第十二話 幸福のキノコ
「うっ、どこだ、ここは」
目が覚めると同時に私の頭は頭痛に襲われている。一体どういうことだ。
眼前の惨憺たる光景に私は息を呑む。食事や酒を提供するはずの店内に、机や椅子、人が倒れているのだ。テーブルの一部は何かによって燃えたように煤が付いている。
(襲撃――!? いや、街の外れとは言え、ここはアルカニアの壁だ。そんな無謀な真似をする輩はいないだろう)
店内に無事な人も物もない。床に転がっている人たちは、酒場にいた客達である。ハンクやアーシェの姿も見えない。
「なんだあれは」
どういう事か壁には椅子がめり込んでいる。
店を見渡すと、店内中央に椅子に座ったジロウの姿があった。ムカムカする胃と頭の鈍痛に耐えながら、私はジロウに近寄って行く。ジロウの近くには眠っているアーシェとその周辺にハンクと数人の冒険者が倒れている。
「ジロウ、一体何があったんだ」
「キノコ」
ジロウはそれだけ言ってぶつぶつ独り言を言っている。衣服は乱れ、良く見ると顔には引っかき傷がある。何が有ったと言うのだ。
「キノコがどうしたんだ」
「キノコ……キノコがいけないんだ。みんなやられた。アーシェとアルフレートがいけないんだ」
「一体、何のことだ」
ジロウは”何を今更”と言った様子だ。
「覚えてないのか、あれだけやって」
ジロウは呆れ顔で私を見る。
「ああ、夜に食事した辺りから記憶がない」
「そうか」
ジロウは深いため息をついて私に話し始めた。店で何があったかを。
俺は荷物を宿に置き、アンギルさん達と酒場に来ていた。
襲撃からアンギルさんと香辛料を守ったことで、アンギルさんが食事をご馳走してくれることになったのだ。お堅い店ではなく、冒険者も飲みに来る楽しく酒や料理が飲み食いできる店だ。
「いやー君達には本当に感謝している。今日は私の奢りだ。好きなだけ食べてくれ」
テーブルにはたくさんの料理が運ばれてくる。鶏肉が入った濃厚な香りをさせるシチュー、鳥をローストした肉料理、甘い香りが漂うアップルパイだ。木製のジョッキに入ったエールも運ばれてくる。
俺は音を立てながら一気にエールを飲み干すと、おかわりを要求する。こう見えても俺は酒豪なのである。ハンクや他の冒険者も負けじと飲み干すが俺の敵ではない。
「おお、ジロウ、案外飲むじゃない」
アーシェの飲みっぷりも凄まじく、女性としては今までで一番強いかもしれない。
当然、お酒が進めば、料理を消費する速度も速くなる。テーブルに並べられた料理はあっと言う間に無くなった。店の亭主が必死に料理を作り、看板娘が慌てて料理やお酒を運んでいく。俺達が凄まじい勢いで酒と料理を食べるのもあるが、他の客も多いのも原因だろう。
”なんでこんなに忙しいの!?”と看板娘は亭主に言っているが、忙しいものは仕方ないのだ。なので俺達は食べるのも飲むのも止めない。
「はは、凄い食べるね。店員さん、エールのおかわりを六杯くれ、あとシチューと鳥のローストも」
アンギルさんが笑い、店員を呼ぶ。
「はぃいいい、少々お待ちを――――」
奥のテーブルに料理を運んでいた看板娘は、勢いよく返事をすると厨房に早足で入っていく。
既に七杯目になったエールを飲みきり、シチューを食べる。様々な食材が入ったシチューはコクやまろやかさもあり最高だ。具として入っているたまねぎや鶏肉などで味が変わり、飽きさせることをさせない。
ふと気付いたが、異世界に来てから飲む量も食べる量も底なしになってしまった。碌な食事を与えられなかった反動にしては、食べる量が多い気もするが、気のせいだろう。
「お待たせしました」
既にぐったりしているはずだが、そんな素振りを見せずに看板娘は笑顔だ。料理とエールがテーブルに運ばれ、俺は八杯目となるエールを飲み始めた。アーシェも同じく八杯目のようだ。アルフレートは七杯、ハンクは三杯目だ。おっちゃん見た目は飲みそうなのに……
そんなエールをがぶ飲みする俺達を見て、看板娘が驚倒しそうになっている。
だが、看板娘は驚いてる暇はない。彼女を待っている者がいるからだ。そう他のお客である。
。
俺が飲んだエールが10杯目を過ぎ、汲み取り式のトイレに行って帰ってくると、見慣れない粉がかかった肉料理がある。しかし、俺の目の前で最後の二欠片をアーシェとアルフレートが食べてしまった。
「美味しそうだな。なんの粉がかかっているんだ」
俺は席に座り、その肉料理が乗っていた皿を見て言う。次に店員が来たら注文してみよう。
「へへーいいでしょ――」
「ふふふ」
妙にアーシェとアルフレートのテンションが高い。きっと酔っ払ったのだろう。
「まてよ、この粉って……幸福のキノコじゃないか」
「確かに乾燥させた幸福のキノコに見えますな。でも普通こんなにかけませんよ」
ハンクは何かに気付いたように呟く。アンギルさんもひげに手を当てて考え出した。
「どうしたって言うんです」
状況が飲み込めない俺は二人に聞こうとするが、厨房から亭主が走ってきた。遂に急がしさのあまりに亭主まで料理を運んでいるのかもしれない。
「お客様、さっきテーブルに来た料理食べてしまいましたか!?」
血相を変えて、亭主は尋ねている。
「そこの二人が食べましたよ」
俺も食べたくて注文しようと思っていたが、肉が痛んでいたのだろうか。
「ああ、まずいぞ。そこのお二人は大量のお酒と肉とシチュー……生チーズを食べましたか」
亭主が述べたのはテーブルに並んでいた料理の一部だ。
「食べていましたよ」
「もう、うるさいなぁー、ジロウ暇だからあそぼ――」
そう言ってアーシェが俺に抱きついてくる。柔らかい胸の感触や俺の顔に息がかかる。まったく意味が分からない。
「あ、アーシェ!? どうしたんだ。と、とりあえず離れようか!!」
周りも騒ぎに気付いたのか注目の的である。俺にはそんな趣味はない!!
「嫌だーー」
「酒と肉と生チーズ、そして分量を超えた幸福のキノコ、完全に条件を満たしてるじゃねぇか。誰か手錠かロープ持って来い!!」
ハンクが店内に叫ぶと意図を察した数人が慌てている。
俺に抱きついていたアーシェを冒険者の二人が外そうとする。
「グルルルルゥ……」
獣のうなり声が聞こえる。隣にいるアーシェからな気がするがきっと気のせいだ。そうに違いない。しかし、そんな俺の考えは間違いだったらしく、次の瞬間、二人は吹き飛んだ。
「邪魔するな!!!!」
アーシェは冒険者二人をなぎ払い首元に抱きついてくる。今しがた発揮した力を首にかけられたら間違いなく首が折れる。
「アーシェ!? くそもう駄目か、連れが”狂い茸”の症状が出ちまった。手伝ってくれ!!」
ハンクが店内の冒険者達に呼びかけると椅子から立ち上がり、こちらに近寄ってくる。
そんな時、ぶつぶつと独り言をしていたアルフレートが急に立ち上がった。
「焚き木が足りてない。炎弾よ敵を焼き尽くせ」
アルフレートは魔法を放ちテーブルを吹き飛ばした。独り言は詠唱だったのだ。どうやらアルフレートもおかしくなっているらしい。
「捕まえた!!」
客の一人がアルフレートに飛び掛り、布で口を塞ぐ。
「ふが、ふががぁ」
アルフレートが何か叫んでいるが気にせずロープで拘束しようとする。
「うるさい!!」
アーシェはそう言い放ち、アルフレートと冒険者を吹き飛ばす。吹き飛ばされた冒険者とアルフレートは仲良く気絶したようだ。
店内にいた冒険者達は一斉にアーシェを取り押さえようとするが逆に返り討ちに遭う。
ハンクがハンドシグナルで俺に指示を出している。”取り押さえるのは無理なら隙を見て気絶させろ”だろう。ハンクは残り少なくなった冒険者と手足を掴むが逆に振り回され、飛ばされた。
ここぞとばかりに俺は椅子をアーシェに投げる。
鉄製、それも武器という存在ではない椅子では、本来の十分の一も威力はでない。それに魔力は最低限しか込めていないので怪我はしないだろう。
だが、手加減して投げたのと、アーシェの優れた動体視力によって紙一重で避けられてしまった。避けられた椅子は壁にめり込み、奇怪なオブジェへと変貌を遂げる。
「あ――」
「なによ。……ジロウ、やるっていうの」
アーシェは俺の顔を軽く引っ掻いてきた。ひりひりして実に痛い。
「いてぇ」
「ごめん、ジロウ痛かったよね」
アーシェは口調が戻り、しょんぼりして俺に謝っている。
「元に戻ったのか、良かった!!」
「なんのこと? それより痛かったよね、お詫びに慰めてあげる」
そう言うといきなりアーシェは俺の服をもぎ取りだした。
「ちょ、やめ――、助けてぇ!!」
俺は抵抗するが、手は押さえつけられて、服をもぎ取られていく。
アーシェはその暖かい舌で俺の首元を何度も舐める。
「ジロウ、しょっぱいね」
俺はもう固まるしか出来ない。こんな大勢の店の真ん中で俺は襲われていくことしかできないのだ。ちょっと気持ち良いのがまた情けなくなる。
手をズボンにかけた時、急にアーシェの動きが止まった。
「眠い……。また今度遊ぼうか」
絶体絶命だと思われたが、アーシェは欠伸をしてその場に横になると寝始めてしまった。
「と、まぁこんな感じだ。」
俺はアルフレートに説明を終えた。既に店の中にいた客は、起き出し後片付けを始めている。アルフレートの顔は真っ青になったままだ。
「どうすんだよ、これ」
俺の呟きは片付けの音にかき消された。
急いで書いたから誤字があるかもしれません
あと後日、書き足すかもしれないです