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古き都の夢幻  作者: 雪代
4/7

03

序章終了。これから第一部が始まります。

今回早くもちょっとだけネタばらし。


 さて、相手に一撃くれたところで、未だ三対二というこちらに不利な状況だということに変わりはない。

「絶望的でもないだけマシかな」

 少なくとも第一波は防いだ、否、防げた。それが持つ意味は大きい。

「いけそうみたいだし、こっち二匹でそっち一匹っていう具合に分けようか」

 そう言うのはユキ。こっちが一匹というのが男としては情けなくなるが、しかし能力的に見て間違いじゃないのがさらに情けない。

「一つだけアドバイス。どうにもならなくなったら、心から思ったことを叫んでみるといいよ…………それじゃ、またね」

 よく意味が分からない。後どうにもならない状況にまで追い込まれたくない。と言ってもすでに二匹引き連れてユキは移動を始めているので言っても無駄だが。

 そしてその場所に僕と一匹の妖狼が取り残される。その目は完全に僕をロックしていて、視線を外せば今にも襲い掛かってきそうな勢いだった。

 さっきは上手く避けれたけど、あんなことそう何度もできるわけじゃない。一度避けただけで全身の神経が磨り減ったような感覚に襲われる。当然だ、一つ間違えれば死ぬようなやり取りだったのだから。

「何か……何か、武器が欲しい」

 ユキの持つ傘のような、できれば長物の武器が。少しでも距離を取ろうと、僕がジリジリと後退すると、相手もにじり寄ってくる。そして、下げたかかとにコツンと何かがぶつかり、僕は足を止める。カランカラン、と音を立て転がるそれは、狼から視線を外せないので、見えはしないが明らかな金属音と転がる際のゴロゴロと言う音から見て、金属性の輪のようなもの。しかも、ボルト程度の大きさならあんな重い音はしない、それなりの大きさのある物だ。

「鉄パイプ?」

 淡い期待を抱きながら、足で転がるそれを止め、体より前へと持ってくる。そして足で固定したそれを、ちらりと見る。期待通りのものがそこにあった。

「何でこんなところに……いや、それよりこれd……っ!!!」

 ほんの一瞬、視線を外した隙を突いて、狼が走り出す。

 大丈夫……落ち着いて……さっきの行動からいって。

「ここで飛び掛ってくる!」

 さきほどと同じように飛び掛ってくる狼に、視線を向ける。

「今っ!!」

 そして、タイミングを併せ、足を振り上げる。足の甲に伝わる生々しい感触に歯を食い縛り、足の上の狼ごと蹴り上げる。気がはやったか、はたまた狼のほうが反応したのか、蹴り上げた足の感触は弱かった。

「浅かった!?」

 けれど、狼にそれなりの痛手は負わせたようで、少しよろめき数歩後退する。

「今のうち!!」

 それを見た瞬間、しゃがみ込み足元の鉄パイプを拾う。それを隙と見たか、狼がまた飛び掛る。

「それも、計算尽くだぁぁぁぁ!!!!」

 起き上がっていては間に合わないと、中腰のまま下半身を固定。そして体捻りながら相手を見据える。

「今度こそ、当たれ!!」

 今度は少しだけ目測よりも遅く体を捻り、両手に持った鉄パイプを一文字に振る。体の捻りが加わったその一撃は、想像以上に強烈だったようで、狼は2,3メートルほど浮き上がったまま宙を飛び、そして落下してからもゴロゴロと転がっていった。

「……はぁ……はぁ」

 ユキと別れてまだ三分も立たないというのに、すでに息が上がっている。たった一度の攻防で恐ろしいほど神経を使う。そのツケが体にまで来ていた。

 足が震え、膝が笑う。鉄パイプを杖代わりにしなければならないほど足に力が入らない。

 狼はピクリとも動かず、僕の吐く荒い息だけが場に響く。

「やったの……?」

 終った。そう思った瞬間、緊張から解き放たれた全身から力が抜け、その場に座り込む。

「…………は、はは……やった。僕……一人で、妖怪を……」

 瞬間、左肩に鋭い痛みが走る。首だけで振り返ると、そこに一匹の狼がいた。

「…………え?……あ……あぁ……ああああああぁぁぁぁぁあぁあぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」

 脳がそれを認識した瞬間、肩が焼けたように熱くなり、絶叫を上げる。

 そのまま態勢を崩し転がると、狼が離れる。

「い、いた……痛い……痛い痛い痛い痛い痛いイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ」

 左肩を右手で抑えながら顔を上げる。



 そこに、群れを為した狼たちがいた。





 ワオオオォォォォォォ!!!!

 先頭に立つ一匹の遠吠えに併せ、どこからか次々と狼が出てくる。すでに周囲は十や二十では聞かない数の狼に取り囲まれていた。

「…………な、何で…………」

 先頭に立つ狼の体に傷があった。つまりそれは、さきほど自分が倒したと思っていた狼。

 普通に人間ならとっくに死んでいるか、動けないほどの大怪我をしているほどの一撃だったはずだ。

「これが……妖怪……」

 そしてさきほどと違う点は一つ。

「紅い…………」

 狼たちの眼が赤く染まっていた。少なくともさきほどまでは黒かったはずの眼が。

「それに……あれは……なに?」

 その狼たちの体から立ち上る赤いもやのような何か、あれはいったい?

 ワオオオオオオォォォォォォォォ!!!

 狼の遠吠えに、全ての思考が吹き飛ぶ。

 そうだ、何を考え事などしている暇がある!!?

 そんなことを考えるくらいならこの状況から生き残ることを考えるべきだ。

 けれども。

「生き残る……? …………()()()()()?」

 左肩をやられ動くのにも支障が出ている僕。そして僕の周囲を取り囲む三十を越えた狼の群れ。

 この状況でどうやって生き残れというのだろう?

 そうだ……何を舞い上がっていたのだろう。まさか僕ごときが妖怪相手に戦えるつもりだったのか。少しばかりいつもより上手くいったから調子に乗っていたんだ。術の一つも使えない分際で妖怪と戦うだなんておこがましい。結局僕は、どこまで言っても落ち零れなんだ……。


 ドウセナラココデシンデシマエバラクニナレルノニ。


 僕の心を感じ取ったか、狼たちが群れを為して飛び掛ってくる。

 ああ、これで……本当の本当に、終わりか。

 たった一つ、心残りがあるとすれば、彼女のこと。

 絶対に生き残るって、約束しちゃったしなぁ。

 きっと彼女なら逃げるくらいできるだろうけど。

 僕が死んだら、彼女は悲しんでくれるのかな?

 別れ際も、またねって、言ってくれたし。

 ……そう言えば、その前にも何か言ってたっけ?


 一つだけアドバイス。


 彼女は、何ていったんだっけ?


 どうにもならなくなったら、


 なったら?


 心から思ったことを叫んでみるといいよ


 心から、思ったこと?

 今僕が思っていることって何だろう?

 死にたい……かな?

 ………………何か違う。しっくり来ない。

 まさかとは思うけど。

 もしかして僕は。


 この状況でもまだ、生きたいって……そう思ってるの?



 カチリ、と僕の中で何かがはまった。



 そうだよ、人間は簡単に死を受け入れることなんてできないものなんだよ…………粋がって、格好つけてみてもいざその時になればみっともないくらいに足掻いてしまう。それが……。


 それが、人間。


 それの何が悪い? 生きてたい、死にたくない、そう思うことの何がいけない? 思えないやつは結局、人間どころか生き物として壊れてる。そんないびつ、あたしは人間だなんて認めない。あたしの友達だなんて断じて認めない…………だから。


 だから……。


「…………絶対に生き延びる!! まだ、死ねない!! 死にたくない!!!」


 それは心の底から出た渇望…………願い。

 願いは、思いの力となって。

 現世へと……流れ出すんだ。

 そうだ……そのための力が、僕にはあるじゃないか。



「《絶断たちきり》《打消うちけし》《殺壊ころしこわす》《終求おわりもとむ》《滅世ほろびよ》《来臨きたりのぞむ》《降誕おろしうみ》《神伐かみをうつ》」






 …………。

 ………………。

 ……………………。

 何をやったのか……僕自身覚えていない。

 ただ無我夢中で、何かを願った。



 そしてそこには、消し飛び姿を消した妖怪を除いた……僕一人が座り込んでいた。

「随分派手にやったね」

「……何も覚えてないから分からないよ」

 声に振り返る事無く答える。

「一つだけ聞いてもいいかな?」

「なに?」

「千歳の使えない術っていうのは、全部霊気を使ったもの?」

 寧ろそれ以外に何があるというのだろう?霊気は人の持つ力。妖気は妖怪の持つ力。ならば人間の使う術に霊気以外のものがあるはずがない。

「そっか…………知らないんだね」

 何を知らないというのだろう?これでも昔は術が使えるようあらゆる知識を手に入れていたこともあったのに。

「神気……それが千歳に宿った力。とっても珍しくて、とっても難しい力」

「僕には何の力も宿ってなんかないよ。だって、家中の人間が全員僕からは何の力も感じられないって言ってるんだから」

 だから僕は、諦めたのだから。

「感じ取れるわけないよ。本当なら人間に宿るような力じゃないし、人間程度に知覚できる力でもない。でもね、宿った人間がいないわけでもない。千歳みたいに極々稀にだけどそう言った人間もいるんだ。けどね、持たない人間にはどれだけ頑張っても感じ取れるわけのない力。だからみんな勘違いするんだ、こいつには何の力もないって」

「………………」

 それが本当ならば。僕は……。

「千歳が術を使えないのは、才能とかそう言う問題じゃなくて、単純に扱ってる力が違うから。電流計じゃあ(電圧)は感知できない、千歳がやっても発動する様子さえないんじゃない?」

 確かにそうだ。どれだけ才能がないんだと周りの人間が嘲笑っていたのを、僕は覚えている。

「でもその理論で行けば僕は他人の霊気を感じることはできないんじゃないの?」

 電圧計じゃあ、(電流)は感知できない。逆説的に言えば、そう言うことだ。

 けれど、ユキがチッチッと指を振る。

「たしかに神気が霊気を同格ならそうかもね……けどね、神気っていうのは、霊気よりも格の高い力なんだよ。言わば(電力)かな。だから、霊気も感知できるし、妖気を感じ取ることすら可能なんだよ」

「妖気…………もしかしてあの赤い靄みたいな」

「多分それだね」

「そっか…………そっかぁ……はは」

 笑える。散々才能がないだとか、僕はダメなんだとか、そんなことを考えてたくせに。周りの連中も僕を馬鹿にしてたくせに。

 蓋を開けてみれば、こんな単純な話だったのか……。

「…………ねえ、じゃあ神気っていうのを使いこなせれば、僕も何かの術を使えるの?」

「神気の術は難しいよ。人間に扱いきれるかどうかは知らないけど……」

 使いこなせれば、最強だよ。

 ユキのその言葉に口が緩む。

「…………ねえ、ユキ」

「なに?」

「…………僕の……式になってくれない?」

 式とは、陰陽師の間にだけ伝わる隠語スラング。けれど何となくユキになら伝わる気がした。

「……………………唐突だね」

「そうかもしれない。けどさ、ユキとなら、僕は妖怪とでも何でも戦える気がするんだ」

 ユキの言葉には何度救われたか分からない。ユキがいなかったら、今日僕は確実に死んでいた。

「…………しょうがないなぁ、千歳は」

 笑い声に顔を上げる。そしてユキは悪戯っぽくニカッと笑って。


「よろしく……千歳」


 そう言った。




式→過去の陰陽師たちが使っていた式神というものに擬えて考えられた隠語。要するに体を張って妖怪たちと直接対峙する前衛職の人たちのこと。かつての陰陽師たち調伏させた妖怪を自身の手駒として使っていたのと同じように、陰陽師を補佐する人のことを指すときもある。

今回千歳が言ったのは前者の意味。

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