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※注意
・この小説は二次創作です。二次創作を受け付けない方はご遠慮ください。
・原作は『魔王「この我のものとなれ勇者よ!」勇者「断る!」』(商業:まおゆう魔王勇者)です。ネタバレを含みますので、原作未読の方はご遠慮ください。
・キャラに関しては作者の思い込みで書いている部分もあります。ご了承ください。
・原作にはない(適当な)設定が含まれてます。オリジナル設定が苦手な方はご遠慮ください。
・時系列等で不確定な部分(原作にない部分)を扱っています。今後、ドラマCD等で明かされた場合加筆修正を行う場合があります。
・メイド長、メイド姉妹は出ません。
「私のものになれ勇者!」
「断るっ!」
私の前に立つ勇者ははっきり応え――はしなかった。
もっと言ってしまえば、私自身からしてはっきりとは言えてなかった。実際のところは、
「わ、わ、私のものになれっ!」
と、私はしどろもどろに言うことしかできず、勇者は勇者で、
「は、はぁっ!? な、何言ってんだよっ、無理に決まってるだろっ」
と、慌てふためきつつ応えたのだった。
「ど、どーしてもか?」
「どーしてもだよっ! いまさら何言いだすんだよっ! わ、私のものになれだなんて、魔王じゃないんだぞ!」
「そんなこと……分かってるわよ」
そう、分かってることだ。
勇者は魔王のもので、魔王は勇者のもの。
付け加えれば、私は勇者のものなのだが、勇者は私のものではない――。
「で、でもっ!」
それでも、私は止めることが出来なかった。分かっていたことでも、諦めるしかなかったことでも――否、既に諦めていたことでも、我慢が出来なかった。
「……私と魔王は親友だ」
「お、おう」
「唯一の親友と言ってもいい」
「……見てりゃ分かるよ」
「好きになった男も同じぐらいだしな」
「……」
おっと、これは言いすぎたかもしれない。でも、まあ、勇者も分かってるだろうからもうそのあたりはあけっぴろげでいいか。それに、主張できる時にしておかないとな、うん。
「私だって、魔王と、勇者と一緒にこの大陸に来れて嬉しかったんだ。三人で冒険できるなんて思ってもいなかったことだから」
「それは、俺もだよ。俺だって、向こうで戦争だの黒騎士だのやってたときはそんなこと全く思ってなかったさ」
「でも……だ」
私は口を閉じた。ここから先は、頭の中で何度も反芻したことなのだが、改めて口にしてしまうとなんというか――言いにくい。正直、認めたくないことなのだ。
「――こっちに来てからだな、なにかおかしいと思わないか?」
「? 何がだ?」
勇者は首をかしげた。その様子は本当に心当たりがないようだ。
「まぁ、おかしい所なんて、色々あるっちゃあるけどさ。洋服ひとつとっても見慣れないものだし。キモノって言うんだっけ? あれ、初めは慣れなかったけど、慣れてくると寝巻きに使う分には便利だよな」
「そーいう話じゃなくて!」
確かに便利だけどさ。
「んー? じゃあ、あれか? 魚を生で食べるなんて――」
「じゃなくてっ!!」
はぁ、と溜息ひとつ。確かに魚を生で食べるなんてびっくりしたけど。
「あの、ね……魔王はいろんな街を回っても、すぐに調べ物があるとかですぐに宿の部屋にこもるじゃない?」
「ああ、そう言えばそうだな。見たことない地域の文献を漁るのが楽しいんだろうな。向こうに無かった技術や文化が珍しいんだろう。この前はこう言ってたな。「この地には八百万も神がいるらしいぞ! それもその全てが明確な信仰対象として機能している! 精霊信仰一つとってもあれだけ人々が争ったというのに、これは驚くべき文化だ!」だったっけな。それも、あいつが求めてた『あの丘の向こう』なんだな」
「『あの丘の向こう』か……」
「それがどうかしたのか?」
「いや、魔王の気持ちは私にも分かる。私だって、いろんなところを旅してきたから。ただ、ね……」
「ん? なんだよ、歯切れが悪いなぁ。はっきり言ってみろって。言わないとどうにもならないだろ」
「じゃあ言うが、私はこっちに来てから、ほとんどメイド長の代わりをしていないか……?」
「……」
勇者が目を逸らした。自覚があったのか。いや、自覚がないと私としても困る。
「炊事、洗濯、掃除、買い出し、思い当たる家事は全部私がしているんだぞ!」
「いや、それはさ、魔王は料理できないしさ……」
「だからと言って、他は分担でもいいんじゃないのかっ!? いや、それ自体は別に問題ないわよ! 魔王は魔王で調査だったりはしてくれるし、勇者は食料を確保してきてくれるし。旅の路銀稼ぎはもっぱら二人にまかせっきりだし、私だってその程度のことはしないといけないとは思ってるけど。だけどっ!」
どん、と思いっきり右足を踏み下ろした。ああ、まるで地団駄を踏んでるみたい。なんて行儀の悪いことを……。申し訳ありません、精霊様。
「私がそうやって家事に追われている間、勇者と魔王がいちゃついているというのはどうなんだっ!?」
「……え、っと。いちゃついてるって……」
「反論があるのなら言いなさい勇者! 私だってまだ未熟だし、私の知る由のない理由があるのかもしれない。さあ!」
「……ごめん」
一瞬、逡巡した勇者だったが、思い当たることがあったのか、小さくそう言った。
崩れ落ちた。私は膝から地面に、正に崩れ落ちるという形容が相応しい落ち方をした。
「わ、私は蚊帳の外なんだな……私が家事にいそしんでいる間に勇者と魔王は乳繰り合っていたというわけだ……」
「いや、そのだな、その言い方は誤解を……」
「何?」
我ながら、この言い方はドスが効いていたと思う。
「何でもないです……」
「はぁ……」と私はため息を付く。付かなければやってられない。
「私はね――勇者と魔王がいくら乳繰り合っていようが構わない」
「いいのかよ」
「少なくとも私も同じぐらい勇者との時間が取れればね」
「……」
「魔王だって同じ認識だと思っていたのに……。ここまで大胆な抜け駆けはしないと思っていたのに……」
「いや、そのほら、元気出せよ」
どの口で言うのか、と突っ込みたくなったがすんでのところで踏みとどまる。
「元気は出したいところ。でも、勇者が解決してくれるの? 私には勇者の所有権はないけれど、私にも勇者の時間を割り当ててくれるの?」
「……悪い、俺からは言えねえ」
そもそも勇者にそんな甲斐性があるとは思えない。や、馬鹿にしているわけではなく、それが勇者だからだ。
「そうだな、勇者にそんなのを求めてない」
「ハッキリ言うなよっ!」
ついはっきり言ってしまった。まぁそんな勇者が私は――って、何を考えてるんだ私は。
「分かった。もう分かった。勇者なんて頼らない。勇者にそんな甲斐性があるとは思えない」
「女騎士、お前さ……本当は俺のこと嫌いだろ?」
「そう見える?」
「……時々」
口をしかめて言う勇者の顔につい口元が緩む。意地悪をしたくなる。
「そう見えるのならそうかもね」
「そこは否定してくれよ……」
ふふ、と私は笑う。
「嘘。私は勇者のこと好きよ」
直接言われたからなのか、勇者が顔を赤くする。勇者はこうだから面白い。正直に言えば、私も少し恥ずかしい。
「んー、じゃあ直接魔王に言いに行く。私が直接言った方がいいだろうしね」
駄目元だけど、私は小さくそう言って、勇者の元を離れた。そして魔王の元へと向かった。
勇者は何も言わなかった。何も言えなかったのかもしれない。
勇者がどんな顔をしていたのか、気になったけど私は振り返らなかった。