマグリスでもない、グラント重装騎兵隊だ。名誉が欲しくば我に続け、出撃だああアアァあああッ!!」


 ターニスの言葉は歓喜を持って答えられた。空気が震え、大地が揺れる。走り出した人馬の暴風が戦場に生み落とされた瞬間であった。


 出陣したターニス直下の重装騎兵大隊に対し、北部軍集団麾下で温存されていたガービン騎兵大隊がこれを迎え撃とうとしていた。


 相対していたグラント重装騎兵大隊とガービン騎兵大隊だったが、正面からの衝突を不利と判断したガービン騎兵大隊が側面から食い破ろうとし、動き始めた。


 軽騎兵であるガービン騎兵大隊は、衝突力と防御力に関しては、重騎兵には遠く及ばない。だが軽装騎兵の利点はその機動力の高さと優れた持久力にある。幾ら重装騎兵と言えど、集団で横っ腹に楔を打たれたら脆い。


 お互いの尾を飲み込むような二つの軍勢は渦を巻く様に回り込み合いが発生する。


 騎馬集団を操り、速度差を操り側面に着けた。障害物の少ない広い平原だ。やはり機動力の高さで差がついたと、ガービンは歓喜する。


 いよいよ槍を突き構え、戦鎚を振り上げて隊列を突き破る瞬間であった。先頭を走る騎馬たちは、地面と空気が熱を生じるのを感じさせると、景色が爆ぜた。


「重装魔法騎兵!?」


 ガービン指揮下にもマジックユーザーは居る。牽制で頭を押さえるために魔法を使用させていた。対する攻撃魔法の反撃は乏しく、鬱陶しくも《シールド》の魔法で大半は無力化されたが、それでも幾分かの注意力と速度を殺す事に成功していた筈だ。


 それは見せかけだった。大隊が誘い込まれた事をガービンは悟った。


 こうなった原因は多岐に渡るが、1番の要因は、事前情報の無さだった。


 西部軍集団の管轄する区域の仮想敵国であるアルカニア王国の重要戦力であるグラント重装騎兵は、北部軍集団では知られていなかった。


 北部軍集団の主な仮想の敵は、バルガン国家群や黒鉄の国だ。それらの国の情報は、軍部や商業は勿論の事、権力者の私的な噂さえも収集していた。


 だが、軍区違いの仮想敵国であるアルカニアに関しては、一貴族など把握していなかった。中央軍集団の緊急展開群から一応の警告はあったものの、想定外の相手と規模により、警告の効果は十分ではなかった。


「距離を置け!! 間合いを取るんだ」


 大隊の切っ先である先頭集団が討ち死と落馬が相次ぎ、後続は迂回をする為に、速度も機会も失っていた。


 離脱を図るガービンだったが、重装騎兵の集団が大きく三つに分かれるのを視認する。意味するものなどすぐ理解できた。


 足の鈍った軽装騎兵などカモでしか無いのだ。効率良く殲滅する為に、集団を三つに分けた。


 前部、中部、後部に差し向けられ、集団を横合いから突かれたガービン軽装騎兵大隊は凄惨の一言に尽きる。


 衝突前に放たれた魔法で集団としての機能を半ば失い、敵は重装騎兵としての本分を余す事なく発揮していく。


「敵将だ。逃すなッ!!」


 敵兵はガービンを目敏く見付けた。


「大隊長をお守りしろッ!! 近付けるな」


 残り少ない周囲の騎兵はガービンを庇うが、奮闘虚しく次々と突破を許してしまう。


 ガービンは迫る魔法に耐え、飛び込んで来た重装騎兵の胸元に槍を突き返す。


「覚悟っ、うっぐ——!?」



 敵兵は衝撃に耐え切れず、そのまま馬から滑り落ちて行った。


 凄まじい重量だった。一突きした槍は敵の兵士ごと持って行かれた。予備の槌矛を取り出し、次の騎兵に対応する。


 馬に吊り下げられた鐙により踏ん張りが利いた槍の一撃は、馬の速度と兵士の腕力が加わり、恐るべき威力だった。


 金属の表層が激しく削られながら、槌矛で突きを辛うじて逸らし、そのまま重装騎兵の頭部に叩き入れる。槍で威力を殺された分、致命傷にも成らずに走り去っていく。


 二撃を退けたガービンだったが、三撃目が決め手となった。手強いと判断した重装騎兵の一人が、間合いを保てる槍で馬の後ろ足を突いたのだ。


「落馬したぞ。止めをさせ!!」


 足が縺れる様に馬は倒れ、ガービンは投げ出される。硬い地面に投げ出され、肺の中の空気を持っていかれる。


 それでも日頃の訓練の賜物で、受け身を取ったガービンは直ぐに起き上がったが、眼前に迫っていたのは槍だった。


 ガービンは咄嗟に腕で喉元と頭部を覆うと両腕に鈍い痛みが走る。まだ負けた訳ではない。


 己を鼓舞するガービンだったが、抵抗はそこで終わった。二騎目の騎馬が、鐙と太腿で下半身を固定させると、馬に対し上体を斜めに下げ、槌矛を叩きつけたのだ。


「うっ——」


 掬い上げる様に振るわれた槌矛は、兜を容易く叩き割ると側頭部から頭蓋を粉砕した。


 地面に崩れ落ちたガービンの意識は途絶え、戻る事は無かった。


 殴打した重装騎兵が元の位置に戻ると、息絶えたガービンが地面に横たわっていた。


 念の為に鎧の隙間から止めを刺し、重装騎兵は拳を振り上げる。


「聞け、敵将を討ち取ったぞ!!」


 敵将を討ち取った事を確認した重装騎兵の一人が叫ぶと戦場に広まって行く。


 本来であればガービンが戦死した段階で、階級が次点の者が指揮を引き継ぐ筈だったが、三叉に分かれた重装騎兵が指揮権の継承を許すはずもなく、部隊は四散を続けた。


 辛うじて大隊を繋ぎ止めていたガービンの死は、残された兵士の集団的抵抗を無に返した。


「敵は崩れたぞ。畳み掛けろ、逃すな!!」


 無秩序に敗走する騎兵は次々討ち取られ、ガービン大隊は投入から半刻で、戦場から存在を消した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 集団戦の駆け引き、妙味が表れていて読み進めるのが楽しいです。 [一言] 一人で複数戦をこなせる当千の主人公がいる一方で、集団vs集団がしっかり進行している。つまり主人公が生きていく世界その…
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