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ルインシールサーガ 二章 奴隷紋は光らない  作者: 宮下しのぶ
第二章 ハラムビジネス

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ハラムビジネス 2

 

「これはどういうことだい?」

 空の頂点に輝く太陽が、先ほどよりもほんの少し地平に傾いた頃合い、訓練所のアリーナに訪れたのは中肉中背の男性であった。

 歳の頃合いならばおおよそ、二十代の中盤から後半に差し掛かる程度だろうか。カーリャはそれなりに長い付き合いなのに、この男の実年齢を知りはしなかった。興味もない。まだ、アリーナの隅で巣作りに頑張っている蟻んこの行く末の方がその三千億兆倍は気になる。

 軍支給のジャケットは、割と草臥れていた。落ちこぼれ師団の小隊長となるとやはり立場が低いので、官給品の再支給申請も出し辛いのだろう。現に同じ小隊長でも第一師団の隊長が着ている軍服は小奇麗だった。

 身長は、カーリャよりも上だが、カーリャは女性としての上背は割と平均的である。大抵の男性よりは背が低い。なので目の前の男が特別高いというわけではない。むしろ男性は男性で平均ともいえる上背だった。

 言い得るのならば特徴といった特徴もない男だった。魅力のない雑な茶髪、一丁前に眼鏡などかけている。硝子製品は、値が張るというのにブルジョアな。だが、そんな高価な代物とは真逆に男の身分が大したことのない男爵家の長男、ノーヴの爵位を持つ事ぐらいはカーリャも知っていた。

 ラファール=ノーヴ=イクシオン。

 毎日、いかにしてこの目の前の憎き小娘を鬼籍にぶち込むか考えている小物の小市民な事無かれ主義の小隊長である。厳密には二紡統小長というらしいが正直カーリャにはどうでもよかった。読み辛いし。

 一応、言っておくとカーリャの直属の上司である。宿敵と書いて上司と読む、という部類の上司である。

 いつも通り、天すら恐れない憮然なカーリャの態度、ラファールはそれを横目に心の中で目の前の小娘を百回八つ裂きにし、辺りを見渡す。

 そこには、先ほど以上に打ちのめされた第七師団第七小隊の面々がいた。全員、骨は折れていないが身体中が打撲だらけである。残念ながらひびぐらいは逝っているかもしれない。考える事もなく、全員がしばらくの間、再起不能で休養を余儀なくする必要がある程度には痛めつけられていた。

 ラファールは、こめかみに血管を浮かべながら目の前の小娘に聞いた。

「カーリャ=レベリオン。これはどういうことだね」

 カーリャは、一応敬礼をして答える。

「はっ。部隊の練度向上のために模擬戦をしていた次第であります」

「どうして、その模擬戦で大半が大怪我を負っているんだい?」

「はっ。私が打ちのめしたからであります」

「それに対して、なにか申し開きすることはあるかい?」

「はっ。練度向上のために、以後も継続して模擬戦を定期的に行う必要があると思います。模擬戦の相手は不肖ながらこの私が引き受けたいと思います。すべては王と国家と国民の為でございます」

「うん。そうかい。解ったよ。なにも解っていないことが良く解った。頼むから、いい加減に地獄に落ちてくれないか。カーリャ=レベリオン従一統騎士」

 何を怒っているのだろうか、この神経質な男は。ぶったるんでおる貴様の部下に稽古をつけてあげただけじゃないか。こんなの、可愛がりの中の小可愛がりぐらいである。私なんてよく師匠に野山で熊の群れに突っ込まされた。それに比べればかわいいものじゃないか、なあ眼鏡野郎とカーリャは思った。

 ラファールはひくついた笑顔で言葉を続ける。相変わらず神経質だなあと思いつつもカーリャは従順に上官の言葉を聞く事にした。

「とりあえず、始末書の提出は後でするように。犠牲者は三十七人だね。なら、三十七枚分の始末書を今日中に提出してね。隊員の医療費と休養中の損失については君の実家に請求しておくから」

「はあ。うちの実家はお金がないですが。万年子爵の清貧一家なんで」

「とりあえず、その癇に障る声を止めてくれると非常にうれしいかな。できればナイフか何かで喉笛を掻っ切って金輪際喋れなくなると非常に喜ばしく思うな。前向きに検討してくれると当方としてもとても助かる」

「そすか」

「うん。私が今、何を考えているか解るかな。如何に合法的に君を死地に送り込んで永遠の別れを体現できる方法を模索している最中だよ。解ったらその生意気な口を少しは修正してくれないだろうか」

「うす」

「殺すぞ。小娘」

 ラファールはカーリャとの会話に頭を抱え、指先で額を抑える。

「まあ、今は良い。実は君に賓客があってな。それで呼びに来たんだ。まさか、こんなことになっているとは思いもよらなかったが」

「賓客?」

「まったく。なんでなのか良く解らないが。なぜ、あのお方がこのような場末の小隊に、わざわざ君を訪ねに来るのか。まあ、おおよそは実家絡みだと思うがね。レベリオン家は身分こそ低いが、歴史と伝統は無駄にあるから、きっとそういう不思議なつながりもあるのだろうね。実際の事情は良く解らないし、詮索するつもりはないし、詮索するのも嫌だから。君に対する知識を無駄に蓄えるのは死んでも嫌だからあえて触れないようにするが、私の胃をこれ以上痙攣させたくなければ、至急、迅速についてきてくれると助かる。でなければ、ここで目の前の部下を一人、衝動的に斬り殺してしまいそうだからね」

 斬り殺されるのはお前だとカーリャは思ったが、大人なのであえてそこは口に出さなかった。

「斬り殺されるのはお前だ。ラファール小隊長。賓客とはどなたでしょうか?」

「また竜種の出現が報告されたら、いの一番で君を派遣してあげるよ。カーリャ=レベリオン。次は帰って来られないと良いな。賓客とは、我が国でも一番偉い方だよ」

「偉い方?」

「本来は、謁見する事すら叶わぬ方さ」

 そこで、ラファールは理解できぬと言った風に肩をすくめた。

「この国の宰相であられるグランク様だよ」


 〇 〇 〇


 宰相のグランクは、小汚い第七師団第七小隊の詰め所にある応接室で苛立ちを隠すことなく待っていた。

 応接室といっても、その名が悲しくなるほどに草臥れている。埃だらけの壁と床。石造りで殺風景。観葉植物の一個、装飾品の一つ、ありはしない。壁に飾ってある軍旗が辛うじて装飾品の代わりを成しているのだろうが、それにしても悲しくなるほどに貧乏くさかった。第七師団第七小隊という離れ小島のこれまた場末である環境を良く表している。正直、華美な装飾の施された絢爛な本殿と同じ敷地にあるとは思えない。

 色褪せた年季を感じさせる白髪交じりの銀髪、深い彫りのある顔立ち。若かりし頃合いは麗しき美男子だったのだろうと想像させられるが、彼の険しい人生がその相貌に圧力と迫力を内包させた。

 オーダーメイドのジャケットを着こなす。官給品ではなく特注品で質の良い一品だと素人目にも見てわかる。スコットリネンと呼ばれる一級品の麻を使用している。壮年に関わらず侍女の人気が高いのも頷ける。性格的な問題が難を生み、同じぐらい怖がられてもいるが。

 高いジャケットが安い椅子に堆積された塵汚れに侵食されるのが嫌なのか、難しい顔を更に難しくして立ち尽くしていた。身体から滲み出る気品が見事にこの安普請な部屋と合っていなかった。

「宰相。大変お待たせいたしました」

 ラファール小隊長はそのような事を言いながらも頭を下げつつ、小汚く汚れた応接室に足を踏み入れた。もちろん、部下であるカーリャ=レベリオンを引き連れて。

 グランクが静かに、眉を動かす。

 ラファールは小心者なので人の顔色をすぐにうかがう。眉を少し動かしたことでなにかしら機嫌を損ねているのかと思い、慌てて傍のカーリャの髪を引っ張り、横に並ばせた。

 部下を乱暴に扱うラファールの行動にグランクはただでさえ待ちわびて苛立ちの末に刻まれた眉間のしわをより一層深くした。

 理由はわからないが更に機嫌を悪くしたらしい。ラファールは内心で慌てる。彼は人の顔色を大変見事に窺うが、窺う癖があるだけで上手いわけではない。一流の太鼓持ちならばこのような場末のそれまた場末などに飛ばされはしない。空気を読もうと頑張るが、空気を読めない人間である。ちなみに地雷も良く踏む。今も一つ、現在進行形で地雷を踏んでいた。

 ラファールは媚びるようなにやけ笑いを浮かべると、傍らのカーリャの頭をむんずとつかむと、思いっきり下げさせた。同時に彼自身も頭を下げる。

「申し訳ありませんでした。この間抜けが中々に足を動かさないもので。宰相の希少な時間を奪ってしまい、本当にすいません。ほら、馬鹿。お前も頭を下げろ」

「……チ」

 軽く舌打ち。憮然とした態度をこの国の最高指導者の一人に数えられる者の前でも崩さない姿勢に、ラファールは慌てて、更に手に力を入れる。

「いや、申し訳ありません。この第七師団は落ちこぼれの集まりでして。中々、どの連中もいう事を聞かないボンクラ揃いでありまして。こいつも彼のレベリオン家の者だとは知っているのですが、どうにも上の人間を馬鹿にしている様子がありまして。何か失礼なことがありましたら、平にご容赦を」

 あれだけ目の前でボロカスに言いながらも、こういう状況ではさりげなくかばう所を見ると、本当の悪人ではないのだろう。ただ、自分の保身も交えるところから聖人の様な善人というわけでもないが。こういうところが心の底から嫌いになれないのだとカーリャは思う。

 だが、グランクは不機嫌を隠すこともなくラファールに吐き捨てるように言った。

「君は普段から部下に乱暴しているのかね」

「あ、いえ」

「そういう姿勢が第七師団を貶める事に繋がっているのではないのかね」

「は!申し訳ございませんでした」

「謝罪は良い。結果を出せ。落ちこぼれが集まるのではなく、落ちこぼれの元に集まるのではないのかね」

「あ、いえ」

「抜けた返事をするな。我々は国民から徴収した税を、案山子の兵団を養うのに使っているわけではない。今後の君の成果に、我々は期待して良いのかね。私は現在、君と話していてその事に不安と疑念を持つのだが、君はそれを解決できるのかね」

「……」

 国の要人に辛辣な説教をされるラファールを横目に、カーリャは大変良い気味だと思った。上に弱く下に厳しいラファールは何も言い返せない。そもそも、国の宰相に難しい顔でお前は駄目だと言われたら誰だって足がすくむ事であろう。

 もちろん、グランクもそれが判っているので、言葉が過ぎたと思ったのだろうか、軽く息を吐き、告げる。

「もう良い。この者と二人で話がある。君は下がりなさい」

「あ、いえ」

「聞こえなかったのか。この者と二人で話がしたいと言ったのだ。気を利かせて早急に退席することも出来ないのか。君の上司であるルドルフ師団長の苦労が痛々しいほどに感じられるな」

「も、申し訳ありませんでした!」

 ラファールは恭しく最敬礼をすると、そそくさと応接室から出て行った。もちろん、出て行く時にカーリャに、「くれぐれも粗相をするなよ!」と言い含めて。現在進行形で粗相をしているのは貴様だが。ほら、またグランク宰相の眉間のしわが深くなったとカーリャは思った。

 がしゃんと。

 応接室の扉が閉まり。

 ラファールが退席して。

 小汚く貧乏くさい第七師団の応接室はカーリャとグランクの二人だけになった。

 グランクは、息を吐き。

「爵位を持ち、軍属として国に仕える者の中にあのような間抜けがいるとは。いらぬ心労が溜まりますな。何かしらの理由をつけて閑職に飛ばしますかな」

 すでに第七師団の小隊長であることが手遅れなまでにド閑職なのだが、これ以上左遷させられるとなればいったいどこに向かうのだろうとカーリャは思った。ガガト山脈の鉱山駐屯地勤務とかだろうか。そう考えると第七師団はなんだかんだで王宮勤めなので待遇としては悪くはないのだろうなとカーリャは思った。無駄飯ぐらいには変わりないが。

 カーリャは困った笑みを浮かべて言う。

「ああ見えても、良い所はあるから」

「そうは見えませんでしたが。知らぬとはいえ、陛下の頭を力尽くで抑え込むとは。怒りを抑え込むので必死でしたぞ」

 十分に怒りを吐き出していたように見えたが、とカーリャは思う。このグランクという男、典型的な仕事人なのか自分に厳しいが他者にも厳しい。ただ、それでも人望を大きく集めているところから想像するに、自分の若さと視野では見えない何か特別な魅力があるのだろうなとカーリャは思った。

「それで」

 グランクの眼光が鋭くなる。

「チャンバラは楽しかったですかな。陛下」

 嫌味である。

 カーリャ=レベリオンは普段は第七師団の第七小隊に籍を置くどこにでもいる従騎士、言い換えるならば正騎士見習いだが、実は副業でこの国の女王を行っていた。収入の柱は幾つあっても足りない。適当に威厳のある振りをして、解ったような態度で立ち振舞い、面倒くさい事は目の前のグランク=グルニュールに全部丸投げすれば大抵のことはグダグダになりながらもそれなりに上手くいく楽な仕事であった。現在の支持率は限りなくゼロに近いが、そこに目をつぶれば国策は勝手に貴族たちが進めてくれる素敵な状況でもあるし。政治から仲間外れにされているともいう。

 カーリャは胸を張って言う。

「同僚を全員、血祭りにあげてやったわ」

 グランクは頭を抱えた。

 そして、暫しの沈黙の後。

「ああ。いえ、何も言うますまい。そういう約束でしたからな。それが御身の心労を少しでも解消することに繋がるのならば、私からは何も言いますまい」

 遠回しに不満を言うグランク。きっと針で突けば空気の詰まった風船が割れたように色々な不満が出てくるに違いないが、かねてよりの約束があるので、グランクは難しい顔で口を紡ぐのであった。

 元々は、王の責務を全うする中で心労を重ねたカーリャ、いやカーリアリアに対するグランクの提案から始まった。別段、大した話でもない。単に剣でも振って、汗を流してはどうかと。

 グランクはカーリアリアが元々、剣の道を志していた事を知っていた。なので、身体でも動かして気を紛れさせれば少しは心が軽くなるに違いないと、軍の演習場使用許可等の便宜を図った。

 だが、それがまずかった。

 グランクが少し目を離した隙にカーリアリアはレベリオン家の三女という架空の籍をつくり、身分を隠して軍属となってしまった。

 もちろん、軍属といっても所詮、気晴らしの延長であり、正規任務や危険な仕事からは意図的に遠ざけられたし、第七師団の訓練に混じる程度の事しかしていなかったのでグランクもこの状況に目を瞑った。実際に血色も良くなっていたし、それが重責による心労からの解放に繋がるのならと黙認するしかなかった。

 ただ、先日の一件はさすがに腹に据えかねた。

 まさか、自作の勅命書を自らの架空の籍に与え、勅命だからと王都から抜け出すとは思わなかった。グランクも事の元凶が目の前にいる敬愛すべき主君だとはわかっているがさすがに恨むわけにもいかず、かわりにその怒りは勅命書をなにも考えずにカーリアリアに渡したラファール小隊長に向けていた。八つ当たりにしてもひどすぎる。

 カーリャはグランクに聞く。

「で、何の用?こんな場所に訪れるなんて」

「時間ですぞ」

「時間?」

「議会です」

「四期貴族院総会はまだ先だと思うけど」

「円卓議会です」

「ああ」

 すっかり忘れてたとばかりに頷くカーリャ。

 グランクは頭を抱えて息を吐いた。


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