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異世界デビューに失敗しました  作者: トルトネン
第五章 ヘッジホルグ共和国
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第三十話 部門長の嘆き

 研究所崩落の危険性を最も早く知ることができたホルムスは居残っていた部下を集め、いち早く研究所から脱出していた。


 人と荷物を馬と馬車に詰め込み、逃げた先は東にある緩やかな丘陵が並ぶ予備の集合場所。誰よりも迅速に行動したホルムスは研究所の崩落どころか、精霊もどきの本体からも安全圏内にいた。


 後はギルドなり国軍が総力を上げて戦い、自分のような研究者は隠れて騒乱が過ぎるのを待つだけしかできない。そんな諦めにも似た心境で避難をしようとしたホルムスだったが、妙な事に巻き込まれていた。


 ホルムス達がいる丘の上では、風により旗が揺れ動いていた。旗に描かれた魔法使いを象徴する杖は黄金色に染められ、その柄には再生と復活を意味する不死鳥が巻き付く。


 ホルムスはこの旗が持つ意味を知っていた。知らないはずが無かった。大陸でも最高の魔法技術を誇るヘッジホルグの中でも更に精鋭の魔法使い集団。ホルムスも魔法が使える人間として幼少期には憧れたものだった。


 この旗を持つことを許されたのは大陸最高の魔法技術を持つヘッジホルグの中でも選ばれた精鋭中の精鋭、《魔力の杖》だけだ。


「《魔力の杖》なぜこんなところに」


 ゆったりとしたローブの背中には魔力の杖を示す黄金の杖と不死鳥の刺繍が縫い込まれている。ローブの膨らみから考えるとチェーンメイルなど何かしらの鎧が着込まれているだろう。その腰回りにはショートソード、ポーションなどの飲み薬が並んでいた。間違い無く《魔力の杖》、それも200人以上の構成員がホルムスの目には映っていた。


 そんな集団の中央が開き、現れたのは何処か浮世離れした雰囲気を感じさせる男だ。その髪は肩甲骨まで伸び、右に3本、左に2本、髪留めの紐によって纏められている。


「《魔力の杖》、支隊の指揮官エイグナスだ」


 その手は真っ直ぐにホルムスへと伸ばされていた。意味が分からない。《魔力の杖》が研究所の非常事態で駆け付けたまではホルムスにも理解できた。問題なのは魔力の杖の指揮官が何故自分のような人間に手を差し出しているのかだ。その意図は全く理解出来なかったが、出されたものは返さなくてはならない。渋々、ホルムスは差し出された手を握り返した。


「中央研究所、火器部門班長のホルムスだ」


 《魔力の杖》から派遣された支隊、支隊長エイグナスは、事前に部下から伝えられた地点を睨む。今も砦よりも巨大な生物が土埃を上げて動いていた。あの下には数百人という人間が生命の危機を迎えている。


「また、とんでもない物を作ってくれたな。単純なレートだけならSSには乗るだろう。これだから穴潜りの変態研究者共は……数十年前の事件で懲りていないのか」


 辛辣な意を耳にしてしまったホルムスは自分のことのように顔を引きつらせた。そんな顔を引きつらせたホルムスを見て、エイグナスは髪を揺らして否定する。


「ああ、ホルムス殿に言った訳ではないぞ? 今回も前回も生物部門が起こした事故だ。火器部門が街一つを破壊する爆弾を誤爆させたなら話は別だが、そんなものが現実にあるはずも無い」


 エイグナスの目的が分からなかったホルムスだが、次に出した男の言葉に事態を理解した。


「我々はウンディーネを殲滅するために大砲を使用する」


 つまり、大砲の展開をこの男は手伝えと言っているのだ。そうホルムスは理解した。


「大砲の展開? それは無茶だ。貴方が持つ大砲をここまで運ぶのに2週間は掛かる」


 ホルムスの記憶が正しければ、《魔力の杖》が有する大砲は全て首都防衛に使用され、固定の解除から輸送までの手間を考えると、最も近場からでもここまで運ぶのには2週間は掛かる。そんな時間をアレは悠長に待ってくれない。


「近場にもっといいものがあるだろう? 研究所が隠匿している異世界の遺物は知っている。重砲と言った方が早いか。《魔力の杖》が持つものの総数には及ばないが、それでも15門はあるだろう。魔力は心配するな。我々の戦闘員が200人が集まっている」


「……申し訳ないが、それは私が決められる事ではない。上の者に確認を取ってくれ」


 ホルムスはただの研究者ではないが、ただの中間管理職にしか過ぎない。それこそ主任研究員や部門長と言ったホルムスの上司が何人もいる。ホルムスの一存だけではとても決められる事ではなかった。


 確かに、研究所地下では無許可でシンドウ達と高射砲を撃ったが、使用したことは全員が秘密にしている。それに証拠は瓦礫の中だ。発覚する方が難しい。だが、今回は国宝である異世界の遺物を何十、何百人の前で使用しろと言っているのだ。自己保身と責任の追求では天下一とも言える研究所の上層部に見つかり、良くて一生投獄生活、悪ければ極刑が待っている。それに自分には何の権限も無い。


 協力出来ないと頑なに拒否をするホルムスにエイグナスはゆっくりと言葉をかけ始めた。


「君の直属の上司は亡くなった。その上司もそのまた上司もだ。危機感の無い連中だ。研究所が崩落するまで責任のなすり合いを続けていたらしい。そういう事で火器部門では君が現在トップという訳だ。大変だなホルムス火器部門長」


「は、あ、え……?」


 状況の整理が追い付けない。目の前の男は自分に上司が全員死亡して自分が部門長になったというのだ。昨日まで中間管理職というストレスを溜め込む役職のホルムスが、僅か一日で最も有力な研究部門長になった。たちの悪い冗談にもほどが過ぎる。


「ああ……帰って寝たい」


 空を仰いだホルムスは今にも消えてしまいそうな声で嘆くが、エイグナスはそれを許さなかった。


「現実逃避は良くないぞ、部門長。なに、責任者達はもう言い訳する事も動くことも無いんだ。君は何も心配することはない」


「研究所の重砲群……作業員はいない。大半が分解されて運び出されている。直ぐに使用は……」


「気にしなくて良い。議会からは研究所のあるあらゆるモノを動員して作戦に当たるように言われている。それは人であれ物であれ何でもだ。さあ、設置させるぞ。人手がいる。手の空いている者は魔力の杖と研究員の指示に従って動いてくれ。なぁに、何を見て、何を触っても大丈夫だ。こうなって機密だのなんだのと言ってる場合ではないからな」


 絶句するホルムスの肩を笑顔で叩き、エイグナスは自身の部隊がいる方へ振り返った。


「さて、問題のアレだがどうするか、足止めをするにも部隊の半数は失いそうだ」


 遠方からでも死を振り撒くウンディーネの姿を確認することができた。正面からぶつかれば構成員の半数を失う。それでは重砲の作業員も魔力を込める者も不足する。苦悩するエイグナスに答えを出したのは、支隊補佐役の副長だった。


「エイグナス支隊長」


「どうした副長?」


「偵察班からの報告によると、デカ物は捕食対象に好みがあるらしく、他の獲物は分離体に任せて、今はある冒険者の一団を追走しています」


 副長によれば本体は同じ相手を付け狙っている。エイグナスにとっては朗報だった。危険極まりない本体を引きつけてくれる冒険者がいるのだ。勿論、分離体だけでも厄介だが、それでも幾らでもやりようがある。


「はは、なんだ、その可哀想で残念な連中は。だが、都合は良い。彼らに時間を稼いで貰おう。幸い本体は馬よりもだいぶ足が遅い。隊員から15人ほど選抜して援護に回ってやれ」


「わかりました。では」


「さぁ、忙しくなるぞ。キリキリ働け、働けるのは生きているうちだけだぞ」






 辺り一面がウンディーネによって地獄絵図へと変わるのにはそう時間が掛からなかった。長い腕をしならせ、瓦礫ごと人を吹き飛ばす姿は、規格外という言葉では生ぬるい。逃げ惑う者、身動きの取れない者、死体も関係なくウンディーネの餌食へと変わる。


 警備兵の抵抗も散発的であり、もはや組織的に抵抗する力も残っていない。ほとんどの者が心を折られ、一目散に敗走を開始している。仮に研究所の警備隊の主力が健在だったとしても事態を僅かに引き伸ばすだけに終わる。


 直下の問題は、本体が一直線にこちらに向かって来ることだ。捕食対象である人が多いからではない、他には幾らでも人が居る。その中でわざわざ俺達の場所を目指して移動をしていた。


「何であいつはこっちに来るんだよ!!」


 叫んだところで歩みが止まるはずもない。振り返らなくとも進路上の障害物を根こそぎ破壊しているのが音で分かる。


「美味しそうな人間が沢山いるからじゃないかな?」


「奴にとってご馳走かよッ」


 薄々ながらも気付いていた事をクロフトは確認させてくれた。


「ひぃいいいい。何でこうなるのぉォォォ!!」


 上空からは本体から打ち出されたウンディーネがまるで雨粒のように落下してきた。べちゃりと地面に着地した分離体は、一度は衝撃で身体が潰れかけるが、何事もなかったかのように活動を再開した。


 背中を向けて走っていた研究者がウンディーネの腕に柔らかい下腹部を抉り取られ、のたうちまわる。


 狂乱状態の冒険者が剣でウンディーネを切断するが、僅かに行動を阻害するだけで、押し倒された。まるで地上で溺れるように足をばたつかせるが、直ぐに動かなくなった。


 他人を助け出す暇はない。本体が涎を垂らしながらこちらに迫っている。それに分離体が俺達を無視してくれるはずもない。地下研究所以来の再会を喜ぶかのように両手を広げて、ウンディーネはこちらに疾走していた。


「本当にしつこい、こっちに来るな」


 二度、三度と噴射させた炎はウンディーネに直撃すると、まとわり付くように燃焼を起こしてじゅくじゅくとジェル状の身体を溶かした。


「頼む助けてくれ!!」


 機転の利く冒険者が有効な攻撃手段を持った俺達にウンディーネを押し付ける形で、助けを求めてくる。


「射線に重なるな!! 火達磨になるぞ」


 言葉の意味を理解し、直線状に重なっていた冒険者が飛び込むように左に進路を移した。精霊もどきも遅れてそれに追従しようとするが、待っていたのは炎の壁だ。


「たすかったッ!! ありがとう」


 こちらを一瞥することなく冒険者は人混みに姿を消した。なんて逃げ足が早い。


「クロフト、テルマ、左から3体来たぞ」


「1体仕留めたわ。後はお願い」


 視界が利き、開けた空間、それも多くの人間が動き回っているためか、地下研究所のように津波の如くウンディーネがいるわけじゃ無い。


 問題はやはり本体だ。動きこそは鈍いが、デカイ分だけ歩幅が大きい。このままでは分離体の妨害も手伝って追いつかれる。


「はぁ、はっ、タンクが重すぎるね。足が震えてくるよ」


「良い運動だろ、頑張れ」


 クロフトが息を切らして今にも落伍しそうだ。この状況で強欲まで暴走を始めたら、怪獣大戦争が起こりかねない。それは今より凄惨な事態を招くだろう。


 放置された荷馬車が目に入った。御者は居ない。普通は無傷の荷馬車を捨ててまで、徒歩でわざわざ逃げない事を考えると、逃亡に失敗してウンディーネに襲われたのだろう。


 覗き込むと中には争った形跡は無い。念のために車体の下と幌の上も見るが何もいない。馬車を使えば駆けて逃げるよりも遥かに楽だ。ありがたく使用させて貰うに限る。


「荷馬車で逃げよう。誰か運転は!?」


「私は無理よ」


「僕は手綱すら握った事が無いよ」


 二人からは芳しくない回答が返って来た。期待したい全員の視線がテルマへと注がれる。


「や、やる。私がやる。だから早く逃げよう」


 身に付けていたショートスピアと火炎放射器を荷台に投げ捨て、御者台に飛び乗ったテルマは全員が乗ったのを確認して手綱叩いた。


「右後方から2体来てるわ」


 周囲からはトップスピードに乗る前の荷馬車に分離体が取り付こうと殺到しようとするが、3丁の火炎放射器がそれを完全に防いだ。


 荷馬車は地面の凹凸で上下左右に揺れながらも、少しずつ本体との距離が離れていく。だが、精霊もどき共は諦めた様子は無く、追走を始めた。


 研究員、兵士達は天の救いとばかりに荷馬車と本体の進路上から退避した。少数の者はこちらを気の毒そうに眺め、大半の者は囮ができたと安堵した様子で駆け去っていく。あれだけ人間を貪っていたウンディーネが他の者には見向きもしない。


「陰険なストーカーが」


「ど、何処に逃げるの!?」


「森に入って姿を隠しましょう」


「なら無人帯の多いウィットルド方面か?」


 背丈の多い森ならば隠れるには最適だ。ただ、首都方面に比べると未整備の道が多く、全力で走る荷馬車がどこまで耐え切れるかが心配だ。


「そうね。それがいいわ」


 本体ならば追いつかれる事は無いが、分離体は足が速い。ジリジリと距離が詰まりつつあった。荷馬車の縁を足で踏み付け、踏ん張りを利かせる。注意深く照準を付けるが、左右に動き続けるウンディーネにはなかなか合わない。


「ちょこまかとッ」


「まずい、回り込まれるわよ」


 荷馬車の構造状、最も開閉部が大きい後方を避け、側面から荷馬車に迫るつもりだ。荷馬車の幌は幾つかのアーチ状の細い金属の上に、被せて固定してある。左右への視界を確保するために、腰からオリハルコン製の短剣を取り出して、十字に切りつけた。半身を乗り出すと、荷馬車に手を掛けようとしていたウンディーネと鉢合わせとなった。


「ッ――ぐがァッ!?」


 俺が銃口を上げるのとウンディーネが手を伸ばすのはほぼ同時だった。ウンディーネから伸びた腕が鎧を叩き、肺から強制的に酸素を吐き出させた。荷馬車の奥に押し戻されながらもトリガーを引き、炎を放つ。水気の多いウンディーネに直撃した火炎は触れた瞬間から身体を蒸発させ、水滴が俺の顔面にまで飛んできた。


「――!! ――――ぁ!?」


 荷馬車に倒れこむ前にはトリガーから指を離すことができ、どうにか荷馬車を放火せずに済んだ。


「ごほッ、ごほ、ッあ……」


「シンドウ!?」


 後方を見ていたニコレッタが俺が担当していた場所に火炎放射を構え、カバーに入った。ウンディーネがいない事を確認し、クロフトが俺を掴み起こした。


「どこかやられたかい?」


「いや、鎧の上からだ。顔面をやられなくてよかった」


 悠長に無駄話をする暇も無く、俺達は配置に戻った。視界には地面を滑るようにウンディーネが映る

。数は減るどころか、数を増していた。


「クロフト、あいつ食えば食うほど、生み出すのか?」


「ああ、そうみたいだね。アルカストラネとの激戦で散った冒険者も、警備兵も、研究者も纏めて食らったようだ。そうして同族を増やしていく。精霊というよりも、精霊に近いスライムだね」


 研究所全体の死体と新鮮な餌を捕食した本体が、更なる分離体を作り出したのだ。砦に匹敵するような巨躯。物理攻撃を物ともしない身体は脅威だが、最も厄介な本質は敵の数が多ければ多いほど、死体が増えれば増えるほど、分離体の数を増して行く。


 自信を持って送り出した兵隊が養分となり、その分だけ敵を増やす。スケルトンやグールなど過去にそう言った系統の技術が無かった訳じゃないが、個々の強さ、生み出すまでのサイクルの短さは比較にもならない。


「誰だスライムが弱いなんて言った奴は」


 嘆きにも近い愚痴は戦闘によって直ぐに掻き消された。

他に書き溜めてた新作投稿します。

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