02
二話目にして早くも戦闘。過去の小説の中で最短じゃないだろうか。
気づけば僕はまた、そこにいた。
「千歳……キミは良くここに来るね。まあ、とにかく……ようこそ…………私の領域へ」
「…………水月さん?」
放課後別れたばかりの白い少女が昨日と同じ場所に座っていた。
「硬いなあ。ユキでいいよ」
「え、でも……」
「でもじゃない、ユキ」
「ユ、ユ……キ?」
僕の言葉に満足したのか、うんうん、と何度も頷く。
「ねえ、そんなとこにいないでこっち来ない?風が気持ちいいよ」
「…………電柱の頂上なんてどうやって登るのさ……というか、どうやって登ったの?」
「さて、ね?うーん、仕方ない、じゃああたしが降りようか」
そう呟き、ひょい、と軽々しく飛び降りる彼女に、驚き思わず危ない、と叫びそうになって。
「よっと」
軽々しく着地する彼女の姿に、また驚く。
「どうかしたの?」
どうかしたどころの騒ぎではない、凡そ10メートル近い高さから飛び降りて平然としているのだから。
「ユキ…………キミは……」
何者?と聞こうとしたその口が彼女の指に塞がれる。
「……ふふ、秘密、かな?」
そう言って悪戯っぽく笑う彼女に、トクン、とまた心臓が跳ねた。
けれど。
「ああ、今日は珍しくいっぱい来るね。また何か来たみたいだ」
彼女のその言葉に振り返り……そして絶句した。
「送り狼か…………千歳、ずっと憑けられてたみたいだね」
そこにいたのは、一匹の狼。吼えるわけでもなく、唸るわけでも無い、ただじっとこちらを見つめる冷ややかな視線は、それがただの獣ではないことをまじまじと示していた。
即ち……これこそ。
「……妖怪…………」
「今日は千客万来だなあ」
暢気な口調で呟く彼女とは対称的に僕は焦っていた。
家が家だけに、妖怪退治というものに行ったことはある。術が一切使えなくとも、裏方の仕事(妖怪が逃げないよう退魔札を貼ったり、単純に符を運んだり)なら少しは役に立つことができた。だが、それだけだった。
目の前で直接妖怪と相対したことが無い。あったとしても、それは幾人もの味方がいる時だけだ。
「………………っ」
悔しさに歯噛みする。御託を並べても結局のところ、恐れて尻込みているだけの話だった。
霊気を持たない自分では、まともに妖怪とやりあうことなどできない。その上、今はまともな道具も持っておらず、ほとんど素手だった。
これでは妖怪相手に逃げることすら難しい。
油断していた……今までずっと、誰かに守られてきたから。
自分は大丈夫。自分は死なないと。
忘れていた。
もうあの父親はいない。もう自分の味方は誰もいないのだと。
狼がこちらを見る目が変わる。冷ややかで観察するような目から、獰猛で攻撃的な目へ。
「ユキ、逃げて」
その前に彼女だけでも逃がさないとならない。例えここで死ぬことがあろうと、彼女が何者であろうと。
御門の当主として、陰陽師の家系の端くれとして、男として……目の前の彼女を助ける。
言ってみれば、些細な矜持だ。意地のようなものでもある。
だから。
「無理だよ……もう囲まれてるから」
その言葉に目を見開き、周囲を見渡す。
そこには自分たちの周囲を取り囲むように二匹ほどの狼がいた。
「嘘……」
詰んだ……一匹でもどうしようも無いのに、この上さらに二匹もいるのだ。
どうしようも無い…………ここで…………死ぬ…………。
…………死ぬ?
ドクン、と。
心臓が鼓動を打つ。
もう世界に自分の味方などいなかった。この世界に自身の居場所は無かった。
だから、いつも死んでしまいたいと、どこか心の中で願っていた。
死ねば……この全てのしがらみから開放されると。
どこか……そんなことを思っていた。
けれど、いざ死ぬかもしれない、という時になって。
生きたい…………そう思った。
ドクン。
また一つ、心臓が鼓動を打つ。
「…………嫌だ……。まだ、死にたくない」
言葉にしてみれば、その思いはすっと胸の中に納まった。
そうだ、まだ死にたくない。
僕は……こんなところで死んでられない。
そう思っていると、隣でクスリと笑い声が聞こえた。
「さっきより、ずっとマシな顔になったじゃん。そっちのほうがあたし好みだよ。そうだよ、人間は簡単に死を受け入れることなんてできないものなんだよ…………粋がって、格好つけてみてもいざその時になればみっともないくらいに足掻いてしまう。それが人間」
けれど……、そう呟くのが聞こえた。
「それの何が悪い? 生きてたい、死にたくない、そう思うことの何がいけない? 思えないやつは結局、人間どころか生き物として壊れてる。そんな歪、あたしは人間だなんて認めない。あたしの友達だなんて断じて認めない…………だから」
彼女、ユキがこちらを向く。そして、いつもより綺麗に輝く紅い瞳で、いつもみたいに悪戯っぽ笑いながら。
「千歳…………絶対に生き延びるよ」
そう、断言した。
「先に言っておくけど、御門の一族って言っても、僕はまともに術なんて使えないから」
失望されても仕方無い、けれど後になって言っても遅い。そう思って言ったことだった。けれど、ユキは何も聞かず。
「じゃあ、あたしが頑張らないとね」
そう言って不敵に笑う。いつから持っていたのか、その手に古びた唐傘を携えていた。
目を丸くし、口を開きかけた瞬間、狼の一匹がこちらに向かって飛び出す。
「させない!」
僕と狼の間に割り込んだユキがその傘の一閃で、狼を押し返す。
けれど、その様子を見ていた残りの二匹も同時にやって来る。
ユキが一匹に向かって傘を振り下ろすが、それをさっと避け、逆にユキへと飛び掛る。
けれど、冷静にそれを見切り、避け様に傘で一撃加えると、怯んだ狼が一旦下がる。
「…………」
そして僕のほうにも一匹向かってくる。普通に考えればどうしようもない。実際、さきほどまでは恐怖で体が竦みあがっていた。
けれど、生きたいという思いが恐怖を塗りつぶし、体の自由を取り戻す。
同時に狼が飛び掛る、いつもの僕なら絶対に避けることもできないだろう速度。
脳裏に思い描くのはさきほどユキが見せた動き。
そして目を見開き、狼を見る。観て、視て、診て、見る。
一挙手一投足にいたるまで神経を使い、ただただ脳裏に描いた動きをなぞっていく。
そして、最後に傘の代わりに拳を振りぬく。鼻先に拳の一撃を喰らった狼が呻きを上げ後退する。
「…………できた……?」
自身でも信じられないことに、体は脳裏に描く軌道をなぞり、そして狼を避けると同時に、避け際に一撃を入れるという動作をしてみせた。
ふとユキを見る。向こうもこちらを向いていて、目が合う。
「やるじゃん」
そしてまた、悪戯っぽく笑った。
受験終った!!
多分オワタ、いろんな意味で。
ということでこれからはもっと更新に本気出す。