第二十四話 望まぬ森の来訪者
森の奥から繰り返し爆音が響き、早二刻が経とうとしていた。ホロベックは森に投入した2個小隊の面々を思い浮かべる。
10人ほど魔法を使える者が居たが、その中でも実戦に使用できる者は3人。あれほどの轟音を伴いながら魔法を行使する者は居ない。
連続した爆発は、敵の固有能力と魔法に違いなかった。
それはホロベックだけではなく村に残った兵士達も、森に追撃に出た同僚達が手痛い攻撃に曝されている事を響く音で理解していた。
指揮場での治療は士気の低下を招くという事で、村長宅を借り受けて負傷兵の治療が続けられていた。
呻く負傷兵を押さえつけている回復魔法持ちの衛生兵は、見慣れぬ傷に困惑を隠せずにいた。
斬撃による裂創、槍や矢による刺創、火属性魔法や火による酷い火傷を見て来た。だが、今回の傷は、爆散した刀身の破片という厄介なものだ。
奥に食い込んだそれは傷を開いて破片を取り除いてから、傷を塞がなければいけない。
更に爆風による打撲に似た傷は内出血や鼓膜や眼球にダメージを与えている。
小隊はとんでもない怪物を相手にしてしまったのだ。戦闘音は鳴り止んでいる事から、もはや兵士には祈る事しか出来ない。
一通りの破片を取り除き、作業の山場を超えた衛生兵は、騒がしくなった外に気付いた。入り口を警備してくれた同僚に声を掛ける。
「どうした?」
「砦から早馬だ。どうやら伝令らしい。あの顔と焦り方はろくな報告じゃないな」
同僚は肩を竦める。治療室の警備とは名ばかりで、護衛する兵士自体も足に深い裂傷を負っているのだ。
村に残りまともに戦える兵士は10人程度なものだと兵士は自嘲した。
「ホロべック中隊長、砦より早馬が来ています」
ホロベックは部屋に飛び込んできた副官と伝令に目を向ける。人馬共に、余程急いだのだろう。
伝令は深く肩で息を繰り返していた。
「砦に残った小隊長からで、部下の1人が冒険者の素性を思い出したそうです」
無名では素性すら上がってこないという事は、やはり名の知れた冒険者だったのか、とホロベックは苦虫を潰したかの様に顔を歪めた。
「ジロウ・シンドウは、アインツバルド武術祭の本選に勝ち残った冒険者です。兵士の親族が観戦していた様ですが、白銀騎士団の構成員2人と“あの”七色のユルゲンを固有能力と魔法を織り混ぜた火力で正面から破り、本選4回戦で敗退。敗退した相手も白銀騎士団のクリスティーナだった様です」
報告する兵士も事の深刻さに声が震えていた。
リュブリス攻防戦での白銀騎士団と“七色”のユルゲンが所属する第一騎士団による逆襲は悪夢として周辺国に伝わっている。
勿論、軍人としてホロべックも知っている。何せ合計200名の騎士がリュブリスを包囲中だった部隊の一角を破り、そのまま包囲部隊を側面から食い漁ったのだ。
槍衾は魔法剣と魔法で押し破り、矢はミスリル混じりの鎧と盾で弾き、剣で人馬を斬り落とす化け物の集団だ。
撤退時にも殿であった歩兵2個大隊を突破し、被害拡大の原因にもなっている。
「何でそんな奴があんな荷馬車の護衛をしている」
確かに、あの魔法石が詰まった箱は大金になる。だが、それだけであの国家戦力になり得る戦力がどうすれば放置されるのだ。
ホロベックは血圧が高くなり、頭痛を覚え椅子に座り込んだ。
「今回のアインツバルド武術祭は、リュブリス攻防戦で話題を持っていかれました。騒動に巻き込まれて、アルカニアやギルドを始めとする他の機関も騒動で取り込みに失敗したのかもしれません」
不条理にも程がある。ホロベックは部下の前にも関わらず、頭を数度掻き毟った。
その後も伝令とやり取りをしている内に、ホロベックが待ち望んだ者が現れた。
「中隊長殿、第一小隊の隊員が帰還しました」
「戻ったか!!」
ホロベックの前に居たのは、支えを受けなければ今にも倒れそうな手酷い傷を負った兵士3人だ。
送り込んだ2人の小隊長も分隊長達も居ない。負傷者だけ先行して帰還させたか、そう判断したホロベックは追撃隊の動向を負傷兵に尋ねる。
「他の者はどうした?」
尋ねられた兵士の顔は数度表情を変え、残ったのは恐怖と焦燥だった。
「殺されました……全員、殺されました」
兵士の言葉に全員が絶句する。ホロべックだけがどうにか喉から言葉を絞り出した。
「詳しく説明しろ」
「ば、爆炎、破片、投擲物が暗闇から襲い掛かり、部隊は寸断、小隊長2人も失いました。分隊長か、班長か覚えていませんが、撤退を叫びましたが、狩人達に助けられた我々以外は……」
兵士は言葉を続ける事なく項垂れた。
「ご苦労だった。負傷者に治療を施せ」
「中隊長、砦まで引くべきでは、この人数では……」
残る最後の小隊長ヤディアが恐る恐る中隊長に意見を具申した。
「4人相手に三個小隊が撤退すると!? 馬鹿な事を言うな!!」
「……既に2個小隊は失われています。負傷者も多く、まともに戦えるのは分隊程度の戦力しか残されていません」
「2個小隊相手だったのだ。奴らも無事で済む筈がない。それにだ。ヤディア、臆病風に吹かれ、森に残るやもしれない多数の部下を置き去りに引けると思うか!?」
ホロベックは冗談ではないとヤディアに詰め寄るが、ヤディアは一歩も引かなかった。
「相手をユルゲンを含む騎士団4人とお考え下さい。ろくな防御施設もないこの村の中、今の戦力で挑みますか!? 残る兵士にも死ねと命じますか、我々は初動で奴らの戦力を見誤りました。撤退するべきです」
逡巡を続けるホロベックだったが、移送される負傷兵とすっかり広くなった倉庫の中を目にやり、口を開いた。
「……分かった。村長に話をする。撤退の準備を進めておけ」
ホロベックの下した命令に、兵士は弾かれた様に動き出す。
「くそ、忌々しい冒険者共が」
「暴言は後にしろ。それより撤収の準備だ。おい……お前、何ぼーっとしている」
暗闇に佇む兵士に呼び掛けたヤディアは、浮かび上がる部下の姿に息を呑んだ。
兵士だったモノは、ショートスピアが喉元に突き刺さり、壁に縫い付けられたまま絶命していた。
既に村の中まで侵入されている。ヤディアの全身が迫りくる脅威に震えた。
「てきs——」
ヤディアが叫ぶのと同時に、数分前までいた小屋が轟音を上げて、吹き飛んだ。
「そんな、馬鹿な」
小屋は爆炎で燃え上がり、周囲にも引火を始める。
「敵襲だ。指揮場がやられた」
「中隊長殿は——」
闇夜が瞬間的に明るくなると、火に集まったヤディアの部下が火球に包まれた。
「火に集まるな! 狙われるぞ」
遅過ぎた。遅過ぎたのだ。ヤディアは村に侵入した冒険者達が負傷者が帰還したタイミングで偶然襲撃したとは思わなかった。
敢えて泳がせ、こちらが議論と負傷者の手当てで手一杯になるところを選んで襲ったに違いない。
ヤディアは中隊長が居る指揮場があった倉庫へと駆け出した。
の、残る三話が間に合いませんでしたぁあああ
今年最後の投稿になります
お正月中には続きを上げます(震え声
皆さま良いお年を