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2話

びーびーびー……


サイレンが街中に鳴り響いた。彼しか立つ者が居ない殺風景な街に、それは空しく無機質に広がる。

と、撃たれた狙撃手がむくりと起き上がった。


「また拓人のチームの勝ちかよう……。これで5連敗か。編入生ってのは伊達じゃねえのな。どーにも才能の差ってのはなあ」


「馬鹿言ってるんじゃない、お前らが負けるのはリーダーのお前が毎回敵前逃亡かますからじゃないか。

それに今回は1対5のハンディマッチ。こんなんじゃ勝ち負け以前の問題で」


「あーだこーだ言うなって。だってホレ、ペイント弾だってなぁ、当たれば痛ーんだ。俺様は痛いの嫌いなんだよ。

それに体術でお前に勝てるかっつーのよ」


顔にベットリと付着した塗料を迷彩服で擦りながら、大柄な男が言った。

このガタイの割りにビビリな男こそ、今回の訓練での対戦チームのリーダー、牧伏である。

そして拓人のチームリーダーは拓人、つまり生き残り勝利を治めたのは拓人のチームだ。


「まあ、これで今日の課程は修了だな。ああ、晩飯が待ち遠しいよ」


牧伏はがはは、と大声で笑った。負けず劣らず彼の腹もぐるる、と鳴いていた。




 彼らが通う教育施設は、私立の高校で名を暁学園といった。

しかし、その趣は1999年以前の頃とは異なり、生徒に軍事行為の講習を行うようになっている。

これも、1999年に襲来した悪魔――魔物デーモンの影響だ。

人々は最低限の防衛手段を心得、実行に移し、身を守れるようになるべきである。

これが魔物襲来後に再結成された日本政府の意向であった。

そのため現在では国内の主な教育施設で、次代を担う子供達に己を守る術を覚えさせるため、このような訓練が義務付けられている。

それが役に立つかどうかは別として、だ。

これが多々、子供が軍事行為の一端に触れる事を快く思わない政治家に批判されたりもするのだが、

やはり人類の未来の為、という旗は強く揺るぐ事がない。


そしてなによりも、ADの存在である。

ADを操ることが出来る人間が、現時点では未成年の子供のみなのだ。

1999年に起こった悪魔出現事件――今ではラグナロクと呼ばれている――の後、アラガネが提唱したAD理論によると、

ADとは大きく分けて2つの要素を保有している。

「脳」と「身体機甲」。

「身体機甲」とは言わずもがな、AD機甲者の搭乗する機体を指す。

機体のスペック自体が当時の技術では実現不可能とされていたレベルを有しており、

この時点で科学者としてのアラガネの才能を見せ付けることになったのだが、

アラガネのAD理論の着眼点は更に斜め上を行くものだった。


それが「脳」。


普通、機体の制御には人工知能を使おうとするところなのだが、

人が普通に行っている身体動作、「歩く」、「走る」、「掴む」といった行動を人工知能に行わせようとすると、

膨大な計算が生じるため、人と同じ程度で行うのは技術的難題を抱えていた。

そこでアラガネは考えたのだ。


『人の動作を求めるのなら、人がそれを行えばいい』


つまりは人工知能ではなく、人――搭乗者の脳を制御系等の要にしようという理論。


夢物語とさえ言われかねない考えだが、実際それをアラガネはやってのけた。

――ナノマシンによるADと搭乗者のシンクロ。

搭乗者にナノマシンを注入することによりADへの情報伝達を可能とする技術。

ただしこれには搭乗者側にある要素が求められた。


脳の発達過程にある子供のみが適合可能――。


このナノマシンは普段人間の必要としない、いわゆる潜在能力領域を使用してADへとのリンクを行う。

人間の脳というのは成長するにつれ完成していくため、ある程度以上の年齢を重ねてしまうと、

リンクに必要な容量を使用することは非常に難しくなってしまうのだ。

当然、成年以上の者であっても多少ADを動かすことは出来るのだが、

それはあくまで「多少」という枠内に収まる。

子供のときにナノマシンによる領域開発を行った成人と、そうでない成人。

両者を比べるとウサギとカメほどの違いが生じる。


加えて、このナノマシンは更に人を選ぶ。

同年代の子供であっても、ナノマシンの適合率に違いが生じてくるのだ。

これは脳の発育過程におけるシナプスサーキットの構成によるものとされているが、正確なところまでは未だ解明されていない。

この適合率の高低により、ADとのリンクのスムーズさに差が生じる。

魔物戦に耐えうる適合率の高さを持つ者は「機甲者」(ポーン)と言われ、それに一歩届かない者と区別される。


そして、ナノマシンの特異さはそれだけではない。

もともと低い確率でしか存在しないADを操縦するに足るレベルを有する「機甲者」だが、

ごく稀にナノマシンとの通常考えられない親和性を見せる者が存在する。

それが「騎甲者」(ナイト)。

現に世界各地の有名な騎甲者は一般の機甲者とは比較にならない適合率を誇り、その活躍は目を見張るものがある。

加えて騎甲者にはアビリティと言われる特殊兵装が搭載された専用機が用意されることが一般的であり、これが殊更に彼らの戦闘能力に磨きをかけている。


アラガネはこんな事も言っている。

「人は進化する時機なのですよ。ラグラロクは言わば転機。機械文明に対する神の警告なのやも知れません。

だってほら、ADは直に人によって動かされるものです。AWスキンを突破できたのはADのみ。

これは神が『人の意思』ってモノを試しているのではないですかね?」


私だってAWスキンを何故突破出来るのかは分かりかねますし――今後の研究課題です――。

などと国連会場で宣い世界中の代表者から非難を浴びたアラガネは、しかし続けてこう言った。


「けれども、けれどもですよ。現状においてAD無しに悪魔たちから身を守れると胸を張って言えますか?

守れないでしょう。守れないですよね。守れるものですか。

ですから私たち大人は、非道な決断をせねばなりません。告げなければなりません。

子供たちに!まだ幼い彼らに!次代を担う君たちに!世界を託すのだと!」



日本に限っても、魔物は月に2、3のペースで各地に現れている。

魔物によって人が襲われるなんて話は、今では珍しくない。

魔物の研究も進み、彼らが一定の場所にしか出現しない事、

個々のAWスキンにも差異があることなどが判明している。

――ADに頼りきりな状態に、変わりはないのだけれど。




 西日が拓人達の学び舎を朱色に染め出している。

建物全体を表から隠してしまう高い外壁さえ、レンガの質感に色が乗り美しく見えてしまう。

ただでさえ真っ白な校舎にだだっ広い敷地が相乗し、外界とは別世界のここに夕焼けなど加われば――

案の定、景観は見事なほど日本離れ、というより異世界質だった。


この学園は、他の教育施設とは一線を画していた。

校門を始めとして、高い外壁に囲まれる敷地からには出る場所には必ず詰め所があり、そこには24時間体制で警備員が待機し、人の出入りを確認している。

また、軍のAD関連施設も学園内に存在している。

訓練施設についても、その一通りが最新鋭の物で統一されている。

校舎も多分に費用をかけて作られており、魔物の襲撃にも耐えうる。

レンガ造りかと思われる外壁は、ADの装甲にも使用されている新合金が埋め込んであり、

対戦車ミサイルの直撃にもヒビひとつ入らない。

敷地面積も、一つの町を丸々飲み込んだかのように広大なもの。

そもそも対人訓練用の擬似市街地を始め、AD訓練用・研究施設の数々が立ち並ぶその威容は小さな町といっても過言ではない。

それが2010年現在の復興された東京都の近くに有るというのだから、その規模の大きさは計り知れない。

この学校には、日本中のAD適正の高い者や、各教育施設での軍事訓練で上位の成績を出した者達が集められる。


要するに、機甲者・軍人養成のエリート校なのだ。


収集された生徒がそれらになりたいかどうかなんてのは、関係無い。

無論、志願して入学してくる者もかなりの数でいる。

AD騎甲者になりたいがための能力開発のための志願を始めとし、AD適正こそないものの家が軍の中でも高位を占めるような名家であったり、

空軍のパイロット志望であったりと、理由こそ多々有れ、様々な方面で活躍できるようになりたいという者は数え切れない。

つまり、そんな高い理想を持って入学してくる者達の中に混じって学徒を続けている、


集められた者達はある意味『天才』と称されてもいいような人材ばかりなのである。


しかし、この養成学校においても生徒達を私生活にわたって拘束したりはせず、あくまで自由に暮らさせている。

学校を出て五分も歩けばコンビニも書店もゲームセンターも駅も、大抵の施設は揃っており――学校の敷地を出るのに要する時間を考えなければだが――生徒たち若者に閉鎖感は無い。


そう、こうなるように作られた場所なのだ、ここは。


それが、この時代のこの場所の実態。


其処に、とある事情から去年の春から2年生として編入してきた編入生――それが久住拓人であった。

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