第一話 血反吐の訓練所
訓練所の話です
「全て俺の不注意でした。ご迷惑をかけて、本当に申し訳ございません」
「こうなったのも私の監督不行届です。全て私に責任があります」
中年の亭主と料理人見習いの少年は平謝りしている。アーシェやアルフレートの奇行は、幸福のキノコというキノコの粉末を食べたことによるものらしい。
このキノコは家庭でも使われるほど安価な調味料なのだが、食べ合わせとして大量の酒と幸福のキノコ、チーズや牛乳、肉を同時に摂取するとあのような症状になるそうだ。そして見習いの少年が店内が忙しいのもあり、間違えてキノコの粉末をかけたらしい。それがあの惨劇を招いた訳だ。
同一の事故が多発しているので、幸福のキノコは、愛されていると同時に注意されている。という訳だ。
「でもやったのは俺ですよ。マスターには責任は……」
少年は責任が亭主にいくのは納得できないようだ。でもこの状況でそれ言うと亭主が――
「馬鹿野郎!! 俺がお前の面倒見てるんだ。お前の責任は俺の責任なんだよ。店を持つというのは、そういうことなんだ。分かったか!!!!」
亭主が激怒して少年は狼狽している。
「大事には至らなかったのでもういいですよ。ハンク達もいいよね」
アーシェとアルフレートは実感も無く謝罪を受けているので許してるし、ハンクや他の冒険者も食事がタダになったのと良い余興だということでいいそうだ。俺はアーシェに襲われ、トラウマが悪化したが、猛烈に反省していて謝っているのに許さないのは日本男児としてどうかと思う。
「そういう訳には……」
「なら、噂話聞かせてくれたり、次来た時に美味しいお酒と食事をだしてくれればいいかな。それが許す条件で」
「アタシもアルフレートもそれでいいよ」
一番の被害者である俺やアーシェ達が言っているのだ。亭主も渋々納得していた。
酒場の出来事から翌日、俺達にアルフレートとの別れが訪れた。アルフレートは別の護衛クエストの依頼を受けているらしく、今日でリュブリスから出発するらしい。
硬い握手を交わし、俺達は解散する。生きていれば冒険者同士、また会うかもしれない。
今までは生き残るために必死だった所為で、これからどうすればいいのか具体的に考えていなかった。
「ジロウとアーシェはこれからどうするんだ? 俺は懸賞金を元手にして運送業をしようと思う、しばらくしたら商業都市リグリアに戻るつもりだ」
泊まっていた宿で朝食を食べ終え、ハンクが話を切り出してくる。
「当面は俺が出来そうなクエストをして、魔法とスキルを磨く」
この世界の知識が乏しいので、この先何をするにしても不安だ。まずは常識や知識を集め、魔法やスキルを強化するのがいいのだろう。
「アタシはクエストを受けながら、街の外れにあるダンジョンに挑もうかな」
「そうか、ならもう俺たちも別行動だな。俺はまだこの都市にいるから、暇なときは、荷馬車の護衛を受けてくれよ」
「うん、任せて」
「んじゃ、俺はもう行く。これから馬車の調達をしなけりゃならんからな。アーシェやジロウもがんばれよ」
そういうとハンクは行ってしまった。アルフレートもハンクも違うと否定しているが、俺にとっては命の恩人だ。
あの人たちがいなければ、俺はまだ奴隷か死んでいただろう。それにこの世界で繋がりがある数少ない人間なのだ。そんな二人と別れ、俺はちょっと感傷的になっている。
「んじゃ、ジロウ、早速クエスト受けに行こうか」
「えっ?」
俺はアーシェの言っている意味が分からない、アーシェのランクはDランクの中位であり、俺はFランクの下位という最弱に分類される冒険者だ。そんな二人が組めるはずがないだろう。
「ランクが違うから同じクエストは受けれないんじゃないのか、それに足手まといになるぞ」
「別に問題ないよ。ジロウが下位のランクでも2ランク上までなら補助要員として認められるし、それにあの投擲魔法は間違いなくDランクを超えてるから」
確かに、アーシェがいれば心強い。だが、俺が足手まといになって、最悪死ぬ可能性だってある。それに俺の投擲魔法は恐ろしく燃費が悪いのだ。
「俺の投擲魔法はレベルが上がったけど、節約しても8回投げられるかどうかだぞ」
「あれを8回も投げられれば十分だと思うけどな」
「そうだね。そんなに心配ならギルドの訓練場に行ってみたら、指導員が剣のスキルや魔法のスキルを鍛えてくれるよ」
(そんな便利な場所があったとは、やはり冒険者の先輩は頼りになる)
俺は尊敬の眼差しをアーシェに送る。
「んじゃ、早速行くか」
宿からしばらく歩くと訓練場に俺たちは着いた。訓練場は土地や騒音の関係から、ギルドの支部ではなく街外れにある。建物は大きな塀に囲まれており、ファイアーボールやウォーターボールなどの流れ”玉”や矢が街に行かないようになっているようだ。
市民や商人も自衛の為の技術向上でここに訪れたりするらしい。都市側も非常時に戦闘が出来る民兵を招集するために、訓練場が大規模なものになったそうだ。
(アメリカの民兵みたいなものか)
門をくぐり、受付の女の人に話をすると、早速、訓練をしてくれるそうだ。
受付の女の人やアーシェが苦笑いしながら”がんばって”と言っていたがどういう意味だろう。アーシェは訓練してから買い物に行くそうなので、実習や座学でも好きなことをすればいいらしい。3Sを払い終え指定された場所に向かう。
中は、テニスコートぐらいの大きさで板によって区切られた場所が多い。
一番大きい場所は、集団戦を想定した場所で、体育館二個分くらいあるだろう。今日は集団戦が無いので、そこが空いており、俺は一番広い場所で訓練を行うらしい。他にも十数人の冒険者などが訓練をしている。
指定された場所に行くと背は高くないが、頑強そうな男がいた。
「私の名前は、エルフレック・カパーソンだ。お前が訓練生のジロウ・シンドウか、冒険者で生き残れるように、俺が厳しく教えてやる。好きに打って来い」
四十代ぐらいのマッチョな男がそう宣言している。
渡された木製の剣で俺はエルフレックの顔を目掛け振り抜く。が、エルフレックは剣を合わせて軌道だけ変えると、小さく、確実に俺の手に一撃を加えた。
衝撃と痛みで俺は剣を放してしまった。慌てて距離を取るが、エルフレックは動かない。
「なんだ、その腑抜けた振り方は!! 剣はもっとギリギリまで振るな。振りかぶりも無駄に大きい、そんなんじゃすぐ死ぬぞ。さっさと剣を拾え!!!!」
慌てて剣を拾い、エルフレックに切りかかる。今度は胴体を切ると見せかけて、頭に向かって剣を突き出そうとする。だが、相手が切りかかってきて、呆気なく肩を殴られた。
「ッッ!!」
「何をしている、相手も動くことを想定してやれ!!」
動くことは想定してるが、エルフレックが速すぎるのだ。
「今度はこっちからいくぞ」
エルフレックはそう言って切りかかってくる。二、三太刀は避けたり、防ぐことは出来たが、すぐ胴を木剣で殴られた。
「休むな!! さっさとこい!!!!」
(くそったれ、絶対一撃入れてやる!!)
訓練開始から一時間、体力の限界が来た俺はへばっていた。
何度も切りかかり逆に殴られ、足腰もフラフラする。一方の相手は僅かな疲労があるだけだ。
「このぉ!!」
フラフラになりながらも俺は切りかかるが呆気なく弾かれる。
「もうフラフラじゃないか、どうしたそんなものか!!!!」
強烈な一撃を背中に喰らい、俺は地面に飛ばされる。
(くそ、もう限界だ。体中イテェ)
(俺はまだ一撃も与えないじゃないか、まだ終わりじゃないだろう)
「そんなんじゃ冒険者は勤まらんぞ!!」
立って戦いたいのに体が言うことを利かない。不甲斐ない自分に歯を食い閉めていると、前にあったあの感覚が蘇る。
【オートスキル【異界の治癒力】発動します】
先ほどまであった打撲による痛みや疲労感もない。
(あのマッチョ親父は俺が立てないと思って油断しているな)
近づいて来た瞬間切りかかってやる。わざと息切れをし、心身ともに限界そうな表情をする。
案の定、エルフレックはこんなもんかとばかりに近付いて来た。
大振りでは駄目だ。コンパクトで尚且つ速く、渾身の突きを喰らわせてやる。
足しか見えないがあと五歩、四歩……今だ!!
手を付いていた状態からタックルするように木製の剣を突き出す。エルフレックは咄嗟に弾こうとしたが、僅かに俺の方が速かった。
音こそしないがそれなりに痛いであろう。何を考えているのか、エルフレックはその場で固まってしまった。
「よっし!!教官さん油断したな」
(日本男児をなめるな!!!!)
殴ることが出来て興奮していた俺は、完全に調子に乗っていた。
「根性あるじゃねぇか、まだまだいけるな」
エルフレックの顔が楽しげになっている。
「えっ、ちょ、もう終わりじゃ」
エルフレックは問答無用で訓練を続ける。結局、訓練は倒れるたびに《異界の治癒力》が発動し、六時間も続いた。年のくせにエルフレックは元気過ぎる。