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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

Knights of the Night

作者: 犬星 蘭
掲載日:2025/10/12

王都の裏路地は、夜になると湿った空気に煙草と酒の匂いが染みつく。

いつもと同じように薄暗く、喧騒の余韻が石畳に滲んでいる。

そして今夜も、酔いと欲にまみれた男たちの影が伸びていた。


「……おい、いいじゃねぇか。ちょっとくらい付き合えよ」


「あっ、離して……!」


若い女性が腕を掴まれ、壁際へと追いやられている。袖が引き裂かれ、声は震えていた。

暴漢のひとりが、下卑な笑いを浮かべながら腰に手を伸ばす。


「……おや」


その場に、軽い足音がふたつ。

ひとりは、騎士然とした体格に柔和な顔立ち。アッシュブラウンの髪に、カーキ色の外套。

騎士団長レオ・ハーディング。王国の良心そのもの。

そしてもうひとりは、細身で品の良いブラックスーツに身を包み、銀縁眼鏡と白手袋が映える男、アーチボルト・クレベリー。微笑を湛えた、王都の華。


「ハーディングさん、私達はただの通行人でしょう。深入りするのは趣味じゃないんですけどね」


アーチーはポケットから細身の煙草を取り出し、咥えながら言う。

白手袋をはめた指で軽くライターを弾く。一度、二度。三度目でやっと、夜の闇に小さな赤が灯った。


「いいや、僕は助ける」


レオはもう動いていた。

真っ直ぐに、暴漢たちのほうへ歩いていく。


「ああもう……あなたが行くなら、仕方ないですね」


アーチーは肩をすくめて、煙草をくわえたままゆっくり歩を進める。

彼の周囲には、ほんのりと甘くてスパイシーな煙の香りが漂っていた。


 ◯


先に出たレオが、その前に立ちはだかった。

暴漢が二人、威嚇する。


「おい、なんだテメェ」


「騎士団のレオ・ハーディングです。王都の安全は、我々の仕事ですので」


「……チッ、うぜぇんだよ!」


片方の男が踏み込んだ。

だが、次の瞬間には、その男はレオの拳を顔面に受けて、無言で沈んだ。

続いて、肘撃ち。返す右肘で、もう一人の腹を抉る。嘔吐するように崩れ落ちた。


「……あらま」


アーチーが、肩を軽くすくめた。


裏路地を抜けて、女性をかばいながら広場に出る。

物陰から、さらに五人の男たちが現れた。太い棍棒、鈍い光を放つ短剣など。報復に来た仲間たちだ。


「人数が増えましたねぇ……いや、これは舞台が整った、というべきか」


「アーチー君、下がってて」


レオが冷静に言い、前へ歩み出た。

後方の女性を、アーチーがすっと抱き寄せる。


「お嬢さん。見ない方がいい。これは大人の悪趣味ってやつですからね」


彼はそっと彼女の目元を覆った。


前に出たレオは、防御魔法を身体にまとう。

静かな詠唱が唇からもれた。

光が彼の体を包み、鋼のような膜となって全身を覆う。

彼の眼差しは、ひとり、またひとりと暴漢たちを冷静に見極めていくようだった。


棍棒を手にした男が先に仕掛けた。


「くらえ!」


唸りを上げた棍棒が振り下ろされる。だが、それより早く、レオの拳が宙を走った。

バキン、と骨の砕ける音。

棍棒の主は、地に沈んだ。


「この……化け物がっ!」


ナイフを構えた男が襲いかかる。

しかしレオは、片膝を軽く落として姿勢を低くし、外套をひらりと翻しながら、跳び上がって振り向きざまに拳を叩き込む。

鋼を叩くような音。

男の体が地を滑り、背後の樽に突っ込んで止まった。


「さて、次は……」


周囲を囲むようにして、さらに男たちがにじり寄る。

息を呑む気配。

辺りに濃密な殺気が満ちる。

それでも、レオの表情は変わらない。


「……次から次へと。さすがに疲れるよ、君たち」


素早く距離を詰めると、魔力で強化された体で一人を肩で抱え上げて、地に叩きつけた。男は口から血を吐き、嗚咽する。

大立ち回りをしている背後で、もう一人の暴漢が、短剣をかまえてレオの背中を狙って突撃してくる。

その瞬間、アーチーの靴先が短剣を蹴り飛ばしていた。


「落とし物ですよ」


アーチーは優雅に微笑んだ。その靴先には、彼が踏み砕いた短剣が転がっている。

レオはその気配に気づき、驚愕する敵の胸ぐらを掴んで、そのまま壁に叩きつけた。

膝蹴り一発。さらに追撃で拳が振るわれるたび、骨の軋む音が響く。小さな呻き声を残して、その男も動かなくなった。

レオは息を深く吸い込み、拳を握りなおす。

残る一人は、もう戦意を失っていた。媚びるような笑みを貼り付けて、後退りする。

だが、レオは逃さない。

片足を地に踏み込んだ瞬間、その姿は風のように速く、回し蹴りを叩き込む。相手の頬が腫れ、白目を剥いた。

全身を走る魔力が、外套を軽やかにたなびかせる。

もはや暴漢たちは、なぜ自分がここにいるのかも忘れているようだった。


数分後……

静寂。


地に伏した暴漢たちの間を、レオがゆっくりと戻ってくる。

肩で息をしていた。額にうっすらと汗が滲んでいる。


「お疲れ様でした」


アーチーは相変わらず壁に寄りかかっており、煙草をくわえて、片手でライターを弾いて火をつけた。

無言のまま、レオの口元へ煙草を差し出す。


「ったく、ちょっとは手伝えよ……」


レオは煙草を受け取り、ひと吸い。

息を深く吐き出すと、やっと顔が落ち着いた。


「必要ありませんでしたよね?」


アーチーはにやりと笑う。


「あなたなら、あの程度は散歩みたいなものでしょう」


「……まあ、否定はできないけどさ」


そして、か弱い声がした。


「……ありがとうございました……!」


女性が恐る恐る口を開く。


「礼には及びません。ご無事でなによりです」


レオは真っ直ぐに応じる。

アーチーも穏やかに微笑んだ。


「危ないですから、念のため、家までお送りします。道すがら、騎士団の詰所に寄って報告しておきましょう」


「本当に、ありがとうございます……!」


アーチーは微笑みをたたえたまま、女性に寄り添って歩き出す。

レオはその後ろを、やや疲れた足取りでついていく。

夜の王都に、足音が遠ざかっていった。


 ◯


すべてを片付け、女性を自宅まで送った二人は、人気のない路地を並んで歩いていた。

舗道には落ち葉。照明は鈍く、風が冷たい。

アーチーはポケットから細身の煙草を取り出し、口元にくわえた。

ライターを取り出す。細長い二本の指で蓋を持ち、薬指で軽く叩いて開けると、そのまま指の間に挟んでくるくると回しながら火をつける。

ふわりと香ばしい甘さが広がった。

レオもそれにならい、懐から箱を取り出して、重そうな煙草を一本。

くわえ、アーチーに火を寄せてもらう。

ふたりの煙が、空にほどけていった。


「優しいんですね、あなたって」


不意にアーチーが言った。

口元から煙を吐き出しながら、片眉をわずかに上げて。


「騎士道精神? 正義感? 女性が困っていたら、理由もなく助けにいけるなんて、立派なご身分ですね」


レオはニコリともせず煙を吐き、静かに視線を夜空に向けた。白い煙が夜にほどけていく。


「僕にとっては、ああいうのは当たり前のことなんだけどな。困ってる人がいたら、手を差し伸べる。それだけだよ」


「私ならまずなぜ困っているのかを検証しますね」


アーチーは肩をすくめた。


「第一に、自分が手を汚す価値があるかどうかが肝心ですから」


「うん、君はほんと冷たいよね」


「冷たいんじゃなく、賢いんですよ。……ただ、あなたが動いたから、私も動いた。それだけのことです」


アーチーは煙草をもう一度深く吸い込んだ。


「でもさ――」


レオが言葉を切って、アーチーをちらりと見た。


「助けた女の子の心、見事にかっさらってったのは、君だよね?」


「……あれ? 私、何かしました?」


アーチーは本気で不思議そうな顔をしてみせた。

しかしその目は笑っていた。くっきりと、意地悪に。


「私はただ、目を覆ってやって『お嬢さん』って呼んで、少し微笑んだだけですよ? それで惚れる方が悪い」


「いやいや、それ充分すぎるだろ!」


レオは思わずツッコミを入れる。


「僕が殴って、蹴って、流血して、怪我して……その横で君が優雅に微笑んでたら、そりゃあ誰だって君に惚れるよ……」


「わかってるじゃないですか」


アーチーはにやりと笑った。


「くそ……なんで僕、こんな損な役回りなんだろ……」


レオはうめきながら、くわえ煙草のままポケットに手を突っ込み、肩をすぼめた。

騎士団長とは思えない、愚痴をこぼす若者のような姿だ。


「まぁまぁ」


アーチーはレオの肩を、軽く叩いた。


「あなたが体を張ってくださるから、私は安全な場所でモテるんです。感謝してますよ、心から」


「……その言い方だと、まるで僕が噛ませ犬みたいじゃん」


「違いますか?」


「違わないけどさ!」


二人の煙の匂いと笑い声が、夜を染めていく。

風が通り過ぎた。煙が揺れて、灯りが少しだけ滲む。

しばらく無言で歩きながら、煙草の灰を地面に落とし、アーチーはポツリと呟いた。


「……ですけど、まあ。あなたみたいに優しい人がひとりくらいいないと、この国、終わってますからね」


レオはちらりと横目で見た。


「今のって……素直に褒めたの?」


「さあ?」


アーチーはまた笑って、煙を吐いた。

その笑顔は、煙の向こうに隠れて、どこか少しだけ優しかった。

秋の王都。

深夜の裏通り。

二人の歩みが遠ざかっていく。

そのあとに残るのは、渋く燻る煙草の匂いだけだった。


はじめまして。初投稿作品です。

お読みいただきありがとうございました。

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