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1話



どうも機体が安定しない。

頭上で回っているだろう輸送機のプロペラも、心なしか頼りない呼吸を続けている気がする。

お世辞にもあまり上質とは言えない輸送機の座席シートは、ゴツゴツとして待遇が悪い。

これが自衛軍の最新鋭の輸送機というのが信じがたい。

ヒュンヒュンというプロペラ音が耳障りだ。静音性は考慮の外だったのだろうか。

これが今日、明日と続くというのだから憂鬱だ。

こてん、と硬いシートに首をもたげる。

安っぽい割りに耐水性に優れていそうな合成皮が、長い黒髪に摩擦を効かせることが出来ず、

頭はずりずりとずれ落ちていく。

「……はあ」

小さく溜息をつく。

ストレスは溜まる一方だ。眉間に皺が寄るのも仕方ない。


「あー、溜息なんてついてると幸せが逃げるんだよぉ、ルナ」


「座り心地が悪い。音がうるさい。実用性ばっかり重視する自衛軍はこれだから嫌いよ」


「極秘に行われる輸送任務なんだから仕方ないんじゃないかなあ?

奥羽社の機体なんて使ったらモロバレだしー。

私なんか、シートに座らせてもらえるかさえ心配だったんだからぁ。まだ良い方だと思うよー」


「……そうね、それは了解済み」


対面に座る少女がにこにこしながら話しかけてくる。

キラハ・ボルドウィン。旧米国出身で、現在は私と同じ組織に所属している。

ウェーブがかったブロンドがトレードマークで、性格は温厚。というかノロマ。


眩しい金色の繊維が、窓からの夕日に照らされてほわほわと光を放つ。

コイツ、また私の顔を眺めてたんだな、とルナは考える。

キラハはおっとりしている割に妙に観察眼が鋭かったりする。

胸も多分、私よりある。……馬鹿馬鹿しい。


「でもでも、今から取りに行く積荷って何だろうねー?

AD機甲者を二人も配置して、その上で自衛軍の輸送機で偽装――うーん、陰謀の香りがするね!」


「うるさい。任務中。私語厳禁。黙れウスノロ」


「……自分だってさっき喋ってたよねー」


「その口、ホチキスで止められたいの?」


「う……うぇぇん!!」


キラハの瞳が見る見るうちに潤み、ボロボロと涙が落ちていく。絶対嘘泣き。

この子と組んで早いもので2年。行動パターンの予測は用意に立つ。

泣いたからってどうってことはない。


どうってことはないけれど。


「……ふぇ?」


「――――拭けば?」


ハンカチくらいは、貸してあげようと思う。

嘘泣きでも、別にいい。


「ありがとぉー、ルナ!やっぱりルナは優しいねぇ」


「いいからさっさと拭きなさい」


だって、親友なんだ。

優しくだって、したくなる。


ツン、とキラハから顔を背ける。


「あ、ルナってば恥ずかしがってるぅ」


「うるさい」



顔を赤らめてそっぽを向くルナを、キラハがからかう。

その光景は、両者が着込んでいる薄手のボディスーツのせいだろうか、どこか奇妙だった。



************************************




 冬も近い秋の空はどこまでも高く透き通り、天の底まで風が吹き込んでいる。

乾いた風が吹き、枯葉がくるりくるり、人気の無い廃墟街を転がる。

その中を、久住 拓人はハンドガンを携え――路地裏を進んでいた。

ずりずり、がりがり。

衣服が僅かにビルの壁面に擦れ、独特なノイズを奏でる。

この音でさえ、敵に気付かれれば命取りなのだが、すでに標的の場所は把握している。

こちらは一人、向こうは5人からなる小部隊だが、襲ってくれば好都合。カウンターで排除してやる。



がちゃ……ん


近くでマガジンを装填した音が聞こえた。

間違いなく近くにヤツらは居る。

それも次の襲撃で俺を葬る気だろう。リロードしたのがいい証拠だ。

お互いに拳銃は同種。別に打ち合わせたわけではない。


「うぉおおおおおおお!!」


前方の物陰から飛び出してきた男が、怒号をあげながらトリガーを絞ってきた。

射線は既に拓人を捉えている。


ぱん!ぱん!


二発の銃弾が前方を伺っていた拓人の頬をかすめる。

切れ上がった双眸が風圧を追う。弾の矛先は完全に外れた。

枯葉のようにとはいかないまでも鮮やかにそれを転がってかわし、拓人は狙いを標的の額につけた。

軌跡がひゅうと風鳴りする。


男がもう一発、追加して放ってきた。

刹那、拓人は大きく飛び上がり男に向かって突っ込んでいく。

直進してくるとは考えていなかったのだろう。

男は一瞬だけ、加速した拓人を見失う。


それが命運を分けた。



トリガーを、引いた。


ハンマーが弾け、撃たれた男が仰向けに倒れる。


(まずは一人・・・・・・!)


仲間の奇襲が失敗したのに慌てたのか、更に二人が物陰から躍り出てくる。

内一人は長方形の金属の板を携えていた。銃弾防護用の防弾シールドである。

シールドを構えた一人が前を走り、もう一人が姿勢を低くし後ろに続く。

銃撃から身を守りつつ、シールドの影からこちらを仕留めようという考えなのだろう。

確かにああされては正面切って撃ち合いをするのには分が悪い――が。


「甘い!」


拓人は強く右足で地面を蹴飛ばし、踏み切った。

体が地面から浮き上がり、前方へ向かう推力を得る。

同時に一発、敵へ向け射撃を行う。


チュン!と乾いた音がして、銃弾はシールドを構えた相手の足元に着弾する。

シールドに着弾することは覚悟していても、足元にまでは注意を払っていなかった敵は驚いて


速度を下げる。

すると当然、後ろを走っていた敵は目の前で急にスピードを下げたした味方に正面衝突をすることになり――


「!?」

「うおっ!!」


それぞれ声を上げ、見事に転倒。

絡まるように折り重なったそれは格好の餌食である。


ぱん!ぱん!


必死に立ち上がろうとする彼らに向け、拓人はトリガーを引く。

見事命中した銃弾が、敵を沈黙させた。

そして拓人は倒れた敵からシールドをもぎ取り、即座に前方に構える。


ガッ!


間をおかず、シールドに着弾。重い衝撃が腕に伝わる。


(やはりこいつらは陽動か……!)


と、思うのも一瞬。拓人は目の端に光るものを捉えた。

それは向かいにあるビルの屋上でこちらを覗き込んでいる――狙撃手。


狙撃銃を構えた敵は、こちらにピタリと照準を合わせていた。

どうやら、これが向こうの作戦だったらしい。

その狙いは成功だ。拓人は今、シールド以外に身を守る術がない。

加えて、こちらが狙撃手に気を取られているならば、相手側の残る一人は恐らく……。


「シッ!!」


呼気一つ。シールドを片手に持ち替え、もう一方の手で背後に向け銃を撃つ。

銃声が響くと共に、後方で何者かが飛び退く気配がある。

先ほどの二人を囮とし、前方の狙撃手と背後から一人で挟撃を行う。

これが敵の策。拓人はその策中にまんまと嵌った形になったのを知った。


だが。


(それも予想通り)


慌てることなく、腰のベルトに吊り下げてあった円柱形のモノを手に取る。

スモーク・グレネードだ。

ピンを引き抜き、前方へと投じる。

小さな爆発音と共に濛々と白い煙を吐き出したそれによって、周囲は一面のスモークに巻かれる。

そしてゆっくりと音を立てぬよう、拓人は横に動いた。


チュン!


今まで拓人が居た場所を銃弾が撃ち抜く。

その弾道が描くスモークの微細な射線を、拓人は見逃さなかった。


そこから狙撃手の居場所に当たりをつけ、シールドを手放しトリガーを引く。


ハンドガンから放たれた銃弾は、視界を埋め尽くす白いスモークをくるくると巻き込みながら、一直線に前方やや上方へ向かっていく。

そしてスモークの漂っている空間から抜け出したそれは、姿を現した僅かな時間、飛行機雲のようにスモークを従え――


「よし!」


狙撃手へと命中した。

カラン。

聞こえてきた狙撃銃がビルの屋上から落下する音がそれを教えてくれる。

ただし、バタバタと足音も聞こえてきた。どうやら当たりはしたが致命傷にはならなかったらしい。

ハンドガンの射程距離を考えると上等だろう。

けれど、成果は十分だ。狙撃手を無効化したのなら、気を配るべきは背後からこちらへ向かっ来ているだろう一人のみ。


視界の利かないこの状況で、取るべきは恐らく接近戦。

予想が確かなら、相手は既にこちらに近づいている。

じり、と地面を踏みしめ振り返る。


スモークが立ち込めているために、視界は不良。

ならば頼りになるのは聴覚。

相手の靴底が砂利を噛む音。擦れる衣服の音。果ては呼吸の音まで聞き逃さないよう、耳を澄ませる。

恐らくは相手も同様の考え。然るに先手を読みきれなかった側が地に伏すことになる。



一陣の秋風がゆらりとスモークを連れ去っていく。

双方に動きはない。

拓人は待つ。

スモーク・グレネードの炸裂前に相手はこちらを視認している筈。

対して此方は相手の居場所を特定できていない不利を抱えている。

故に仕掛けることはままならず、張り詰めた緊張感の元、相手の出方を待つ。


時間が過ぎていく。

停滞していたスモークも、徐々に薄まり、空が見えた。


バタバタバタ……。

先ほど狙撃手の居たビルの方から足音が聞こえる。

どうやら狙撃手も此方へ向かって来ているらしい。音のする距離からするに、接敵にはもうしばらくかかるだろう――。


ひゅっ。

それを合図としたか、空気を断ち切り、黒い刀身を持ったナイフがスモークの隙間から差し込まれてくる。

こちらの喉元を狙う突き。

拓人はそれを銃のグリップで横から殴りつけた。

相手の体勢が左へと崩れる。

好機と見て、続けざまに肘打ちを放つ――が、そこで気づいた。

ぐらりと傾いた相手が、やや右前傾に体を倒している。

肩を前に押し出して、だ。


肘打ちが相手の肩に弾かれ、次いでそのまま腹部へと重い衝撃がのしかかってくる。

ショルダー・タックル。

相手の手元を見やれば、弾いたはずのナイフが構え直されている。


(いや、違う……!)

先ほど相手がナイフを持っていたのは左手。右手に握りこまれたそれは、拓人に初撃が防がれたと見るや、

新たにホルスターから抜きとり構えたものだろう。

ご丁寧に左手で尻柄を押さえ込み、全体重をナイフに掛けられるようにしてある。

このまま押し倒されれば、その刃が体に差し込まれることは想像に難くない。

どうやら相手は最初の一撃が失敗することは織り込み済みだったらしい。

でなければ、こうまでスムーズに行動を取れるとは思えない。


油断ならない相手だ――!


此方はすでに後ろへと倒れ始めている。今更踏ん張ることも出来ない。

してやったり、と相手が笑みを浮かべるのが見えた。

倒れるのは必至。ならば。


「ッ…………!?」


相手の笑みが消える。

拓人は倒れ行くまま、相手の襟首を掴み、腹部へと足を真っ直ぐに伸ばし、


「せえええええいッ!」


敢えて自分から背後へ勢い良く倒れこみ、背中と地面の接地部を機転として、相手を投げ飛ばした。

柔道で言う巴投げ。

意表を突かれた相手は、為す術なくアスファルトに打ち付けられる。

間隙をおかず拓人は立ち上がり、地面に叩き付けられた衝撃でパニックになる相手の目前へと銃を突きつける。


「武器を捨てろ。降参するなら両手を頭の後ろで組んで目を閉じろ」


敵は至近距離にある銃口を見つめ何度か瞬きを繰り返した後、

諦めた様に溜息をつくと、ホルスターのハンドガンを遠くに投げ捨て、降参のポーズを取った。


これで残るはあと一人。狙撃手を残すのみ。


ビルの方を向くと、全力で此方から遠ざかる者がいる。

もはや一目散といった様子で逃げ去っていくその姿に嘆息しつつ、拓人はトリガーを引く。


ぱん!


此方を振り返ろうともせずに掛けていく男の後頭部に、銃弾が寸分違わず命中する。

男の膝は力を失い、ぐったりと地べたに倒れこみ、染み出した液体が彼の服を汚した。


「やることがいちいち間抜けなんだよ」


拓人は疲れたように言い放った。口元には呆れたような笑みさえ浮かべていた。

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