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異世界デビューに失敗しました  作者: トルトネン
第六章 ローマルク帝国 マグリス独立戦争
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第二十一話 農村の死闘

 第四小隊を率いるヤディアは、部下と共に息を殺しながら階段を上がり、目的の部屋を目指す。


 既に兵士達は必要な武器は引き抜かれ、臨戦態勢であった。息を殺した大鉾を持つ兵士は扉の前に立った。


 ヤディアはもう一度状況を確認する。ターゲットは逃げ場の無い端の部屋だ。


 2階とは言え、逃走経路に成りかねない2箇所ある窓の下にはそれぞれ6人の兵士が張り付いている。


 数は4人と少数だが、獣人とマジックユーザーに加え、ユニークスキルと思われるスキル持ちもいる。初動で遅れを取れば、手痛い反撃を喰らうだろう。


 何せ、ヤディアも所属する中隊内でも選りすぐりの分隊が待ち伏せの状態から返り討ちに遭ったのだ。Bランク冒険者と聞いたが、戦闘能力に限れば、Aランククラスかもしれない。


 大鉾を持った部下がうなづき、大鉾を後ろに引き構えた。狙いは施錠された扉だ。


 ヤディアはゆっくりと腕を上げ、振り下ろした。


 それと同時に鉾が錠を打ち破り、扉は内側に押し曲がった。


 控えていた火属性持ちの兵士が詠唱を済ませたファイヤーボールを部屋へと打ち込む。


 四大魔法で最も習得者が多い火属性魔法の使い手は小隊内でも複数存在するが、威力に関して言えばヤディアの部下が一番であり、その威力は中級クラスだ。


 宿主には申し訳ないが、火球で殺す。それが叶わなかったら負傷した所を完全武装の兵士を雪崩れ込ませ、一気に殺す。


 それが一番被害が少ないとヤディアは考え、その襲撃作戦はホロベック中隊長にも許可された。


 魔力を消費して体現されたそれは中級に値する火球であったが、それは予想を反した位置で爆発した。


「逃げ——っ!?」


 室内から現れた巨大な影がそれに当たると、爆炎は入り口でその効果を発揮した。


 火属性持ちの兵士が自身の炎に巻かれのたうち回る。ヤディアも含めて、踏み込むはずだった兵士は咄嗟に盾で身を隠した。


 散らばり燃え上っているのは木片とシーツだ。影の正体は部屋に据え付けられていたベッドに違いない。


「怯むな!」


 ヤディアの号令に、控えていた兵士達がラウンドシールドを突き出しながら、部屋へと雪崩れ込んだ。


 後続もそれに続こうと足を動かした瞬間、閃光が走る。真っ黒な爆炎が先頭にいた兵士を飲み込み姿を隠してしまう。


 突入しようとしていた兵士の体は吹き飛び、ヤディアは反対側の壁へと叩きつけられた。


「あっ、ぐゥっう」


 ヤディアは肺から強制的に空気が排出させられ、咳き込むのもそこそこに状況を把握した。


「アアァアア!! 目がッぁああ」


 両眼を抑えて倒れ込むのは、大鉾を持っていた兵士。漂う悪臭は廊下にはらわたがぶちまけられた臭い。ちょうど突撃した3人分の中身であった。


 報告にあった《ユニークスキル》による待ち伏せ、控えていたヤディアはそう判断を下した。第一撃が失敗してもまだ手はある。


「間合いを潰せ、部屋に入れば至近では使えん」


 控えていた兵が再度突入を開始しようとしたが、再び閃光が走り、爆風と破片を防ぐ為に、ヤディアは腕で顔を覆った。


 馬鹿な自爆か、有り得ないと否定したヤディアが部屋を覗き込むと部屋の中にはターゲットは残っていなかった。


 理由は一目瞭然だ。それまで無かった別の通路が新たに生み出されていたのだ。


 ヤディアは隣の部屋に目を向ける。奴ら入口を作っている。


「逃すな!!」


 壁に出来た穴を覗いた兵士の首が飛んだ。穴から覗いたのは血に濡れた鉄塊。それが大剣だとヤディアは直ぐに理解できた。


「う……」


 先導していた仲間の死に怯んだ兵士達が意を決して突入を再開した時には、部屋の中は空っぽで反対の壁には外へと繋がる穴が空いていた。


「外に逃げたぞ!!」


「集まれ、店の左側だ」


 取り逃がした事を悟ったヤディアは悪態をつき。正規の階段から駆け下りると、怯えた亭主が声を上げた。


「な、何があったんです?」


 己の失態を責められたような気になった指揮官は無言で亭主を押し退け、外へと出る。


 窓の直下には兵を配置していたが、反対の壁には兵を配置していなかった。


「……逃走されました」


 部下に案内されるままにヤディアが外の路地に向かうと、そこにはすれ違い様に両断されたのか、重なるように4人分の死体が出来上がっていた。


 更に進むと3人の死体と4人の負傷者が地面をのたうち回っている。ヤディアは視線を進めると血痕の続く先は森の中であった。


「……追撃ですか?」


「いや、一時中止だ。ホロベック中隊長に指示を仰ぐ」


 ヤディアは小隊長の威厳を辛うじて保ったまま、そう告げる。僅か2分足らずで17人が死傷。戦時体制ではない小隊は30人前後で構成されている。


 ヤディアの隊は、欠員があり29名だ。残りは12名。4人相手とは言え、ヤディアは仕留められる気がしなかった。


「出血が酷いぞ。傷を強く押さえろ」


「お湯と布を用意しろ。お前は第一小隊から回復持ちを借りて来い」


「他は警戒を続けろ。俺は中隊長に連絡に行く」


 ヤディアは村外れの倉庫に向かう。そこには村長の所有する倉庫があり、中隊が借り受け、臨時の陣地へと変わっていた。


粗末な造りの扉を開け放つ。中には他の小隊長達と中隊長が居た。


「その顔は手酷くやられたな」


 ヤディアが報告を行う前にホロベックは呟いた。


 ヤディア自身も今自分が酷い顔をしているのは鏡を見るまでもなく知っている。破片が顔に突き刺さり、出血しているのだ。


それでも身体を二つに両断された部下や爆発で壁や床の“シミ”になった部下を考えれば、ヤディアは幸運と言えるだろう。


 他の小隊長もあれだけの音がすれば何が起きたか理解しているはずだ。同僚の失態にご愁傷様と気の毒そうな顔をしている。


「ほ、報告致します。小隊総出で襲撃致しましたが、17人が死傷し、目標を取り逃しました。申し訳ありません……」


 ホロベックは目を見開き、息を飲んだ。他の小隊長も同様だ。数人の被害は想定していたが、半数の17人が死傷し、目標に逃亡されるとは思っていなかったのだ。


 罵倒されると身構えていたヤディアは、中隊長の顔を見上げる。


 間にしては長い時間の後に、ホロベックは口を開けた。


「……いいか、あいつらは冒険者に偽装した“国王派”の工作員だ。ここで逃せば被害が広がる。絶対に逃せない。“分かるな”」


 実態は、ただの護衛の冒険者である事を知るヤディアであったが、小遣い稼ぎで襲い中隊に損害が続いているなど、公に出来るはずもないのも理解している。


「ヤディア、お前の第四小隊の残存はここに残れ。押収した荷馬車と中隊本部の護衛だ。村長に話を通し、村の男達を起こせ。村周辺の火を絶やすな」


「了解しました」


 ヤディアの返事を聞いたホロベックは次の指示へと移る。


「第一小隊、準備を済ませ待機していろ。第三小隊、展開していた兵を集めたら、第一小隊と山狩りに加われ……確かこの村には優秀な狩人が居たな。報酬を払って道案内にしろ」


 砦にも時々、狩人達が仕留めた成果が回ってくる。ホロベックは小袋から幾つかの硬貨を取り出すと、小間使いの兵士へと渡した。


「話は以上だ。これ以上の失態は許されない。必ず殺せ」


 ホロベックが机を叩くと、兵達は弾かれた様に一斉に動き始めた。

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