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異世界デビューに失敗しました  作者: トルトネン
第六章 ローマルク帝国 マグリス独立戦争
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第二十九話 ザルツア砦の攻防

「城門が内側から破られました!!」


「城壁通路も東側を除き陥落、倉庫棟と兵舎に障害物を築き、反撃しておりますが、そう長く持ちません」


 ザルツア砦の指揮官であるワーケインは飛び込んでくる凶報に、歯を食いしばった。独立派に砦内への侵入を許し、無事な場所は少なくなっていた。


 ワーケインにとって、直前まで夜襲を探知が出来なかった事が致命的だった。当然、警戒はしていた。その上で敵は警戒網を組織的に擦り抜け、砦は一刻もしない内に陥落しようとしている。


 物資の乏しい独立派が兵站拠点を狙うのは想定内だったが、独立派の技量だけで全てが覆られようとしていた。だがまだ終わりではないとワーケインは拳を握りしめる。


 城内の地図に駒が載せられている。ワーケインはそれを撫で回す様に見る。


 指揮場の機能も持たせた大型の塔と付属施設、東側の上壁の一部と外周部の門塔だけが砦内で支配下にある施設であった。


 兵舎と倉庫も確保はしているが、所詮は急造品の障害物、陥落は時間の問題だとワーケインは判断していた。


「兵舎と倉庫棟は放棄、火を放ち全て燃やせ。敵の狙いは物資だ。砦はくれてやる。だが物資は渡さん。東側の城壁に兵を集めろ。砦を放棄してスフィアード平原にいる軍に合流するぞ」


 ワーケインの決定に、弾かれた様に伝令が動き出そうとした。そうして兵が一歩踏み出したところ、塔の最上階で大爆発が起きた。


「なんだっ!?」


 ワーケインは倒れそうになるが足を踏ん張り、机に捕まっていた事で転倒をまぬがれた。


「くそ、火が踊ってる。敵の大規模魔法だ」


 矢狭間から顔を出した兵士が状況を報告した。ここに来てあの威力の魔法だ。撤退を早めなくてはいけないか、ワーケインはそう逡巡した。


 動揺する兵士に気合を入れようとワーケインが口を開いた時、再び爆発が起きた。


 今度は先ほどよりも小さいが、問題は指揮場の真上、完全に内部からだ。


 戦闘音まで聞こえる。友軍の怒声が微かに響き、直ぐに静まり返った。


「まさか上からの侵入者か、あの高さだぞ」


「風属性持ちだろう」


 風属性持ちで有れば不可能ではない、ワーケインは練兵の際、風属性持ちの斥候が切り立った崖を登り下がりするのを見た事がある。塔でも同じ事は可能だろう。


 入り込まれた事自体は、驚愕したが数はそう多くなかったのだろう。事態の収束にワーケインは胸を撫で下ろした。騒ぎが直ぐに収まったことにより、兵士が確認作業に名乗りを上げた。


「数はそう多くなかったか」


「討ち取った様ですね。確認してきます」


「万が一もある。油断はするな」


 兵士が廊下に出る前に、扉が押し開かれた。そこに現れたのは最上階に配備されていた筈の射手だった。


「なんだっ!?」


 ノックや確認もなく指揮場に飛び込んだ射手を咎める者など居なかった。


「う、あぁ、はぁッ」


 左手を失い、胴部の防具はひしゃげ、衣服は大きく焦げている。息絶え絶えの兵士は壁にもたれ掛かった。


「しっかりしろ」


「独立派がまだ居るのか!?」


「ち、違い、ます。国王派ナンかじゃ、ありませ、ん。奴は、奴は、アルカニアの、悪鬼でっ、あ、ああああ」


 兵士の目が見開かれた。視線は自身が先ほど入ってきた入り口に向けられていた。


「みなさン、こんばんわァ。今日はとても良い夜ねェ」


 暗闇から浮かび上がってきたのは長髪の女だった。左右不揃いのピアスをジャラジャラと鳴らし、片手には独特の光沢を光らせるロッドが握られている。


 ロッドの先はねっとりとしたどす黒い赤色に染まっていた。何が付着しているかはワーケイン達にとって一目瞭然だ。


 そんな女は抜き身になった剣や槍を気にもすることなく兵士達に近づいてくる。


「外の連中は?」


 搾り出すような声でワーケインは尋ねた。


「外の連中? 誰かいたのかしらァ。私は静かな砦と真新しい置物しか見てないわねェ」


 この置物が何を意味するか、嫌でもワーケインには理解できた。それは上階に居た兵士全てが失われた事を意味する。


「こォの化け物がッ」


 激昂した指揮場の護衛が抜いた剣を下段に構えたまま、女に飛び掛った。二歩、三歩と間合いをつめて繰り出されたのは、強烈な一撃。


 当然女の細腕では防ぎきれないはずのものだった。けれど剣は女に届くことなく、兵士の首が代わりに飛んだ。


 魔力を帯びたロッドが兵士の首を切断したのだ。女の長い舌が下唇を舐めた。


「乱暴ねェ。でも嫌いじゃないわよォ」


 指揮官も話には聞いていた。リュブリス攻防戦で両軍の主力が激突する中、後方部隊を食い散らかした部隊とその指揮官。その戦いぶりにより新しく領地を与えられたそいつが、未到達地帯であり、軍でも手出しを躊躇する強力な魔物を退け、アルカニア北東部に一本の道を作ったこと。そしてその道が国王派の根城である旧ウェインザード領と繋がった事を。


「アルカニアに巣食う新たな獣人集団。その統率者であるアルカニアの悪鬼。ローマルク人の死体が食い足りなかったか化け物めッ」


 罵倒に対しても、女は顔を顰めるどころか嬉しそうに微笑んだ。


 会話に夢中になっているであろうクソ女にワーケインはなるべく自然に口惜しげな表情を作った。


 女の背後には、下の階から救援に来たであろう兵士が短刀を片手に忍足で近付いていた。


 必殺の間合いまで近付き、短刀を振り下ろした兵士だったが、振り返った女に手首を抑えられた。


「動かねぇ!!」


「ふふ。駄目よォ、息遣いは良かったケド。最初からブーツと脛当て取らなきャ、聞こえてしまうわァ」


 兵士の腕を掴んだ女の手から火柱が立ち上がり、兵士を包んだ。全身を焼かれ、絶叫を上げながら兵士は廊下を転がり回る。


「やりやがったな。売女が」


 窓際に居た兵士が弓を取り、流れる動作で速射する。スキルで強化された矢は一直線に女へと向かうが、ワーケインは目を疑った。


 避けもせず、はたき落としもせず、ただロッドの先端で軌道を変え、矢を退けたのだ。そんな芸当どれだけの人間ができる。


 頬を赤く染め、犬歯を剥き出しに身悶える女に対し、ワーケインは怒号を浴びせた。


「かかれぇええッ!!」


「ああァ、その声イイ。おいで、優しく激しくしてあげるかラ」


 ワーケインの号令で、ワーケインを含む4人の兵士が女に飛び掛かった。


「全員で、一斉にだ」


 個々の技量では話にならない。一対一を4回では勝ち目はない。受けきれない様に4人同時に仕掛ける必要があるのは、指揮場に居た兵士全員が理解していた。


 左右に1人ずつ、正面からは2人が迫り、同じタイミングで斬りかかる。女もそれを理解し、目も顔も寄せずに左の兵士に飛び掛かった。


 左の兵士も自身で首を取る気はない。時間さえ稼げばいいのだ。突き出されるロッドをロングソードで受け止めようとした瞬間、腕だけ瞬間的に加速した。


「えっ」


 ぱきゃりと軽快な破壊音と共に兵士の眼底は砕け、倒れ込んだ。異常な加速にワーケインは逡巡する。部分強化のスキルではない。希少な光属性・闇属性による寄与魔法でもなさそうだ。


「風属性の部分加速だ。間合いを間違えるな」


「あら、物知りねェ」


 女は感心した様子で剣を捌きながら応えた。


 三人掛かりで遠すぎず近付きもせず、斬り込み続けている。それでも崩せない。ロッドで逸らし、弾き、そして突き返しまで入れてくる。


 ワーケインの部下の1人が中段から一歩踏み込み、剣先を首元に突き入れるが、ロッドの装飾の様な返しでロングソードを絡め取られそうになる。


 踏ん張る部下にワーケインは怒鳴った。


「剣を捨てろ」


 部下は咄嗟に剣を捨て、飛び退いたが間に合わなかった。


 上半身が水弾に飲まれて壁に叩き付けられる。火弾ではなく、発動から発射までのタイムが早い水弾を選ぶ辺り、実に嫌らしい相手だ。


 ワーケインは上段から女の顔面にロングソードを繰り出し、直前で軌道を足元に変える。女は構えを下段に切り替えて掬う様にロッドで振り上げた。


 ワーケインが体勢を立て直す間、部下が一度、二度と突きを入れ、時間を稼ぐ。


 そうして三度目の突きを入れた所で、女は風属性で加速しながら部下の手首を押さえた。


 社交界のダンスの様に部下の腕を引いた女は、ロッドの石突きを眼孔に突き入れ、捻りながら引き抜いた。


 射手が敵討ちとばかりに矢を放つが、遺体で受け止められる。


「指揮場だけあって良い兵士ばかりねェ」


 女の戯言を無視して、ワーケインは最上段でロングソードを構える。対する女は部下の遺体を持ったまま、中段で構えた。


 ワーケインは身体強化のスキルを発動させて斬り掛かる。部分強化ならそれなりに居るが、全身を強化させる身体強化のスキル持ちは少ない。


 ロッドとロングソードが交差し、一瞬の鍔迫り合いの末に、僅かにワーケインのロングソードが浮き上がる。


 切り返し、間合いを取ろうとしたワーケインは自身の胸を見た。


「ぬ、うぅ、ああ」


 鎧を突き破ったロッドはワーケインの心臓に達していた。ワーケインは最早身動きが取れず膝から崩れ落ちる。


「中隊長!!」


 最後に残った射手は矢を射る。女は身体の側面を射手に向けながら背を逸らし避けた。


 二射目のチャンスは無いと切り替えた射手は、ロングソードを引き抜いた。


 両者の間合いは詰められ、ロッドとロングソードが交差し、天井と床に新たな汚れが加わるのをワーケインは見た。


「はぁっァ、とっても、楽しかったわよォ」


 女は情事が済んだ男女の様に優しく愛おしそうにワーケインの頬に手を当てると、そのまま滑る様に顎先を撫でた。


 美しいその動作に一瞬心を奪われたワーケインだが、視界はぼやけ思考が纏まらない。部屋から出て行く女の後ろ姿を見送り、ワーケインの意識は完全に失われた。

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[良い点] 久し振りに読み返したらすごい面白くなってますね
[良い点] また面白くなりそうですね。 [一言] 更新感謝します。
[良い点] オサちゃん久しぶり〜♪
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