第十一話 農村
想定されたような夜襲も朝駆けもなく、合流した冒険者や大工達と馬車隊が入村したのは、翌正午だった。
村には所々朽ち果てた柵がある程度で、空堀や土塁と言った有力な防御施設は存在しない。
防衛戦力も大工の護衛に来た冒険者と村特有の自警団があるか無いか——民家の数も25棟程度で、100人前後の小規模の村と言えた。
村の住民だろう男達が切り株に腰掛けていた。脇には農具が纏めて転がっているので、作業の合間に小休憩をしているのだろう。
荷馬車から次々降りて来る冒険者を見て、男達は近寄ってきた。
商隊相手に村や街の住民が、食料の購買や物資の交換を行うのは、良くあることだ。特に、村の特産品に多い生鮮食品類は馬車旅では貴重品だ。
こちらの世界にビタミンという概念は存在しないものの、果物や野菜が好まれている。
その理由はビタミンC不足が起因とする壊血病やビタミンB1不足が起因とする脚気だ。
かつては長旅の際に正体不明の病に犯される商人や冒険者も少なくなかったそうだが、同パーティでも果物や野菜を積極的に取った冒険者が病に掛からなかった事から、経験則で果実や野菜が好まれるようになった。
ビタミンB1不足で引き起こされる脚気は大正・江戸で大きな被害を齎らし、2万を超える死者を出した。大航海時代の壊血病に至っては200万を超える死者を出したとも言われる。
幸い、外洋に出ようにも海洋生物が跋扈しており、外洋の支配種とも呼ばれ、Aランクの上位に分類されるクラーケン、リヴァイアサンにもなると、複縦陣を組んだ大型軍艦20隻の艦隊の大半を沈めうる能力を有すと言う程だ。
村の男達は外貨を稼ぐために、下見に来たのだろう。表情が険しく、殺気立った冒険者の様子に気付くと足を止め、お互いの顔を見合わせた。
そんな村の男達にレラウはなるべく笑顔を崩さぬように近付いて行った。
疲労と睡眠不足により笑顔が引き攣り、目の眼孔のクマも黒々としたレラウの不気味さに、男達はますます怯える。
「急に脅かしてしまいすまない。隊列を預かる冒険者のレラウという。こちらは雇い主のデニスだ」
「デニスと申します。早速で申し訳ないのですが、この村の村長はいらっしゃいますか?至急お伝えしたい事があります」
レラウは胸元から、デニスは懐からギルドカードを取り出し、村民に見える様に提示した。
急な話に対応に戸惑った村人達だが、一人の男が言葉を返す。
「ああ、この時間なら家にいると思う。少し待ってくれ」
男は小走りで、村の中心にある建物へと消えて行った。周囲の家々と比べても二つ分は大きく二階建て、規模から考えても村長の住居だろう。
非常時とは言え、戦闘中でも無いのに村の中で剣や斧を抜き身で持っている訳にもいかない。レラウとデニスが村長に挨拶をする間、俺は周囲に目を配る。
冒険者達はリラックスした風を装ってはいるが、腰の周りに手を置き、武器を何時でも抜ける様にしていた。
アーシェなどの大型の武器の所有者は、馬車の中に陣取り大剣を床に置いたり、大斧を壁に立て掛け、臨戦態勢だ。
側に待機する男達に加え、村の窓や家の影から女子供が荷馬車を伺っていた。
残る村の男達も何事かと荷馬車の周りに集まり始めている。何事かと村人はこちらに聞こえない様に、小声で話し合う。
「あー、凄く警戒されてるね」
耳の良いアーシェには丸聞こえらしい。
「まあ、そうなってしまいますよね」
リアナは周囲をぐるりと見渡し、苦笑する。職業柄、見栄っ張りなところがある冒険者が、怯えも隠さないで警戒しているのだ。素人目にも明らかな異常事態だ。
そんなざわつく村人の中から、低くはっきりとした声が響く。
「一体何があった」
他の村人と比較しても数段身なりがいい。腰こそ曲がっていないが、髪は白髪が混じり、顔の皺も多い。歳は中老と言ったところか。
すぐ後ろには村長宅に消えていった男が歩幅を合わせて付いてきている。服装、外見、態度から鑑みても、間違いなく村の長だろう。
「昨日出発した冒険者か――馬車が壊れたから、大工を連れて直しに行ったんじゃないのか」
馬車の間で居心地悪そうに、大工と村の冒険者が目を合わす。
剣山獣の出現をどう伝えれば良いのか分からないのだ。そんな彼らに代わり、村長の問いにレラウが答えた。
「剣山獣が出たんだ。それも群れでだ」
「……こんな場所に、それも剣山獣が?」
信じられないと表情を隠さず村長は言った。確かに、本来生息域とされる険しい山間部とはかけ離れた地域だ。
「カイエラン、ラリー、アレを出してくれ」
レラウは指示を出すと、二人は荷馬車に戻り、作業を始めた。
「おう、ラリー、落とすなよ」
「は、はい!」
カイエランとラリーは木箱を馬車から持ち上げ下ろすと、村長の目の前で置いた。
木箱を覗き込む村長の顔が一瞬にして歪む。
「うっ、これは頭部か、剣山獣の」
どよめく村人達も中身を確認しようと、木箱に集まる。反応は個人差はあるものの、大凡は同じだ。
まだ乾ききっていないのが、遠目からでも分かる。切断した剣山獣の頭だ。全ては無理だったが、切り落とした三つの首を、レラウは回収していた。
打って変わり、村長が乾ききった声で尋ねた
「全て、倒したのか?」
「いや、まだ最低三匹はいる。それも一匹は特大クラスのがね。討伐ランクで言えば、Bランクの上位に近いと思う」
「Bランク上位!?そんな危険度の魔物がこの村の近辺に——」
Bランクの馴染み深い魔物の代表格はオーガやワイバーンだ。
バルガン国家群に生息・所有する大型のワイバーンに比べれば、ローマルクのワイバーンは小柄だが、それでも強力なブレスを有し、強靭な鉤爪でオークやワイルドボアを連れ去る。
そんな野生のワイバーンと同等の魔物が人間を好んで襲い捕食すると言えば、嫌でも脅威が伝わる。
「なあ、月二度は来ていた馴染みの商人、もう一ヶ月半は見ていないよな……」
「まさか……食われた?」
「さぁな。でもこの数の隊商ですら襲うんだろ。この村なんか襲われたら」
ざわつく村人を一瞥した村長は、レラウに問うた。
「その魔物は貴方達で倒せるのか?」
無数の視線がレラウに向けられる。考えるそぶりも見せず、レラウは即答した。
「無理だ。まず全滅する」
ギルドカードを確認した村の男達は、レラウのランクを知っている。
レラウはBランク中位の冒険者だ。オークを単独で狩り、完全武装したローマルク兵ですら正面からは太刀打ちできない。そんな手練れの冒険者が率いる商隊が、戦えば全滅すると断言する。
冒険者の影響力が五大国中で最も低いローマルクと言えど、一定の知識を有する者だったら、冒険者や魔物のランク付けの意味は十分に理解されている。場の雰囲気が凍るのも当然だった。
「分かった。軍の砦に討伐依頼を送ろう」
「村長、今すぐですか……?」
「魔物が何のためにランク分けされていると思っている。 剣山獣はゴブリンやウルフとは訳が違う。単体の剣山獣によって村が文字通り食い尽くされるんだぞ !?」
村長の怒気に村人は声も無く下がる。
「私が討伐依頼の手紙を書く。冒険者の代表の名前と総数、殉職した人数を教えて頂きたい。重ねて申し訳ないが、証拠の品として、剣山獣の頭を1つ譲り受けたい」
レラウとデニスが頷くのを確認した村長は、言葉を続ける。
「デニスさん達は何時までここに滞在を?」
剣山獣が付近で出没したのだ。対抗戦力を持たない村側としたら、ローマルクの正規兵軍が来るまで是が非でも冒険者を押さえたいところだ。
「滞在させて頂けるのなら、私達は負傷者の容体が落ち着くまで居させて頂きたい。ただ——」
デニスは振り返り、村長の視線をハンクとリブロフスキーの馬車に誘導する。
「私達はたまたま合流して戦った3つの商隊からできています。生死に関わる決定を私やレラウの一存では決められません。一晩、頂きたい」
辛うじて表情を変えずに返答があったが、声色は暗い。
「……分かりました。馬車は私の納屋の隣がいいでしょう。十分な広さがある。詳しい話はそこでしましょう」
村長に促され、六台の馬車はゆっくりと進み始めた。
更新遅れました。すみません
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執筆機能に段落の先頭を一文字下げる、なんて機能が付いたんですね。昔は手で入れてましたが、便利になりましたねぇ