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ルインシールサーガ 二章 奴隷紋は光らない  作者: 宮下しのぶ
第二章 ハラムビジネス

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ハラムビジネス 1

 

 セインブルグ王都アークガイアの中心にそびえる巨城、グラン・ゼ・アートは本殿とされる王の居城と平殿と呼ばれる六つの建造物で成り立っている。

 厳密には他にも、円卓院を始めとする複数の建造物が設立されているのではあるが、大まかに王城と呼ばれる場所の構図としてはそう言い表すのが正しいとされている。

 人口三百万超の広大な都市における中枢機関を統べるのだから、各種行政機関や軍の統治機構も王城における機構の一部として組み込まれている。なので、万民から王城と呼ばれているそれは、僻地の領主が住む居城のような単純な王の居住地という意味合いではなく、国家統括機構の総本山と考えるのが至極自然な事である。

 実際に、王城と呼ばれる場所の全容といえば、僻地の小都市ならば丸々収まるほどの敷地面積を占めており、かつて立国以前のセインブルグにおいてその都市機能の大半を賄っていた、つまりは王城と呼ばれる土地だけで都市として成立していたという噂もあるが、三百年前の歴史を淡々と語れるのはそれこそ、伝承に名高き黄金竜ぐらいしかいないので実際を語るのは、騙るに等しいという話であった。歴史の伝承者は歴史の泡に消えて久しいというわけである。

 そのような王城の象徴的な機構、平殿と呼ばれる建造物の一つに騎公総務殿がある。これが何かといわれれば、簡潔に答えるのならば軍部を統括する施設である。かの名高き総大隊将長、バナン=トニュック=グランジェネル=バルザックを筆頭とした王領軍総勢一万超を統括、管理、運営する機関であり、その規模は王城の三分の一以上にも亘り、王城において最も広大な敷地面積を保有する施設である。

 当然、かつて都市と目された広大な敷地面積を、猿に大口で齧られた林檎の様に保有するわけだから、その施設も大樹の枝葉の様に多岐にわたる。総合的な軍部の管理運営を行う騎公統閤院を始め、騎兵大隊、魔法大隊を始めとする各種軍部機関の詰め所。有事の際の医療施設や軍備の倉庫。常駐する軍人の為に寮等も完備している。騎兵大隊だけを見ても、常時千を超える兵が王城に詰めているのだからその規模が如何なるものかは想像に難くないだろう。これでも戦争が起こらない平時なので、経費削減のための人削を行ってのこの人数である。王城がいかに国家における要所として扱われているか感じ取れる。

 その騎公総務殿が保有する施設の一つに軍の訓練場がある。さすがに敷地面積の限られる王城に大規模な演習場を設置するわけにはいかないが、常駐する軍人の腕が鈍らない程度に身体を動かす設備はいくつも存在する。訓練は軍人における日々の勤務過程の一つに当然ながら含まれているが、自主的な訓練ならば別段、施設利用を申請しなくても黙認される形で許可が下りる。前提として施設が利用されていなければの話だが。

 訓練場が保有する幾多かの設備の一つに演習場が存在する。端的に言ってしまえば対人戦等の訓練、つまりは模擬戦を行う為の場所である。簡易なアリーナの形状になっており、このような形状である理由は一言で表すのならば外部からの観覧客の為である。軍人の練度、仕上がりを軍上層部が判断する為の視察という非常に堅実な話から、貴族や要職の人間の娯楽や時間つぶしに費やされるという救われない話まで事例は様々だが、いずれにしても大多数の観覧を目的にこのような形状に造られていた。

 そのような巨大な王城に置かれた小規模な軍演習場だが、本日も素晴らしき事に若々しい活力と生気に満ち溢れていた。数十人の若き兵士達の木剣を鳴らす音が活気良く響く。蒼天の空、軽快に鳴る木剣は偉人が奏でる管楽器の演目の様に麗しく心地の良いものであった。


 〇 〇 〇


(熱い)

 カーリャ=レベリオンは空を見上げながらそのような事を思った。軽く銀が彩られた蒼海のような髪は太陽の光を浴びて一層煌びやかに輝いていた。まるで、蒼海の女神ウィヌスの様に輝くのだから、見る者によってはそれが神霊の生き写しとでも見紛うことであろう。

 普段は和装騙りの洋服だが、現在は官給品である軍服に身を包んでいた。黒の色気がないジャケットタイプの軍服である。意匠は男女共用だが女性用は肩幅が狭く作られている。黒色を主とした堅苦しいデザインで、無骨な印象はカーリャの魅力を見事に帳消しにしていた。

(本当に、熱い)

 天空に輝くのは一つの太陽。あの脳みそがスポンジで出来ている気の抜けた娘と初めてであった頃は太陽がこれほどの威力を持つことはなかった。これは如何なることだろうか。

 あの小娘がメルニドにお願いして遠回しに悪戯しているのだろうか。あるいは先代の一族の誰かが太陽神に洒落にならない無礼でもして、今現在、壮絶な意趣返しでも喰らっているのだろうか。それこそ分からない。神のみぞ知る事実という事であろう。

 アリーナは吹き抜けで、雨ざらし、野ざらしであった。当然ながら定期的に衛生は行われているので清潔感が失われることはないが、その役目を負うのが誰かと言われればおおよそ、無駄飯ぐらいの第七師団であった。役立たずに無駄な食事をとらせるほど軍部は豊潤でないという事なのだろうか。同じく王城勤めのエリート軍人部隊である第一師団が訓練所の掃除に日がな一日を費やすといった事例はカーリャ=レベリオンは耳にしたことがないので、軍部にもつまり、明確なカーストが存在するという事だろう。悲しいがな。上から順番に序列を決定して偉い者だけが美味しい思いをするのは貴族社会だけにして欲しいと痛切に願わずにいられない十六の夏であった。

 端正に研磨された訓練場の石造りで出来た厚い床は太陽光を吸収しやすい素材なのだろうか、熱い熱を帯びていた。バロック鳥のそれなりに大きな男の握りこぶし大の卵を割ったらおそらく数分で美味しい目玉焼きが完成するだろう。訓練場の石畳としては最悪に最悪を重ねるほどに最悪な環境だった。最悪三重苦というわけである。きっと気取った芸術家が景観だけを重視し設計した三流建築に違いないとカーリャ思わずにいられなかった。

(しかし)

 カーリャは肩を落として周りを見やる。

 そこに倒れていたのは無数の兵士たち。皆、一様に訓練用の木剣を携さえ、軽装の安い鉄で造られた胸当てを装着していた。貧乏くさい。ある者はうごめき、またある者は力なく突っ伏していた。

 死屍累々。悶絶躄地。

 皆、仲良く地面と濃厚なキスをしている。日照りに曝されたフライパンの様な石造りの床に対して随分と情熱的な事である。燃える程熱い唇が好みならば、ヴァグナ火山でサラマンドラとでも口づけをすれば良いのにとカーリャは倒れ込む愚か者共を見やりながら内心で独り、ごちた。

 事の発端はなんてことはない。

 同僚である第七師団第七小隊の面々が暇を持て余していたのを発見したカーリャは、身体を動かすがてら、だらしなく無駄に時間を浪費する自堕落な連中どもに活を入れる為、自主訓練に誘ったという話である。

 訓練出来て偉い。

 第一師団とは違い、要人護衛の任もろくに与えられない惨めなごくつぶしどもは今日も今日とて、人員水増しの王城内警邏の仕事を非効率にこなしていた。言っちゃ悪いが、賊が七色に輝く衣服を纏って現れても見逃す可能性があるほどに目が節穴で注意力散漫な面々。誰が見ても明らかなほどに人件費の無駄である。

 どのみち、煌びやかな王宮の無駄に大きな装飾品になるぐらいならばと、カーリャは快く、親切心満々で声掛けをした。

 もちろん、無駄に動くのがゼファーリア大森林の小鬼どもより嫌いな第七師団第七小隊の面々は時間を持て余しているというのに無駄にごねたが、一本でも勝ち星を譲ったら休日にデートしてあげるとカーリャが告げると、色欲狂った男連中は重い腰を、水鳥のように軽やかに上げたのであった。

 で、これ。

 普段、訓練をさぼってばかりで、王立軍の離れ小島、第七師団に左遷された面々が、百戦錬磨のカーリャに勝てるあろうはずがなかった。総勢三十名を超す軍属の男どもが総出で年端もいかない小娘に挑んだ結果、この無残な姿である。

「他愛無い」

 カーリャは物足りなさそうに言った。

 このとおり、カーリャの所属する第七師団といえば、他師団の増援や細々とした遠征任務等、移り行く状況に対応する為の予備戦力として、いわば遊撃部隊としての特色が強い部隊とされているが、事実は多少どころではなく脚色されていた。

 遊撃部隊といえば聞こえは良いが、言い換えるならば決まった仕事を任せられるほどには信頼をする事ができない者達の体の良い左遷場所であった。二つ昔から三つ昔前ほどは実際に遊撃部隊の特色を残していたのだが、組織は有能を放さない。そういう意味とそういう流れで、比較的に使えない人材が第七師団に集まるうちにこのようなろくでなし集団になったというわけである。

 当然上層部には、ごくつぶしに食わせる飯などないのだから解体してしまえという思想の人間もいるのだが、こういう連中も役に立つときは役に立つのである。他の部隊の良い怒りのはけ口だったり、正規部隊に任せるには躊躇う程に難度が低いにも関わらず時間のかかる、しかも遂行が必須という面倒な仕事を強引に押し付けたり。例えば、一例を挙げるのならば、このただ広いアリーナの掃除とか。

 ただ、それほどまでに練度が低い連中でも一応は軍属である。それをダース単位で打ちのめすカーリャもさすがであった。

 実際に、見事なものであったと打ちのめされた面々は思う。

 カーリャの得物も同じ木剣だが、華奢な体躯で敏捷に動き、鋭い動きで明確に急所を突いていった。

 恐らく単純な力ならば、ここの誰よりも弱いだろう。男女の筋力差は早々に解決するものではない。

 ただ、鋭く上手すぎた。

 練度の低い男達の攻撃は簡単に見切られ、数人掛りで跳びかかっても捕まえる事すらできない。攻防の一連によどみがなく、赤子の手を捻るように男たちは打ちのめされていった。

 本当に、なんで島流しの第七師団にいるんだろうなあと男達は一様に思うが、実際のところ、剣の腕よりも破天荒で協調性のない性格とサボリ癖が災いして左遷されたのだろうなあとそれなりの付き合いの者達はなんともなく察していた。

「ふむ」

 カーリャは息を吐き。

「ぶっ叩き足りないから、あと三アール(四分半)したら第二回戦始めるから、それまでに体を起こすように。何時までも春先の休日の様に微睡んで寝転んでいる連中がいたら脊髄反射で起き上がるまでブチのめすからよろしく」

 鬼か、と第七師団第七小隊の一同は思った。


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