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6話





時間は少し遡る。


拓人と亜里沙を二人きりにした後、牧伏は一人、街へと繰り出していた。

勿論、教室に忘れ物などしておらず、そのまま直行で学園の敷地から出ていた。

胃袋が空腹を訴えるので、寮に帰る前に間食でもしていくつもりだった。

飲食店の類は駅の方に集中している。

単に腹を満たそうと思うなら寮の食堂に直行すればいいだけなのだが、いま寮へ向かえば拓人と亜里沙に出会ってしまうことも考えられる。

それでは亜里沙をけしかけた意味がないので、こうして牧伏は一人、駅方面へ向かっているのであった。


「こうでもしねーとあいつら進展しねーだろうしなあ」


牧伏は独りごちる。

同学年でも特に優秀な二人の友人は、成績こそ飛び抜けて良いが、どうにも恋愛方面が苦手なように見える。

あれだけ分かりやすく亜里沙が反応していても、拓人はそれに気づいた様子もない。

確かに気のおけない友人としては見ているのだろうが、何分それ以上に踏み込むところがないのだ。

亜里沙は亜里沙で変にプライドがあるようで、俗にいうツンデレ状態で意固地になっている部分がある。

そんな二人を近くから見ている身としては、どっちつかずの曖昧な状況というのはモヤモヤとして居心地が悪い。

自分自身が恋愛方面に聡いわけでもないので、そういった環境に一刻も早くケリを付けたいと牧伏は思うのだった。


「どうせならお互いに幸せってのがいいんだろうしよう」


とはいえ牧伏とて、拓人と亜里沙が上手く行かず、関係がこじれることは本意ではない。

拓人と亜里沙と自分。この3人でつるむのは結構気に入っているのだ。



学園を出て10分も歩けば飲食店街に辿り着く。

表通りには洒落たカフェや家族連れ向きのファミリーレストランが立ち並んでいるが、牧伏はそこから外れた路地に入っていく。

やや寂れたような店の数々が並ぶのは、暁学園が建設される以前からの店が軒を並べる旧商店街だ。

表通りほど人通りは多く無いが、こちらにもそれなりの人通りがある。

多くは仕事帰りのサラリーマンだが、ちらほらと学生の姿が見える。

地元住民から「裏道うらみち」の愛称で呼ばれるそこには様々な個人商店が営まれている。

昭和の風景という表現がしっくりくる通りだ。


暁学園が建設されて8年が経つが、その際に行われた市街の大改造によって、それまでの町のメインストリートだった所とは別に、駅までの真っ直ぐな道が整備された。

これが表通りである。

しかし、裏通りとなった「裏道」が存在意義を無くしたわけでもなく、鮮度のいい食料品が欲しいときだとか、安くて美味いものを食べたいときときには裏道のほうが都合がいい。

この辺りは上手く住み分けが出来ているのであった。


そんな裏道に店を構えている「五番星」というラーメン屋が牧伏のお気に入りだった。

何せそもそもの値段が安い上、大盛りにしても追加料金が発生しない。

懐事情のあまり良くない学園生には大人気の店である。


牧伏は日に焼けて変色した暖簾をくぐり、厨房に向けて声を上げた。


「うーっす!おっちゃん、五番星ラーメン肉大目で!」


奥で麺の湯切りをしていた店主が、牧伏の注文にサムズアップで答えを返す。

あまり喋らない店主だがノリは良い。


「お、マッキーも来たんだ。やっほー」


「んが?おお、シダケンじゃねーか」


「そのアダ名やめてよ!すげームカつく!」


五番星の手前のカウンターでハフハフと麺を啜っていた暁学園の学生服に身を包む女生徒から声がかかる。

相変わらず女子高生ならぬ場所に居やがる、と思いつつも彼女の隣に腰掛けた。

明るめのブラウンに染まったセミショートの奥からじとりと睨めつけてくるのは、機甲科3年の四岳ケイだ。


「まったく誰がシダケンよ……。こんな可愛い子を捕まえといてさ、失礼千万じゃない?」


「一人でラーメン屋に来るおっさんじみた女子には分相応だと思うんだがなあ。俺様的には」


「あはは、それもそうかもねー。だけど一日学校で学んでお腹減った!これは食わずには居られまいよ!」


「俺様が言えたことじゃねーけどよう。体重とか気にならんのかお前」


「んー、べっつにー?昔っから食べても太らん体質だしねー。亜里沙なんかはあの抜群のプロポーション維持するのに地味に苦労してるみたいだけどね」


クククあたしが奴に優越感を持てる唯一の部分よ、と言ってケイはズビズバーと音を立てつつ麺を流しこんでいく。

あまりにも年頃の女子に相応しくない豪快な食べっぷりだ。

拓人や亜里沙、牧伏の共通の友人であるケイはあまり女子という体面を気にしない。

女の子女の子しないと言えばいいだろうか。

闊達な気性の持ち主である彼女は、その親しみ易さから男女の隔て無く友人が多い。

そんな彼女の悩みは成長の兆しも見えない自身のスタイルだとか。

どの部分かの名言は彼女の名誉のために明言はしない。


「はふー……ウマー。そういやマッキー、亜里沙とそのカレシ候補は一緒じゃないの?」


「フフ、アイツらなら二人っきりにしてきたぜ」


「ほほう、そいつは気になりますな」


邪悪な笑みを浮かべるケイに、同じ穴のなんとやらと牧伏は亜里沙をけしかけてきた経緯を伝える。

亜里沙の親友を自称するケイも例の二人の発展を望むクチだ。

近所のおばちゃん的なお節介な気持ちで応援している感が否めないが。


「あーいうツンデレちゃんな亜里沙見てるのも楽しいんだけどねー」


「それには同意するけどよう」


そうして二人が越後屋と悪代官の気分で話しているうち、牧伏が注文していた五番星ラーメンが出てきた。

店主のおっちゃんのサムズアップ付きで。どうやら店主の個人的ヒットだったらしい。


同じくサムズアップでそれに応え、とりあえず牧伏は五番星ラーメンをズビズバーと飲み込む作業に移ったのであった。






************************************





「げふう」


「ちょっとやめてよ、気持ち悪いなあ」


「おお、悪い悪い。つい、なあ」


満腹になった腹をさすりながら、五番星の暖簾をくぐり、牧伏とケイは外に出る。

周囲はわずかに薄暗くなりつつあるが、まだまだ暗いという程でもない。


一番星でも見えないかと空を見上げて、ケイはそれに気づいた。



「……あれ、何だろうね?」


「んあ?」


ケイが空を指差す。

牧伏がそれを追いかけると、ゆらゆらと頼りなく飛ぶ飛行機が目に入った。

それを見、牧伏は空を渡る輸送機に違和感を覚えた。

微妙に機体がブレて見える。こんな事があるのだろうか。

訝しく思いつつも、ケイの疑問に答える。


「んー?ありゃー確か、最近新造された空軍の……コウノトリ、とかいう機体だったかあ?

随分低く飛んでるもんだな……。

……つーか、あんなに揺れて大丈夫なのかね。落ちるかもな」


四角い顔を上に向けながら、牧伏はじっと眼を凝らす。

牧伏の目は良い。視力も2.0を超えている。なにせ牧伏は空軍のパイロット志望だ。

機体整備の腕も良く、この成績の良さがここにくる手がかりとなっているのだ。

その牧伏が『落ちるかも』というのだから、相当に危険な状況なのだろうとケイは思う。



「あ」


「煙噴出しちゃったなあ……危ねぇ、落ちるぞありゃあ!!逃げるぞシダケン!!」


輸送機が空中で黒煙をあげ、みるみるうちに降下を始めた。

地上に数秒送れて、派手な爆発音が轟いた。

見ると結構な大きさのコンテナが数個、ばらばらと輸送機から落ちてきている。

コンテナは直下する事無く、パラシュートと底部の小型推進装置でゆっくりと降下している。



と、黒い影が崩壊の一途を辿る輸送機に突っ込んでいった。


それに衝突された輸送機は、今度こそ墜落の様相を呈し、高度をぐんぐんと下げる。


機体から外れた部品の破片が降り注いでくる。ひとつでも当たれば大怪我は免れない。

しかし、ケイの視線は突っ込んでいったものに釘付けになっていた。


「おい、どうしたシダケン!破片にぶつかったら痛ぇーじゃすまねえぞ!」


立ち尽くすケイをぐいと引っ張り、牧伏は声を荒げた。

辺りでも騒ぎが起こっており、裏道にいた人々は一目散に逃げていく。

恐慌にこそ陥っては居ないが、皆、驚愕と恐れを貼りつけた顔でその場から離れようとしてい


る。


ケイは呟いた。


「あれ……魔物デーモンだよね……?」




堕ちていく輸送機を追いかけていくのは、魔物、人類の敵である悪魔だった。





************************************





「こちら、奥羽社AD特務第03隊所属ルナ・アサウ及び同隊所属キラハ・ボルドウィン。

任務遂行中に魔物一体に遭遇。搭乗していた輸送機は大破。輸送品は全機射出完了。

未確認につき情報不足ですが、襲撃方法とADの算出データから見て対象は下位の飛行型魔物フライトデーモンと予測。

これより本機ホワイト・ラビットとボルドウィン機ヘヴィー・スカーレットは起動、魔物の撃破を行います。許可を要求します」


「許可します。ただし荷物の安全は確保すること。魔物を倒すことが出来てもあれに何か有ったんじゃ意味が無いからね。

最悪、魔物は無視して荷物だけ安全区域まで運び出す事。あー、あと周り気をつけてね。奥羽社の研究施設がその辺にあるから」


「任務了解。作戦開始」


コンソールを操作し司令部との通信を遮断して、今度は別の回線を開く。

少しだけ窮屈な場所コックピットにいるルナの顔を、真正面のメインウィンドウが明るく照らす。

青白い光が、彼女の流麗な容姿を淡く滑らかに、冷たくつたう。


「分かったわね、キラハ。私達の最優先事項は荷物の安全確保。魔物との戦闘は臨機応変に。周囲への被害は最小限に抑えること。何か質問は?」


回線の向こうにいるキラハは、なにやらごそごそやっている。

ノイズ混じりの通信が、耳障りな音を奏でている。


「……どうしたの?キラハ応答して」


『えーとぉ、なんか機体との同調率が凄く悪いんだよぉ。なんとびっくり58パーセント!

これじゃあ通常戦闘なんてとてもじゃないけど無理~~~』


「はあ……?何かの間違いじゃないの。同調測定やり直してみた?」


『うん、もう何回も試してる。起動エラーかと思って再起動もしてみたんだけどねぇ。

というか、同調率がどんどん下がってくるんだけどぉ。

このままだと完全沈黙まであと10分ちょっと。それで無くとも7分も経てば動けなくなるかもぉ』


「役立たず。まあ、いいわ。5分でケリをつける。アンタは後方支援に回って。

どうせ、アンタのへヴィー・スカーレットじゃ周囲に被害を出さない戦闘は不向き」


『りょーかい。じゃあルナ、お互い無理はしませんように』




輸送機から落ちたコンテナの内、二つが不規則に鳴動し、中に格納しているモノが動き出したことを示す。

やがて、コンテナは解れるようにして分解していき、それらの姿を晒した。




AD、起動エクゼック・エンゼルドレス




白と青に彩られた甲冑に身を包んだ騎士と、濁った赤の重騎士――機械人形エンゼルドレスが姿を現す。



「行くわよ、キラハ」


『ういー!』



――ADを駆る少女たちの戦いが始まろうとしていた。


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