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秘密基地の憂鬱と大爆発

ぴより野駅から徒歩五分。大通りから一歩入った路地のさらに奥、マンションに囲まれた一角に古びたアパートがある。その一階の角部屋、『MAiD回収本部秘密基地』と表札を掲げた部屋では、ヒソヒソと話す女性の声だけが聞こえていた。

「はい、わかりました……局長……必ず……」

電話を切ったエイダは浮かない表情でニコラとゴードンを見ると、深いため息をついた。

「なんだったんですか、エイダ様?」

「いやね……新たなアンドロイドの開発に着手する方針なんだって……」

「ほな、ワイらは帰れるんでっか?」と少し声を弾ませたゴードンを見て、エイダは首を左右に振った。

「あと一ヶ月以内に三体を回収できなければ、私たちはお払い箱さ」

「そんな殺生な……ワイら用済みでっか?」

「まあ、仕方ありませんよ、ゴードン……MAiDを三体回収できれば問題ないんですから、頑張りましょう」

ゴードンを励ますニコラに、「そうも言ってられないよ」と切り出したエイダから、無常な言葉が告げられる。

「新たなアンドロイドの開発に予算を割くから、私たちへの活動資金の提供を停止するんだって」

「そんな……」言葉を失うニコラを見て、「そらそうやろ、ワイら退職したことになってるんでっせ」とゴードンが苦笑いを浮かべると、エイダもうなずいた。

「そ、そうでしたね……しかし、急な話ではありませんか?あと一ヶ月で三体全部なんて無謀すぎますよ」

「そうなんだよ……どうしたもんかね?」頭を抱えるエイダに、「それ、失敗したらどないなるんでっか?」とゴードンが尋ねると、彼女は顔を上げた。

「三体同時に自爆装置を起動するって言ってたね……」

「そ、そんな無茶な!そんなことをしたら、周囲数百メートルを吹き飛ばしてしまいますよ」

「そうなると……あかん!あきまへんで。結衣様を巻き込んでしまうかもしれん」

「私も伸餅のことが心配になってきたよ……たまに、まごころ堂源屋に寄ってるみたいだしね」

MAiD回収秘密基地に重い空気が立ち込め、室内はしんと静まり返った。


「こうなったら、あの手しかありませんね……」

沈黙を打ち破ったニコラの声に、エイダが顔を上げ「なにか作戦でもあるのかい?」と尋ねると、ニコラは含みのある表情で「この手は使いたくありませんでしたが……」と思わせぶりに話し始める。

「まごころ堂源屋の店主である篠田大智を誘拐して、その命と引き換えにすると脅せば、三体ともおとなしく投降するでしょう」

「待て、ワイは反対や!それは人としてやっていいこととちゃう!」

顔を真っ赤にして声を荒らげたゴードンに、ニコラは冷めた視線を向けた。

「ゴードン、そうは言っても、たった一ヶ月で三体を確保するとなればそれしかありませんよ」

「しかし、そううまくいくのかね?」

疑いの眼差しを向けるエイダに、ニコラはニヒルな笑みを浮かべてうなずいた。

「問題ありません、エイダ様。先日二号を確保しようとしたときに、間違えて彼を捕まえちゃいましたからね」

「そういやそうだったね。でも、あれはあの太った女に下敷きになったからじゃないかい?」

「いいえ、仮にひとりでも大智が抜け出すことはできませんでしたよ」

ニコラの話を聞いたエイダは「そうかい……」と考え込むように顔を伏せ、「私は賛成するよ」と小さな声をこぼした。

「あきまへんて、エイダ様……大智はんは普通の人間でっせ。それを誘拐してその命を盾にするなんて非道すぎまっせ」

「そうは言ってもね、ゴードン。自爆させられて関係ない人を巻き込むことを思うと、仕方がないと思わないかい?」

エイダの話を聞いたゴードンは「いや、それはそうでっけど……」と言って頭を抱え込んだ。

「ゴードン、本当に殺すわけじゃないんですよ。人質にするだけです」

ニコラの説得にも、「そやけどやな……」と煮えきらないゴードンに、さらにエイダが話を続ける。

「あんたは戦場を経験してるから、つらいんだと思うけどさ。私はその手を使ってでもこの件を終わらせるべきだと思うよ」

「ゴードン、エイダ様の言うとおりですよ。絶対に怪我をさせないように捕まえる方法を考えますから」

肩を落としたゴードンが「ニコラ、絶対やで」と念を押すと、ニコラは「はい、約束しますよ」と答えた。その言葉の真偽を見定めるように彼をしばらくじっと見つめたゴードンは、渋々うなずいて了承した。


——秘密基地が重い空気に沈んでいることなど夢にも思わないまごころ堂源屋では、作業机で大智が黙々と紙にペンを走らせていた。

「なあ、リゼ、邪魔になるから下りてくれないか?」

いつもどおり僕の膝に向かい合って座り、折り紙のような物を作っているリゼに声をかけたが、彼女は一瞬視線を向けたあと、「にゃー」とだけ言ってまた何かを作り始めた。

仕方なくそのままペンを走らせてみたが、やはりリゼが邪魔で書きにくい。

「頼むからさ、下りてくれよ。すごく書きにくいんだ」

もう一度頼んでみたが、今度は「にゃーん」と言って、鼻を舐められた。もうリゼが何をしたいかさっぱりわからないが、とりあえず「わかったよ」と彼女の頭を撫でておいた。

ふいにカウンターに陣取るリサから「にゃーーん」と聞こえてきて、「何やってんだリサ……」と視線を向けると、リサは頬を膨らませてそっぽを向いてしまった。

「マスターは最近リゼに甘すぎます。猫の真似をするのがそんなにかわいいなら、私もかわいいはずです」

「うーん、まあそういう意味じゃないんだけど、リサはどっちかっていうと、きれい系だろ」

「なっ……」突然変な声を上げたリサは、僕に流し目を送りながら「マスターは私をどうするつもりですか」と顔を真っ赤にしてしまった。

作業机の向かいに座って本を読んでいたリナが本を置いて「親方は何を書いてるんだ?」と尋ねてきた。

「この間、沙奈恵さんから引き取った物をリストにしてるんだけどさ……全然進まないんだよ」

リナは不思議そうな顔をして、「何でパソコンを使わないんだ?」と僕を見ているが、まったくもってそのとおりだと思っている。ただ、使えない事情がある。

「リサがパソコンのパスワードを変えちゃったんだよ。教えてくれって言っても、リナに僕の部屋の監視をやめさせないと教えないとか言ってさ」

リナは冷めた目でリサを見て「リサ、人質を取るような真似はダメだぜ」と言うと、リゼも手を止めて「うむ、それは人としてあるまじき行為」と言ってうなずいた。

いいぞ、二人でリサからパソコンを取り戻すのを手伝ってくれ……と心の中で応援していたが、リサが「私はアンドロイドです」と澄ました顔をすると、リゼは「うむ、なら許そう……」と何かを作り始め、リナは「そうだな、仕方がないぜ」と本を開いた。二人とも、僕の期待を返してくれないか……


「だいたい、リナもリゼもこのパソコンが何に使われていたか知らないから、そんなことを言えるのです」

リサがぼやいたのを聞いて、リナは顔を上げて「どういうことだ?」とカウンターの方に振り返り、リゼは相変わらず僕の膝の上で何かを作っているが、その手が一瞬止まったように見えた。

「二人とも、こっちに来てください」リサが声をかけると、リナは閉じた本を机に置き、リゼは僕の膝から飛び降りて、リサが陣取るカウンターへ向かった。そして、リサが二人に画面を見せながら説明を始めた。

「マスターはこのように、いかがわしい女性の画像を世界各地から収集し、容姿やスタイル、ポーズなどで細かく分類し保管しているのです。その総数は一万を超えます」

三人が集まったカウンターではマウスのボタンをカチカチとクリックする音だけが響く。最悪だ……リサが来てからパソコンを触っていなかったから完全に忘れていたが、暇な日はそっち系の専門サイトを巡回していたんだった……

こうなったら、何をしてもどうせ文句を言われるんだと諦め、リゼがいないうちに仕事を進めていたら、リナの「ギルティだな」とつぶやく声が聞こえた。無視していると、今度はリゼの「うむ、最低……」という声が届いた。すでに開き直っている僕が、三人のことなど微塵も気にせず黙って作業を続けていると、再びリサが話し始めた。

「このように一分野に偏った収集癖を持つマスターにパソコンを使わせれば、間違いなく仕事のふりをして、画像の収集と分類に精を出します。これを見て、まだ人質などと言えますか?」

「主様……否、エロ眼鏡……見損なった……猫ポジションの我だけでは我慢できぬか……」

リゼはもうとっくに僕のことを見損なってるんだから、何度も言うなよ……だいたい、猫ポジションってなんだよ。

「親方……これはあたいもひくぜ……」

別に好きにひいてくれればいいよ。なんて思いながら顔を上げると、リサが得意げな顔をして二人を見ていた。

「そうでしょう、そうでしょう。私はこの『まごころ堂源屋』の安定した経営と、結衣さんの健全な養育環境を確保するために、やむを得ずこのような強硬手段に出たのです」

「リサのやったことが正しかったのか。あたい、リサにひどいこと言ってごめんな」

「うむ、結衣姫のためを思っての行動……称賛に値する」

「そうでしょう、そうでしょう。では、そんな私の行動に敬意を表して、リナはマスターの部屋を私に明け渡し、リゼはマスターの膝を私に譲りなさい」

リナは呆れた目でリサを見て「いやだぜ」と一言、リゼは「うむ。それは同意できない……」と言ってカウンターを離れた。

「そんなことを言っていいんですか?このパソコンをマスターに使わせますよ。そうするとまたマスターは、仕事のふりをして収集を再開してしまいます。いいのですか?」

なんだか、リナとリゼの対応次第で、僕にパソコンが戻ってくるような流れになってきたが、期待したらダメだ。さっきもあっさり裏切られたんだから……

「別にいいぜ。あたいは親方と仕事ができて、あとは、真琴と結婚してくれればいいからな」

「勝手にすればいい。我は結衣姫と猫ポジションを確保できればそれでいい……」

リナは訳のわからないことを言って読書を再開し、リゼは僕の腕を押しのけて膝に向かい合わせに座ると、また何かを作り始めた。

意外な展開になったが、このままいけばパソコンを使えるようになるかもしれない。まずは集めた画像をフォルダごと削除しないと、いつまでも三人にいじられてしまいそうだな。

「マスター、私を朝昼夜の一日三回抱っこしてくれたら、パスワードを教えてあげます」

結局そうなるのかと僅かな期待をもった自分を恥じながら、「いや、別にいいよ」と僕が答えると、リサは「なんですって……」と声を張り上げて立ち上がった。僕はそんなリサに優しい笑顔で応じる。

「それに、今もリサが手伝ってくれてるじゃないか、僕はリサを頼りにしているんだ」

リサは僕を見て「まったくマスターは私ばかり頼りにするんですから、仕方ありませんね」と小声でこぼすと腰を下ろし、「マスター、何かお手伝いすることはありませんか?」と声をかけてきた。相変わらず、リサは褒めるとちょろい……そんな彼女を逆手に取った僕は、ちょっとだけ自己嫌悪を覚え、苦笑いを浮かべてしまった。


——昼下がりのサイクルこしあん。その扉が静かに開くと、黒のゆったりしたロングTシャツにベージュのハーフパンツの女性が店に入ってきた。

「いらっしゃいませ!」元気のいい声と同時に、振り向いた金髪モヒカンの店主、小豆沢伸餅は女性を見て、笑みを浮かべた。

「エイダ、今日も来てくれたんだ」

「伸餅、遅くなったね……」そう言って微笑んだエイダを見て、伸餅は「エイダ、浮かない顔をして、何かあったのかい?」と目を細めた。

「う、ううん。なんでもないよ、今日も伸餅は自転車を改造してるんだね。私はお茶でも淹れてくるよ。伸餅、お昼ご飯は食べたのかい?」

エイダの作り笑顔を見た伸餅は、手に持っていた工具を床に置くと、静かに立ち上がり、エイダに歩み寄る。それを見たエイダは、無理な笑顔のまま、顔を斜めに伏せた。

「エイダ、話してくれないかな?そんなエイダを見ると自分もつらくなるんだ」

「伸餅……ごめんよ。話せないこともあるんだ……でもね、伸餅だけに話さないんじゃないよ。誰にも話せないだけなんだよ」

伸餅は何も言わずに、エイダの顎にそっと手を添えると、くいっと持ち上げて、彼女の目をじっと見つめた。

客のいない店内に流れていたラジオが静かな曲に変わり、二人の心に灯った炎を燃え上がらせる。「伸餅……」と声を震わせるエイダに、伸餅が何も言わずに唇を重ねようとしたとき、ふいに「あの……ご、ごめんください……」と遠慮がちな声が聞こえた。二人が同時に振り向くと自転車を押した女性が、頬を染めて二人をじっと見つめていた。

「あの、奥さんと盛り上がっているのにごめんなさい。チェーンが外れてしまって、直してほしくて……ガラス越しに見えてたんですけど、さすがに声がかけづらくて……でも、さすがに止めたほうがいいかと思って……」

ガラス越しに見えたのは、店内の商品ではなく二人へ期待に満ちた目を向けていた大勢の通行人が、急に残念そうな顔をしてちりじりに立ち去っていく姿だった。

「あっ、あ、いらっしゃいませ……すみません。すぐ直しますね。エイダ、飲み物を出してくれない」

「まごころ堂源屋のリサさんに、ここの店を勧められて来たんですけど……出直しましょうか?」

「えっ、姐さんに……?すぐ修理しますのでかけてお待ちください。へえ、姐さんのお知り合いだったんですね」

「リサさんというより、篠田くんの知り合いなんです。幼馴染というか、同級生というか……」

「あっ、源屋さんの?失礼ですけど、お名前を教えていただいてよろしいですか?」

「あっ、失礼しました。私、立花美緒っていいます」

バツが悪そうに対応する伸餅も、お茶を準備するエイダも顔を真っ赤にして営業を再開したサイクルこしあんの給湯室で、エイダはお茶を淹れながら「私はもう……ここの奥さんでいいんじゃないかい……」と小さな声で自分に言い聞かせていた。

「どうぞ……」お茶を出すエイダを見た美緒が、にこっと微笑んで、「素敵な旦那さんですね」と声をかけると、エイダだけでなく作業をする伸餅も耳まで真っ赤にしたのを見て、美緒はおかしそうに笑った。

自転車を修理し、サービスで簡単な整備も済ませた伸餅が、美緒に自転車を引き渡して「ありがとうございました」と微笑むと、柔らかい笑みを返した美緒は、彼の隣に立つエイダに「仲がよさそうで羨ましいです」と言って目を細めた。

美緒は自転車に乗ると「ありがとうございます」と会釈して走り去って行った。その後ろ姿を見送りながら、エイダが「伸餅、今日は泊まっていいかい?」とつぶやくと、伸餅は照れくさそうに小さくうなずいた。


——エイダが心を固めつつある頃の純喫茶メランコリック。忙しい時間を過ぎた店内には一人の客とマスターしかいなかった。

「マスター、もう一杯や」その声と同時に、カウンターを滑るグラスをマスターが受け止めた。

「ゴードンさん、そんな飲み方をすると体に毒ですよ」

優しく注意されたゴードンは、「ワイの金で飲むんや!文句あるんか!」と声を荒らげる。

「ゴードンさん、大きな声を出さないでくださいよ。今作りますから、ちょっと待っていてください」

マスターが飲み物を作り始めると、カランカランと小気味よい音を立てて店の扉が開いた。

「あれっ、ゴンさん。親衛隊の集会でもないのに、こんな時間に珍しいですね」

笑顔のすずが声をかけたが、ゴードンはカウンターに肘をつき、顔を伏したままじっとしている。その様子にちょっと頬を膨らませたすずは、ゴードンの隣に座り、「どうしたんですか、こんな時間から飲んだくれて」とゴードンの顔をのぞき込んだ。

「ゴードンさん、お待たせ」

マスターがゴードンの前にグラスを置くと、それを見たすずは瞳を輝かせた。

「あー、美味しそうですね。ゴンさん、私にも飲ませてくださいよ」

ゴードンがうなずいたのを見たすずは「やったー!」と歓声を上げる。

「マスター、私にも同じのください」と、すずが満面の笑みを向けると、マスターは「ちょっと、すずちゃん。仕事中だよ」と困惑した表情で彼女を見る。

「いいじゃないですか、ゴンさんがおごってくれるんだし。それに、なんか荒れてるゴンさんの悩みを聞くのも仕事ですっ!」

「もう……一杯だけだからね」と渋々マスターが作り始めると、すずは「ねえ、ゴンさん……ケーキもいいですか?」とゴードンの耳元で囁いた。

ゴードンが黙ったままうなずくのを見ると、すずは「マスター、ショートケーキもお願いします!」と声をかけた。

「すずちゃん、毎日勝手に食べてるでしょ?太るよ」とマスターがひとり言のようにつぶやくと、「そんなデリカシーのないことを言わないでください!」と彼女はぷいっとそっぽを向いてしまった。


「はい、すずちゃん。ゴードンさんにお礼を言ってね……」

目の前に差し出されたグラスとケーキを見たすずはにっこりと笑い、「いっただっきまーす!」とケーキにフォークを入れる。その隣のゴードンはグラスを一気に飲み干すと、「マスター!もう一杯や!」と声を上げた。

「ゴンさん、もうやめときなよ……これ以上は体に毒だしさ……」

「ほっといてくれや……ワイだって飲みたいときがあるんや……」

「そうですよ、マスター。ゴンさんの悩みは私が聞きますから、マスターは仕事をしてくださいっ」

「すずちゃん……ゴードンさん、もう六杯目なんだよ……すずちゃんも止めてよ」

「えー!ゴンさん、いける口だったんですね。メロンクリームソーダを六杯なんて、私でも飲めませんよ」

マスターがメロンクリームソーダを作り始めたのを見て、すずがゴードンに声をかける。

「それで、ゴンさん、どうしちゃったんですか?そんなに飲んだくれちゃって」

「仕事でな……嫌なことがあって悩んどるんや……」

「へー、ゴンさんって、仕事してたんですね。ゴンさん、ケーキもう一個いいですか?」

「ええで……」ぼそっとこぼしたゴードンに、すずは微笑むと、マスターを振り向いた。

「マスター、モンブランください!」

「もう、すずちゃん……少しは遠慮しなよ……」

「それで、その嫌なことって何があったんですか?」

「それは言えへんけど……」

「ふーん、そうですか……じゃあ、仕方ないですね。あっ、ゴンさん、コーラフロート飲んでもいいですか?」

「ええで……」ゴードンのつぶやきを聞いたすずが「マスター、コーラフロートください!」と注文すると、「ちょっと……すずちゃん……」と言いかけたマスターに彼女は鋭い視線を向けた。

「マスターは黙っていてください。相談に乗ってるところなんですから。それより、ゴンさんの飲み物がありませんよ」

「ゴードンさん、お待たせ……すずちゃんの分もよかったんですか?」

「ええんや……すずちゃんの元気な声を聞いたら、ワイも少し元気が出たしな」

「ほら、マスター、聞きました?私はみんなに元気をあげられるんです」

「まあ、ゴードンさんがいいなら、いいですけど……」

気にかけてもらったことに少し気をよくしたゴードンが、「マスターも、なんか飲んでや」と声をかけると、マスターは「じゃあ、コーヒーいただきます……」と遠慮がちに答えた。

「じゃあ、私もナポリタンください」

「すずちゃん……食べ過ぎだよ……さっきまかない食べたばかりだよ」

「女の子は甘いものは別腹なんです」

「いや、ナポリタンは甘くないよ。これはすずちゃんの給料から引くからね」

マスターの言葉に、すずは「えー!」と声を上げると、ゴードンに寄りかかり「ねえ、ゴンさん……」と猫なで声でねだる。「マスター、ワイが払うわ」と苦笑いするゴードンにマスターは申し訳なさそうに頭を下げた。

その後もすずのとめどない食欲を見ているうちに、悩みが少し和らぎ、店を後にしたゴードンは財布を覗き込み、「資金援助がなくなるのに使いすぎたな」とぼやくと、「この町で仕事探すのも悪くないかもしれんな」とふっと微笑んだ。


——その頃、ぴより野商店街から少し外れた路上を、デニムパンツのポケットに両手を突っ込み、ジャケットを羽織った男が、ぶつぶつと何かを唱えながら歩いていた。

「まったく、エイダ様はともかく、ゴードンまでどこに行っちゃったんですかね」

誘拐する相手となった大智周辺の行動を確認しようと秘密基地を出て、ぼやきながら歩くニコラの目に、吊るされたバラの花束が映った。見上げると『フラワー花芯堂』と看板がかかっている。

「ドライフラワーを作っているのですね。ここにMAiD一号が毎日通っていると聞きましたが、普通の花屋ですね」

「いらっしゃいませ」突然後ろから聞こえた声に驚き、飛び退いたニコラが振り向くと、薫子が薄い笑みを浮かべてこっちを見ていた。

「あっ、あたしは客じゃありませんよ。まごころ堂源屋で働く女が、このお店によく来ると聞いたので、ちょっと来てみただけなんです」

ニコラの話を聞いて、急に表情を曇らせた薫子が「あの女の知り合い?」と低い声で尋ねると、ニコラは少したじろぐ。

「い、いいえ、違いますよ。あたしの用事があるのは店主のほうですから……」

「うふっ、あなたも大智くんを狙ってるの?もしそうなら、あなたも呪ってあげるんだから……」

「狙ってる?狙っているといえばそうかもしれませんが……おっと、いけません。まあ、知り合いになりたいなー、なんて思っちゃって……」

「だめ。大智くんは私のもの。あなたにはあげないし、あの女から取り返すんだから」

薫子の態度を見たニコラは、大智を誘拐した後、この人に預けてしまえば、MAiD三体を連れ帰る間の時間は稼げそうですね……と、口元を少し歪ませた。

「あの……ちょっと聞きたいんですけどね、あなたは大智さんのことが好きなんですか?」

「好きとか嫌いとかじゃないの……大智くんと私は一心同体なの……私、将来お花屋さんを開くの。大智くんはそのお店の誰の目も届かないところに隠して、私が毎日かわいがるんだから」

「そ、そうなんですね……」と顔を引きつらせたニコラに、薫子は「そうなの」と答えて冷たい視線を向けた。

「では、あたしが他の女から大智さんを引き離して、あなたのところに連れてきてあげましょうか?」

「ほんと?うふっ、じゃあ私早くお花屋さん開かなきゃ」

急に声を弾ませた薫子を見てニコラは含んだ笑みを浮かべると、吊るしてあるドライフラワーに顔を向けた。

「ところで、このドライフラワーはあなたが作っているのですか?」

「そうよ。これを大智くんが通りそうなところに置いて、拾ってくれたら永遠に束縛できるの……」

「そ、そんなものですかね……」頬を引きつらせるニコラに、薫子は「そう、呪いなの……」と目を細めてドライフラワーに視線を向け、「本当は、大智くんをドライフラワーにしたいの」と言って微笑んだ。

「の、呪いですか。ま、まあいいです。では、連絡先を交換しましょう。大智さんを連れて行く前に電話しますからね」

「うふっ……私、水無瀬薫子。楽しみにしてるね」

連絡先を交換したニコラは、薫子に見送られ、フラワー花芯堂を後にする。少し早足で歩いて路地を入ったところで「まあ、少し怖いところもありましたけど、彼女なら大智さんを幸せにしてくれるでしょう」とこぼして、ため息をついた。

「彼女の与える幸せが、大智さんの幸せとは限りませんがね……あっ、しまった……MAiD一号が来る時間を聞くのを忘れてしまいました……でも、あの店に戻るのはちょっと嫌ですね」

ニコラはブツブツとつぶやきながら、次の目的地に向かった。


——某大国の諜報機関。諜報部門のトップを務める女性の部屋に扉をノックする音が響く。

「入りなさい」穏やかに優しく響いた声に一拍置いてゆっくりと扉が開いた。

室内に入ってきた男は、女性の机の前まで歩みを進め、姿勢を正すと敬礼する。

「長官、お呼びでしょうか?」

「局長、随分前にMAiDの自爆処分を指示したはずですが、未だ処理がなされていないのはどういうことですか?」

「はっ、回収の見込みがあるため、見送っておりましたが、直ちに取り掛かります」

振り返ろうとする局長に「待ちなさい」と長官が声をかけた。立ち止まった局長に「あなたが何かをする必要はありません……」と長官が言葉を続けた。それと同時に、荒々しく開かれた扉から十人の武装した男が入ってきて、一斉に局長に銃口を向けた。

「長官、これはいったいどういうことでしょう?」

「あなたのMAiD開発は、一定期間見せかけでMAiDを国のために活動させた後、三体ともがあなたの意のままに行動するよう計画されていましたね。あなたの目的は国家の転覆……この大国を我が物にすることを企んでいましたね」

「そ、そのようなことは……」言葉を詰まらせた局長を、長官は冷たく一瞥した。

抵抗することなく拘束される局長に、長官は言葉を続ける。

「あなたは、口が軽すぎたのです。開発部門にいたあなたの協力者は全員拘束済みです。その技術者が話してくれました……今回のMAiDの勝手な行動は、あなたが仕組ませた自分に従わせるための機能が誤って作動したものではないかと。あなたが回収のために派遣した三人も帰国次第拘束する手はずです」

長官室から連れ出される局長の背中に、長官は冷たく続ける。

「既に自爆処理は完了しています。もう世界中どこを探しても、あなたの目的のものはありません」

苦虫を噛み潰した顔で長官を睨みつけた局長は、それ以上何も言葉を発することなく連行されていった。

部屋の扉が閉まるのを確認した長官は受話器を取りボタンを押す。通話の相手に「自爆信号を発信しなさい」と一言指示を出し、受話器を置いた。

その一時間後、異国の海で三度の大爆発が起こったと報告を受けた長官は、全てが終わったことを悟り、一瞬ホッとした表情を浮かべると、机に積まれた書類に向き合った。


——その少し前のまごころ堂源屋では、「やー、リゼちゃんずるいー」結衣ちゃんの歓声が響いていた。

「結衣姫がちょっと遅かっただけ……次は頑張って……」とリゼが優しく結衣ちゃんの頭を撫でる。

僕とリサとリナは、そんな二人の様子を眺めているが、リサはなぜか僕の膝に座って何を言っても、「にゃーーん」としか答えない。

「リサは何をやってんだ?」リナが問いかけても、「にゃーーん」と応じるリサを見て、結衣ちゃんも「にゃーん!」と言って、けたけた笑い出した。

「結衣姫、あんなポンコツの真似しちゃダメ……」とリゼが注意すると、彼女を振り向いた結衣ちゃんは、にっと笑って、「にゃーん!」と両手を上げた。

ため息をつき、肩を落とすリゼを見て、「リゼが始めたんだぜ、諦めろよ」とリナが笑う。リサが「にゃーーん」と言って結衣ちゃんを見ると、「にゃーん」と返して、ふたりでケラケラ笑い合っている。

そのとき、リサとリナとリゼが同時に顔を見合わせ、真剣な表情を浮かべた。そして、うなずきあった三人は「どうしたんだ?」と首を傾げる僕に視線を向けると、リサが「マスター、私は少し出かけますので、夕飯を作ってもらえませんか?」と尋ねてきた。

「別にいいけど、急用か?」と問いかけた僕に、リサは優しく微笑んで「ちょっと海まで行ってきます」と言い残し、居間を後にした。いつもと違う様子のリサを見送った僕に、リナが声をかけてきた。

「親方、心配することないぜ。海まで往復するくらい、リサなら一時間もあればできるからな」

「いや、それは無理だろ」

「大丈夫、リサの一番星号も飛べる……飛べないのは主様のバッカル三号だけ……」

そうだった……飛べるんだった……なら大丈夫か。夕飯の準備をしようと立ち上がると、結衣ちゃんが「あー、リサママずるいー」とほっぺたをかわいく膨らませた。

「結衣姫も大きくなったら空を飛べる」

「そうだぞ、結衣はそれまでリゼと一緒に勉強だな」

ほのぼのとした団らんに、自然と頬をゆるませて、「さて、作るか」と台所の方を振り向いたとき、僕は自分の常識が世間一般から外れてしまっていることに気づいた。

「こんなところで飛ぶのはまずいだろ!」慌ててリサを止めに向かおうとするが、外から聞こえてきた轟音で、「まあ、写真にも撮られたんだし、今さらだな」と諦めた。

居間の三人に「今日はカレーでいい?」と尋ねると、「わー、カレーたべるー」と結衣ちゃんは喜んでくれ、リナもリゼもどことなく嬉しそうな顔をしている。


その後しばらく遊んでいた結衣ちゃんとリナとリゼの三人はお風呂に向かい、僕が台所でカレーを仕上げていると、外から轟音が聞こえてきて、窓ガラスを響かせたあとに静かになった。しばらくすると、「ただいま戻りました」とリサが台所に入ってきて、僕の後ろに立つと「マスター、寂しかったですか?」と声をかけてきた。

「いや、寂しくはないけど、海に何しに行ったんだ?」

「内緒です。それより、マスター、それは少し辛いのではありませんか?」

僕が「味見しながら作ったし、そんなことないと思うぞ」と答えると、リサはスプーンでカレーを掬い、口にした。

「これでは、結衣さんが食べるには少し辛すぎます。まったく、マスターは私がいないと何もできないのですから……後は私がしますので、テレビでも観ていてください」

もう少しで完成というところで台所を追い出された僕は、しかたなく居間に腰を下ろし、リサに言われたとおりテレビをつけてみると、ニュース速報が流れていた。

テロップには『沖合で謎の大爆発、隕石か?』と書かれていて、アナウンサーが緊迫した表情で状況を伝えている。

「隕石か……結構近いじゃないか、近くに落ちなくてよかったな」などと口走りながら、のんきにテレビを眺める。

自衛隊の会見では「未確認の飛行物体がレーダーで捉えられたが、他国からの攻撃の可能性は極めて低い」と発表され、気象庁の会見では「地震などの気象現象によるものではなく、また津波の心配はない。爆発は連続して三回観測されたが、隕石の可能性は低いと考えられる」と発表された。

「へー、本当に謎の大爆発なんだな……」とつぶやき、ふと気づいた……同じ時間に海に行ったやつがいることに……

「この爆発って、リサがやったんじゃないよな?」台所に向かって声をかけると、「秘密です」と一言だけ返ってきたのを聞いて確信した。これはリサの仕業だな……もしかすると、僕が魔女っ娘になるのを阻止する正義の組織が仕掛けてきた攻勢を、リサが未然に防いでくれたのかもしれない。

「なあ、リサ……もしかして、ついに僕の魔女っ娘計画を実力で阻止しに来たんじゃないか?」僕が問いかけると、リサはわざとらしく目を見開き少し焦った口調で「秘密ですから、マスターには教えません」と顔を背けた。

やっぱりそうだったのか……リサはそれを秘密と言ってごまかすあたり、かわいいところもあるんだな。それなら、僕も何も知らなかったことにしておこう……

この『謎の大爆発』は、その後、世界中のニュースやネットを何日も賑わせることになった。地形が少し変わって魚が死んだ被害はあったものの、人的な被害はなかったようで、僕は密かに安堵した。そして、この話題は気味が悪いくらいに急速に収束していった。

やはり、国際的な組織が関わっているだけあって、不可解なところは多いが、僕の平穏を守ってくれたリサに感謝しておこう。


——大智が感謝する一方、リサは「自爆装置の起動を感知したので、偽装のために取り外しておいた自爆装置を爆発させただけだったのですが、またマスターに余計な期待を持たせてしまいました……どうしましょう……」と不安を胸に募らせ、「こうなったら、実力行使でマスターの童貞を奪い、魔女っ娘になるのを諦めさせるしかありません」とよからぬ決意を固めた。

お読みいただきありがとうございます。楽しんでいただけたなら幸いです。

毎週土曜日投稿予定。よければブックマーク・評価のひと手間を。誤字は各話末の『誤字報告』からお願いします。

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