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異世界デビューに失敗しました  作者: トルトネン
第六章 ローマルク帝国 マグリス独立戦争
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第二十八話 ザルツア砦

 ザルツア砦内の殺気立った空気に、砦に詰める兵士の一人であるランリーは、城壁通路の上で息を吐いた。


 ランリーは農村の三男として生を得たが、よくある話で、受け継ぐべき田畑はなかった。農地に適した土地の開拓が続けられていたが、水路から離れている上に、開拓は一筋縄にはいかない。


 ランリーの兄である次男は、僅かばかりの土地を長男と引き継ぎ、不足した分を開拓で得ようとしていた。木々を切り倒し、草を払い、邪魔な石ころを取り除く。


 その上で農地に適した土作りに取り組まなければならない。ランリーも手伝っていたが、まともに収穫ができたのは4年後だ。それも土地が痩せているため、収穫量も少ない。


 次男一人であれば食べていけるかもしれないが、家族ができればそれも難しい。引き継ぐ土地の無いランリーが1から開拓を始めたとしても食べてはいけない。


 ランリーはそう判断を下し、マグリス国軍の常備軍の兵士として軍の門戸を叩いた。僅かばかりの支度金で必要な物を揃え、都市の酒場と娼館で数日それなりの贅沢をした。


 1年間、ランリーは歩兵として訓練を積みながら、ゴブリンやウルフ種などの危険度の低い魔物の討伐で経験を積んだ。そうして配属されたのがザルツア砦だ。


 ランリーは同期に比べれば、槍や剣の腕には自信があり、それを評価されたらしい。


 かつての隣国ウェインザード王国との戦争は、ローマルク帝国とバルガン国家群との代理戦争の色が強く、強力な支援を得たマグリス王国が辛勝を収めた。


 王族と有力な貴族は軒並み処刑され、併合されたウェインザードだが、難民、バルガン国家群の密偵、旧国の不穏分子などの問題は続き、燻る反抗の目を潰すための砦の一つが、このザルツア砦であった。


 内戦が勃発してからは、多くの部隊がザルツア砦を経由して旧ウェインザード領へ進軍している。その度にランリーは忙しなく砦内を走り回る羽目になった。


 関所としての機能も大きいが、ザルツア砦は武器・食糧・糧秣が貯蔵してあり、有事の際の兵站拠点となっている。


 数千もの兵へ物資を運んだ為に、備蓄を吐き出したが、内戦に備えた後方からの物資輸送により、再び倉庫は埋まっていく。


 そうしてまだ千を超える兵を支えるだけの物資が砦内に存在していた。


「聞いたか、ランリー。ホロベック騎兵中隊が壊滅したらしい」


 ランリーはペアを組んでいる古参兵のリックの問いに答えた。この古参兵は軍歴が15年を超え、幾つもの戦争や反乱の鎮圧に加わっている。面倒見がよく情報通であり、ランリーが砦内で最も頼る兵士の一人だ。


「聞きました。信じがたいですが、相手は冒険者の一団だそうですね」


 バルガン国家群相手に活躍した鉄鎖のホロベックは、古参兵なら皆知っていた。ランリーもリックから話を聞いている。一度は奪われた獣人が籠る拠点に対し、チェーンゴーレムを引き連れ、殲滅・奪還した話は有名だ。


 ランリーは一度、砦に立ち寄ったホロベックを見たが、話通りの強者には見えずに首を傾げてしまった。


そんな態度をリックに見透かされて小突かれたのをランリーはよく覚えている。


「一団というが4人らしい」


「4人、誤報では?」


 ランリーは話の信憑性を疑うが、リックは首を振り否定した。


「なんでも4人組の内1人は、アインツバルド武術祭で七色のユルゲン相手に押し勝ったそうだ」


 軍の練兵場でランリーは各国の化け物共について学んだ。その中でもユルゲンと言えば、アルカニア王国の最高戦力の1人だ。


 剣術こそはまだ人の範疇だが、保有する固有能力(ユニークスキル)は七色に光る魔法を剣から繰り出し、一発一発が上級魔法に相当する。


 射程は長大、連発も利く。ユルゲンの名を高めた一戦は、アルカニアとヘッジホルグとの小競り合いだ。国境を侵犯したヘッジホルグの精鋭部隊≪魔力の杖≫の一個小隊相手に単身で撃ち合い、そして勝利した。


 その後、戦闘で更地になった場所は、隊商の休憩ポイントの一つになったというのが、ランリーが練兵場で聞いた話のオチであった。


「だから広範囲に歩哨を増やしているんですか」


「ああ、ユルゲンに撃ち勝つ奴が先制して砦を襲ってみろ。考えるだけで恐ろしい。俺達も他人事じゃないぞ。数日のうちに俺達も外回りをさせられる」


 城壁通路とは異なり、障害物が多く、見通しの悪い森の中を警戒するのは非常に神経を使う。外回りを考えるとランリーは気が重くなった。


  二人は雑談を続けながら、城壁の外、そして内に目を向ける。ランリーが空に目を向けた。


 雲量が多いが、どうにか月が透けて見えた。頂点を下っている。このまま1、2時間もすれば交代の時間であった。


 ランリーが目線を下げた時、城壁通路で怒号が上がった。


「敵襲だぁああああ!!」


 声の場所はランリーとは逆側の城壁通路だった。


「北側に100人以上居るぞ!!」


 敵襲を知らせる鐘が狂った様に鳴らされ、砦内の兵士が弾ける様に動き出す。


 矢を撃ち下ろしていた兵士が弓を捨て、ショートソードを抜く。突き下ろす様にショートソードを繰り出していた兵士だが、突然首から上が吹き飛ぶのをランリーは目撃した。


 城壁の外から伸びた腕は幹の様に太かった。飛び出た影は周りの兵士と比べても頭一つデカい。


「もう梯子が掛けられてやがる」


 リックが忌々しそうに言葉を吐き出した。


「リック、半分連れて増援に行け、城内に入れるな!!」


 城壁通路に居た分隊長が叫ぶとリックは弾かれる様に動き出した。意図を察したランリーはそれに続く。


 他の兵士も僅かに遅れて続いた。逆側の城壁通路の状況は悪かった。複数の敵兵士が既に城壁通路に進出している。


 リックは雄叫びを上げながらショートスピアを繰り出した。


 城壁通路に居た敵兵はそれを弾いたが、二本目のショートスピアに反応する事ができなかった。


 続きショートスピアを繰り出したランリーは、敵兵の柔らかい喉元を突き刺す事に成功した。


 縋るようにショートスピアを握った敵兵を蹴り飛ばし、城壁通路から蹴り飛ばす。


「後続を断つぞ。梯子を潰せ」


 リック率いる兵達は更に二人を突き殺し、その足を止めた。止めざる終えなかった。


 ランリーは遠目にも大きく見えたそれは、間近に見ると更に巨大だった。オークに対峙したような威圧感を感じるが、ランリーはその認識が間違っていた事に直ぐ気付いた。


 遠いはずの間合いが一歩で縮められ、振り下ろされた戦棍は先頭の兵士の頭部を押し潰した。オークにはない俊敏性であった。


「おのれぇえええ!!」


 隣の兵士がロングソードを突き入れるが、大男は手首を返して戦棍の根元で突きを受け止めると、そのまま力で振り抜き、兵士の両腕は持ち上がってしまった。


 兵士は咄嗟に肘で顔面を守るが、大男が狙ったのは鎧が守る最も堅牢な胴部であった。


 戦棍は鎧をひしゃげさせながら、致命的な打撃を臓腑に浴びせた。肋骨が折れ、肺に刺さり穴が空いた兵士は空気をうまく吸えず地上で溺れ、城壁通路から転がり落ちた。


 ランリーは顔面へとフェイントを入れ、本命の膝に向けてショートスピアを繰り出す。大男は見た目から判断できない身のこなしで、体を引いた。


 間髪容れずにリックと二人の兵士が大男の懐に飛び込んだ。大男が片手で戦棍を振り下ろし切る前に、リックが両手で握ったロングソードで戦棍を押さえ込む。


 リックが見たところ、大男は梯子を素早く登る関係か、盾を身に付けていない。斬り掛かる二人の兵士は勝利を確信していた。


 一人の剣は左腕、もう一人の兵士の剣は大男の首元に伸びたが、大男は咄嗟に肩を上げて筋肉で剣を受け止めた。


「なっ——」


 兵士が二撃目を繰り出す前に大男は傷付いた腕を伸ばし、兵士の腕を掴み、振り回した。


「下がれ!!」


 リックは咄嗟に後ろに飛んだが、残る兵士は避ける事が出来なかった。仲間の身体がぶつかり城壁通路に倒れ込む。


 起き上がろうとする兵士を待っていたのは、眼前に迫る戦棍であった。


「あっ——」


 鈍い破裂音が響き、部下だった“物”からリックは目を離した。


「り、リック!」


「ビビるな。相手は手負い——なっ!?」


 ランリーの泣きそうな声に、リックは息を呑んだ。大男の後ろからまた大男達が現れたからだ。


 負傷した大男は後ろに下がり、無傷な別の大男達は盾を突き出しながら間合いを詰めてくる。


「くそったれが」


 その意味を理解したリックは罵倒するが、大男達との間合いは縮み、突き入れられたロングソードもショートスピアも大した効果を発揮せず、ランリーとリックは城壁通路から突き落とされた。






「リック、リック!! 起きて下さい!」


 リックは頬への衝撃で目を覚ました。視界に入ったのは壊れた屋根と藁だった。


 リックの全身はずきずきと痛むが、内臓も骨もやられてはおらず、無事に動いた。一緒に落ちてきたロングソードを拾い上げ鞘に収める。


「ああ、馬小屋か」


「不味いですよ。城門が——」


 ランリーの言葉にリックは馬小屋の入り口に走る。

既に片側の城門が破られ、もう片側も開け放たれるところだった。砦内は乱戦は続いていたが、何方が劣勢かは一目瞭然だった。


「……馬に乗れるか?」


「乗れはしますが……まさか逃げるんですか!? 敵前逃亡で処刑されますよ!!」


 撤退命令も無しに逃亡は大罪だ。極刑は免れないとランリーは渋ったが、当然リックが知らない筈もなかった。


「馬鹿が、状況を見ろ。処刑される前に、敵兵に殺されるぞ。早く馬具をつけろ。そう持たない」


 ランリーは四方から突き殺される兵士が見えた。最早組織立って抵抗する兵士の方が少ない。素早く馬具を着けた二人は、様子を窺い一気に飛び出した。


 進路にいる敵兵を馬が撥ね飛ばし、リックは両太腿で馬を掴むと上半身だけ倒し、敵兵にロングソードを叩き入れる。


 進路を塞ごうとする敵兵に対してランリーはショートスピアを投げ付け、城門を抜けた。


 投擲された槍や矢が二人を掠め、鎧を叩く。馬に命中しないのは幸運と言えた。


 騒乱に包まれた砦から無事に逃げ出せた兵士は2人だけであった事は、ランリーもリックも知る由もなかった。

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[良い点] すばらしい。作者様、最近めっちゃ更新している。 [一言] この作品が一番、戦闘シーンが盛り上がります。
[気になる点] 砦に攻めてきたのは独立派勢力か未到達地域を抜けてきたアルカニア国勢力か・・・大男たち=ハイゴブリンの皆さんならオサ再登場だと嬉しいのだけど・・・? [一言] 連日投稿お疲れ様です
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