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親子遠足と先生チャレンジ

親子遠足の日の朝、浦島の爺さんに頼まれていた仕事をリナに任せた僕は、彼女の準備を手伝っている。

昨晩、思い出して慌てた僕に「親方、あたいに任せろよ!」とリナが言ってくれたが、少しためらった。

以前、空き家の片付けの際に家ごと片付けてしまったリナに、任せていいものか……でも、遠足には行きたい……悩む僕に、「いいから任せろ」と胸を張った彼女に任せることにしたが、やはり朝になると不安がこみ上げる。

「リナ、くれぐれも余計なことをするなよ」

「心配するなよ、親方。あたいだって仕事に慣れてきてるんだぜ。任せろよ」

「ああ、そうだな。あと余計なことを言ったりするなよ」

「あたいはリサじゃないんだぜ。余計な話なんてしないよ」

「それとな……」と言いかけた僕に、リナが「しつこいぞ、親方」と呆れた視線を向ける。たしかに言い過ぎたかもしれないと思い、「悪い……」と一言謝った僕を、リナがじっと見つめる。

「あたいのことより、親方は着替えなくていいのか?」

「もう着替えてるだろ」

「それ、仕事着だろ?いいのかそれで」

「なんかレクリエーションがあるから動きやすい服装で来るようにって書かれてたんだけどさ……動きやすい服ってこれしかないんだよ」

「にひひひ、親方に彼女ができない理由が分かった気がするぜ」

「放っておいてくれ。作業着だって分かるのはリナくらいのもんだろ。黙ってれば誰も気づかないよ」

「親方は変なところで真面目だよな」

「変なところってどんなところだよ」

「そんなことを聞くところだぜ」

僕には、リナが言う『変なところ』も『彼女ができない理由』もさっぱり分からず、首をひねる。

「店に入ろうぜ、リサも結衣も準備終わってるんじゃないか?」と言って先に店に入るリナの後に続いて、僕も店に入る。


僕がリナとくだらない話をしている間も、リサはお弁当作りに、リゼは結衣ちゃんの遠足コーディネートに精を出している。荷物を積み終えた僕たちが、いつもより慌ただしい店に入ると、居間から結衣ちゃんとリゼが出てきた。

「主様……結衣姫の遠足の準備が整った……」

リゼと手をつないだ結衣ちゃんはオフホワイトの無地Tシャツに黒のレギンスを履き、ラベンダー色のアウターを羽織っている。表情がいつもより明るく見えて、かわいい。もう一度言う、とてもかわいい。——だが、僕にはどうしても理解できないことがある。

結衣ちゃんの手を引き、穏やかな表情で彼女を見つめるリゼ。なぜか、いつもと違い明るい色合いで、丈の短いミニスカートのゴスロリを着ているし、眼帯もいつものものと違う。

「なあ……リゼ、どうして今日はそんなにかわいい服を着ているんだ?」

「かわいいと言うな……これは結衣姫を守るための戦闘服……」

戦闘服?リゼはいったい何と戦うつもりでいるんだろう?でも、今日の服はとても似合っていると思う。二人の尊い姿に僕は思わず手を合わせて拝んでしまった。

「リゼも遠足について行くつもりだろ」リナの声に、リゼは「余計なことを言うな」と目を細めた。「そうなのか?でも、リサが行くからな」戸惑う僕に、リゼは「リサでなく我を連れていけ」と言い始めた。

「ダメだよ」と言ってはみたものの、リゼの気持ちも分からないでもない。僕たちは三人で遠足に出かけるし……リナは午前中仕事に出かける。僕も小さい頃、一人で留守番させられるのが嫌で、よく遊びに行く兄さんについて行ってたからな。どうしたものかと困る僕に、結衣ちゃんの声が届く。

「リゼちゃん、きょうはリサママといくの……ごめんね……」

「むー、不覚……我としたことが、結衣姫を困らせてしまった……」

「リゼ、僕からもお願いするよ。今日も電話番をしてほしいんだ」

「むー……やむを得ない……では、我を主様の膝に座らせよ……」

仕方がない、リゼには寂しい思いをさせてしまうんだし、それくらいのわがままは聞いてやろうと、僕が椅子に腰を下ろすと、リゼは嬉しそうに飛び乗ってきた。

相変わらず向かい合って膝に座るリゼが「我の髪を撫でよ……」と甘えてきたから、言われるままに撫でてやると、子猫のように目を細めて、気持ちよさそうな表情を浮かべる。そして、微妙に腰を動かすのが妙に気持ちいい……まずい、今日はいつもより丈の短いスカートだった。ということは……リゼのパンツが直接僕に触れているのか?そんな邪な想像も加わったせいで、例によって僕の一部が制御不能になりそうだ……

「おーい、リサ!また親方がリゼといい雰囲気になってるぜ!」

リナが居間に向かって声をかけると、しばらくの沈黙の後、「なんですって!」とリサの声が家中に響き渡った。

店に出てきたリサが、「マスターから離れなさい」とリゼに迫ると、「我は影の支配者たる主様の猫ポジション、離れるわけにはいかない」と言って、リゼは僕にしがみついた。この間は闇の支配者だったし、毎回言うことが違うが、本当は『影から人類を支配する者』だったと思う。

気を紛らわせるように魔女っ娘の本懐を思い出していたら、リサが僕の膝に座るリゼを引っ張り始めた。「リサ、やめろ……」とさらに強く僕にしがみつくリゼ、さらに力を入れてリゼを引き剥がしにかかるリサ……何かいろいろ僕にこすりつけながら、リゼが変に動くせいで、僕の一部は完全に制御を失ってしまった。

しばらく僕の膝の上で繰り広げられた攻防戦の末、ようやくリサがリゼを引き剥がしたが、残念なことにコントロールを失い、ズボンを履いていてもひとめで分かるほどに暴走した僕の一部が露わになってしまった。それに気づいたリサが笑みを浮かべた。

「マスター、そろそろ時間です!さっそく出発しましょう!」

まずい……リサはこのまま僕を外に引っ張り出すつもりだ……もしかすると助けてくれるのでは?と、わずかな希望を胸にリゼに視線を向けると、彼女は結衣ちゃんの服を整えていた。

リサの意図に気づいたのか、リナも「結衣、準備はいいか?」と結衣ちゃんに声をかける。「うん!」と元気よく返事をした結衣ちゃんの頭にそっと手を乗せたリナが「よし、じゃあ遠足を楽しんでこいよ」と言うと、僕に視線を向けて悪そうな笑顔を浮かべた。

まずい……あと十分、いや五分でいい。なんとか時間を稼がないといけないと思っていたら、リサが手ぶらなのに気づいた。

「リ、リサ、荷物を持ってないじゃないか。僕が取ってくるよ」と立ち上がった僕の腕にリサがしがみついた。

「マスター、全部スカートの中にしまってありますので、心配はいりません」

「いや、まずいだろ……いちおうスカートから出しておいてくれないか?」

リサは僕から目をそらして「結衣さん、行きましょう」と結衣ちゃんに手を差し出すと、彼女は「はーい!」と明るい声で返事をして、リサと手をつないだ。

「さあ、マスター!楽しい遠足です。胸を張って堂々と歩いてください」

引きずられるように店から連れ出された僕は、朝から近所に醜態を晒す羽目になってしまった。


——保育園に着くと、数台のバスの周りに子ども連れの父兄が結構集まっていた。なんか自然とグループができているようだが、クラスごとにまとまっているのだろうか?

「もう、集まってるんだね。集合時間はまだだろ?」

「はい、あと三十分あります。私のマスターのように、年甲斐もなく遠足を楽しみにしている大人も多いようですね」

「別にいいだろ……ねえ、結衣ちゃん、遠足は楽しみだもんね」

「うん!」

「ほら見ろ、いくつになっても楽しみなんだよ……誰とも話さずに終わった遠足も何度かあったけどさ……」

嫌なことを思い出してしまった……何日も前から楽しみにしていた遠足だったのに、学校を出てから戻るまで、誰とも話をしなかった……僕はバスに乗ってどこかに行って弁当とおやつを食べて、再びバスに乗って帰ってきただけだった。

苦い思い出を振り払い、眼の前の現実に向き合う。あのバスの周りに自然生成されたようなグループに声をかけるのが嫌なんだ……困った……

「ゆいちゃーん!」聞こえてきたかわいらしい声の方を振り向くと、スミレちゃんがこっちに手を振っている。スミレちゃんの両脇を歩くのは、両親だろう。

「スミレちゃん、おはよー!」結衣ちゃんが声をかけるのとほぼ同時に、スミレちゃんは結衣ちゃんの手を取り、「おはよー!」と笑顔を浮かべる。

「おはようございます」スミレちゃんの父親に声をかけられ、僕も慌てて「おはようございます」と会釈をする。リサはスミレちゃんの母親と話をしているようだ。

スミレちゃんの父親に「篠田さん、お久しぶりですね」と神妙な顔で言われて、僕は記憶をたどるが、まったく思い当たらない。「どこかでお会いしましたでしょうか?」僕が問いかけると、スミレちゃんの母親が「あなた、覚えていらっしゃらなくて当然ですよ」と割って入ってきた。

「そうです。マスターはモウセンゴケより知能が低いのですから、無理を言わないでください」

「なんだよ。僕はモウセンゴケ以下なのか?だいたい、モウセンゴケってなんだよ」

リサのペースに流されそうになった僕を、スミレちゃんの父親の「これは失礼しました」という声が引き戻してくれた。

「真人くんと私と妻は、高校生の頃、同級生だったんです」

その言葉で理解した。兄さんの同級生ということは、たぶん葬儀の参列者の中にいたんだ。

「そうでしたか……その節はお世話になりました」

「私もお世話をしているのに、なぜ私にはその言葉がないのですか?」

「リサは口を挟まないでくれないか」

リサは急に表情を曇らせて目を細めると、スミレちゃんの母親を振り向いて話しかけた。

「聞きましたか、奥さん……遠足を楽しみにしていたくせに、作業着で参加するようなマスターの分際で、私に指図しましたよ」

「うちの主人も昨日から遠足を楽しみにしていましたよ」

「やはり男性はいくつになっても童心を持っているのでしょうか?」

「そうだと思いますね。ときどき疲れることもありますけど」

「そうなんですね……では、ご主人も遠足の日の朝はナニを元気にされ……」

「あーっ、もう!リサは黙っててくれよ」

「マスター、私はスミレさんのお母様と女性同士の大切なお話をしているのです。口を挟まないでください」

スミレちゃんの両親の引きつった笑顔に挟まれて、勝ち誇った顔で胸を張るリサにため息をついていると、「おじちゃん、まことせんせーがよんでる」と結衣ちゃんが教えてくれた。どうやら出発の時間のようだ。


——目的地のぴより野中央公園は、中央公園などとうたいながら、実際は街の外れにあって、聖はむはむ保育園からバスで三十分ほどかかる。道中の車内では、三浦先生から注意事項の説明があったけど、子どもたちは浮かれてはしゃいで聞いてないし、大人たちは世間話に夢中。それでも、三浦先生は怒ることなく、ずっとリサを睨むように見ながら説明を続けていた。


バスを下りて、背伸びをする僕の後ろから届いた「おじさま」の声に振り向くと、絵美花ちゃんと璃久くんが並んで僕に手を振っていた。

「おはよう、二人とも」挨拶をする僕に、璃久くんは「おっす!おっちゃん」と右手を上げて応じると、「ゆいはきてないのか?」と言って周りを見回した。「きてるよ。リサとトイレに行ってるよ」

「こら!璃久、そんな挨拶の仕方は失礼だろ!」

「うわ、とーちゃんにみつかった!」逃げ出した璃久くんを手を振って見送った絵美花ちゃんが、僕の太ももに抱きついてきた。いや、ここでそんなことをされると対応に困るし、璃久くんのお父さんもなんだか気まずそうな表情になったじゃないか。

「どうもすみません……息子が失礼な口のきき方で……」僕の前まで来て、ペコペコと頭を下げる璃久くんのお父さん。謝罪する仕草からも爽やかな印象を受ける、なかなかのイケメンだ。璃久くんも大人になったらこんな感じになるのだろうか……羨ましい……

「いえ、子どものことですから、気にしないでください。そういえば、今日はお父さんが参加なんですね」

「ええ、お恥ずかしながら……専業主夫でして」

専業主夫?そうか奥さんが勤めに行ってるから、お父さんだけが参加なのか。何気に専業主夫に会ったのは初めてかもしれない。

「恥ずかしいことなんてありませんよ。僕も少し憧れますね」

「そうですか……家内が私が働くのを嫌がるんですよ……では、失礼します」

再度僕に向かって頭を下げた璃久くんのお父さんは、振り返ると「璃久、待ちなさい!」と駆け出していった。——たしかに、あれだけのイケメンなら、女性によっては外に出したくないという気持ちを持つ人もいるかもしれない。「専業主夫か……ちょっと羨ましいな」思わずつぶやいた僕が背中から抱き寄せられた。

「そうですか、そうですか。マスターは私を馬車馬のごとく働かせて、家でごろごろして過ごしたいのですね」

「いや、そんなこと言ってないだろ……リサ、人目もあるし離してくれないかな?」

「マスター、幼女を脚に抱きつかせておいて、私には離れろというのですか?」

「おねえさま……おはようございます」絵美花ちゃんがリサに挨拶をすると、リサも「絵美花さん、おはようございます」と応じる。ごく普通の挨拶だが、二人ともまずは僕から離れて挨拶すべきだと思う。

「はい、きょうはおかあさまが、おじさまをみきわめてくださいますの」

ん——?僕は今日見極められるのか?一体なんのために?頭をひねっても思い当たる節がない。

「そうですか。それは楽しみですね」

リサの対応から、これは保護者として遠足デビューを果たした僕に課せられた試練なのかもしれない。

「おじさま、おひるはえみかとごいっしょしましょう」

「そうだね、でもせっかくだし、みんなで食べようよ」

「はい」と子どもらしく元気に返事をした絵美花ちゃんが、ようやく僕から離れてくれた。

「ゆいちゃん、あそびにいきましょう」絵美花ちゃんの誘いに、結衣ちゃんは「うん、いこう。スミレちゃんもいこう」とスミレちゃんを誘う。スミレちゃんが「ママ、いい?」とお母さんの顔を伺うと、「行ってらっしゃい、危ないことはしないようにね」と笑顔で送り出した。——なるほど、これが保護者のあるべき姿なのかもしれない。


——結衣ちゃんたちが遊んでいるのをリサと二人で眺めていると、ときどき寂しそうな表情を浮かべることに気づいた。

「やっぱり、寂しいのかな……僕は叔父でしかないし、結衣ちゃんだって両親ときたかっただろうな……」

「マスター、それは間違えています」リサの強い口調に「どうして?」と聞き返すと、彼女は真剣な顔で僕をじっと見てから、口を開いた。

「結衣さんのあの表情は寂しがっているのではありません」

そのリサの返事は答えになっていない。まあ、いつものことだから仕方がないが、即座に否定したところから考えるに、彼女は結衣ちゃんのあの表情の理由を知っているんだろう。

そんなことを考えていたら、結衣ちゃんが僕たちの方に駆け寄ってきた。

「リサママー」と声を上げる結衣ちゃんを抱きとめたリサが、「結衣さん、お腹が空きましたね」と笑顔を浮かべて僕に視線を送った。

「結衣さん、お弁当はたくさん準備してありますから、お友達とみんなで食べましょう」

リサに「はーい!」と答えた結衣ちゃんは、スミレちゃんと絵美花ちゃん、それに璃久くんを呼びに走っていった。

「結衣さんがあの顔をするときは、お腹が空いたときなんです。まったく、マスターは知らなかったのですか?」

「ああ、初めて知ったよ……」

「リナもリゼも気づいていますよ。マスターのぼんくらさには驚いてしまいます」

「ぼんくらなんて言われたの初めてだよ」と、ぼやいてはみたが、たしかにまったく気づいていなかった僕は、どれだけ結衣ちゃんのことを知らなかったのか思い知らされた。

「でもな、兄さんたちが生きていればって思うことがあるんだよ。もちろん今は幸せだけどさ……でも、僕は兄さんの代わりにはなれないし、リサも義姉さんの代わりにはならないだろ。それはリナもリゼも一緒さ」

「リナが言っていました。マスターが夜中に一人で泣いていることがあるって。結衣さんを不憫に思っているのですか?」

「それもあるけどさ、自分の不甲斐なさに情けなくなって……今日だってそうだ、結衣ちゃんのあの表情を知らなかったのは僕だけだろ。これでいいのかなって思うんだ」

「結衣さんを思うのであれば、お兄様の代わりになろうとするのは間違いです。結衣さんにとっては新しい家庭なのですから、代わりにならずに新しく築き上げないといけません」

「リサママー!みんなきたよー!」結衣ちゃんがみんなを連れて戻ってきたのを見て、「そうだな……少し気が楽になったよ」と僕は話を終わらせた。リサは優しい表情で僕を見つめ、小さくうなずいた。

「そうでしょう。すべては私のおかげです。マスター、私を今夜、床上手にしてくれますね?」

僕は「しないよ」と即答した。ここで自らの願望をねじ込んでくるあたり、リサは相変わらずそつない。ここで感情のままに『はい』なんて返事をしたら、僕の魔女っ娘になって人類を影から支配する計画が台無しになってしまう。


「皆さんも来ましたので昼食の準備をしましょう」

リサの声を聞き、あたりを見回すと、シートを広げて弁当を食べ始めている姿がチラホラ見られる。時計を見るともうお昼前になっていた。子どもたちもたくさん遊んでいたし、お腹が空くのは当然か。

結衣ちゃんも「リサママ、お腹空いたよ」とリサのスカートにしがみついている。かわいらしいものだと眺めていたらリサが「ちょっと待ってくださいね」と言ってスカートを少したくし上げた。——しまった、完全に忘れていたけど、今日の荷物は全部リサのスカートの中だった。慌てて、「リサ、ちょっと待て……」と制止したけど、遅かった……リサはスカートの中から取り出したシートを、機嫌よさそうに地面に広げる。

「えー!」と聞こえた驚きの声の中、リサはスカートの中から次々と料理を取り出し、きれいに並べ終えると、「結衣さん、準備ができましたよ」と笑顔で振り向く。

僕の耳にはスミレちゃんのお母さんの「今、スカートの中から出しましたよね」という声や、璃久くんのお父さんの「そのように見えましたね……でもこれだけの量があのスカートの中に……信じられない」といった、ひそひそ話が聞こえてきて、なんだか気まずい。そんな中、絵美花ちゃんだけは瞳をキラキラと輝かせてリサを見つめていた。

「おねえさま、いまのはどうやりましたの?えみかにもできますか?」

リサに歩み寄った絵美花ちゃんが問いかけると、リサはにこやかに微笑んで絵美花ちゃんの髪をそっと撫でた。

「絵美花さん、これは淑女の嗜みです。日々の鍛錬が必要なのです」

「わかりました。えみかはおおきくなったら、その『しゅくじょ』というしごとをします」

「さあ、皆さん、広いシートを用意しましたので使ってください」

リサの声にみんなはためらっている。そりゃそうだろ、だって折りたたんでいたとはいえ、十人が余裕で座れるシートがスカートから出てきたんだ。いろいろ不安に思うのも仕方がない。僕が黙ってシートに腰を下ろすと、結衣ちゃんは僕の隣に、さらにその隣にリサが腰を下ろしたのを見て、みんなも座り始めた。

「おじさま」ふいに隣から聞こえた声に顔を向けると、僕の隣には絵美花ちゃんがちょこんと座って微笑んでいた。そして、「わたしのおかあさまです」と言って絵美花ちゃんの隣に座る女性を紹介してくれた。なんというか……若くてきれいなお母さんだ。

「はじめまして……絵美花がお世話になっているようで、ありがとうございます」

「いえ、僕は絵美花ちゃんとは、保育園で少しお話する程度です。でも、結衣ちゃんがいつも仲良くしてもらっていて感謝しています」

当たり障りのない挨拶を交わしたところで、絵美花ちゃんのお母さんの表情が変わり、僕を鋭い視線で捉えた。そういえば、僕は絵美花ちゃんのお母さんに見極められるんだった……身をこわばらせる僕に、「そうでしたか。ところで……」と彼女が話を切り出してきた。いったい何を見極められるのか、僕はさとられないように深く深呼吸をして構える。

「絵美花との結納はいつにいたしましょう?」——何言ってんだこいつ

「まあ、おかあさまったら、すこしきがはやいですわ」——絵美花ちゃんも何を恥ずかしがってるんだ

「えーっと、結納ですか?あの……僕と絵美花ちゃんとですか?」

戸惑う僕の様子を見て、絵美花ちゃんのお母さんは、自らの娘に厳しい表情を浮かべた。

「絵美花、まだ、押しが足りません。もっとおじさまにすり寄って、幼女の魅力を味わわせていらっしゃい」

母親の助言とは思えない言葉に、「はい、おかあさま!」と僕に寄り添ってくる絵美花ちゃん……僕はとんでもない母娘に目をつけられてしまったのかもしれない。


なんだかんだありながらも、不思議なことに会話も昼食も和気あいあいと弾み始めたシートの上だが、僕自身はというと……スミレちゃんのお母さんと話をしているリサが余計なことを言わないか気が気でない。

絵美花ちゃんのお母さんが僕に話をしてくれるが、ほとんど会話を理解できず空返事を繰り返していたら、「あらーっ、ここは賑やかじゃないの」とやつの声が聞こえた。見ると園長先生がにこやかな笑顔で見下ろしていた。

リサと僕を一瞥した園長先生が「大ちゃん、噂のRさんといい感じじゃないのー。あたし、妬いちゃうわー」と言い放つと、周囲の親たちがざわつき始めた。ちらちらとリサに視線を向けているところを見ると、ミニコミ誌はかなりの人が読んでいるのかもしれない。

「リサさんはやっぱり恋人なんじゃありませんか?」

「そう考えるのが自然ですよね、でも園長先生の話だと……」

「まだ、そういう関係ではない可能性が高いですね」

ひそひそと話をしているが、すべて僕に聞こえてくるし、リサは何だか恥ずかしそうに僕に視線を送ってくる。

「ほら、見てご覧なさい。真琴ちゃん先生も凄い目で見てるわよー。あら、こっちに来たわ」

園長先生の言葉に親たちの視線が一気に三浦先生に向けられた。僕も三浦先生に視線を向けると、笑顔なのに目だけは恐ろしく僕を見据えながら、つかつかとこちらに歩いてくる。

「真琴先生と篠田さんの噂は聞いていましたけど、どうやら本当のようですね」

「リサさんと三角関係でしょうか?篠田さんは男性の割にかわいらしい顔をしていますからね」

「たしかに、女性ウケしそうな顔をしています……でも、園長先生もいるので、関係は複雑です」

もうひそひそ話ではなくなってしまったが、スミレちゃんのお母さんは、なぜヒゲヅラ巨漢の園長先生をカウントに入れたんだ?腑に落ちない僕の前に来た三浦先生が、僕を見つめて「おじさん。お昼からのレクリエーション、楽しみにしていてくださいね」とだけ言って、園長先生の手を引いて、他の園児のところに行ってしまった。

「絵美花、ライバルは多いみたいですよ。こうなったら、幼女の魅力でおじさまを虜にして、ロリコンにしてしまいなさい」

「はい、おかあさま。がんばりますわ」

もうこの母娘は放置しておいたほうが良さそうだ。


——昼食後、集合の合図で参加者が担任の先生の周りに集まり始めた。レクリエーションは子どもと親のペアで参加するらしいので、僕と結衣ちゃんが参加することにした。集合場所で九マスのビンゴカードと小さな紙と大きな紙が一枚ずつ配られた。その後のルールの説明を聞く限り、大きな紙に書いてあるゲームをクリアしたら、その番号のマスを空けるようだ。チャレンジするゲームも簡単なものばかりだから、親子で楽しめるように考えられているんだなと、感心してしまった。

「じゃあ、みんなで遊びましょうねー」園長先生の合図で一斉に出発するのかと思いきや、みんな先生の前に並んでしまった。なるほど、五番の『先生にチャレンジ』をクリアすれば、中央が空くのか……でも、考えようによっては今のうちに他のチャレンジをクリアしたほうがいいかもしれない。

僕は一番の『赤いもの三つを見つけよう』に目をつけた。「結衣ちゃん、赤いものを探しに行こうか」僕が声をかけると、結衣ちゃんは「うん!」と返事をして駆け出していった。

「結衣ちゃん、待って」と後を追いかける僕の先を走っていた結衣ちゃんが、トイレの前でぴたっと止まった。「おじちゃん、これー!」結衣ちゃんが指差す先には赤い自動販売機、そして脇には赤い花が咲いていた。

「凄いな結衣ちゃん、もう二つ見つけたんだ」と感心していると、「あれもー!」とトイレを指差した。そこには女性用を示す赤いピクトグラム……一箇所で三つ見つけてしまった。

ビンゴカードの一番のマスを空けながら「こういうゲームなのか?」とつぶやく僕に、「はじめまして」と女性の声が届いた。振り返ると男の子の手を引いたお母さんが立っていた。「はじめまして」僕が挨拶を返すと、「これで三番をクリアですね」とお母さんがニコッと笑うのを見て、大きな紙に目を落とすと、三番には『保護者同士ではじめましての挨拶』と書いてある。

「さあ、ゆうくん……カードを交換してもらいなさい」お母さんが男の子の背中を軽く押すと、結衣ちゃんの前に恥ずかしそうに歩み出て、「はじめまして、ゆうです」と小さな紙を差し出した。あー、あの小さな紙はここで使うんだな、と気づいた僕は、結衣ちゃんに紙を手渡した。「ゆいです」と差し出した紙をゆうくんが受け取るのを見たお母さんは、「これで六番の『カードを交換しよう』もクリアですよ」と僕に微笑んだ。

ゆうくんたちと別れて、僕と結衣ちゃんは、ぴより野公園橋を目指して歩く。この橋をけんけんで一往復すれば、四番の『けんけん一往復』をクリアできるらしい。その途中『ありがとうスタンプ』と書かれた机が置いてあった。確認すると八番に『ありがとうスタンプを押そう』とあるが、いったいどこに押せばいいのだろうか?とりあえずビンゴカードを机に置いて、「結衣ちゃん、ここにスタンプを押してみて」とお願いして、無事、八番もクリアできた。

その後、無事に四番の『けんけん一往復』をクリアした僕と結衣ちゃんは、その先の小高い丘で、七番の『階段一往復』に挑戦し、途中ですれ違った親子を応援して、二番の『応援コール』も順調にクリアできた。あとは、五番の『先生にチャレンジ』と九番の『探せ!園長先生』を残すのみになった。

「結衣ちゃん、三浦先生のところに戻ろうか」僕の声に、結衣ちゃんは「はーい!」と元気に駆け出していく。

三浦先生の前にはもう誰も並んでいない。「結衣ちゃん、先生にチャレンジやってみる?」僕が尋ねると、「うん」と答えて三浦先生の前に向かう結衣ちゃんに、三浦先生は「結衣ちゃん、おかえりなさい」と微笑む。

「おじさん、一番最後ですから、チャレンジするゲームは一つしか残っていませんよ」三浦先生は笑顔で僕に一枚の紙を差し出す。受け取って広げてみると『先生と結婚』と書いてある。——これはチャレンジするようなことなのか?そもそもゲームではないだろ……

「おじさん、どうします?チャレンジします?もちろんしますよね?」と迫ってくる三浦先生。「いや、三浦先生……これゲームですか?」とたじろぐ僕を不思議そうな表情で見上げる結衣ちゃん。

「はい、人生をかけたゲームです。私ならおじさんを幸せにできますよ」さらに迫ってくる三浦先生。焦る僕の後ろで、ひそひそと話を弾ませる保護者一同……なんなんだこの状況は……

そのとき、「待ちなさい……」とリサの声が聞こえた。見ると彼女は一枚の紙を手に「あなたが投げ捨てたこの紙はなんですか?」と首を傾げている。「リサさんの見間違いじゃないですか?」シラをきる三浦先生を見て、リサは「そうですか、そうですか」と笑う。

「さあ、おじさん。チャレンジを成功させましょう」再び僕に迫る三浦先生、さらに声音を上げる保護者のひそひそ話……どうしよう……でも、先生としか書いてないよな……

「あの……どの先生と結婚してもいいんですよね?」僕が問いかけると、三浦先生の表情がまるで般若のような形相に変わった。まずいこと言っちゃったかな、と思っていたら、遠くからドスドスとかける足音が聞こえてきた。

「よく言ったわ、大ちゃん!あたしと結婚してくれるのねー」奇声を上げながら、オネエ走りで迫ってくる園長先生……悲鳴にも聞こえる保護者の焦り声……遠足ってこんなんだったっけ?それにしても、迫力があるなと感心している僕の前で園長先生が止まった。

「はあ、はあ……大ちゃん、また真琴ちゃん先生が暴走しちゃってごめんなさいね」

園長先生は三浦先生を振り返り、「真琴ちゃん先生、だめでしょ。あたしが代わるわ」と言ってリサが持っていた紙を受け取り広げると、「先生まねっこゲームね」と微笑む。

「結衣ちゃん、園長先生のまねっこをするのよ。できるかしら?」

「できるー!」結衣ちゃんの元気な返事に、園長先生はパンと手をうち、「じゃあ、園長先生の横に並んで」と結衣ちゃんに手招きする。

「じゃあ、いくわよ」と園長先生は片足でくるっと一周回って、僕にウインクを投げつけてきた。とっさに身をひねり躱した僕の目に映ったのは、ぶるんぶるんと揺れる園長先生の巨大な腹……あんなの真似できるのか?

誰からともなく拍手が始まり、次第に大きくなっていく。いったい何に拍手をしているんだろうか?巨漢のくせに身軽な園長先生への拍手なのか、とっさにウインクから身を躱した僕への称賛の拍手なのか……まあ、どっちでもいいか。

「さあ、結衣ちゃんやってみて」園長先生に促されて、結衣ちゃんも片足でくるっと回ると僕にウインクをしたけど、両目とも閉じてしまったのがめちゃくちゃかわいくて、僕は両目ウインクをすべて受け止めた。

なぜか、園長先生のときより盛大な拍手が贈られる。いったい何の拍手なのかまったく分からないが、きっと結衣ちゃんのかわいさと頑張りに贈られたのだろう。

妙に納得していたら、なぜか「おおー」という声があちこちから上がった。スミレちゃんのお父さんが僕の後ろから「篠田さん、止めたほうがいいんじゃないですか」と耳打ちしてきて、彼の指差す先を見ると、触れ合うくらいに顔を近づけたリサと三浦先生が睨み合っている。

——あれを僕にどうしろと言うんだ?後ろを振り向くと保護者一同が期待を込めた目で僕を見ている……こうなったら仕方ない、当たって砕けてみせようじゃないか……一触即発の二人に向かって駆け出す僕に声援が飛んでくる……遠足ってこんなんだったか?

お読みいただきありがとうございます。楽しんでいただけたなら幸いです。

毎週土曜日投稿予定。よければブックマーク・評価のひと手間を。誤字は各話末の『誤字報告』からお願いします。

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