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異世界デビューに失敗しました  作者: トルトネン
第六章 ローマルク帝国 マグリス独立戦争
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第三十一話 再会 

 脱兎の如く駆け出した俺だったが、風属性魔法で加速したオサに行く手を阻まれた。


「あぁ、久しぶり……こんな森の中で会うなんて、奇遇だ。マグリスにはピクニックに来たのか?」


 最早逃げられない。諦めた俺は武器を収めて、久しぶりに会う知り合いの様に挨拶をする。


「よくわかったわねェ。ピクニックついでにみんなで砦を落としていたの。シンドウくんも一緒にどう、楽しいわよォ?」


 オサの声色は明るく、頬を緩ませて笑みを浮かべているが、目だけは笑っていなかった。爬虫類を連想させる目が獲物を見据えているかのようだ。


「急いでるから、遠慮しておこうかな」


 冷や汗が俺の背中に流れる。


「いやねェ。私とシンドウくんの仲じゃなイ。あんなにリュブリスで熱い夜を過ごしたのに、酷いわァ」


 オサは喋りながら歩みを止めない。引き攣る俺の顔を下から覗くように口を開く。


()()兵に蹴りを入れたり、生焼けにしたり、投げ物の的当て代わりにしたのは、ヘッジホルグかローマルクで覚えた挨拶かしらァ」


 オサは仲間の鬼人族をちらりと目にやる。そこには髪が焦げた鬼人や肩や盾に刺さった投擲物を強調する様に立つ鬼人が居た。まるで告げ口をする子供のようである。


「それともまさか……マグリス側についたのかしら、それはそれで嬉しいわァ」


 オサは笑みを止め、真顔で言った。殺気で肌に鳥肌が立つ。


「兵を傷つけたのは悪かった。金と傷薬は払う。独立派の兵かマグリスの兵か見分けが付かないから、観察していたんだ。小便を掛けられてつい、足が出た」


 追撃を防ぐ意味もあったが、小便を掛けられた恨みもあった。オサはまだ納得していない。言葉を続ける。


「道中、装備目当てにしつこくマグリス兵に襲われて、神経質になっていた。オサ達と分かれば挨拶の一つでもしたんだが、今の今まで気づかなかった。申し訳ない」


「んー、本当かしらァ」


 天敵種に睨まれた生物のように、オサの目を見返す。僅か数秒がとても長く感じられた。オサの視線が逸らされ、ため息を吐かれた。


「いいわァ、手打ちにしてあげル。何時もの三人は何処に居るのかしら。衣服はマグリス兵との戦闘で擦り切れているけど、傷跡が見えない。一人にしては消耗もしていない。仲間が別にいるんじゃない」


 鬼人族を率いる女傑には何もかもお見通しのようだ。諦めた様に肩を竦める。こうなった以上はオサに仲介を任せるほかない。


「砦から黒煙や肉の焼ける臭いが出ていたからな。俺だけ斥候役だ。今から荷馬車に戻って話をしてくる」


「私も一緒に、と言いたいところだけど、指揮官があまり離れる訳にもいかないわねェ。あなた達一緒に行ってあげなさい」


 俺の付き添いをオサに命じられ、手下三人が返事を返した。


「それじゃ砦で待ってるわよォ」


 オサは踵を返すと、森の木々に溶ける様に消えて行く。


「「「……」」」


 取り残されたのはオサの配下の鬼人達だ。何とも気不味い。


 三人は目を細めて俺を見ていたが、一人が肩を竦めると背嚢から薬草を塗り、傷口を止血し始めた。


「焼いたり、刺したりして申し訳なかった」


 俺は改めて頭を下げると、三人は表情も変えずに言う。


「オサの知り合いだから許してやる」


「オサの命令だからしかたなくだぞ」


「オサの指示だから今は従ってやる」


 渋々ではあるが、許しては貰えた様だ。止血を手伝いながら、移動の準備を進めて森の中から道目指して進んでいく。


 隠れて偵察する為に、森を進んだが、危険が無いと分かれば道を進んだほうが早い。


「シンドウとやら、リュブリスの森の撤退戦ではオサと殿を務めたのだろう」


 道中の沈黙に耐えられなかったのか、鬼人の一人が口を開いた。


「ああ、そうだ」


 こちらとすれば有難い。レアで焼いたり、焼き鳥の様に串刺しにした鬼人が居るのだ。非常に話しかけ辛かった。


「やはりか、仲間から話は聞いている。魔法と爆裂する投擲物でローマルク兵を追い散らしたそうじゃないか」


「俺達3人は村で留守番組だったからな。そう言った激しい戦闘や武勇の話を聞かされ、次こそはと意気込んでいた」


 どうやらオサは村の守備に兵隊を残していた様だ。先程の小競り合いで見覚えが無かったから、お互いに顔を忘れているかと思った。


「あの投擲物の威力は納得だ。爆発しなくてよかった」


 納得した様に鬼人はうんうんと頷く。


「爆発していたら戦どころではなかった、お前顔が飛んでいたんじゃないか」


 鬼人の言葉には小馬鹿にするようなニュアンスが含まれていた。


「お前こそ、火属性魔法で焦げてるじゃないか、手心を加えられていなかったら出来の悪い炭になっていただろう」


「止めろ。低次元の話をするな、2()()()()負傷していたではないか」


 真ん中を歩く鬼人の言動を2人は許さなかったらしい。


「なんだ。リーダー気取りか、足の遅いお前に言われたくはない」


「そうだ。お前はシンドウ殿に恐れを成したのだろう。びびったな」


 そんな2人を鼻で笑うと、足を止めて頭から足元まで目を向けた。


「弱い奴は良く吠える。姿を見れば一目瞭然というものよ」


 ヘイトが俺より真ん中を歩く鬼人に向いたのは良いが、何とも居心地が悪い。下手に口を挟めば元凶であるお前に言われたくないと、火の粉を被る未来が浮かぶ。


 手こそ出ないが三人は言い合いになる。言葉を選びなんとか宥めながら、俺達は歩き続けた。






「俺だ。今から入るぞ」


 俺は声を掛けながら、草むらに押し入って行く。斥候に出た時と周囲の様子は変わらない。


 樹木の根元や窪地に隠れていた三人は、安堵した様子だったが、俺の後ろからのそのそと現れる三人に言葉を失った。


「え、ジロウ。その人達は鬼人だよね?」


 アーシェの耳はぴんと立ち、興味深く鬼人に向けられている。


「おいおい、どこで拾ってきたんだよ」


「鬼人はアルカニア以外では聞きませんが、まさか——」


 それぞれ狼狽する3人にことの次第を説明しなくてはいけない。


「色々あって小競り合いになったんだ。今は和解をした。オサも砦に来ている」


「えーまさか、鬼人の人達が負傷してるってジロウがやったの?」


 アーシェがなんでそんな事をしたんだと目で訴えている。


「マグリス兵か独立派か判断が付かずに見付かって、逃げる時にな。申し訳ない事をした」


 俺が言い終わる前にリアナが動いた。


「傷口を見せて貰えますか、私は回復魔法が使えますので」


 リアナは鬼人2人に近付くと、自然な手つきで傷の程度を確かめ始めた。手際の良さを認めたのか鬼人も大人しく従っている。


 荷馬車に戻り、リアナに治療をお願いしようと考えていたが、気を使わせてしまった様だ。


「すまない、リアナ」


「いいんですよ。貸し一つですからね」


 パーティに合流してから俺達とリアナはすっかり打ち解けた。その代償がこれである。


「ああ、分かった。今度何か奢らせてくれ」


 リアナが治療の間、アーシェとハンクとこれからの話をする。


「独立派が勢い付いたのもアルカニアの後ろ盾が出来たからか」


 併合された国の独立の機運というものは珍しく無いが、歴史上、内乱として軍により厳しく処理をされて失敗する。例外と言えば他国からの強い支援を受け、干渉があった時くらいだ。


 アルカニアがリュブリス攻防戦の仇討ちを狙い、マグリス内部を焚きつけだのだろう。アルカニアの利益はローマルクの弱体化、アルカニアの緩衝地の確保、リュブリスの仇討と言ったところか。あれだけ被害を受けたのだ。何かしらの報復に出なければ、貴族や国民から弱腰と批判されるだろう。


 独立派としては最大の好機と言える。元々ローマルクの影響力の拡大を嫌ったバルガン国家群から独立を焚き付けた支援も続いており、二大国からの支援を受けた今が最大の機会と言える。


「みたいだね。どうせ後ろにも引き返せないし、このまま砦まで行ってオサ達と合流する」


 それまで沈黙を貫いていた鬼人が口を開く。


「その方がオサはお喜びになる。寧ろ、我々三人を付けたにも関わらず、違う道を進まれたとなると、我々の……し、叱責が免れない」


「そ、それだけは駄目だ」


 鬼人達は巨体を恐ろし気に揺らす。叱責の内容は知らないし、知りたくもないが、あのオサを主として仰ぐ立場で怒らせたら後が怖い。


「リュブリスを出る時に世話になったからな」


 ヘッジホルグへ旅に出るとき、無料で馬の手配までして貰っている。今考えれば無料ほど怖いものはないと言うが、本当であった。


「ジロウが家出した時だよね」


「あの歳で家出とか笑えねぇよな」


 アーシェとハンクが俺の古傷を抉ってくる。当時は異界の人間として思い悩んでいたのに何て酷い仲間達だ。


「くっ、話を戻すぞ。このまま砦まで行き、オサと合流するで問題はないか」


「それが現状、一番無難だよね」


「ああ、俺は賛成だ」


「遠回りになりますが、このままマグリス兵に追われるよりも、アルカニアから外回りで行くルートの方が良さそうですね」


 三人の同意を受け、返事は決まった。鬼人達は望む回答に安堵していた。


「それじゃさっさと荷馬車を出すぞ。まあ、詰めればどうにか全員乗れる」


 馬は積まれて行く鬼人を見て嫌そうに嘶いた。背中を撫でて宥める。少しの間だから我慢して貰うしかない。


 鬼人達は申し訳なさそうに巨体を縮こませている。借りてきた猫の様だ。この場合は虎の方が近いか。


「荷馬車に乗ったのは初めてだ」


「何時も何処でも徒歩だからな」


 鬼人達は物珍しそうに荷馬車の中に視線を走らせている。アーシェは狭い荷台からするりと屋根の上に逃げた。なんと逃げ足の速いことか。


 俺とリアナも続いて退避しようとしたが、無情にも鬼人達に捕まる。俺はリュブリス攻防戦についての戦争話、リアナは回復魔法について根掘り葉掘り聞かれている。


 鬼人族は回復魔法の適性が無い様で、使い手が居ない。領土と爵位を貰ったオサだが、回復魔法の担い手の確保に四苦八苦しているそうだ。リュブリス北西部の森で、メルキドから保護した回復術師のダリオも正式に傘下に加わったらしい。


「村だった場所が街にまで発展した。今じゃニンゲンの方が多い。みんなオサにはビビって大人しいものだ」


 鬼人は自慢する様に言う。オサに対しては恐れよりも尊敬が勝っている様だ。未到達地域を大きく刈り取る形で領土を広げているらしい。


「Bランクは勿論、Aランクの魔物もオサと俺達は複数討伐し、ここまで道を作った。周辺の愚かな貴族共は妨害工作に走ったが、結果はわかるだろ」


 凶相からは想像の出来ない笑みを浮かべていた鬼人だが、話題が移ると顔を顰めた。


「ただあの野郎、北西部最大の当主ターニス・グラント伯爵と次期当主ディエン・グラントは油断ならない」


 両者の名前はアルカニアでも有名だ。リュブリス攻防戦では数多くの部隊が壊滅する中、重騎兵と歩兵を操り、遅延戦術に徹し、主力到着までの貴重な時間を稼いだ。


「あいつは他の貴族と異なり、マグリスまでの道づくりに戦力と資金を提供しやがったんだ。今回の独立戦争でもアルカニアの主力は、数から言えばあいつらだ。奴らの重騎兵は手強い、マジックユーザーも多いし、手に入れたばかりの魔道具で新型の魔法まで使い熟す」


「新型の魔法?」


 同じマジックユーザーとして気になり訊ねる。


「ああ、ここ最近出回り始めたんだ」


「黒鉄の国の口が秘匿していた指輪型の魔道具が流出した。噂じゃヘッジホルグやらリグリア商業国家の仕業のようだ。で、肝心な魔法は《シールド》っと言ってな、魔力の盾を作る。習得のし易さと適性者の多さからリュブリスでは騎士や高位の冒険者に大流行だ」


 鬼人達は、森で堅苦しい言葉を使っていたのに、慣れてきたのかフランクな口調になってきた。


「便利だな。めちゃくちゃ欲しい」


「《シールド》良い響きですね」


 マジックユーザーの俺とリアナはその響きとまだ見ぬ魔法に想いを馳せる。そんな俺達を見た鬼人は首を振った。


「期待させて悪いが、便利すぎて手に入れるのが難しい。指輪を使って習得するらしい。ただ、指輪があった方が強度が増す関係で、皆手放さない」


「リグリアで作れる熟練の職人がいるそうだが、素材がミスリルベースに加えて、需要の多さから凄まじい値段となってる。そもそも金があってもコネがなければ買えない」


 現実に打ちのめされた俺達をハンクが嘲笑う。


「ふっ、うちはみんな大飯ぐらいだ。装備の新調も維持も馬鹿にならない。そんなもんとてもじゃないが買えないな」


「……ハンクさんは魔法が使えないですからね。仮に《シールド》の指輪が手に入っても——」


 新たな魔法の可能性に酔いしれているところを邪魔され、気分を害したのか、ぼそりと珍しくリアナが毒を吐いた。


「うるせぇ、俺だって魔法を使いたかった。馬車を操る傍ら、どれだけ練習をしたと思ってやがる」


「あれ、独り言じゃなかったのか」


 夜な夜な呟くハンクの独り言は、日々のストレスからの奇行かと思っていたが違うらしい。


「ジロウ、龍の逆鱗に触れちゃダメだよ」


 屋根から荷馬車の中を覗き込んだアーシェが俺を嗜めた。耳の良いアーシェには詠唱に聞こえたのかもしれない。


「て、適性者が多いらしいですから、もしかしたらハンクさんも使えるかもしれないですね」


 手の平を返してリアナはハンクを慰める。


「そ、そうだ。それに俺達は仮にも上位の冒険者集団だ。4人で頑張ってGを貯めれば1個くらい買えるかもしれない」


 思わぬ地雷を踏んでしまった俺もそれに加わるが、ハンクの返事が無かった。御者台からは黒く粘着質な空気が溢れる。


「……」


 拗ねたハンクを鬼人も総出で慰めるが、逆効果だったらしく、砦に着くまで機嫌が治ることは無かった。

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[良い点] 「オサの知り合いだから許してやる」 「オサの命令だからしかたなくだぞ」 「オサの指示だから今は従ってやる」 アハハハハ。
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