陸軍要請、航空支援空母
海軍省・艦政本部の第三会議室は、午後の薄光を受けて静まり返っていた。
壁一面に貼られた要望書の写し。その中央には、陸軍から送られてきた一文が赤鉛筆で引かれている。
「上陸作戦および侵攻時の直協・上空護衛を目的とした、搭載機三十機規模の航空支援空母二隻の建造を要望する」
机上に置かれた資料を前に、海軍の将校たちが静かに座を占めていた。
艦政本部、航空本部、軍令部。
そして末席には、陸軍連絡将校の姿もある。
艦政本部長が咳払いし、会議が始まった。
「さて……陸軍からの要望は読んだな。搭載三十機。戦闘機十五、急降下爆撃機八、襲撃機七。隻数二。護衛任務にも従事可能とある」
軍令部参謀が資料をめくりながら眉を寄せた。
「問題は艦載機だ。これほどの数を載せるとなると、機体の艦上運用が前提となる。しかし陸軍機は――」
そこで陸軍の連絡将校が口を開いた。
「ご安心頂きたい。戦闘機および急降下爆撃機は、すでに陸海軍共同開発として研究中の艦上型を使用する予定であります。機体規格も、海軍殿の基準に合わせております」
ざわり、と海軍側の空気がわずかに動いた。
航空本部技術少佐が食い入るように言葉を返す。
「……つまり、新規に艦載化作業が必要なのは“襲撃機”だけということか?」
「その通りであります。上陸支援に特化した対地攻撃機として新設計いたします。
もちろん海軍航空本部殿の監修のもとで」
艦政本部技術中佐が腕を組んだまま小さく頷いた。
「それならば、航空甲板と格納庫容量の設計が大きく変動せずに済む。三種三十機なら、排水量一万四千トン級でまとまるな」
軍令部が言葉を継ぐ。
「艦隊決戦用ではなく、上陸作戦および輸送船団護衛を主務とする……。それなら速度は三十ノット前後で十分だ。装甲も軽装甲でよいだろう」
資料を見つめる視線には、もはや拒絶はない。
航空本部の課長が口を開いた。
「共同開発の艦上戦闘機なら、搭乗員の養成も海軍学校で統一できる。
急降下爆撃機も海軍式の操作規格で共通化されている。
そうなると、運用は思った以上に滑らかだ」
陸軍将校が深く頭を下げる。
「陸軍としては、上陸障害の突破と侵攻時の航空直協が確保できれば十分。
地上軍の生命は空にかかっております。
この支援空母は、我々の兵が一歩でも前へ進むための力となるでしょう」
沈黙がしばし会議室を包んだ。
海軍将校たちは互いの顔を見合わせる。
かつてなら、陸軍の提案など一蹴されていたかもしれない。
だが今は違う。
陸海軍は互いの不足を補い、より強い戦力体系を築こうとしている。
艦政本部長が静かに手元の資料を閉じた。
「……よかろう。航空支援空母、二隻。
搭載三十機、用途は上陸直協・侵攻支援・輸送護衛。
艦上戦闘機と急降下爆撃機は共同開発型を採用。
襲撃機は共同新規設計とする」
会議室の空気がわずかに緩む。
「艦政本部は設計案に入る。航空本部は襲撃機の要件定義を進めよ。
軍令部は運用構想を検討すること」
そこに異論は出なかった。
海軍の一参謀が、ほとんど呟くように言った。
「……まさか陸軍の要望を基に、空母を造る日が来るとはな」
陸軍将校は微笑しながら深く礼をした。
「本日は、陸海軍協力の歴史的な一歩となりましょう」
こうして――
日本陸海軍共同の“航空支援空母”計画は、静かに始動した。




