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異世界デビューに失敗しました  作者: トルトネン
第六章 ローマルク帝国 マグリス独立戦争
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第四話 陣地構築

 道から外れた広場は、草木の発育が悪いのか、膝の高さまでしか葉が伸びきっていない。


「念入りに踏めよー。また馬車が地面に足を取られて横転したんじゃ話にもならない」


「「「おー」」」


 デニスの商隊の冒険者が呼びかける。彼は仲間の冒険者からはレラウと呼ばれていた。商隊唯一のBランクの冒険者であり、名実ともにパーティを支えるリーダーだ。風貌や雰囲気から推測するに、歳も30代そこそこと言ったところで、年齢に低い声も合わさり、安心して指示を聞いていられる。


 草木により水はけがいいのか、悪路よりもよほど地面がしっかりしている。冒険者と使用人達が一列に並んで、地面を踏み進んでいく。総出で踏み固めたのもあるのだろうが、10分程度で、馬車が駐車できる程度には足場が作られ、空間が確保された。


「よし、馬車を入れよう」


 レラウの掛け声と共に、馬車が一台ずつ道から逸れた人口の広場へと車輪を進めていく。俺たちの順番は予定通り、6番目である最後になった。


「最後の馬車を入れるぞー」


 レラウの合図に従い、ハンクが馬を操って広場へと進路を向ける。馬の横には、アーシェが付き、不測の事態に備えている。前に5台もの馬車が通ったことで、すっかり道ができ、特段苦労もなく広場へと入ることができた。


 こうして6台の馬車と馬車が密集し、馬車隊の端から10メートル周囲に見通しの良い空間が完成した。

 

 地面を踏み固める際に、潰した草木からは、液が漏れ、微かに鼻に付く。人の俺にも気付く匂いだ。鼻が利くアーシェにとって心安らぐ物ではなく、きっと臭いで顰めっ面に違いない。


 最後の馬車も無事に停車したことで、全員が野営に向けて動き出した。冒険者の数は俺たちも入れて20人に達する。商人や使用人も入れれば総勢25人は超える。


「おーし、準備に入るか。で、悪いが、俺はデニスと話を進めるから、準備をしといてくれ」


「ああ、分かった」


 道の真ん中で大まかには話したとは言え、当たり前だが夜は待ってくれない。最低限の取り決めだけして、さっさと移動を始めたため、まだ細かい手はずや明日の予定も立てていないのだ。


 その調整の為に、デニスともう一人の商人の元に向かう必要がある。


 野営の準備と共に、馬の世話をしなければいけないが、既にアーシェは馬車から馬を外し、手綱を固定する作業へと入っている。


「アーシェはそのまま馬を頼む」


「うん、任せて」


 そうなると残されたのは、俺とリアナだ。馬車の荷台に目を向ければ、既に大鍋や薪などを引っ張り出して準備を行っている。


「手早いな」


「ふふ、慣れてますからね」


 自慢げに顔を緩めるリアナを見て肩を竦める。馬車から引っ張り出した道具を運び、手頃な場所へと設置していくが、どうにも薪の数が足りない。


「量が足りないから、枝を拾ってくる」


 収納スペースを確保する為に、天井に吊り下げられた背負い籠を掴む。この籠は、細いひも状にした葦を編んで作られ、枝や薬草を集める時に重宝している。


 左肩に肩紐を両方通し、背負う。


(何処から枝を集めるか)


 周りを見渡すと、デニスが雇い入れた冒険者数名が、鉈を片手に周囲を探索している。逆の手には小枝が握られているのを考えれば、火に焚べる為の燃料を探しているのだろう。


 交友を深め、暇潰しをする為に、他の冒険者と話しながら枝拾いをしたいところだが、効率が悪いし、暗闇で手元と足元が見えなくなる。


(早くしないとまずいし、張り切って集めるか)


 腰を屈め、小枝を拾っていく。手頃な枝がない場合は、木々から伸びた枝をへし折り、籠へ放り込む。乾燥していないので、燃えにくいが、火の側に置いておけば熱で多少の水分は飛ばしてくれる。


 勿論、きちんと乾燥させた薪に比べたら燃焼効率は悪いが、それでも一晩を越す足しにはなる。


 燃料になる枝を集めながら、周囲の地形を把握する為に、辺りを見渡しながら足を動かす。人工の広場の周囲は、背丈の高い木々が大きく隙間を空けて並び、その間に腰くらいの高さで植物が茂っている。


(伏せれば体くらい容易に隠せるか)


 贅沢を言えば、もっと草木が小さく見張りのし易い場所が良かったが、こんな森の中ではそんな場所はほぼほぼ存在しない。


 以上の点だけ除けば、足場は良く、高低差もない平地だ。いい場所に陣取ることができた。


「こんなもんか」


 籠の半分程度集めたところで、夕日が沈みかけ始めた。周囲に人が住んでいる訳ではないので、枝の入手には困らない。なかなかの量が集まったと言える。


 道中の植物を踏みつけ、馬車の間を抜け、中心部へと向かう。見張りなのか、まだ十代半ばに達したばかりであろう青年が槍と盾を身に付け周囲を気にしていた。


(駆け出し冒険者か)


 使い込まれた武具から鑑みるに、中古品かお下がり品だろう。挨拶代わりに手を振ると、数度勢い良く振り返してきた。随分と元気が良い奴だ。


 馬の世話が終わったアーシェと野営の準備が終わったリアナが、他の冒険者と話し込んでいた。冒険者は身振り手振りまで入れる盛り上がりぶりだ。2人と冒険者達は、俺に気付き、話しを中断させてにんまりと笑った。


「シンドウさん、火が欲しいです」


「じろうー、水」


「ちょっと待て、一度に二つも詠唱できるか!」


 アーシェは参った参ったとばかりに頭を一掻きする。


「いやぁね。この人達も水属性のマジックユーザーはいるらしいんだけど、全員分を賄う分を出すには魔力が足りないみたい。だからジロウに協力して欲しいんだって」


「同様に火も欲しいそうですよ」


「予定より日程が延びてしまって、水が足りないんです。近くに水辺も無いので、水を出して頂けませんか? 報酬も払いますので、お願いします」


 冒険者とも商人とも雰囲気が違う。恐らく商人見習い兼デニスの使用人だろう。横目で見れば、デニス達とハンクはまだやり取りを続けている。


 水不足というのは、想像よりも厄介だ。人が一日過ごすだけでも2リットル前後の水が必要だというのに、馬に至っては3、40リットルもの水を消費する。俺たちの馬車は、俺が水属性魔法を使えるから水の心配は要らない分、他の商隊よりも優位に行動の自由が取れる。


 本来なら、水辺の配置を考え、無理の無い飼料と水を積み込み、国内、国外へと移動をする。今回もデニス商隊もそのような計画を立てていただろうが、馬車が横転するという大事故に修正を余儀なくされている。


 荷物を運ぶ以外にも、多数の飼料や水を運ぶ馬を連れていたし、予備などは当然あるだろうから、今すぐ深刻な状況には陥らないだろうが、それでも危険に備えて節水はするはずだ。


 十分な水を得られなければ、人馬の気力の低下や不満につながるかもしれない。そんな理由で、多少の謝礼を払ってでも、水は確保しておきたいはずだ。


 仮にとは言え、商隊と行動を共にする。ここで断って険悪な関係になるとまでは言わないが、ギクシャクとした雰囲気は願い下げだ。強いて問題を挙げるとすれば――


「分かった。暗くなって来ているし、まず火をつけてからで。それで水は何処に出せばいい?」


 冒険者達は目線を合わせると、それぞれ馬車を指差した。そこには荷台に積まれた大型の水瓶が見える。


 強いて言うなら、俺の疲労が半端ではない、という事だ。この人数、この馬の数を考えると一体どれだけの量を搾り取られる事か。妥当と言えば妥当だが辛いものがある。


「……まじか」


 アーシェが肩を叩いて慰めてくるが、俺は蛇口を捻れば出てくる水道水ではない。


(はは……今日一番の大仕事になりそうだ)


 






「つ、疲れた」


 肩を落として地面に座り込み、背は馬車の車輪に預ける。あんな量の水を出すのは初めてだ。何時もは4人と馬の分だけ考えていれば良かったが、まさかこの人数の水を出す事になるとは思わなかった。


 体中から魔力を搾り取られ、倦怠感により何もする気にならない。水を搾り出す雑巾の気分が理解できた気がする。


(今度から雑巾を絞るときには、心の中で、一言お礼を入れてから絞ろう)


「あー……」


 訳の分からない事を考え、口からは思わずアンデットのように呻き声を発してしまう。


「大丈夫ですか?」


 聞きなれない声だ。デニスの馬車の冒険者だろう。声の出所を見れば、先ほど歩哨に立っていた駆け出しの冒険者が立っていた。


「なんとかな、ただ、これ以上はもう出せない」


「いやいや、火属性と水属性の魔法が使えて、しかもあれだけの量を短期間に出せるなんて凄いですよ!! うちのマジックユーザーの先輩は馬1、2頭の水が限界ですし、詠唱時間もずっと長いですから」


 目の前で褒められるとどうにも照れ臭い。


「ありがとう」


 短く気持ち伝えると、彼は更に話しを続けた。


「カッコいいですね、魔法。残念な事に、俺は魔法が使えないんです」


 ローマルク方面のギルド支部はどうなっているか分からないが、リュブリスのギルドでは、冒険者の適性を測る試験や講義があった。


 初回は無料なので、俺も参加したことがある。荒くれ者が揃う冒険者達が、ちんまりと席に座り、真剣な眼差しで講師の話しを聞くのが、何ともギャップのある光景だった。


 講義で何らかの魔法の適性が認められた者は大興奮、一方残念な事に適性が無かった者は、悲痛な声を上げて葬式さながらに黙り込んでしまう。


「力も人並みしかないし、頭も良くない。ただ、俺は運が良い方です。何せ、この隊商に入れましたからね。先輩方は厳しいですが、必要な事はちゃんと教えてくれるので、本当に助かってます」


 うんうん、と1人で何度も頷く。確かに、確固たるリーダーが存在し、人当たりが柔らかい商人が率いる隊商は、駆け出しの冒険者には、うってつけの環境だ。


「良い先輩方だな」


 野営の準備に勤しむ冒険者を一瞥して言う。自分の役割をこなし、サボっている冒険者はいない。


「はい!」


 褒められたのが嬉しかったのか、再び、元気の良い返事が返ってきた。


「おいおい、ラリー、褒めたからって深夜の見張り番は変わらないぞ?」


 外縁部の歩哨に立っていた冒険者が話しを聞いていたらしく、馬車の横から顔を出した。その顔は嬉しそうにニヤニヤと崩れている。


「そんなつもりはないですよ!!」


 首と手を振り、一生懸命否定している。


(獣人じゃ無いけど、何となく人懐っこい犬みたいな奴だな)


「て、手伝いがあるので、失礼します」


 逃げる様に立ち去っていった。実際、形勢が悪いと見て逃走したのかもしれない。


「はは、素直だな」


「でしょ。言い付けは守るし、忍耐は強いから経験を積めば、良い冒険者になる。……無駄話しもこのぐらいにして、仕事に戻るか。サボるとレラウとデニスに怒られちまう。魔法を使ってしんどいだろう。あんたはゆっくり休んでな」


 後ろ向けで手を振り冒険者は元の場所へ戻って行った。


「そうだな。疲れもあるし、少し寝るか」


 魔法で消耗した分、俺たちの見張り番は、深夜帯まで免除された。それまでは各々時間が使える。


 中心部に視線を動かすと、アーシェとリアナは料理を作りながら他の冒険者と話し込み、ハンクは打ち合わせが終わったのか、デニスや使用人達と雑談に興じている。


 たまたま目線に気付いたのか、リアナがこちらに顔を向けた。


「疲れたから少し仮眠する」


 タイミング良く、目があったリアナに報告を入れる。


「分かりました。ご飯になったら起こしますね」


 リアナの快諾も得た事だし早速、本格的に寝る準備をしよう。これだけ人がいれば、外の見張りに甘えさせて貰い、馬車内で気兼ね無く寝れる。


「よっこいしょ」


 地面から立ち上がり、軽く背伸びをする。スローイングナイフや短刀が僅かに揺れ、自己主張をしてくるが職業柄、防音対策は万全なので音は立たない。


 馬車の荷台側まで移動し、後部の乗車用のステップを片足で踏み、同時に腕で縁を掴み、中へと体を滑り込ませる。


 最初にマントを外し、次に手甲と足当ての留め金を緩めて、床へと置く。軽くなった腕で胴部の鎧を脱ぐ。


 鎧や手甲は、ダマスカス鋼や魔力を帯びた金属で出来た軽量の合金だが、それでもそれなりの重さはある。


 戦闘時では頼りになるが、休む時にはただの重りだ。防具を外すだけでも気分の良さが違う。


 最後に、すっかり馴染んだベルトやスローイングナイフを外す。切れたり千切れたりしてはいるものの、ベルトやホルスターのベースは、こちらに来て以来、使い続けた物だ。


 本来の野営時には、直ぐ戦えるように靴を履きっぱなしで寝るが、今回はこれだけの人数がいるので、脱いでも問題は無いだろう。


 そんな装備品達を纏めて隙間に詰め込んでいく。買おうと思えば良い寝具も買えなくは無いが、場所もなければ、維持するのも大変なので現実的ではない。


 結果、マントに包まって寝るのが、基本のスタイルだ。俺はせめてもの抵抗で、適当な物に予備のマントを巻き付け、枕にしている。


 横になり、数分もすれば睡魔が襲ってきた。総勢27人もの人間がいるので、会話や生活音が耳に入るが、気になる大きさではない。


 木枠の外に貼られた帆布を眺め、俺の意識はぼんやりと落ちていった。

明日も更新します

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