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異世界デビューに失敗しました  作者: トルトネン
第六章 ローマルク帝国 マグリス独立戦争
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第三話 足元にご注意を

 詰め所を通り過ぎてから早数日が経とうとしていた。ローマルク国内に入ったとは言え、景観に特段の変化も無く見慣れた草木、その中を曲がりくねった一本道がひたすら続くだけだ。


 昼になれば干し肉や堅焼きしたパンを頬張り、一部を買い取った塩キャベツを齧る。詰め所で兵隊をしている割には、随分と商魂逞しい連中だった。


 最初はハンク一人が馬車の運転席である御者台に座り、運転をしていたが。今ではリアナ、アーシェ、俺も交代で馬車を運転している。


 始めたては御者台にハンクが付きっ切りで指示を出してくれて、懐かしい自動車教習所の教官のようだった。


 御者台と警戒の担当していない時は、もう一人と雑談か、昼寝、そして……彫刻彫りなどに精を出しているが、相も変わらず上達の兆しが見えない。


 騎士の木像を作っていたつもりだったのだが、アーシェからは「ジロウがまた木でゴブリンもどきを作ってるよ……」と呆れられ、リアナからは「作っていれば上手くなってきますよ!」慰めにも似た言葉を投げ掛けられた。


 最近では、簡単な駒を作り、チェスのようなボードゲームで暇をつぶす事もある。だが、ハンク以外はボードゲームに興味が無いらしく、ハンクと俺が休憩の場合のみ、試合は行われている。勝敗は20勝26敗と負け越してはいるが、最近では2連勝しているので、まだまだ勝負は分からない。


 今回は、ハンクが御者台で運転、俺が馬車の屋根で警戒する役割だ。女子二人は貨物室で、雑談に花を咲かせているが、残念な事に中身は冒険者。


 ダンジョン内で上手なリザードマンの倒し方で盛り上がる二人の事だ。どんな会話がなされているのか、想像に難しく無い。


 くだらない事を考えつつも、警戒は続けている。木々の隙間に視線を走らせ、危険なものが無いか確かめていく。視覚だけでは無く、聴覚も動員して辺りを探るが、何も無い。


 あるとすれば、一本道に付いた車輪の跡くらいなもんだ。先日の雨でぬかるんでいるせいもあり、痕跡がくっきり残っている。


 残された痕跡は何重にも重なっていること、左右の車輪の間隔がズレていることから、複数台の商隊が俺たちに先行して進んでいるのが、読み取れた。


「泥濘だ。先行してる荷馬車隊が補修してるが、揺れるぞ」


 ハンクの言う通り、馬車や馬が深みにはまった時に対処したのか、泥の中には木の枝や小石、乾いた砂などで、穴が埋められ、通行がし易くなっていた。


 お陰で水溜りや泥道と化した通路でも、楽に通ることができる。


 地面の凹凸の所為で体が激しく上下に揺さぶられ、視界が激しく動く。荷馬車の荷物や日用品もガタガタと音を立てて抗議を始めた。


 当たり前だが、荷物は何らかの形で固定してある。横転などは別だが、揺れた程度では、物は落ちることはない。人も……慣れていれば落ちはしない。屋根の上が好きなアーシェは、こう言った悪路でも、物に掴まることなく上半身の重心を左右前後に動かし器用に座り込んでいる。


 俺も多少の荒れた道なら同じことができるが、今回ばかりは荷馬車の骨組みに手を置いている、粋がって骨組みに掴まらず、馬車から振り下ろされては危ない上に心底、間抜けだ。


 泥濘の前は、急な曲がり角になっていた。泥濘とカーブが合わさって最悪なコースだ。


「ジロウ落ちたー?」


 ふざけた口調でアーシェが言った。


「落ちてたら返事できるか!」


 一際大きな揺れのせいで、声が若干高くなってしまった。声色が面白かったのか、三人の笑い声が重なった。


(こ、こいつら――)


 下の連中には悟られないように、恥ずかしさで目を閉じ、一人屋根の上で悶え苦しむ。心の中で息を吐いて諦め、曲がり角の先を見ると奇妙な物を見た。


 木々でも魔物でもない。それは俺たちと同じような荷馬車だ。それだけなら足の遅い商隊に追いついたので問題はない。相手にもよるが商隊の最後尾に続き、夜営も共にできるので、寧ろ、お互い都合がいい。


 問題なのは、眼前の馬車が停止していることだ。


「ハンク――見えるか?」


「……おう、見えてるぞ。妙だな。道の真ん中で停車してる」


 正面には、馬車のケツが見える。まだ全体は見えないが、先にも数台いるので。間違いなく商隊だろう。


「なんだろうね。夜営には早すぎるし、あんな道の真ん中で止まらないよね」


 いつの間にか、貨物室の壁からよじ登ってきたアーシェが目を細め、商隊の最後尾を注意深く眺めている。辺りを気にしているのか、獣耳も左右に忙しなく動き、周囲を探っていた。


「血の臭いは?」


「今のところしないよ」


 人影も遠目にだが、確認できる。腰を落ち着けてリラックスしている訳でもないが、戦闘の慌ただしさも無い。冒険者にとって最悪の事態ではなさそうだ。


「見てくる、ハンク」


 名前を呼ばれたハンクは意図を察したらしく、馬車を停止させた。


 肩にかけていた投げ槍を馬車の天井に置き、馬車の上から地面へと着地する。バスタードソードを腰に付けているせいもあり、アーシェのように滑らかに降りることは出来ない。それでも何十回と繰り返した動作だ。足を捻る事も、装備や体を何処かにぶつける事も無い。


「ジロウ」


 アーシェが天井に置いていた投槍を差し出してきた。一歩進もうとした所で、貨物室から降りて来たリアナが横に並んだ。


「気をつけて下さいね」


「ああ」


 投槍を右手に握り、左手をスローイングナイフのシースに合わせながら近寄っていく。


 先行していた馬車の重量のせいか、地面が荒れている。20歩ほど近づくと、向こうの冒険者が気付いたらしく、軽く手を振ってきた。


 顔はなんとも言えない苦笑いしたような表情だが、悪意は無さそうだ。奥を見れば馬車の両脇で、商人と冒険者達が向かい合わせで話し込んでいた。


(揉め事か?)


 商人の馬車同士がいざこざを起こしていると考えたが、直ぐにそれを否定する。揉めているというよりも、議論をしているが、正解だろう。


「どうしたんだ?」


「あーあ、また別の商人まで来ちまったか」


 俺の返答には答えず、参ったとばかりに冒険者は頭を掻いた。


「少し進めば分かると思うが、馬車の車軸が折れて、道が完全に塞がっちまったんだ」


 冒険者から視線を外すと、人と馬車の隙間からだが、荷馬車の貨物室が地面に突き刺さり、車軸が剥き出しとなって空を向いていた。


 更に周囲の地面を見渡すと、散乱した荷物や破損した木箱まである。横転した馬車に繋がれていた馬なのだろうか、御者に宥められながらも、落ち着かない様子で鼻息を荒くしていた。


 四本脚で自立している事から察するに、骨折はしていない。馬車が横転した拍子で、馬の脚が骨折しなかったのは、不幸中の幸いだ。


「あー、酷いな」


 ただでさえ大型の荷馬車に、積載オーバー気味に積んだ荷物が完全に道を塞いでいる。あの泥濘と曲がり角で車軸が耐えられなくなったようだ。


(結構人数がいるから、本気を出せば撤去は不可能じゃないな。ただ――)


 馬車の残骸と積荷の撤去、それから不安定な足場を補強して、渋滞している馬車を進ませるのは、今日中には不可能だ。何せ、日が落ち始めている。暗闇で作業が続けられない訳では無いが、無用な事故の元だ。


「だろ。幸い、割れ物や直ぐ腐る物が無いのは救いだが、お陰様で立ち往生だ。こんな事なら往復の護衛料金を日数制にしておくんだった。とんだタダ働きだ」


 冒険者は愚痴を吐き出すと、道にあった小石を爪先で蹴り上げた。


「てな訳で、先は通行止めになってる。目的は様子見だろ? 後ろのお仲間にもそう伝えてくれ、俺は新しいお客さんが来たと、雇い主に言ってくる」


 冒険者は一方的にそう告げると、踵を返して人の輪に入り込んでいった。


「どうだった?」


 俺も馬車へと引き返すと、臨戦態勢で待機していたアーシェが、飛びかかってくる勢いで、迫ってきた。


「事故だ、事故。馬車が悪路で事故を起こして横転、更に他に通りかかった別の商隊の馬車で渋滞が起きてる」


「この道の悪さですからね。事故が起きたと言われても不思議じゃ無いです」


 リアナの視線は、連日続いた雨により水捌けが悪くなった地面へと注がれていた。


「酷いのか?」


「ああ、この様子じゃ今日はまず通れない。それと、向こうも事故について話があるそうだ」


 口を尖らせ、考えを巡らせていたハンクだが、数秒考え込んで考えがまとまったのか、口を開く。


「通行再開までの段取りと撤去の手伝いだろうなぁ。あと一晩を越す時の場所取り辺りか……分かった。今から話を付けてくる。二人は馬車で待機してくれ」


 強面のハンクだけでも十分な気もするが、一応は商人だし、俺がついて行くのは決定事項だろう。


 先ほどの道を戻り、馬車の隙間から人の輪に入っていく。


「お疲れ様、どんな状況だ?」


 第一声はハンクだ。挨拶も短く、シンプルだが、俺たちが来たことは全員に伝わっているらしく、返答に詰まることなかった。


「怪我人こそでなかったが、積荷と馬車がこの様だ。」


 冴えない顔をしたこの男が馬車の持ち主である商人だろう。


独特の光沢から判断すると、服は絹で作られており、袖や首回りを中心に金の刺繍が施されている。腕と指に目をやれば、幾つかの銀の指輪に、細かい装飾が美しい腕輪をしていた。歳は、まだ三十半ばと言ったところだ。


(若いな、それに派手だ)


俺が勝手に商人の評価をしている間に、ハンクは話を進める。


「どうするんだ?」


「馬車はまだ4台あるから、そちらの方に泊まる。幸いここから一番近い村まで2日だ。荷物の無い馬で飛ばせば一日で着く。冒険者1人と使用人1人を街に送ったから、少し待てば大工と護衛の冒険者を連れて帰って来る」


 壊れた馬車も含めて、5台の馬車を保有するやり手の商人らしい。馬車5台を持っていると聞いて、ハンクが若干羨ましそうな顔をしたのは、気のせいじゃない。


「そちらには悪いが、今日はここで一泊してもらう事になる。明日。撤去を手伝ってくれたら、相応の謝礼もする」


 撤去の負担を軽くする目的もあるだろうが、言葉のニュアンスから言って、1日足止めをした謝礼も含まれていそうだ。


 こうなったら仕方がない、と言った様子で、ハンクは肩を竦める。


「分かった。お互い、こんな森の中に何時までもいても仕方ない。という訳だ。問題無いか、ジロウ?」


「ああ」


馬車への荷物運びは、冒険者を始めた当初から今まで続けている。アーシェもリアナも反対はしないはずだ。


「なら、決まりだ。早速本題だが、撤去は明日の早朝から行う。詳しくはその時に話そう。今日の野営だが、一直線で並ぶのも危ない。草は生えているが、道の横に多少の空間がある。そこに馬車を集めようと思うんだが?」


周りの反応を確かめるように商人は話を続ける。周りの異議が無いことを確認すると、言葉を続けた。


「私の馬車4台は森側担当するから、後から来た2つの馬車は道路側を頼みたい」


 複数の馬車で野営する場合、馬車をただ単に縦や横にならべるのではなく、四角形や五角形の各面に馬車を一台を配置することにより、守る場所は各面の角だけとなり、中央に安全な空間が作ることができる。これは商会や冒険者ギルドが推奨する野営の陣形だ。


問題があるとすれば、複数の馬車を所有するか、商隊を組んだ商人達しかできず、ハンクなどの単独の馬車では、どう工夫しても作れない。


この商人の商隊は馬車が5台もいることから日常的に陣形を組み、実践経験が豊富なのだろう。


(ここは素直に提案に乗った方が楽だな)


ハンクを横目で見ると頷き答えた。どうやら俺同様に乗り気の様だ。


「ああ、それで頼む。俺はハンクと言う」


ハンクが右手を差し出すと、商人も腕輪を鳴らしながら同様に手を伸ばす。


「私はデニスと言う。“短い間”になるとは思うが、よろしく頼むよ」


そう言い終わったデニスは、会ってから初めて笑う。その姿は先ほどよりも一層若く見えた。

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