第二十話 歓迎委員会の逆鱗
「も、申し訳ありません。ラッセン連隊長、襲撃分隊が返り討ちに合いました」
通信魔道具越しにでも分かる部下の情けない声に、マグリス騎兵連隊の長たるラッセンはため息を押し殺した。
ただでさえ忙しいこの時期に、後方に残した子飼いの部下がとんでもないへまをやらかしたのだ。
商隊や冒険者を襲うのは、ラッセンは確かに許可した。この時期に証拠さえ残さなければ、全て連中のせいに出来るからだ。
既に何組かの商隊を襲い、損害無しに大きな利益が出ていた。そこに襲撃分隊の壊滅と目標の取り逃がしの報告だ。
「返り討ち……? 相手は個人の商人と冒険者であろう。ホロベック中隊長、そんな連中にどうしてやられたんだね。襲撃分隊は中隊内でも選りすぐりの兵士のはずだが」
今回ホロベックに投入の許可を下した襲撃分隊は、地方の衛兵や数だけ揃えた歩兵の雑兵とは違う、専門的な訓練を受けた職業軍人だ。その中でも弓や魔法に長けた者も付けている。ラッセンは、報告を行なった部下であるホロベックを問いただした。
一瞬返答に詰まったが、ホロベックは直ぐに口を開き説明を始めた。ホロベックにとっても信じがたい事態であったが、現実に起きている問題だ。何も考えずに、のうのうと魔道具で通信をしたわけではない。
「確かに、相手は冒険者3、商人1の少数ですが、Bランク三人、そして獣人を含む強力な冒険者でした。襲撃分隊は待ち伏せにより先手を打って仕掛けましたが、固有能力と思しき投擲物を爆発させる冒険者により、人数差を覆されました。残る2人も卓越した冒険者で、それぞれ4対1と3対1で我が兵を破っております。我が方は10名が戦死、残る4人も負傷しております」
「与えた損害は?」
「1人をふ、負傷させました」
ラッセンは軍人として、今回部下が取り逃した標的の評価を始める。
「待ち伏せをしていた襲撃分隊を、優に殲滅し得る有力な冒険者が、戦闘可能なまま野放しか——ホロベック、冗談ではないぞ」
上官の叱責にホロベックは繰り返し謝罪する。声のトーンを僅かに下げたラッセンは、諭すように続けた。
「冒険者ギルドに嗅ぎつけられれば、面倒な事になる。ただでさえリュブリスでの一件で、あそこを根城とする冒険者を敵に回しているのだ。これ以上厄介ごとを増やす気かね? それに冒険者・商人ギルドだけではない。連中に合流されたらどうなるか、これ以上は言わなくとも分かるだろう」
ホロベックは即答せず、少し間を開け、ラッセンに返事を返した。
「申し訳ありません。一部の戦力を残し、直ちに中隊総出で討伐に向かう予定です。“奴らは独立派に雇われた傭兵で、我が方の兵士を殺傷をした”そう兵には命令を出します」
僅かの間を置いてラッセンは満足げに返事を返した。
「宜しい、速やかに独立派の傭兵どもを片付けるのだ。本隊は奴らの掃除に忙しい。纏めて討伐されるまで引きこもってればいいものを、少数の兵が私の領地にまで進出しておるわ」
机を指で叩く軽い音が数秒続き、ラッセンはボソリと呟いた。
「ホロベック、私を落胆させるなよ」
「はっ!!!不肖ホロベック、全身全霊を掛けて、独立派の討伐に臨ませて頂きます」
ホロベックが宣誓して直ぐに、魔道具からは金属を擦るような、嫌な雑音に切り替わる。通信を終えたホロベックは魔道具を金庫にしまい、椅子に座り息を吐いた。
「クソッ、数度Bランク複数を含む相手を無傷で仕留めたが、同じBランクでもこうも違うか」
地方や所属しているギルド支部でランクの強さが変動する事は、確かにホロベックは耳にしていた。
特に迷宮に入り浸りする冒険者は、戦闘経験や高い技量にも関わらず、ランクが上がり易いギルドの仕事をこなさない事から、ランクと実力が一致しない。
C、DランクにしてAランクの魔物を狩る猛者も居ると語るローマルク兵との会話を、ホロベックは誇張された物であり、話半分に聞いていたことを後悔していた。
纏まらない思考を落ち着かせる為、ホロベックは腰袋に手を入れ、魔力を流す。
腰袋に入れたホロベックの手首より先が、雪解け水に触れた様な感覚に落ち入る。違和感を無視して、目的の物をイメージしながら袋の中で掴むと引き抜いた。
手にはホロベックが想像した通りのクレイパイプと革製の小物入れが掴まれていた。
腰袋の正体は魔法袋であった。これは冒険者から得たホロベックの逸品の一つだ。
ホロベックがラッセン連隊長に献上しようとしたところ、これよりも容量の大きい魔法袋を複数所有していた事から、裏の仕事を多く任せられる子飼いのホロベックに与えられた品であった。
ロストアイテムの中では、迷宮や遺跡での出土数が多い魔法袋だが、その利便性の高さから、魔法袋を所有する多くが資金と独自のコネを持つ国、軍、大貴族、大商人であり、一般の物販ではまず表に出てこない。魔法袋を持っている事が社会的地位を持つと言っても過言ではない。
他にも裏仕事をして得た報酬は幾つもある。ホロベックは今の地位を失う訳にはいかなかった。
クレイパイプにムラなく満遍に煙草の葉を詰めていく。タンパーで軽く押し込み、適切な硬さに詰まった葉に満足したホロベックは手に魔力を集中させ、パイプに火を着けた。
ホロベックは、火が消えないように数度息で調整し、いよいよと吸い込んだ煙が肺に入り込み、肺の空気と混じり合って口から、吐き出される。
紫煙はゆっくりと立ち昇り、天井付近で停滞を始めたのを見て、ホロベックは窓を開けた。
椅子に座り込み、先程と同じ動作で煙を燻らせ、地図を睨むと標的の移動速度と距離を浮かべ、メモ紙に殴り書きをしながら作戦を思案していく。
そうしてホロベックがパイプを吸い終わる頃に作戦は決まった。前室に待機していた副官を呼び付け、直ぐに命令を下した。
「今すぐ小隊長を集めろ。全員だ」
「集まっているな。楽にしろ。座って構わない」
ホロベックは部屋に集まった直立不動の小隊長の面々に目を向け、着席を促す。
「独立派の反乱の警戒に当たっていたウォーレンの分隊が襲撃にあった。相手は、独立派が雇った傭兵どもだ。ただの傭兵だと思うな。4人という少人数だが、あのウォーレン分隊が損害を与えられぬまま壊滅した」
小隊長達は食い入るようにホロベックの説明を黙って聞いている。
「ラッセン連隊長から、この偽装した傭兵達の撃滅が命令された。我が中隊は3個小隊を以て、予想されるルート上で網を張り、ウォーレン分隊のツケを払わせる。連中は4日後にはガザンダ村に入る。相手は手練れだ。我が方にも被害が出る恐れがある。そこでだ」
ホロベックは手に持っていた地図を机に広げるとガザンダ村を示した。
「連中が村に入り、宿又は馬車に宿泊しているところを一挙に殲滅する。襲撃は——ヤディアの第四小隊に任せるつもりだ。ガザンダ村を素通りした場合は、街道上で襲撃を行う。ここまでで質問はあるか」
ホロベックの問いに指名されたヤディアが挙手をした。
「ウォーレン分隊が壊滅させられた厄介な傭兵と言うことは理解しました。しかし、幾らなんでも4人相手に、3個小隊は過剰では——」
「4人の構成はBランク冒険者が3、Dランク冒険者が1だが、1人は獣人だ。それも獣人の中でも際立った強さだ。国境付近の小競り合いで諸君も馴染み深いだろう」
ホロベックの言葉に、小隊長達は顔をしかめた。数は多くないものの、バルガン国家群の重武装の獣人部隊の強さは、周辺国の歩兵の中でも頭二つは抜きん出ている。
「更に付け加えるともう1人、強力な固有能力と魔法持ちだ。こいつもユニークスキルの詳細は不明だが、投擲物を爆発させるらしい。僅かに帰還したウォーレン分隊の弓手2人は酷い火傷と破片による裂傷が目立つ。威力だけみればAランク相当の脅威だ。初動で失敗すると手痛い反撃を喰らう。残る2人も剣が主体の優れた技量を持つと報告があった」
ホロベックは一呼吸空けて、言葉を続けた。
「それに“他にも”独立派の仲間が居るかもしれない。万が一にも取り逃さない為にも、他の小隊には、戦闘状態で待機して貰う」
納得したのか、ヤディアはそれ以上の意見を口に出さなかった。
幾つかの質問と回答が続き、会議は終わりを告げた。だがそれは同時に、3個小隊の出撃を意味していた。
隷下の部隊を集めると、同じ説明を行う。そうして各小隊の兵士達は、武具と馬の準備を済ませていく。
今回はガザンダ村から糧秣の提供を受けられるとは言え、道中も数日掛かる上に、人数が人数だ。倉庫から携帯性の良い糧秣を運び出すと荷馬車に積み込まれていく。
ここで後れを取ると、食料の余り物や傷んだ使い古しの装備を使うはめになる為、各小隊は争う様に準備を済ませて行く。
そうして3個小隊が出撃準備を完了させると、ガザンダ村を目指し、部隊は動き出した。
襲撃から4日後、恐れていた盗賊の襲撃はおろか、魔物にも遭遇する事なく、俺達の荷馬車はガザンダ村へとたどり着いた。
人口こそ聞いていないものの、建物の数や行き交う人の数から言えば、200人~300人程度の大きな村と言えた。
入村するにあたり、積み荷のチェックも無く、幾人かの村人が積み荷に期待して、荷馬車に寄って来たくらいだ。
「申し訳ないが、日用品は売っていない」
ある者はハンクの顔を見て、ある者はハンクの話を聞いて、興味を失った様に荷馬車から離れていく。
そんな中で一人の男は目的が違った。
「その様子じゃ、荷馬車の旅で同じような食生活で飽きてるだろ。木苺のシロップ漬けとか新鮮な葉野菜とかあるぞ」
男が背負った背嚢からは、瓶や日用品が次々出てくる。値段を聞いたハンクは顔を顰めた。
「ちょっと高いぞ」
「おいおい、こんな田舎だぜ。都市部に比べればそりゃ高くもなるさ。店に来て、纏めて買ってくれたら、多少は安くするぜ。宿とか村のことも教える。頼むよ」
「現物をみてからだな。お前らいいか?」
振り返ったハンクにそれぞれが手、頭、言葉で「異議なしと」返事を返した。
「流石旦那、それじゃ付いてきてくれ」
商人に案内された店は日用雑貨屋だった。平屋で店と倉庫が繋がっているタイプの作りだ。
主な商品は食料品だが鍬や鋤などの農具までもが揃っている。大陸で最も優れた交通網を誇るローマルクの属国だけあって、田舎の村にも関わらず、商品が揃っていた。
「砂糖と塩が揃っているな」
ハンクは感心した様子で商品が並ぶ棚を見ている。
「ローマルクとの国境にも近いから、都市部に運ぶ途中で、物々交換をするんだ。村で売る分もあるから大量には売れないがね」
ハンクが怪しい白い粉に夢中になっている間、店内を徘徊していると、実に魅力的な物を見つけた。
「なあ、これって」
「それは随分前に仕入れた、ローマルク軍の型落ちの軍用ナイフだぜ。最新のローマルクのナイフは、柄が空洞になってて、中に縫い針を入れられたり、空洞に棒を突っ込んで即席の槍に出来たりするんだ。よく考えてるよな」
その型落ちのナイフは箱に敷き詰められていた。
「持ってもいいか?」
「構わないよ」
無造作に一つ掴み、手のひらの上で何度か回転させる。程よい重さに加えて、飾り気のない柄はとても握りやすい。
その後もナイフを入れ替え、重心や握り心地を確かめるが、どれも恐ろしく均一性を持つ。これがアルカニアやヘッジホルグの装備品ではわけが違う。
正規兵が使用している剣や鎧は大まかにみればほぼ同一だが、制作した工房や時期によっては、細部が異なる。
それは軍用ナイフに限っても同じだ。ナイフマニアとも揶揄されるほど各国のナイフを見てきたが、ここまで品質を均一にできるノウハウや思想を持つ国は他にはない。
「素晴らしい」
俺がナイフをまじまじと見つめ、感嘆の言葉を漏らすと、店の亭主がすかさず口を開いた。
「無骨だけどいいでしょう? 余剰となった放出品ですが、この村じゃ買う客はみんな買ってしまいまして。セカンドナイフまでそのナイフを持ってる人までいますよ」
「気に入った。“全部くれ”」
俺が50本以上入った箱を持ち上げ、亭主に詰め寄る。
「よく箱ごと持てますね。……全部ですか、あ、ははは」
冗談だと思ったのか、助けを求めるように亭主がハンクを見るが、ハンクは真顔で首を振った。
亭主は残る二人にも視線を走らせるが、アーシェとリアナはシロップ漬けに夢中で我関せずだ。血の気の多い物騒な2人にしては珍しく、真っ当に女子会をしていた。
普段の女子会は魔物や盗賊の血肉を大剣やソードブレイカーから滴らせながらだと考えれば、なんと平穏な光景だろう。
亭主はマントの下から見える俺のスローイングナイフに目を向け、愛想笑いをした。どうやら本気なのを理解してくれたようだ。
「ナイフがお好きなんですね……」
「ああ、ナイフは大好きだ。で、これ全部でいくらだ? これだけ買うんだから安くしてくれるんだろう」
亭主は引きつった顔でナイフの数を数えると、暫く頭を抱えて、値段を決めた。
とてもいい買い物になった。
「いやぁ、宿なんて久しぶりだね」
宿の裏手の倉庫に荷馬車を付け、荷馬車から外した馬は宿の亭主の家族が面倒を見てくれている。
亭主の親族が村で最大の農家で、畜産を営んでいるらしい。村で飼草が不足しているからとマメ科の飼料を多くしてくれた程だ。
「小さいが風呂まであるのは助かる」
冒険者のくせに潔癖かと言われるが、体を拭く以外は何週間も風呂に入らない事があるのだ。
「お風呂もですが、あのほどよい辛さのスープも気に入りました」
「……そうだね」
リアナがスープを褒めていると、アーシェが上の空で返事を返した。
飼料小屋を見た後から何やら考え事があるらしく、珍しく長湯をしながら考え込んだアーシェはのぼせたらしい。
久々に風呂にゆっくりと入り、エールやワインを飲み干し、ワイルドボアの肉とジャガイモで作られた辛みのあるスープと焼きたての黒パンで組み合わせも最高だ。
料理や風呂の話題から、昼間仕入れた品物やこれからの日程の話しを進める。夜が更けていくのが、何時もよりも早く感じられた。
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驚いて二度見しました