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異世界デビューに失敗しました  作者: トルトネン
第六章 ローマルク帝国 マグリス独立戦争
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第六話 剣山獣

ちょい長め

 食事から数刻が経ち、時間は深夜に入ろうとしていた。月の位置を見れば頂点を越し、下り始めている。


 先に数時間寝たせいか、見張りの時間よりも早く目覚めたようだ。起こされるまで寝てても良かったのだが、折角起きたのだから、早めに見張りを変わるのも悪くない。


 馬車を見渡せば、奥の方に寝息を立てて眠り込んだアーシェとリアナが見える。


 本来なら男2人が入り口側なのだろうが、か弱い(?)ハンクは馬車の中心、俺は荷台入り口、アーシェとリアナは御者台側を寝床にしている。


 よくよく観察すると、アーシェの耳がピクピク動いていることから、無意識に俺が起きたのを認識しているだろう。


(起こしたら悪いな)


 なるべく音を立てないように防具や武具を身に着けていく。ベルトと靴紐をしっかりと確認し、準備が整った。


「見張りに行ってくる」


 一応、小声で宣言すると、寝言のようなアーシェの声が聞こえた。


「ぃ――っ……」


 ごにょごにょと何を言っているのか判別できなかったが、見送りの言葉か何かだ。荷台端の隙間に収納されていた投槍を引っ張り出し、中心の焚き火に向かう。


 寝起きも手伝って夜風が冷たい。更に外気で冷やされた鎧や手甲も体温を奪っていく。


(寒いな。焚き火で温めるか)


 交代待ちか、起きてしまったのか、既に冒険者が2人、火に当たっていた。そんな2人の手には木製のコップが握られている。


「こんばんは」


 匂いから察するに、中身は森で自生していた数種のハーブか――焚き火に小型の鍋が吊り下げられ、その中には薬草にもなるハーブが浮いていた。


「おお、交代にしちゃ早いな」


「こんな寒さだ。飲むか?」


「いいのか? ありがとう」


 予備のコップがあったらしく、鍋の取っ手を掴むと、コップに注いで渡してくれた。気前の良い連中だ。


 コップからは湯気が立ち込め、口元に近づけると強めの匂いがする。嫌な匂いではない。口に含むと独特の渋みと酸味が舌を刺激する。2口、3口と飲む内に癖になってきた。


「いいな。これ」


「だろ。俺も前に教えて貰って、今ではこうして飲んでるんだ」


 男三人、地面へと座り込み、お茶をすする。そっと息を吐くと、体内で温められた息が吐き出され、水蒸気となって空へと立ち込めた。


 そんな寒さと裏腹に、腹の底から温まってくる。コップを両手で持ち、手の平を温め、目の前の冒険者に問う。


「見張りは終わったのか?」


「ああ、こうして交代して貰ったんだが、どうも寝付けなくて。同じく交代したこいつを誘ってお茶飲みだ。本当は野郎は嫌だったんだが」


「深夜の野郎が2人で逢い引きなんて笑えねぇな」


「誘って貰って何だが、三人でも笑えないと思うが」


 俺に冗談を言われるとは思ってなかったらしく、数秒の硬直の後に笑い出した。声を抑えながら一頻り、笑い尽くすと、また、他愛の無い話が再開された。


 思いの外、話は弾んでいる。リラックス効果もありそうだが、実は眠気覚ましの効果でもあるんじゃないか。


 話の途中で、冒険者の1人が不思議そうに目を凝らした。その方向は、馬車が形成する六角のうちの一角だ。


「どうした?」


 俺も視線の先を睨むが何もいない。二台の馬車の隙間と、馬車に景色を切り取られた森だけが見える。


(何だ、何もいないが……何もいない?)


「いや、見張りがいないぞ?」


 何もいない方が異常だ。六角の角に見張りが張り付く手筈なのだから――馬車の陰にも武器どころか手足も見えない。


「外周の松明近くにいたはずだ」


「立ち小便にでも行ったのか、何かする時は声を掛けろってレラウに言われてるのに」


 コップを置くと、見張り不在の角へと向かっていく。六角の角まで来たが、やはり見張りどころか人影すら見えない。


「隣の角の見張りに聞くか」


「おーい、ここの見張りしらないか?」


「は……? 居ないのか」


 隣の角の冒険者が声に反応し、俺たちと会話する為に、姿勢を変えようとした。


「なっ――」


 そんな冒険者の背後で、何かが動いた。暗闇がブレるように現れたそれは、冒険者に覆い被さり、森へと引きずり込んだ。


「あ、ぐッ――ぅう」


 暗闇と視界の隅だった所為でハッキリと姿は捉えられない。それでも人一人を容易く連れさる何かがいる事は間違いない。


「起きろ!! 魔物だぁああああ」


「なんだアレは!?」


 暖と明かりを目的としていた松明は、無残に踏み消され、つい先程までいた冒険者の存在を示す物は何も残されていない。


 襲撃の知らせに、全ての馬車から慌ただしく物音が聞こえ、冒険者が武器を片手に荷台から飛び出して来る。


「魔物だって!?」


「早く出ろッ」


 その中には、三人の姿もある。リアナがハンクを連れ、馬車の中心部まで移動していた。アーシェは周囲が気になるのか、目と耳を動かし、周囲を探っている。その間にも大剣を地面に突き刺すと、外周に気を向けながら装備を着けていく。


「馬車を盾にして円陣を組め、装備は最低限で良い」


 寝起きにも関わらずレラウは、武器を片手に声を張り上げた。明確な号令が出され、冒険者は慌ただしく円陣を組む。


 歩哨や交換前の冒険者達は、フル装備だが、それ以外は、軽い防具か武器しか携帯していない。


「点呼を取る。ウェイバー、ロウスレイ、カイエラン、パパラは各メンバーの確認をしろ」


 名前を呼ばれた冒険者が更に数人の名前を呼ぶ。全体の指揮はレラウが取るが、その更に下に4人の冒険者を置いているらしい。


「ウェイバー、点呼完了」


「ロウ、点呼完了」


「カイエラン、点呼完了」


「パパラはどうした?」


 レラウの問いに別の冒険者が反応した。


「だ、駄目だ。パパラがいない!!」


 パパラの班員だったのだろう、狼狽した様子で冒険者が叫ぶ。


「1人、仲間が消えたのに気付かなかったてのか!? とんだ間抜けだ俺は」


 カイエランが悔しそうに自分自身を叱咤した。


「発見者はどこにいる? 魔物の種類は分かるか」


 正体を確認する為だろう、円陣を組む冒険者達にレラウが問う。直接見たのは俺を含め四人だけだ。


「いや、速すぎて見えなかった」


 残念な事に、俺は魔物の姿を捉えられなかった。


「う、ウルフ類か?」


「馬鹿言え、影だけだが、ウルフよりもデカでかかったぞ」


 そんな中、残る冒険者が息を飲みながら語り出した。


「一瞬だが、見えた。四つ足で、鋭い牙、上顎から突き出る様な二つの牙、全身は毛で覆われていた」


「そんな魔物聞いた事もないぞ」


「……なあ、それの色は?」


 思い当たる節があるのか、1人黙り込んでいたロウスレイが口を開けた。


「色か? 確か、茶色と黒色が混ざり合っていたと思うが――」


「それ、剣山獣じゃないのか?」


「剣山獣!? まさか、あれの生息地は遥か東南部の山岳の中だ。それに色だって」


「あいつらは成獣前は茶色と黒色の毛並みなんだ。くそ、こんな場所に来るなんて……」


 絶句したのか、ロウスレイは黙り込んでしまう。


「生息域からのはぐれか、厄介だな」


「確認するが、討伐ランクはB中位。繁殖時にはつがいを作り、それ以外は基本的に単独行動をする。膂力はBランク中位だが、素早さに関してはBランクでもトップクラス。老練の剣山獣は場合によってはトロールやオーガすら捕食する、で間違いないか?」


 レラウが周囲の冒険者達に見渡し確認する。全員が間違いないと返答した。


 Bランクと言えばオーガやワイバーンが名を連ね、個人が対応するには、危険極まりないカテゴリーに分類される。このクラスの一般的な対処法は、前衛で動きを拘束させ、弓や魔法で仕留めるのがセオリーだ。


「そうなると、六角をどう塞ぐかー。まず俺とロウスレイ、カイエラン、ウェイバーで4角。残る2角のうち、1角は、ハンクの馬車のメンバーBランク三人。残るはリブロフスキーの馬車だが、守りきれる自信はあるか?」


 リブロフスキーと三人の冒険者がお互いの顔を見合わせると、直ぐに首を横に振った。今この集団はデニス、ハンク、そしてリブロフスキー、3人の商隊から構成されている。


 この中で最大規模は馬車4台を保有するデニスだ。B級中位1、C級上位1、C級中位2、それ以下10人の総勢14人の冒険者達だ。


 次にハンクの馬車はリアナがBランク中位、俺とアーシェはBランク下位、合計3人だ。


 リブロフスキーの馬車も人数は同じく3人だが、話を聞いた限り、最高でDランク中位、残る2人はEランク上位だ。


 Bランク冒険者でも単身で挑む相手としては危険極まりないのに、ランクを考えると、この3人で相手をするには荷が重すぎる。


「……こちらから人数は割けられるが、中核になる中・高ランクの冒険者が居ない。ハンクの馬車から1人、リブロフスキーの方に割いてもらえないか?欠員はこちらから1人出す」


 レウラの話を聴き終わったハンクが俺たちに向かい合う。


「3人とも問題はないか?」


レウラの提案通りが一番いいだろう。現状、ランクと人数で考えた時、俺たちの馬車が最も余力がある。


 三人とも頷いた事で、提案は決定した。


「すまない。助かる。それで誰が行ってくれる?」


「アタシが行くよ」


 夜襲、それも受け身にならざるを得ない防衛戦だ。こういった場合は、小細工よりもシンプルな力がものを言う。


 そういう訳で、今回の相手は、怪力と大剣を持つ、アーシェが最も得意とするところだ。前衛としてメンバーを支えるには最適な人選と言える。


「非戦闘員を中心で守り、馬車の外郭で食い止める。薪や枝の予備は使い切ってもいい。朝まで火を絶やすな」


「「「おぉ!!」」」


 冒険者達は短く答えた。六方、それぞれの担当に、冒険者は散らばって行く。中央では、寒さと恐怖にデニスの使用人達が震えていた。


 そんな使用人達の主であるデニスは、落ち着けさせようと呼びかけ続けている。


 我らが商人であるハンクは、研究都市レイキャベスで頂いてきたヒカリコケのランプを左手に、右手にはショートソードを抜いてた。


 去り際にハンクへと手を振る。ハンクもランプを握りしめた手を高く上げる。暗闇が薄っすらと明るくなり、ハンクの強面がよく見えた。


 背を向け、担当の一角へと足を向ける。


 俺達が担当する角は、道に面した場所だ。多少の草木はあるものの、他の六角に比べれば、起伏がある訳でも、視界を遮る物もない。


「リアナ、装備は?」


「もう少しで着け終わります」


 眼球だけを僅かに動かし、確認する。鎧は身に着け、腰にもショートソードとソードブレイカーが携えられていた。足りないのは、手甲と脛当てだ。


 普段に比べると、その動きは緩慢だ。


 手練れの冒険者とは言え、短い睡眠時間と寝起き、それに寒さと暗さもある。装備を身に着けるのに、手間取るのも無理はなかった。


 投槍の穂先を下へと向け、暗闇に眼を凝らす。逃げたか、まだ潜伏しているか分からないが、明るくなるまで、気は抜けない。


「……待たせた。増員のエバートだ」


 真後ろから、俺の真横に並んだのは、レラウの言っていた増員の冒険者であるエバートだ。


 確か、パパラの班員だったが、班員と班長を失い他の増員に回されたのだろう。装備は中装備に分類される。


 腰から吊り下げた武器は刃が丸身を帯びた戦斧だ。エバートの斧は、一般的な斧よりも薄く作られており、軽量化と叩き切るのに特化している。


 また、胴部を覆えるほどのラウンドシールドも背負っており、ラウンドシールドで防御を固め、戦斧で叩き斬るスタイルだと想像できた。


 自己紹介を交わすと、そのまま三人で監視体制に入った。こうして始まった見張りは、俺が前衛で、左にリアナ、右にエバートという布陣だ。


(剣山獣もだが、寒さもとんだ敵だ)


 マントで全身を包んではいるが、隙間という隙間から 風が通り過ぎる。衣服を介しているとは言え、ダマスカス合金の防具から体温が奪われていく。


 平時ならば火に当り、時間を掛けて防具を温める事もできるが、緊急時はそんな悠長な事はしていられない。


 俺は見張りの交代要員で、早めに起き、多少なりとは火にあたったが、他の冒険者達は大多数が寝起きで配置に付いている。悪態を付いているのは一人や二人では無い。


 防具が完全では無い者、寒さに手足を震わせる者、武具を握りながら貧乏揺すりや体の柔軟をする者など、準備不足も甚だしい。


「……寒い、な」


 冷たい夜風が頬を撫でる。歯を噛み締めたであろう音が森に小さく響いた。沈黙を貫いていたエバートが、呟く様に言う。


「寒いです。体が冷え切っても、こちらは総出の所為で交代要員もいませんからね」


 相手がゴブリンやリザードマンクラスの魔物だったら二交代制で人を回した。今回の剣山獣はそうにも行かない。


 総出で警戒に当たっているが、一角につき歩哨は、3~4人にしか過ぎない。討伐の危険度を考えたら不足気味とまで言えた。


 襲撃時の騒乱が嘘の様に森は静けさを保ったままだ。来るか来ないかも分からぬ相手を待ち構え続けている。風は吹き、風に流された雲が10秒程の間、月を隠し、雲が通り過ぎれば月明かりが辺りを照らす。


 4割近くが欠けた月だが、今ではこの灯りがとても重要な役割を持っている。


 隠れては姿を表す。月がそんなサイクルを数十、百回と数を重ねるうちに、既に警戒を始めてから二時間は立とうとしていた。


 冒険者が覚悟を固め、死守の構えを見せる中、怯えていた使用人や商人たちも、働いている。何もしていない方が精神的に辛いのだ。


 焚き火で沸かした茶や白湯を鉄製や木製など様々なコップに入れ、冒険者達に運んできた。


 また、寒さ対策に焼き石を布に包み、冒険者に与えていく。これを服の中に入れれば即席の携帯防寒具になる。布に包んでいるので、大きさにもよるが、1時間前後は暖かさを保つはずだ。


 俺も白湯を貰い、火傷をしないようにちびちびと口に含む。食道を流れ胃に到達するのが、熱さで認識できた。


 白湯を飲む間、リアナとエバートが前衛をしてくれる。全体を見渡すと、武器を構え、肩に力を入れすぎていた連中も気疲れしたのか、多少は力が抜けていた。


 あのまま襲撃が続いていれば、更に数人くらいは被害がでていただろう。


 商人や使用人が湯、携帯防寒具、身に着けられなかった装備品を運んできてくれたので、万全とまではいかないものの、戦闘の準備を揃えることはできた。


「湯を飲む、変わってくれ」


 俺達とは反対側の角、奥の森側にいる冒険者の声だ。残る仲間と列を動かし、水分を取るつもりなのだろう。


「来たぞ!!」


 言葉にすれば三文字だが、全員が正しく状況を掴むことができた。交代のタイミングを狙われたのだ。


 襲撃の知らせから直ぐに続く断末魔が何が起きたかを知らせてくれた。


「ぁ、はっぁ、腹ァ、腹が――」


「エバート、どうなった!?」


 正面を見たまま、振り返ったエバートに何が起きたかを尋ねる。


「冒険者の一人、腹を裂かれた。鎧の上からだから、致命傷ではなさそうだが、重症だ」


「リアナ、少しだけ振り返る。エバートも正面を頼む」


「はい」


「ああ」


 馬車から数歩距離を取り振り替える。


 一人が腹を抑えて、倒れこんでいるが、残る三人が応戦していた。


 最初の襲撃では姿をはっきりと捉えることができなかったが、今は違う。焚き火と月明かりによって姿が浮かび上がる。


 全身を覆う体毛は黒と黄色。馬の首を無くせば大きさはほぼ同じだが、肉食獣特有の体の厚みとしなやかさを持っている。最大の特徴は上顎から伸びた二本の牙だ。研がれたショートソードのような鋭さを備えているだろう。


 そんな剣山獣だが、槍で牽制をされ、両手剣、槌鉾が待ち構える場所への追撃は、流石に躊躇っている。


「ぎゃっ!!」


 別方向から悲鳴がした。何が起きたか思案するが、答えは一つだ。


(二匹目か!?)


 先ほどとは別の剣山獣が冒険者の首を咥えると、そのまま飴玉のように砕いた。もはや呻き声すら発していない。即死だった。


「クソが!!」


 同じ班員二人が戦闘槌と長剣を、頭蓋骨目掛けて振り下ろすが、切っ先は勢い良く空を切った。


 既に剣山獣は、崩れ落ちる体と辛うじて繋がっていた頭部を咥えると、大きく跳躍して森の中へと引き返していった。


「ウェイバー、何をしていた!?」


「ちくしょう!! 一匹だけだと思って援護をしようと――」


 陽動と奇襲、シンプルながらも昔から使われる手だ。ただ、それは何も冒険者だけの特権ではない。


 前情報は確かに一匹だけだったのだ。まだいる可能性を考えて警戒を続けるか、情報を信じて仲間の援護に駆けつけるかは難しい判断だ。


 ロウスレイによれば剣山獣は群れない魔物。雄に至っては縄張り争いから殺し合いに発展することもある。そんな剣山獣が群れで襲い掛かってくるとは考えにくかったのだ。


 とは言え、今までの戦闘経験で、事前情報が外れることがあることは、痛いほど知っている。それが兵士相手だったり魔物相手だったり様々だが、これらを想定外だったからと対応に遅れると大抵は致命的だ。


 レラウもそれを重々承知していたらしく、闇夜に低い声が響く。


「浮き足立つな。全員、持ち場に専念!! まだ来るぞ」


「どうなってる。一体、何匹いやがるんだ」


 別の角の冒険者が不安そうに嘆く。剣山獣はどうみても群れ単位で襲い掛かっている。


 真新しい血の臭いが充満し、剣と肉との喧騒の中で、来て欲しくはない音がした。それは俺たちが担当する角の方からだ。


 スキル《生存本能》が早鐘を鳴らす。俺たちの持ち場は森側に比べれば事前に察知し易い。


「来るぞ!!」


 聞き間違いでも見間違いではない。視界の端で捉えたものは、剣山獣だ。先ほどと同一個体かは分からないが、目標は俺たちに違いない。


 フェイントを掛けるように、ジグザグに小さく連続でジャンプした剣山獣は、前足を伸ばし、あと一跳躍の距離まで迫る。


 リアナとエバートは覚悟を決めたらしく獲物を構えて待向かい打つ。


「下がれ!!」


 迷宮からの付き合いであるリアナは、俺の意図を察すると、エバートを誘導しながら後退してくる。


 剣山獣も好機と見たのか更に、間合いを詰める。助走の距離も時間もない。投槍を構え、小さくコンパクトに腕をしならせ、槍を投げる。


 剣山獣自身では無く、着地地点を予想した攻撃だ。目論見通り、剣山獣は狙いの場所へと足を踏み込んだ。


 剣山獣は、腹の剛毛と皮膚でエネルギーを吸収し、筋と骨で投槍を食い止めた。少なくないダメージを受け、目は血走り、怒りに燃えている。そんな殺意を十分に披露する前に、剣山獣は爆ぜた。


 槍が突き刺さるまでは想定内でも、その後の爆発は予定外だったのだろう。


 四方に渡って皮膚は根こそぎ弾け飛び、肋骨がこじ開けられていた。致命傷、間違いなくそう呼べる傷であったが、滴る血もそのままに再び、起き上がろうとする。痛みと怒りから耳を劈く咆哮を上げながら――


 咆哮が体の芯を揺さぶり、更に《生存本能》が悲鳴を上げる。馬車の損壊を考えたのと、暗闇の影響で、殺傷範囲(キルゾーン)から僅かに外れたらしい。


「止めを刺す」


 頭の中に響く警告を無視して、距離を詰める。速さと正確性を選ぶなら突きだろうが、中途半端な攻撃は、こちらが近づく分、不安定だ。


 地面を蹴る反動を腰に伝え、《上級両手剣B》まで鍛えたスキルで、バスタードソードを、剣山獣へと叩きつけた。下段から掬い上げる様な軌道を描き、両眼の窪みへと吸い込まれた刃は、一瞬の拮抗の後に頭蓋骨を打ち破った。


「ツぅ——」


 骨自体の厚さもあるのだろうが、それ以上に硬い。金属の盾にバスタードソードを叩きつけた感覚に似ている。


 柄を握っていた両手がびりびりと痛む。これが腕や胴部なら、分厚い皮下脂肪と合わさり、中途半端な攻撃はまず届かない。


「仕留めだぞ!!」


 宣言すると周囲からは、歓声が上がった。これで士気も高まる。そんな淡い期待も直ぐに泡と消えた。


 剣山獣が更なる襲撃を仕掛けてきたからだ。


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