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ルインシールサーガ 二章 奴隷紋は光らない  作者: 宮下しのぶ
第一章 「この石鹸、実は食べられるの」

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「この石鹸、実は食べられるの」 2


 すでに掃除が終わった店内の窓際沿いにあるテーブル席に二人は腰を下ろす。掃除をしたいから帰ってほしいなと思うミシューに対して、目の前の気の強そうな赤毛の少女は言葉を切りだした。

「きれいな店ね。良い内装じゃない。繁盛しているの?」

「まあ、そこそこ」

「あんた、学生時代から将来は飲食店をやりたいって言っていたものね。リースティア教室の神童と呼ばれた娘が何を血迷った事を言っているのかとあの当時は思っていたけど、まさか本気だったとはね。恐れ入ったわ」

「それはそれは、ご丁寧に」

「馬鹿にしてんの?あんた」

「滅相もない。そんなそんな」

「どーだか」

「それで、食事は小麦粥でいいかな?お腹空いているでしょ?」

「だから、馬鹿にしてんの?」

 あちらの世界のとある地域で、早く帰ってほしい客にお茶漬けを出すという文化があるが、ミシューの故郷であるベルファンド王国にも似たような習慣があり、それがグルーシュ、小麦粥であった。怒った所を見るとどうやら、目の前の少女はその習慣を知っているらしい。ということは自分と同じベルファンド王国出身なのだろうかとミシューは怪訝に思うのだが。

 目の前の少女は頬杖をついてミシューに苛立たしげに問い正した。

「というか、妙に他人行儀だけど、もしかして私の事を忘れたんじゃないでしょうね?」

「あ、うん。覚えているよ。うんうん」

「じゃあ、私の名前を言ってみなさいよ」

「えーと、サトウヨシコ?」

「だれがサトゥーヨシクよ!ベルファンド人の名前ですらないじゃない!あんた、完全に忘れているわね!」

「いやー、ここまでは出掛かってるんだけどね。スマソスマソ」

 ミシューはこめかみに指を当てて心のこもっていない謝罪をする。指を当てたところで空っぽの記録媒体からはなんの情報も出力されない。無は有を生み出さない。混沌からいずる光は存在しないのである。

 目の前の少女はあきれたように息を吐くと肩をすくめてミシューに告げる。

「フィリア=フェルトよ。同期の」

「あー思い出した。久しぶり。元気だった。フィリアね。そうそう。一緒に行った湖畔廻り、楽しかったね」

「何の話よ!湖畔廻りなんてあんたと一緒にしてないわよ!やっぱり思い出してないでしょうが!名前言っても思い出さないか!この単細胞!」

「湖畔廻りは違ったか」

 湖畔巡ったのは別の人だったらしい。

 そういえば、彼女が着ているのは懐かしき古巣の学び舎で配給された夏服である。ミシューはいい加減、三年も着続けてボロくなったのでゴミ箱にポーイしたのだが彼女はいまだに着続けているらしい。物を大切にする人だなとミシューは思った。

 大体、同期と言われても、一学年におおよそ百人強から二百人弱は在籍していたので顔見知りかどうかもわからない。前世の学生時代ですらクラスメイトの顔と名前を全員一致させる事などできなかったのに今世にそのようなスキルを求められても非常に困る。それこそチートスキルとして覚醒させなければ不可能な領域の物語である。

 もし覚醒してスキル名を名付けるのならば『幻無夢想記憶連理リーディング・アカシャ』というのはどうだろうか。あれ?なにこれ。カッコヨ素敵すぎるワ。

 しかし改めて思い返してみると凄い話である。この文明が発達しきっていない時代に三百から五百名の生徒が常時在籍しているのというのも。いくら魔道の最高学府といってもやはり規模が違うと強く感じた。師の若い頃はそこまででもなく、今の規模の半分から三分の一程度だったらしいが。学府の置かれるルーベルグ市の財政はさぞ潤っている事だろうて。

「と、いうか」

 ミシューはそこで一つ気になっていた事を聞く。

「私達って仲良かったっけ?遊んだりとか」

「え?無いわよ。ただの同級生」

「ああ、そういう」

 そりゃあ思い出さないはずである。

 さっきから至極まともそうに振舞っているこのフィリアだが、実は若干アタオカなのかなとミシューは訝しみ始めていた。なんか良く分からないが、危険が危ないというか、非常に引っ掛かる何かがある。最近はなんとかレベリオンとかいう輩とよくよくつるんでいるせいか、余計にそういったことに妙な警戒心というか、勘が働くようになっていた。

 警戒心ビンビンビリビリなミシューのことなどフィリアは気にせず言葉を続ける。こういう人の顔色をまるでまったく粉微塵も読めないところが所が引っ掛かるんだよとミシューは思った。

「ほら、せっかく同郷が同じ都市の同じ区に住んでいるんだから懐かしさ半分の昔語りに来たというわけよ」

「なるほど」

 とは言いつつも若干、腑に落ちないが。ふつー、ただの同級生に会いに来たりするか?

「ところでここの店は、久しぶりに会いに来た人間に茶も出さないの?」

「は?」

「茶よ。茶。あんた、珈琲淹れるの美味かったわよね。濁りの無い澄んだ真っ黒い珈琲だったから覚えているわよ。久しぶりに飲みたくなったわ。出しなさいよ」

「……」

「ぼーっとしてんじゃないわよ。早くしなさいよ。ほらほら」

「あ、はい」

 ミシューは良く分からない促され方をされて渋々と立ち上がる。本当に訳わからない。この店の主は自分だぞと主張したいが、この押しの強さだと主張しても押しつぶされてしまいそうだ。まるで理不尽モードのカーリャと話しているみたいだとミシューは思った。

 ただ、経験的にこの手合いには逆らうと面倒なのでミシューは調理場に向かい、戸棚から珈琲の粉を取り出す。

 小さな獣皮の紙袋に珈琲の粉は入っていた。珈琲の精製技術ぐらいはこの世界でも開発されていた。さすがに店が忙しすぎて自分で挽いている時間はないので業者から数日毎に挽いた状態で取り寄せるようにしていた。日持ちはしなくなるが仕方がない。

 ドリップの技術は逆に一般的ではないらしい。そもそも、ドリップをする発想がない。ただ、ドリップした方が味は格段に上がるし、パンにも良く合うのでミシューはドリップを心掛けていた。

 学生の時分も親しき友人に振舞うことはあったが目の前の少女にお茶を出した経験があったかどうかは良く覚えていなかった。共用台所の地面に零したのでもこっそり啜ったかなと失礼極まることも考えるがそもそも相手も現在進行形で失礼を貫いているので気を使う必要はないとミシューは思う。

 とりあえず、さっさとお茶でも振舞って帰ってもらうか。早く退店して貰わないとなけなしの睡眠時間がまた減ってしまう。

 そう考えながら袋を開き。

「あ……」

 という間もなくミシューは珈琲の粉をこぼしてしまった。手が珈琲まみれである。最悪だ。掃除は面倒くさいし、何よりも珈琲は高い。原価は向こうの三倍から五倍はする。流通の少なさと精製の手間が原価率を引き上げているらしい。本来なら一杯で銀貨一枚は取りたい代物である。

 まあ、最近お金の巡りが良いから我慢するかと思いながら、嘆息交じりに手を洗いに行こうとすると。

「あら、大変!」

 フィリアが口元を抑えて慌てて駆け寄ってくる。誰のせいでこうなったんだというミシューの内面を気にも留めずにフィリアは調理場にあった手洗い用のタライを掴むと裏手の井戸に駆け入り、水を拝借した。うちの井戸に勝手に触れるなとミシューは思った。

 まあ、親切は快く受け入れなければならないと、ミシューはフィリアが手渡したタライで手を洗う。

 すると。

「これも使うといいわ」

 そう言い、フィリアは石鹸を手渡してきた。

 石鹸とは気が利く。こういうアメニティグッツは異世界だと中々流通していない。故郷の伯爵家や学院の宿舎は割とハイソなので石鹸等は完備してあったが、基本的には水洗いで済ませるか、手を洗わないというのが常識だったりする。食品衛生業に長らく携わるミシューからしたら信じられないにも程がある言語道断な話ではあったが。

 だが現実問題としてはインフラが整って水道が完備されている方が珍しい。捻れば水の出る不思議な蛇口は魔法の呪文で水を生み出す事よりもファンタジーだ。アークガイアは本当に発展している方なのである。

「ありがとうね」

「いえ、これぐらい気にしないで」

 割と良い人なのかもしれない。

 ミシューは内心で、疑って悪かったなあと思った。こういうところが騙されやすい。



お読みいただき、ありがとうございます。

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