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異世界デビューに失敗しました  作者: トルトネン
第六章 ローマルク帝国 マグリス独立戦争
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第二十三話 山林の残骸

 切れ掛けた息を整えながら、木の影から辺りを窺う。マグリス兵の組織的な抵抗はもう止んでいた。


 最後まで残っていた敵集団を投擲物で削り、最後は三人で斬り込んで、カタを付けた。


 俺達の足元には5人分の兵士の遺体が散らばっている。足を使っての乱戦だ。何人倒したかも覚えていない。


「かなり居たな」


「はぁ、ふぅ、ぁ、5、60人は居たでしょうか」


 不足した酸素を取り込む為に、リアナは肩で息をしながら、返事を返した。


「そのぐらいだよね。いやーキツかった」


 そう言ったアーシェも疲労を隠そうとせず樹木に背を預けている。


 リュブリスの森での乱戦では、練度差もあるのだろうが、こんな人数は捌けなかった。


 あれから幾度も戦闘を重ね成長したのだろう。俺や仲間の成長は喜ばしい事ではあるのだが、それが入国した国の軍相手と言うのは、何とも皮肉だ。


「取り敢えず、ハンクを拾いに行こう」


「そうだね」


 アーシェは大剣を振りかぶり血を払い、木の皮で血糊を拭っている。リアナは“落ちていた衣服”を剥ぎ取り、血を拭っている。


 流石は生粋の冒険者コンビ。何とも逞しい。そういう俺は消耗した投擲物の代わりがないか、足元に転がる“モノ”を探り終えたばかりだ。


 5分ほど移動して、特徴的な四つ叉に分かれた大木の前で止まる。


「終わったぞ。ハンク」


 ハンクが潜んでいるはずの大樹に話しかけると、すぐ横の茂みに溜まった落ち葉が返事を返した。


「全員無事か、あの数を倒すとは流石だな」


 正確には落ち葉では無く、半ば落ち葉に埋もれる形で潜り込んでいたハンクが返事を返したのだ。


 這い出たハンクは落ち葉や小枝を払い落とし、口を開いた。


「生き残りは居たか?」


「……瀕死や中身が出ている奴らばかりだったからどうかな」


「アタシは自信ないかなぁ」


「私も殆ど急所を狙っていたので、その時は助かっても、恐らく出血死していますね」


 頼れる冒険者3人の言葉に、ハンクは痛そうに頭を抑えた。


「そんな気はしていた。いや間違いなくそうだろうと思ってた。取りこぼしか、逃げた兵士を探すぞ」


 “可哀想な”兵士の無事を祈るハンクは芝居掛かった様に、わざとらしく手を広げた。


「あぁ、どうか冒険者の魔の手から逃れたか弱い兵士に加護があらんことを」


 野太い声で、際どい冗談を攻めるのが好きなハンクだが、今回ばかりは許容ラインを超えた様だ。


 アーシェが『一発やっとくか』と大剣を振りかぶると大剣の腹でハンクの頭を殴った。


 森に鈍い音をこだまさせ、大人しくなったハンクを中心に三角形を作り、数mの間を開け、戦闘のあった場所を巡る。


 どの方も既に天に召されていて、やる事と言えば遺体の持ち物から短槍、手斧、短刀を回収するぐらいだ。


 兵士や冒険者は自前のナイフを1、2本所持しているのが普通だ。お蔭様で、持ち切れるか怪しくなってきた。


 37人目の遺体を確認したところで、リアナが指差した。薄らと血痕が続いている。


 足を負傷しているのか、引き摺る様に続いていた。


 アーシェが進もうとしたが、ハンクが首を振って拒否した。アーシェだとうっかり剣を振ればそれだけで相手が即死する。


 そうなると必然的に、前線慣れしていて、死に辛い治癒系のスキルを持つ俺になるだろう。


 血痕、足を引き摺る後、踏み抜かれた葉や折れた枝は、人や魔物を追跡する上で重要な要素だ。


 血痕を追って、1kmで血痕は途絶えた。正確には木影で止まっている。


 休憩をしているか、死んでいるか、足場に気をつけ接近していく。既にバスタードソードを抜いた。


 そして一気に木の後ろに飛び込むが、血溜まりがあるだけで、そこには何も無かった。


 だが、血はまだ新しい。いや、新し過ぎる。ふと視界の端で、草むらが隆起する様に持ち上がると、そのまま飛びついて来た。


 突き出されたショートソードを弾き、膝に蹴りを入れると影は倒れ込んだ。


 よく見れば片手が明後日の方向を向き、足には大きな裂傷が見える。


 俺が攻撃した相手には居なかった。リアナはこんな傷で“放置”はしない。そうなるとアーシェの食べ残しだろう。


 このままバスタードソードを叩き入れれば、兵士の首を飛ばすのは容易かった。けれど、ハンクに敵の一人を捕まえるように言われている。


 アーシェでは加減ができずに良くて瀕死、悪ければ死体の原型すら留めなくなる。俺がやるしかない。


 グリップを90度ずらして、剣を相手の頭に叩きつける。


 硬いバスタードソードにより頭部から血を流して兵士は倒れこんだ。


 慌てて立ち上がろうとするが、踏み込んだ俺のブーツが背中を踏みつけ、地面に押し戻す。


 抵抗を続けようとする兵士だったが、首元に突き入れたバスタードソードでの脅迫により大人しくなった。


「死にたくなきゃ、分かるよな?」


 先ほどまでの騒乱が嘘のように森の中は静まり返っていた。響くのは虫と夜鳥の鳴き声だけ。鼻は死臭によって鈍り、視界も利かない。


 こんな夜間に俺達との戦闘をするはめになった哀れな敵に目を向け、待っているとアーシェがハンクとリアナを連れて現れた。


「大丈夫ですか?」


「ああ、怪我はない」


「で、そいつか。良かった心配していたんだ。まだ元気そうじゃないか」


 頭からは血を流し、手は折れ、足に深傷を負っている人間を元気と形容していいか、いささか疑問だったが、アーシェと戦った人間の中で比べれば、身体を欠損もしていないし、動く分だけ元気と言えるだろう。


「アーシェの取りこぼしだろう?」


「そうみたい。ごめんね」


 どじっ子のように「てへぺろ」と言わんばかりのアーシェだが、所々乾いた血がこびり付いた獣人は、下手な脅迫よりもよほど恐ろしかった。


 兵士の視線は殺され掛けたアーシェの大剣へ釘付けだ。


 地面に座り込んでいる兵士の胸倉を掴んだハンクは、そのまま腰からナイフを引き抜いた。


「動いても声を出しても殺す。お前さんの首にはナイフがある。正しく認識しろよ? ナイフを数ミリ動かせば柔らかい肉に食い込む。お前さんの喉からは暖かい血が溢れ、どれだけ息を吸い込んでも空気は吸えない。お前の返答によってはそうなる。正しく理解はできたか?」


 憔悴し切った兵士は慎重に、ゆっくりとうなづいた。 


「4日前の村への道中、警告も無しに私服の盗賊にいきなり襲われた。今度は国軍が就寝中に襲撃してきた。事情聴取ならまだ分かるが、捕虜を取る気も無く、完全に殺すのが目的だ。お前らグルだろ。で、何で襲ってきた?」


 乾いた唇を動かし、兵士は言う。


「それは……マグリス兵を襲った危険な罪人が宿に……」


「もう一度だけ聞くぞ。何で襲った?」


 ハンクは聞き分けのない子供に物事を尋ねるようにわざとらしい口調だ。兵士は明らかに動揺しているが、喋ろうとはしない。


「勘違いするなよ。あんたは特別な存在じゃない。周りの死体があんたじゃなかったのは、順番の違いだけだ」


 ハンクは持ったナイフで兵士の頬をペチペチと叩く。


「まだ探せば、1人くらいは生きてるだろう。別にアンタじゃなくてもいいんだ」


「う、あ。お、俺はマグリス兵をお、おそった……」


 ハンクはどうするか俺に目線を送ってきた。


「耳か指の一本でも削いだら素直に喋るようになるんじゃないか?」


 なるべく無表情で、何処ぞのギャング映画の様に言うと、本気か嘘かハンクも頷き同意した。


「右手からだ」


「えー、小指? 親指?」


「小指からにしよう」


 兵士は助けを求めるように辺りを見回すが、居るのは先ほどまで自分が殺そうとした相手しかいない。


 アーシェは持ち前の索敵能力を生かして新手が居ないか確かめ、リアナも手練れの冒険者らしく樹木の影に潜み、警戒で忙しい。兵士には何の興味も示しては無かった。


「叫ばれたらたまらん、口の中に布を押し込んでおこう。喋らない口だ。いらんだろう?」


 これ、本当に刺すのかよ……勢い付けた方がまだ痛く無いのか——?


 鞘に収めていたバスタードソードを抜き、兵の手首を踏んで固定する。拷問地味た真似、寧ろ、拷問そのものをすることになりそうになり、ため息が漏れる。


 指の一本に狙いを定めたところで兵士は開いていた指を固く握りしめた。


「指握るんじゃねぇよ、ふざけやがって、面倒だな。根本の数本ごとやれ」


 嫌々剣先で指を軽く突っつくと兵士は自由の利かない全身をばたつかせ口を開いた。


「ああぁあ、待て、待ってくれ!!喋ったら俺の事は助けてくれるんだよな!?」


 ハンクと俺は顔を見合わせると聖人の様な笑みで兵士に頷く。それを見た兵士がどういう訳か渋ったが、ポツリと言葉を漏らし始めた。



「 ……言う、言うから。隊長が、連隊長が小遣い稼ぎで商人を襲っていたんだ。商人が独立派の領地で、物を売らないようにすれば独立派の自力を削げるという事で上からは黙認されていた。発覚しても独立派の仕業に隠蔽する気でいたんだ」


「なんだ、その独立派ってのは?」


「この国は独立派との内紛で二分されかけてる。過去にローマルクと共に併合した国が、アルカニアの後ろ盾を得て、独立しようとしてるんだ。表面上は平和だが、水面下では内戦前夜だ」



「アルカニアだ!?ローマルクならまだしもマグリスじゃ国境線なんて接してないだろう。……まさか未到達地域を抜けてきたのか?」


 魔物が蔓延る未到達地域はあらゆる国の内外に広がっている。それはここマグリスも例外ではない。広大な未到達地域を無しにすれば、確かに、マグリスとアルカニアは国境を接していた。


「アルカニアはどうやったか知らないが、高ランクの魔物が跋扈する未到達地域に一本道を作りやがったんだよ。それが未到達地域で囲まれていた併合国の旧領地まで到達した。あいつらはリュブリスの仕返しをする気なんだよ」


 話を聞いていたハンクは詰まらなそうに吐き捨てた。


「なんだ。つまりお前らの内輪揉めのついでに俺たちは殺されかけてるって訳だ。商人舐めてんのか?」


 一度喋ればもう止まらない。兵士の職務を捨て、保身に走っている。


「悪かった。本当にすまなかった。俺はただの兵士だ。命令に逆らえば私刑、悪けりゃ殺される。お願いだ。殺さないでくれ」


 良くある俺は命令されただけって奴だ。加害者はそれで納得するかもしれないが、被害者が納得するはずはない。


「本来は殺しとくほうが後腐れが無いんだろうが、まあ、俺も商人だ。どんなくそ野郎とでも約束は守る」


 兵士は安堵した様に肩から力を抜いた。


「ところで俺たちはあんたの両腕を縛り付けようと思うんだが、その出血で何時間保つかな?」


 ハンクは兵士の顔を覗き込むと満面の笑みで言った。


「頭が痛くないか?平衡感覚が普段と違う?視界は正常か?段々と視野が狭窄しているんじゃないか」


「っ、ううぅ」


 兵士の顔は引きつり、今にも泣き出しそうであった。


「素直にお喋りができるなら後ろの仲間に回復魔法を掛けさせてやる。早くしないと死んじまうぞ。大丈夫、“もう喋ったんだ”今更、義理立てしても仕方ない」


 兵士は項垂れたままハンクの質問に答えて行く。喋り疲れたのか、リアナが回復魔法を掛けると安堵した様に眠り込んだ。


 凶暴な魔物もいない。翌日自力で下山するか、残っていれば同僚や村人に発見されるだろう。


「さて、これからどうする?」


 聞いた情報を整理すると村には3個小隊居たが、森で二個小隊を壊滅させた。


 更に脱出する際に交戦した小隊は半壊状態。森から村へ逃げ帰った兵士もいるだろうから、残る兵士は20人弱程度だろう。


「こんな国からはさっさと逃げ出したい」


「賛成ですね」


 もううんざりとリアナは賛同した。


「てなると荷馬車を取り戻すか、馬を盗まないとね」


「行き先は?」


「独立派の支配領域にしよう」


「敵の敵は味方理論?」


「そう言う事だ。アルカニアの裏道を使わせて貰えるか、最悪は荷馬車を捨てて、バルガンの国境線を抜ける」


「えー、バルガン相手に不法入国するの」


「いや、バルガンの関所で事情を話して、ギルドに介入して貰う。バルガンはワイバーンの件や国境のいざこざで反ローマルクだろう」


「あー、まぁね。ギルドとの結び付きも強いし、いきなり投獄や死刑は無いと思う」


「他に意見はあるか」


「いや、無い」


「賛成です」


「よし、俺の荷馬車を取り返しに行くぞ。礼儀を知らないマグリス人に冒険者の流儀を教えてやろう」


 本当に、何でハンクに冒険者の才が無いのか不思議でしょうがない。





【名前】シンドウ・ジロウ

【種族】異界の人間

【レベル】51

【職業】魔法剣士

【スキル】異界の投擲術(特殊投擲術)異界の治癒力(特殊治癒力)暴食(七つの大罪)、運命を喰らう者、上級片手剣B、上級両手剣B+、上級火属性魔法B+、中級水属性魔法A、 奇襲、共通言語、生存本能

【属性】火、水

【加護】なし

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― 新着の感想 ―
[一言] ハンクの兄貴、やっぱ最高だわ
[良い点] 最高です。反撃の時間だ! [一言] シンドウたち超強い。
[良い点] 兵士は助けを求めるように辺りを見回すが、居るのは先ほどまで自分が殺そうとした相手しかいない。 (^^)
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