表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界デビューに失敗しました  作者: トルトネン
第一章 冒険者への道
1/150

第一話 旅立ちと森のクマさん

 一人の人間に出来ることは限られている。これは人間に限った事柄ではない。一人、一匹なんであれ、他の生物でも同じである。だからこそ生物は群れを作って外敵から身を守り、群れで狩りをする。


 人間の場合も同じだ。一人では非力だから、集団でより強力な存在に対抗する。


 ではどうだろう。それまでいた群れ、それまでいた社会を失った一人の人間では何も出来ない。何も変わらないのか――


 少なくとも俺はそう思わない。それこそ、川に小石を投げて出来た小さな波紋でも、それが切っ掛けで濁流に変わるかもしれない。羽虫の小さな羽ばたきが竜巻に変わるかもしれない。


 存在が無視できたはずの小さな差が、矮小だったその存在が、やがて無視できない存在となる。そう人はそれをバタフライ効果と呼ぶ。


 一人の人間が理不尽な世界を必死に生きようとした。それだけのことが、世界を揺るがすと言うこともあると知っておいて欲しい。


 季節は秋を迎え、野鳥や虫たちの確かな営みを感じさせるように様々な鳴き声が山中に響く。


 その共演を中断させるかのように夕暮れの山道に不釣り合いな音が響く。それは人工物である排気量400CCを超える自動二輪車のエンジン音であった。


 長期の休みを利用して俺、新道しんどう二郎じろうは田舎にいる友人、高倉直人の家を訪ねていた。


 直人の家はその一帯の地主の跡取りであり、その跡を継ぐ事になっていた。


そして高倉家には代々の家訓いくつかあり、そのうちの一つに都市部で数年間暮らし、自分の目で色々なモノを見る、というものがある。


その習慣は、彼の先祖が柔軟な思考を持つものに跡を継いでほしいという願いで始めたらしい。


 地図の家に着いてみると、とてつもなくでかい屋敷があり、しかもお手伝いさんが何人もいるのだ。話には聞いていたが、小さい自宅と比較するのもバカらしくなる。


 家に入るまで直人と再会の挨拶など話をした後、直人の家族に挨拶をした。世帯主である彼の父と祖父は独特の風格を持つ人で、ガチガチに緊張して挨拶をするはめになった。


 その後、お土産を渡し、いざ話してみると二人とも気さくな人で話は弾んだ。


しかし、家の歴史の話になると、二人は目の色を変えてしまったのだ。何処からか何メートルもある巻物の山を持つと、二人揃って身振り手振りで話を始める。


(この人達、絶対に練習してたな!!)


 アイドルのライブにいる熱心なファンを感じさせる迫力を振り撒くと、そのうち手には武具や家宝を持ち出してくる。話は上手いし、面白いのだが、長時間の運転で俺は疲れていた。


 終わることを知らない話にだんだんと恐怖に似た焦りを感じる。きっと直人の助け船がなければ永遠に続いていたに違いない


 二日間、直人の家に泊まり、朝帰ろうと考えていたのだが、二日目の夕方に上司から携帯電話に連絡があり、急ぎの仕事で会社に出てほしいとのことだった。埋め合わせはするから、という会社の連絡に俺は急遽、地元に帰ることになった。


 俺は高倉家に別れの挨拶をした。その別れの際に直人の父と祖父から次はもっとゆっくりしていけと声をかけられ、胸にくるものがある。


(でもよく考えたらまた家や村の歴史の話が――いや、次はそれ以上の勢いで来るんだよな)


 その事を帰路の中で思い出し、感動が何とも言えないものに変わった。


(しかし、村一つが神隠しにあった話や戦人いくさびとの話しとか胡散臭かったけど、面白かったな。この一帯を荒らしていた悪龍と高倉家の戦の歴史を聞きたかったぁ)


 本当なら今晩聞くはずだったのに――その時俺は妙な違和感を感じた。


(うーん……来たときとはなんか雰囲気が違うなぁ、夕暮れで奇麗なんだけど、なんだ、こう何かに引き込まれる感じは――)


 ふと俺は気付いてしまった。


(音がしない……?)


 ついさっきまで確かに聞こえていた虫や鳥の鳴き声も、秋風に吹かれて擦れる草木の音も


(………………)


 ゆっくりとバイク減速をさせる。バイクは速度を落とし、遂に止まった。鍵を回しエンジンを止める。バイクから熱気が送られてくるが、やはり周りからは音が聞こえない。


 何かを確かめるように俺はフルフェイスを取った。そこでもう一つ気づく、先程までの気まぐれな秋風が消えていた。聞こえるのはドク、ドクと脈打つ速い心臓の鼓動音だけ。


 どういう訳か後ろが気になった。


(後ろはどうなってるんだ、まさか俗に言うおばけが……)


 ゆっくりと首を回して振り返る。そこには――


(なんだ、何もない。ただの田舎道か)


 俺は景色を見て軽く苦笑すると正面に視線を戻すが、先程に引き続き、その風景に違和感を感じた。何かが、何かが異常だった。


(疲れてんのかなぁ)


 急な仕事で無意識に体が拒絶してるんだろうと俺は考え、ため息をつこうとする――が息が出ない。そして生まれて初めて味わう完全な静寂、心臓の音すらしない。


 喋ろうとするが声が出ず、頭の中では全身の力を込めて必死に動かすが指一つ動かない。


(なんで動けないんだよ!?)


 そうしてるうちに意識がだんだんと薄れていくことに気付いた。目を閉じてはいけないと理性は判断しているのに逆らうことができない。


(なにこれ、死亡フラグ……?)


 異常事態でもあるにも関わらず、冷静にそんな場違いな考えが浮かぶ。


 そんな事をぼんやりと考えていると、俺の意識は急速に揺らぎ始め、ぷっつりと意識が途絶えていった。






 知覚神経の末端が受けた刺激が電気信号に変換され、脊髄などを通り電気信号は頭に届いた。そして俺の頭はある一つの結論を下す。


(背中がチクチクして痛い)


 どうやら俺は倒れたらしい。響く頭を抑えふらふらと覚束ない足で立ち上がる。現状を確かめるために辺りを見回すが、何故か俺は森の中にいた。


「あ?」


 木々の隙間から視界が空け、目の前に広がっているのはずらーっと続く森林。日頃働いている都会のコンクリートジャングルから離れ、田舎に来ていたのだから、自然があっても当たり前と言えた。


 ここで俺は客観的に考えようとした。懸命に頭を回転させる。


(自然は問題ない。むしろリフレッシュが出来た。では何がおかしい)


 答えは簡単に出た。


「何処だ……ここ、それに」


 明らかに俺がバイクで通っていたはずの山道から逸れてしまっている。さっきまでいた山道はこんなに木々は高くないし、明らかに森の中だ。道らしい道すらない。それに――


「なんで裸なんだよ!?」


 俺はロングのジーパンに長袖のシャツ、そこに上着を身につけていたはずだったのだ。それがすっぽんぽんだ。なけなしのお金で買ったバイクも姿を消している。


 森の中をそよ風が通り、草が俺の体を擽ってきている。今は危機的な寒さはない。寧ろ太陽が心地好い。


 しかし、夜になったら気温が下がるだろうし、たちの悪い虫がいるかもしれない。それに俺は裸族でも、そういう趣味がある人間でもないのだ。


(せめてパンツと靴だけでも――)


 と思い辺りを見回すが、太い幹を持つ大木や草むらばかりで、それらしい衣服は見付からない。


「どうなってんだ」


(さっきまでバイクで山道にいたはずだ。なんで真っ裸で森の中にいるんだ!! アルコールは飲んでいない、なら薬か? でもいつの間に、食事を取ってから何時間も経っているし、あの人達がそんなことするはずないし意味もない、物取りにしても手が込み過ぎだろう!? パンツまで普通盗るか!!)


 考えごとに浸っていた俺は、後ろの草木が揺れるのを感じた。


(助かった誰かいる)


 解決の糸口が見付かるかもしれないと嬉々として振り返ると、成人男性の胴体の大きさを持つ手足、黒い剛毛にそびえ立つような巨体。


「くっ、熊?」


 振り返った俺は、上擦んだ声で動物の名前を口にした。熊、それも体長数メートルの馬鹿でかい、それでいて角が生えた巨熊がいるのだ。北極熊よりも遥かにでかい。


 鼻を頻りにひくひく動かし、お目当ての者を見つけたと言わんばかりにこちらを睨みつける。


 どうひいき目に見ても肉食獣、決してベジタリアンなどではないだろう。涎を垂らして目も血走っている。今にも走り出しそうだ。


(食われる!? 死にたくない、死にたくない!!)


 足の裏に刺さる枝や小石に構わず、俺は本能的に走り出した。咄嗟に木が密集した場所に駆け込む。そこは若干の下り坂となっており、転がるように走る。


(大木で熊は入ってこれないだろう)


 一瞬、振り返るとそこにはありえないものが見えた。先程の巨熊が頭の角で木々を真っ二つにして、腕で木々薙ぎ倒しているのだ。


 獲物が逃げ出したのが気に入らないとばかりに。


「グガアァァアアアアア」


 と怒りの咆哮を上げ追い掛けて来る。


「誰か助けてくれ!!」


 悲痛の叫びも森に吸い込まれていった。


 その後、三分間良く逃げたと思う。人間決死の覚悟があればここまで出来るのだ。巨熊にはまだ辛うじて襲われていないが、草木や石で体中が傷だらけ――


「ハァ、ハァ」


 息が切れた俺の背には一際でかい木があった。正確にはここに追い込まれた。


(何かないのか、何か!?)


 目線だけで周りを探すが手頃な石や棒すらない。あったとしても効き目はゼロだろうが。


 今、俺の目の前にはあの巨熊がにじり寄ってきている。


(や、やばい、逃げないと)


 限界を迎えた肺と心臓を無視して走りだそうとする。だが限界だった俺の足は縺れてしまった。


 巨熊は俺が足が縺れなければいたはずの未来位置に必殺の一撃を繰り出し、地面が陥没した。戦慄した俺は一瞬動けなくなるが、熊がその顎を動かし始めてようやく行動がとれた。


 スライディング土下座のような格好から這いずるようにして、紙一重で噛み付きに当たらずに済む。体を捻り見ると俺の体の上には熊の顔が――


(くっ、食われる!!)


 俺は恐怖で引き攣った顔で巨熊を見ることしか出来なかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] この異世界の名前はナラカなのかも知れない。もっとも、アーガマではナラカも実有ではないが。
[一言] あれ今日、気がついたけど高倉家ですか♪
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ