第二十七話 農村の死闘3
「泊まっていた冒険者だ」
質素な扉に対して、控えめに二度目となるノックをする。
「居るんだろう。出てきてくれ。何もしない」
室内は静まり返り、明かりも消えていたが、人の気配はする。三度目のノックをしようと手を振り上げた時、ぎしりと床を踏む音が聞こえた。
扉を開けた宿の亭主は顔色が悪く、額はじんわりと汗ばんでいる。
「だ、代金は返します。店の物は自由に持って行って下さい。命だけは——家族は居るんです」
宿の亭主は、止める間もなく地面に頭を擦り、俺達に命乞いをした。
宿の亭主の発言に俺達は頭を抱える。勘違いが酷いが——冷静に考えれば仕方ないかもしれない。
何せ自国の国軍の3個小隊を壊滅させた相手が目の前に居るんだ。それもつい先ほどまで兵士を殺し回っていたのを見て、聞いている。怯えるなと言う方が難しいだろう。
宿の中も死臭と肉の焦げた臭いが充満している。換気はしているのだろうが、すぐ取れるものではない。
「頭を上げてくれ、別に殺しに来たわけでも、略奪しに来たわけでも無い。ただ村長の家が知りたいだけだ」
宿の亭主は顔を上げずに言葉を続けた。
「村長も兵隊には逆らえなかったんです。どうか、どうかご慈悲を」
「だから殺さないと言っているだろう。村長と話をするだけだ」
足にすがり付きそうな男を宥めるが。返り血が残る俺たちが言っても説得力が無いのは、渋々理解はしている。
「……こ、この宿から左に200m程にある大きな家です」
歯切れは悪く、亭主は恐る恐る指を指しながら答えてくれた。
「すまないな。少ないけど迷惑料だ」
兵士から漁った銀貨と金貨を強引に手に握らせ、渡す。
「え、あっ」
反応に困った亭主を置き去りに宿を離れる。小さな村だ。少し歩けば村長宅に着く。
2階建ての大きな家だ。20人は住めるほどの広さと部屋数はあるだろう。倉庫も幾つか並んでいるのが見える。
襲撃を止める気があったかは別として、宿の亭主とは違い、国軍が俺たちを襲うのを知らなかったはずはないだろう。
幸い塀などの防御施設もない。庭に入り込み、入り口のドアノッカーを勢い良く叩く。耳触りの良い甲高い金属音が響いた。
ドアノッカーは龍の鉄細工が施されたもので、村長宅に相応しい一品だ。再度ノッカーを叩き鳴らすと、小さいが返事が返ってきた。
それに伴いドアがゆっくりと開く。
「こんな静かな夜中にお騒がせしてしまい申し訳ない。あなたがこの村の村長で間違いないでしょうか」
間髪容れずに、俺の横にいたハンクが扉を開けた男に対して言い放った。
男は老年ながら背も曲がらず、髪も肌も艶がある。常日頃栄養のある物を食べている証拠だ。靴や腕輪などの装飾品もシンプルながら質の良い物が使われている。
「ああ……私で間違いはない」
「私達が宿泊していた宿が賊に襲撃されました。それも国軍を騙る60人ほどの集団にです」
村長は黙ってハンクの話を聞いている。いや、この場合は聞くしかできない。
「幸い、賊は戦って皆殺しにしましたが、取りこぼしが居るかもしれません。何か、不審な輩を見かけませんでしたか」
昼間、アーシェが宿に隣接していた馬小屋を見た時に、馬小屋に積まれていたであろう糧秣の跡を幾つも確認している。
あれだけの量を消費するのはそれこそ軍の騎兵隊や大規模な商隊くらいなものだ。道具屋の亭主は商人が暫く来ていないと言った。
買い物ついでに村を見て回ったが、馬や家畜はそう多くない。
残りは馬鹿でも分かる。周辺に騎兵が居る。それも村が糧秣を提供する形でだ。指揮官らしい男は先ほど死んだ。
「み、見かけていない」
話を聞くには村長が適任と踏み、こうして村長宅を訪れた訳だが、二階から床が軋む音と異臭がする。
アーシェを横目で見ると頷いた。どうやらまだ手負いの兵が潜んでいる様だ。
ハンクの視線が時間を掛け、村長から天井へとゆっくり向けられる。そうしてわざとらしく両手を広げて言った。
「そうですか、ところで二階で変わった宴会でもされているのでしょうか。なにやら物音とうめき声、それに血と小便の臭いがします。いやはや随分と趣味がいい宴会ですな」
「さっきから、な、何が言いたいんだ!」
村長は一瞬返答に詰まったが、眉間に皺を寄せて叫ぶ。破れかぶれだろうがそれは悪手だ。
ハンクは胡散臭い笑みを捨てると、何時もの人相の悪い顔で怒鳴り、腰に掛けたロングソードに手を伸ばした。
「取り逃した手負いの賊が二階にいねぇか、聞いてんだよ。怖くて相手が出来ないなら今から二階に上がって駆除してやろうか!! 二分と掛からねぇぞ」
態度と言葉をかなぐり捨てたハンクが一歩踏み出すと、奥から若い男が複数人現れた。
「そ、村長ッ!」
村長の血縁者達であろう。軽装だが防具に身を包み、剣を手にしている。反射的に得物を抜いて、室内に踏み込む。
男達の腰は砕け、村長の顔はこれ以上ないと言ったほど青くなっている。
「違う。争う気はない。武器を捨てて下がっていろ馬鹿共が、皆殺しにされるぞッ!!」
アーシェは大剣を狭い空間で器用に一回転させると、そのまま床を叩き割った。木片が頭の高さまで弾け、幾つかは村長の体に降りかかった。
言葉よりも雄弁にそれは語った。
「うっ――」
血気盛んだった男達は、鞘に剣を仕舞うとゆっくりと奥の部屋に戻っていった。それを見た俺達も剣を収める。
「私達は争う気はありません。出来得る限りの要望は全て聞きます。お願いです。武器を収めてください。争う気は無いんです」
「襲撃の目的は既に別の者から聞いた。何処の所属の騎兵隊か、どれだけ残っているか、近隣の兵力や砦の位置答えて貰うぞ。分からないなら、上のくたばりかけ共に聞いてこい。2度は言わない。出来ないと言うなら今すぐにでも乗り込む」
啖呵を切ったハンクに村長は全て諦めた様に、静かに頷いた。
集めた話によれば国境付近を広域で守備する騎兵を除き、近隣には部隊は存在しない。
その騎兵も2度に渡る襲撃の失敗で、兵の大多数と指揮官を失い、致命的な打撃を受けている。組織的な動きは最早取れないだろう。
独立派との内戦に備え、手の空いている部隊は根こそぎ集められており、注意すべきは2つの砦だけだ。
首都への国道を守る砦、そして独立派地域への道を塞ぐ関所を兼ねた砦だ。
「関所か、厄介だな……」
揺れる荷台の上で俺は呟いた。荷馬車は村を後にし、進み始めている。もうすぐ夜明けだ。襲撃者のおかげで充分な睡眠が取れていない。
目じりを押さえ、欠伸をかみ殺す。
村長と負傷兵に聞き出したところによれば、独立派の補給線の一つを断つ関所の兵員は 250名を超える。
何度も少人数を相手取り、各個撃破する事で、今回の襲撃を乗り越えたが、関所を盾にする250人の相手など、とても出来ない。
負傷者を残し、退却した兵士がいる事を考えると、関所に連絡が回っていると考えて間違いなかった。
「連絡が届いてなかったら、知らん顔で通っちゃうんだけどね」
鹵獲した短槍の一本を磨き終わったアーシェは、リアナへと渡す。リアナは受けると、器用に荷台の中で短槍を回転させ、魔法袋に収納していく。
「望み薄ですね」
今度は俺も手入れが済んだ短槍をリアナへと渡す。
引き返す案は直ぐに否定された。ローマルクに戻る道にも関所がある。当然警戒されているだろう。
「最悪は関所付近まで近づき、徒歩で森を抜けるか、荷馬車も命には変えられねぇ」
幸い、敵の指揮官から奪った魔法袋がある。その性能は、大型のリュックサック6つ分程度の収容量がある。全ては詰め込めなくとも武具・貴重品・食料品であれば納まる。
衣服や書類など、前の持ち主の不要なものは取り出し済みだ。ハンクは大規模な隊商を組んだ際に、商人の一人から使い方を教えて貰ったそうだ。
お陰で魔法袋の使用にも、大きな支障がでなかった。
「関所の正面突破は無理かぁ。ただでさえ独立派を警戒しているのに、またやらかしてるもんね」
「ジロウの魔法とユニークスキルを組み合わせれば、城門が閉じていなければ駆け抜けられるかもしれんが、儚い希望だな。はぁ。名残惜しいがこの荷馬車ともお別れか」
愛しい家族を撫でるかのように、御者台に居るハンクは荷台を摩った。
関所の入り口を閉じられてしまえば、道を塞ぐ城門を取り除くのは難しい。人一人くらい通れる穴は開けられるかもしれないが、どの道、荷馬車は通れない。
そうなると荷馬車を関所の1、2キロ手前で放棄して、森の中を迂回するのが現実的だ。馬だけは連れていきたいが、森の足場と状況次第だろう。
「人数差があり過ぎますね。城攻めは守備側の三倍は必要とも言います」
「無い物ねだりしても仕方ないな」
俺は鹵獲した次の手斧を手に取り、布で磨き始める。
村で倒した兵士達の武器や所持品が荷台に詰まれ、手狭となっている。手入れが済んだ物から魔法袋に収めているが、暫くは暇つぶしに困らなそうだった。