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童貞店主と先代店主

「こんにちはー」と声をかけて保育室に入ると、「あー、おじちゃーん」と聞こえてきて、結衣ちゃんが窓際から駆け寄ってくる。相変わらずかわいさ全開の結衣ちゃんだけじゃなく、近頃は璃久くんとスミレちゃん、それに絵美花ちゃんも、僕が迎えに来ると寄ってきて話をするようになった。

「おっちゃん、きょうもしごとしにきたのか!」璃久くんは僕が仕事をするのに興味があるのか、会うたびに同じことを聞いてくる。まあ、保育園で仕事をしたのは一回だけしかないんだけど。

「おじさま、えみかにあいにきてくださったのですね」絵美花ちゃんは子どもらしい口調ながら、言ってることは子どもらしくない。

「ちがうよー、おじちゃんはゆいちゃんをむかえにきたんだよ」と唯一、スミレちゃんだけが常識的な発言をしてくれる。これはこれで子どもらしさに欠けると感じるのは、大人のわがままだろうか?

「スミレちゃんの言うとおりだよ。今日は迎えに来ただけなんだ」

僕の返事に「ちぇっ、つまんないのー!」と口を尖らせる璃久くんを見て、思わず笑ってしまった僕の太ももに、絵美花ちゃんがしがみついてきた。

「えみかはおじさまとかえりますわ」と頬ずりし始めた絵美花ちゃん。この子、最近めちゃくちゃ距離が近くなっていて、正直困ってしまう。

「あー、えみかちゃん。おじちゃんは、ゆいのおじちゃんだよー」と僕の太ももにしがみついた結衣ちゃんが、絵美花ちゃんを見て頬を膨らませる。その思いもよらなかった行動に僕は驚き、涙が出るほど嬉しくなった。

結衣ちゃんと絵美花ちゃんの頭にそっと手をのせて、「二人とも、僕は帰りの準備をするから、もう少し遊んでおいで」と微笑むと、二人は「うん!」と声を揃えて笑う。そのまま手をつないで窓際に向かう二人を見ると、仲がいいのが分かる。

洗濯物を片付けていたら、服の裾がふいに引かれた。振り向くと、璃久くんが小首を傾げていた。

「おっちゃんもえんそくいくのかー?」

「行くよ。璃久くんも行くの?」

「うん、おとうさんといくんだ!べんとうはおかあさんがつくるけどな」

「そうか、楽しみだね。僕の家はリサがお弁当を作るんだよ」

璃久くんのお父さんか……僕より歳上なんだろうな。なんて思っていたら、スミレちゃんも「わたしは、おとうさんもおかあさんもきてくれるんだ」と教えてくれた。きっとこの子は両親に大切にされているんだろうな。

兄さん夫婦があんなことにならなければ、結衣ちゃんも二人と遠足に行ったんだろうな……何となく申し訳ない気持ちになってしまった僕の背中に飛び乗ってきた結衣ちゃんが「ゆいはおじちゃんとリサママといくんだー」と声を弾ませた。その声を聞いて、少し沈みかけていた心が救われた。

背中の結衣ちゃんに「遠足、楽しみだね」と声をかけると「うん!」と僕にしがみつく手に、ちょっとだけ力がこもる。

片付けながら何となくしんみりしていると、「おじさま、えみかはママといっしょにいきますの」と絵美花ちゃんが横から僕の顔を覗き込んできた。四人の子どもたちに囲まれて、僕は思った……片付けられねーよ……


「みんな、おじさんの邪魔になりますよ。もう少し遊んできてください」

三浦先生の声に、子どもたちは「はーい!」と答えて、窓際に走っていく。僕を見て微笑んでいる彼女に「ありがとうございます。助かりました」と伝えると、彼女は僕の隣に腰を下ろした。

「いいえ、そんなことより、おじさん……やっと二人きりになれましたね……」

——なんか、間違ってないか?少なくとも保育園で園児を追い払った先生が口にする言葉ではないだろ。

「そ、そうですね……あ、あの何かありました?」

「おじさん、その……この間はごめんなさい……」

この間?あー、スタンガンで悶絶させられたことか。まあ、僕はもう気にしてないんだけど、申し訳なさそうな三浦先生の表情には、本気で悪いと思っているのが見て取れた。

「お詫びと言ったら厚かましいですけど、今度ご飯をごちそうさせてくれませんか?」

「えっ、そんな気を使ってもらわなくてもいいですよ」

「いいえ、それでは私の気が済まないんです」

瞳を潤ませて見つめられると、どう断ればいいのだろうかと焦る。——圧倒的な経験不足の自分が情けなくなってきた。

「ダメですか……」もう目尻に涙を浮かべてしまっている女性を目の前にして、断れるわけない。「分かりました……ごちそうになります……」僕は仕方なく答えただけだったが、三浦先生が心から嬉しそうな表情を浮かべたのを見て、僕の答えは間違えていなかったと、ひとまず息をついた。

「じゃあ、近いうちに連絡しますね」と笑顔で言い残して、園児たちのところに戻る三浦先生の「さっそく料理教室に通わないとー」という嬉しそうなひとりごとがいろんな意味で引っかかる。——まあいい、聞かなかったことにしておこう。

「おい、おっちゃん。まことせんせーとなにしゃべってたんだ?」

「ゆいちゃんのおじちゃんは、まことせんせーがすきなんだよー」

「スミレちゃん、おじさまがすきなのは、えみかですの」

再び璃久くんたち三人が寄ってきた。——もう帰れる気がしない……


——その頃、リサは花芯堂で購入した一把の花を胸に抱え、まごころ堂源屋への帰路を急いでいた。

「マスターのご両親に供える花を買い忘れるとは……これではマスターの伴侶も、床上手への道も遠のいてしまいます……」

ぶつぶつと唱えながら、歩くリサの前に「ちょいと待ちな!」と真っ赤なエナメルハイレグスーツの女性が突然立ちふさがった。

「あなたは……エイダさんでしたか。どうしたのですか?そのような破廉恥な格好で街を闊歩するとは……も、もしかして、露出狂でしたか」

「なに言ってんだい!あんたに用があるんだよ」と言って、エイダはシュババインダーMk−Ⅱを取り出し、リサに見せつける。口元に不穏な笑みを浮かべ、「ちょっとついてきてもらうよ」と足を踏み出したエイダを、リサは目を細めて凝視する。

「あなた……年増のくせにお肌がきれいですね。いったいどのようなケアをしているのですか?——さては……あの小豆沢さんから、若いエキスを吸い取っているのですね」

表情を厳しくして「年増は余計だよ!」とエイダが声量を上げると、向かい合うリサも同じく表情を固くする。

「さあ、吐きなさい。洗いざらい吐きなさい。どのようなプレイをすれば、そのようにお肌がツヤツヤになるのですか?」

「なんで、あんたにそんなことを言わなきゃいけないんだよ」

「そのように破廉恥な格好で街を歩けるのです……やはり縛ったり叩いたりしてるのですか?」

「いや、まあ……一度だけ」そう言って急に乙女の表情になったエイダを、リサは「どちらが縛って、どちらが叩いたのですか?」と問い詰める。

「伸餅が縛りたいって言うからさ……そしたら、尻を叩かれて……」

「そうでしたか……あなたの年齢ならまだ子どもができるのではありませんか?」

「そ、そりゃそうだよ……まあ、私はそれでもいいと思ってるけどさ……伸餅はどうなんだろうって、毎日不安なんだよ……」

耳まで真っ赤に染め、顔を伏せて目をそらすエイダに、リサは優しく微笑んだ。

「そうですか、そうですか。あなたたちの性癖など私はどうでもいいです」

「じゃあ、聞くんじゃないよ!」声を張り上げ、シュババインダーMk−Ⅱをしっかりと握り直したエイダが、リサに襲いかかろうとしたその時、リサの後ろから駆け込んできた男がエイダを抱きとめた。

「やめるんだ!エイダ!」小豆沢に抱きしめられたエイダは、彼の顔を見て目を開いた。

「どうして……伸餅がここにいるんだい……」

「エイダがどこにいても分かるさ……エイダ、姐さんにこんなことはしないでほしい」

「伸餅……ダメだ!私もやらなきゃいけないんだ。離してくれよ、伸餅!」

「エイダ、今日は帰ろう……僕たちの家に……」

エイダの手からシュババインダーMk−Ⅱが滑り落ち、道路に叩きつけられて砕け散った。エイダは伸餅に抱きつき、目に涙を浮かべている。

「伸餅……私……私……」

「大丈夫だ、エイダ……自分はどんなエイダだって愛せる……でも今日のエイダは……」

「もう言わないでくれよ……伸餅……」

二人のやり取りを見ていたリサは、「私はいったい何を見せられているのでしょう?」と首を傾げる。

「まあ、いいです。なんかいいものを見せていただいたので、小豆沢さんにはリサたんポイントを一つ差し上げます」

そんなリサの声を無視して、小豆沢とエイダは抱き合ったまま囁き合い続ける。

「伸餅……今日は私が縛ってもいいかい?」

「ああ……だけど、エイダは縛るだけで満足するのかい?」

「言わせないでくれよ……ちょっとだけ、尻を叩いてもいいかい?あっ……優しく叩くからさ……」

「もちろん。大丈夫さ……厳しくてもそれがエイダの愛だと思って、すべて受け入れるさ……」

二人を放置して店へと急いでいたリサは、ふと立ち止まり振り返った。二人はいつの間にか散歩中の老夫婦や、犬を連れた女性に遠巻きに囲まれている。

「あの人たちは道の真ん中で、卑猥な会話をして恥ずかしくないのでしょうか?まあいいでしょう。早く帰ってお花をお供えしないといけません」

再びまごころ堂源屋へ歩き始めたリサの後を、周囲に気配を溶け込ませた一つの影がつけていく。


——保育園からの帰り、僕は紅巴里に寄ることにした。絵美花ちゃんにやきもちを焼いた結衣ちゃんがすごく可愛かったのと、遠足のおやつはどんなものがあるか見ておきたかった。九割は前者の理由だけど。

バッカル三号から降りると同時に結衣ちゃんは「ぱりママー!」と店に入っていく。僕も後を追って店に入ると、巴里ママが不思議そうな顔で僕を見てきた。

「あんた、なににやけた顔してるんだい。気持ち悪い……」

この婆さん……人の顔見て開口一番に何を言ってんだよ……

「気持ち悪いとか言うなよ。もうすぐ結衣ちゃんの遠足があるから楽しみなんだよ。おやつもどんなもんがあるのか見ておきたかったし」

「そうかい……」と巴里ママはこぼすように言い、僕を見ると、「あんた、小学生の頃に貸した金返しな……」と薄笑いを浮かべる。

「はあ?なに言ってんだ?巴里ママに金を借りた記憶はないぞ」

「あんたが遠足のおやつを買いに来たとき、十円足りなくて泣いただろ」

「そうだったかな?もう覚えてないよ」

「いや、泣いたんだ。三百円までだって言われてんのに、十円のおやつ一つが諦められなくて泣いたよ。仕方がないから、あたしがあんたに貸したんだ」

——たしかにそんなこともあったような気がする。巴里ママのやつ、結構覚えてるんだな。

「わかったよ、十円返したらいいんだな」とポケットから小銭入れを取り出した僕に巴里ママは「何言ってんだい?」と笑みを浮かべた。

「利息とおやつを十円分多めに持って行った口止め料合わせて一万だよ。あんたも大人なんだし、それくらいわかるだろ」

僕は小銭入れを手に固まってしまった……何をどう計算して、どの口が九千九百九十円の利息を払えと言ったんだ?まあいい……悪いのは僕のほうだし、香典の前払いだと思って払ってやろう。そう思って小さく息を吐き、僕が財布を取り出したのを見て、巴里ママは「冗談だよ」と言い放ち、高笑いする。

このやろう……という言葉が喉元までこみ上げていた僕に、結衣ちゃんが「おじちゃん、これー!」とキャラメルを差し出し笑顔で見つめてきた。——助かったよ、結衣ちゃん。

「じゃあ、結衣ちゃん。巴里ママに渡して」僕が笑顔で応じると「うん!」と結衣ちゃんは巴里ママにキャラメルを差し出した。「はい、ありがとうね。結衣ちゃん」キャラメルを受け取った巴里ママは、すぐ結衣ちゃんに手渡す。結衣ちゃんは「ありがとー、ぱりママー!」と言うと、キャラメルを大事そうに胸に抱いた。

お金を支払う僕を見た巴里ママが「そういや……」と何かを思い出したような表情を浮かべた。

「源さんに似た男を見かけたけど、帰ってきてるのかい?」

「いや、出ていったきり、五年以上一度も帰ってきてないぞ」

「そうかい……だったら、あたしの見間違いかね……」

「おい、巴里ママ。何時ごろ見かけた?」

「おいってなんだい、このクソガキ。……そうだね。昼過ぎにこの前を通ったよ」

嫌な予感がしてきた……もし、本当に源さんが戻ってきていたなら……厄介なことになる。

「ありがとう、巴里ママ。結衣ちゃん帰ろう」

紅巴里を後にした僕は、結衣ちゃんをバッカル三号に乗せて、自分の店『まごころ堂源屋』への道を急いだ。


——店の前まで来ると、「いやー、やめろー、離さんかー」と悲鳴に近い雄たけびが聞こえてきた。どうやら僕の嫌な予感は的中したようだ。もう諦めよう……悟った僕はいつもどおりバッカル三号を停めて、結衣ちゃんをいつもどおり降ろした。

「結衣ちゃん、今日はお店が大変なことになってると思うから、僕と手をつないで入ろうね」と僕が手を差し出すと、結衣ちゃんはキャラメルを左手に持ち直して、「うん」とうなずいて僕の手をぎゅっと握る。

チリンチリンと心地よい音を響かせて、開いた扉の向こうでは、ロープで縛られて床に転がされた爺さんを三人が取り囲んでいた。リサはマシンガンを構え、リナは指をポキポキと鳴らし、リゼは謎の小瓶を手にして、鬼の形相で爺さんを睨みつけている。——とても結衣ちゃんに見せていい光景ではない。

「結衣ちゃん、先に居間に上がって、おやつを食べて待っててくれる?」

「はーい!」と居間に上がる結衣ちゃんを見送って、僕は床に転がってる爺さんと三人に向き直った。

「それで、何をやってるんだ?」

三人は声をかけた僕を一瞥して、再び爺さんを睨みつけた。

「この爺は私の後をつけてきて、店に入るなり私の胸を触ったのです。蜂の巣にして差し上げます」

そうか、この爺さんならリサの胸を触って逃げるくらいのことはするだろう。想像できてしまうのが情けない。

「リサの言うことは理解できた……怒るのは当然だろう。それでリナはどうしたんだ?」

「この爺、リサから逃げるどさくさに紛れて、あたいの尻を撫でたんだぜ。首をへし折ってやる」

リナの尻をどさくさに紛れて触る……この爺さんならやりかねないな。以前から仕事以外ではろくなことをしなかった。

「そうか……それならリナが怒るのも仕方がないな……それでリゼは何をされたんだ?」

「リサとリナにセクハラをしておきながら、我には目もくれなかった……処す……」

リゼは何もされていないのか?なるほど、そういうことか。リゼはこの爺さんの好みではなさそうだしな……

「そうか、じゃあ僕はリゼから解決したほうがよさそうだな」

そう呟いた僕が打ち合わせテーブルの椅子に腰を下ろして、「リゼ、おいで」と声をかけると、リゼは爺さんに一発ケリを見舞って、僕の膝に飛び乗り抱きついてきた。

「やはり主様は、我のことを理解している……それでこそ影の支配者に相応しきふるまい……」

「リゼはちょっと悔しかったんだよな。でも、そんなことで爺さんを殺しちゃダメだぞ」

「主様が我の望みを一つ聞いてくれたら、あの爺は見逃す……」

「そうか、じゃあ一つだけ聞こう……」と言いかけた僕にリゼが口づけしてきた。一瞬だったけど今度は分かった……リゼはうっとりとした表情で「今日はちょっと舌が触れた……」と舌なめずりをする。

「リナ、見ましたか?リゼの代わりにこの爺を始末しましょう」リサの声に、リナも「ああ、この爺の全身の骨を砕いてやるぜ」と同意するのを見て、床に転がったままの爺さんが、僕に向かって「おい!大智!ワシを助けんか!」と言い放った。

「やっとしゃべったな、源さん。それが人に頼む言い方か?巴里ママに見かけたって聞いたから、急いで帰ってきたら予想どおりのざまだったよ」

「あー!ワシが悪かった。助けてくれ、頼む。このとおりじゃ」

「リサ、リナ。とりあえず今日のところはその爺さんを許してやってくれないか」


僕の頼みを聞いてくれたリサは、マシンガンをスカートの中にしまって、「マスターの知り合いですか?」と目を細め、リナはムッとした表情のまま「親方の知り合いなら、考えてやってもいいぜ」と僕を見た。

「その爺さんは『早乙女源五郎左衛門』っていって、この店の先代店主だよ。僕の師匠だな」

「それは信じられません。こんなエロ爺が師匠なら、マスターが童貞のはずがありません」

「大智……お前、まだチェリーボーイなのか?あれだけワシが大人のお店に連れて行くって言ったのを拒否して、結局チェリーのままか!こりゃ面白い」

なんかムカついたから「リサ、リナ……殺すのはダメだけど、痛めつけるくらいならいいぞ……」と伝え、リゼの頭をそっと撫でる。リサとリナは再び源さんを視界に捉え、リゼは「闇の支配者の猫ポジション……悪くない……」と喜ぶ。

「わー、大智すまんかった……ワシはお前が童貞で良かったと心の底から思っとる。お前なら……そうじゃ!献血センターのお姉さんたちなら大歓迎してくれる!それ、献血に行ってこい、献血じゃ」

なんか、余計に腹が立つが、これ以上言っても無駄だと思うと、腹の底から「はあー」とため息が漏れる。

「もういいよ。それで、源さんは僕にこの店を押し付けて、五年も何してたんだ?」

「いや、別荘が快適でなー、気がついたら五年経っとった。いやー参った参った」

相変わらずの源さんを前にして、萎える心とは反対に、やたらと体を擦り寄せてくるリゼのせいで、僕の体のごく一部に、力がみなぎってやばくなってきた。

「どうせそんなことだろうと思ったよ……リゼ、源さんの縄を解いてくれないか?」

「任せよ、主様……」僕の膝から降りたリゼが、リサを見ると「リサ、主様の固くなった何かが我の尻を激しく刺激していた……」と言い、ニヤリと口元を歪ませた。

「ちょっ、リゼ!」僕はとっさにリゼの口を塞いだが手遅れだった。リゼの余計な一言を聞いたリサの目が僕を捉えると「なんですって!」と不穏な笑みを浮かべた。

「それは大変です!リナ、リゼのせいでマスターの体がどうなったのか、服を脱がして確認しましょう」

「にひひひ、前は逃げられたからな。今日こそ見てやるぜ!そうだ、沙奈恵を呼んで写真に撮ってもらおうぜ!」

「それはいい考えです。私のお守りとしてずっと首から掛けておきましょう。マスターのご本尊とふれまわり、出会った人全員に拝ませれば、賽銭を巻き上げられます」

「それはいいな!あの爺がしたセクハラの責任を、弟子のくせに何かを固くしてる親方に取ってもらおうぜ!」

にじり寄ってくるリサとリナの笑みを見て、僕の背中を冷たい汗が伝う。冗談じゃないぞ……そんなことされたら、僕はもうこの国どころか、この世界で生きていけなくなる……魔女っ娘になるのを待つ日々が、異世界召喚を待つ日々に変わってしまう……

僕が二人から逃げ出すタイミングを見計らっていると、空気を読まない源さんが「そんなもんより、ワシのはもっと凄いぞ!」と陽気な声で口を挟んだ。リサが源さんを振り返った次の瞬間、パンッと乾いた破裂音が店内に響く。

しばらくしてから聞こえた「ひいいー」という悲鳴に顔を向けると、生まれたての子鹿のように震える源さんと、その源さんの縄を冷静な表情で解くリゼの姿が目に入った。傍らでは銃口から煙を立ち上らせる拳銃を手にリサが源さんを見下ろしていた。

「次、余計なことを言ったら、当てます」リサの冷静な声に続いて、「あー、リサママーずるいー。それちょうだい!」と居間の方から可愛い声が届いた。見ると、結衣ちゃんがキラキラした瞳で、リサの拳銃を見つめている。

「あーあ、せっかく結衣が銃のことを忘れてたのに、また思い出したじゃないか!」と完全に的外れな理由でリサを怒るリナ。

「わっ、汚い……主様、爺が漏らした……処していいか?」と恐怖のあまり失禁した源さんの口に、謎の小瓶を押し付けるリゼ。

——何なんだ、これは。


「いやー、参ったわい……みな、かわいい顔をしとおるのに、あんな気の強いお嬢さんたちとは思わんかった……」

源さんの妙に明るいひとりごとが風呂場で反響する。——そして僕はなぜか源さんと風呂に入っている……

リサは「こんな汚い爺が家にいるのは不愉快です」と冷たく言い放ち、リナは「親方の師匠なんだぜ、親方が面倒みろよ」と突き放し、リゼは「主様が我と風呂に入るのは……まだ早い」とよく分からない理由で恥ずかしがった。おかげで僕が腰を抜かした源さんを風呂場まで運ぶことになった。

運んだはいいが、今度は源さんが「おい、大智。久しぶりに一緒に入ろうな。背中流してくれんか」などと言い出したせいで、僕は六年ぶりくらいに源さんと風呂に入っている。

「なあ、大智よ。ワシが大人のお風呂屋さんに連れて行ってやろうか?その歳で女も知らんのは恥ずかしいだろ」

「いや、全然恥ずかしくないから遠慮しておくよ」

「なんで、そんなに嫌がるんかの?だいたい、あんなかわいいお嬢さんたちと一つ屋根の下で暮らしとって、なーんにもせんのはおかしいじゃろ。せっかく立派なもん持っとるのに、もったいない」

「もったいないかどうかは知らないけどさ、あの三人は突然現れて、強引に住み着いただけだしな……でも、みんなが結衣ちゃんの面倒を見てくれるおかげで、僕は今までどおり仕事を続けられてるし助かってはいるな」

源さんは僕の顔を見たまま、少し悲しそうな表情を浮かべると、「そうか……」と小さな声で呟いた。

「大智の両親と兄夫婦の話は聞いたぞ……気の毒じゃったな。ワシもな、大智が心配で、すぐにでも飛んでこようかと思ったんだがの……ワシ、不器用じゃろ?何をしたらいいかも分からんうちに今になった。すまんな」

「源さんが気にすることじゃないだろ。その気持ちだけでもありがたいよ」

「この間な、忠太郎のやつがミニコミ誌を送ってくれたんじゃ。それを見て、久しぶりに大智に会いたくなっての」

「よく言うよ。会いたかったのはリサだろ?パンツの源さんって名前で金振り込んできたのも、源さんだろ?」

「バレとったか……まあ、それもあるけどな、大智との約束を果たしに来たんじゃ」

源さんの口から出た思わぬ言葉に少し戸惑い、僕が「約束?」と聞き返すと、源さんは「なんじゃい、忘れとったんか」と呆れた目で僕を見る。

「なにか約束してたか?」僕が再び問いかけると、源さんは盛大なため息を漏らした。

「五年間この店を切り盛りしたら、店も土地も全部お前に譲ると言ったじゃろ」

「あー、そんな話してたな。だけど僕は同意してないぞ。それなのに源さんは店を僕に押し付けて、勝手にどっか行ったじゃないか」

「まあ、そう怒るな。たとえそうだとしてもな。この店を続けておるのは紛れもない事実だからの。譲り受けてくれんか?」

「正直、実家も手放したし、僕が住めるところはここしかないから、ありがたい話なんだけどさ……本当にいいのか?」

「なーに、構わん。短い時間とはいえ、ワシと家族同然で暮らしたんじゃ。大智が引き継ぐのが当然だと思うがな」

悪いとは思うが、今の僕にとって源さんの申し出はありがたい。「助かるよ、源さん……」と口にしてはみたが、これはとんでもなく重いものを押し付けられたのかもしれない。

「だが、ただではやらんぞ。二千万くらいは払ってもらう」その源さんの言葉を聞いて、ただで譲られるよりも肩にのしかかるものが、少し軽くなるような気がして僕は安堵した。

「金とるのかよ……まあ、これだけの家と土地でその額なら安いとは思うけど、分割でもいいか?」

「構わん、ワシが生きとるうちに払ってくれたらいい」

「わかった。感謝するよ源さん」と言った僕を源さんは嬉しそうな表情で見ると、「わっはっはー」と大きな声で笑った。

「手続きはワシがしておく。理由を作ってたまには遊びに来たいからの。よし、しみったれた話はここまでじゃ、風呂を出てビールでも飲もう」


——翌朝、リサと一緒に朝食の準備をしていたら、「まるで夫婦じゃな」と源さんの声が聞こえてきた。

「夫婦だなんて……もう、よくできたおじいさんです。マスター、まだ朝ですが夫婦の営みを……」

源さんのせいでスイッチが入ってしまったリサに僕は「しないよ……」と即座に否定したが、面倒くさくなりそうだ。

「わっはっはー、大智、そう照れるな……」と源さんは含みのある視線を僕に向けて高笑いする。照れてんじゃないよ。あんたは飯食ったら帰るだけだろうけど、こうなったリサは一日中面倒なんだよ。

「リサさんだったな」源さんはリサに向き合うと、深々と頭を下げ、「毎日、いたずら電話みたいなことをしてすまんかった」と謝罪を述べた。

「毎日?」首を傾げるリサに、僕が「パンツの源さんだよ」と教えたら、「あー、あれは源五郎左衛門さんの仕業でしたか」と何度もうなずいた。

「いや、昨日の件といいすまんかった」と再び謝罪の言葉を口にした源さんを見て、リサが「マスターはどうするべきだと思いますか?」と僕に尋ねてきた。

「許してやってくれないか?まあ、リサを触られたのは少し腹が立つけどな」

「マスターついに私を愛してると言ってくれましたね。さあ、まだ朝ですが、私を床上手にしてください」

いったいさっきの何をどう聞いて、リサには「愛してる」って聞こえたんだ?

このままリサのペースに乗ったら収拾がつかなくなるのが目に見えているから、「もう、みんな起きてくるから、ご飯をつくろう」と彼女に声をかけ、台所に向かおうとする僕に、源さんが一枚の紙を手渡してきた。

「大智よ、振込先ここに書いてあるからの、頼んだぞ」

「ああ、わかったよ」紙を受け取り、ポケットにしまった僕を見たリサが、「何を振り込むのですか?」と首を傾げる。「この店を譲ってもらうんだよ」と答えると、リサは急に表情を曇らせた。

「待ってください、私にセクハラしておきながら、まったく値引きしないつもりですか?欲どおしい爺です」

「いや、リサ……」止めようとした僕を、リサは鋭い視線で睨みつけ、「マスターは黙ってティッシュの相手をしていてください」と声を張り上げた。

——ティッシュの相手ってなんだよ……唖然とする僕を尻目に、リサは源さんに近づいた。

「ところで源五郎左衛門さん……あなたは何年便利屋をしていたのですか?」

ニコッと微笑んだ源さんが「四十年じゃな。どうじゃ、ベテランじゃろう」と胸を張ると、即座にリサが「その割には、ここにあるガラクタの量が少ないです」と眉間にシワを寄せた。

鬼気迫るオーラをまとい「さあ、洗いざらい出しなさい。まだどこかに保管しているでしょう」と凄みはじめたリサに、源さんは「い、いや……そのな……」と、僕の後ろに隠れた。

「出しなさい、さもないとリナとリゼを起こしてきて、昨日の続きを始めますよ」

「なんと……年寄りは労るもんじゃろ?ひどい娘さんじゃ」

「労る?あなたのようなエロ爺のどこが年寄りなのですか!」

「いやな……ワシも老後の楽しみに取っておるのよ」

「もうすぐ寿命が尽きるのです。そんなもの死んだら持っていけません」

リサ……さっき年寄りじゃないとか言ってただろう……と呆れる僕を挟んで、リサは「さあ、全部出しなさい」と源さんに迫る。

「あー、分かったわい!」と声を上げた源さんが、僕の肩越しに鍵をリサに差し出した。

「これ、倉庫の鍵じゃ。場所は後で紙に書いておくから」鍵を受け取ったリサは、「ありがとうございます。素直で素敵なおじいさんですね」と言ってニコッと微笑んだ。


源さんが口元を手で隠すようにして、「大智、お前……これでよくやってるな……」と僕の耳元で囁いた。「もう慣れたよ……」と僕が少し肩を落とすと、「ワシの別荘の住所を教えておくから、つらくなったら来いよ」と言ってくれた。

たしかに息抜きにはいいかもしれない。源さんも仕事が落ち着くと別荘に通っていたし……ときにはそういう時間も大切なのかもしれない。ふう、とため息をつくと、源さんは少し声を落として話を続けた。

「あのな……ビーチが近くてな……夏になったら際どい水着を着たギャルがうろうろしとるんじゃ」

なっ、なんだと……そんな楽園のような場所に源さんは住んでいるのか?——ち、違う。時には息抜きが必要なのは人間である以上仕方がない。そうだ、できる男は息抜きもできるもんなんだ……ぐ、偶然、落ち着いたのが夏になっただけだとすればいい。

「ああ、そうさせてもらうよ……夏に行かせてもらう」と言った僕は無意識に口元が緩んでしまった。

「親方、ギルティだぞ」「うむ、我は主様を見損なった……」後ろから聞こえたリナとリゼの冷めた声に背筋が凍る。正面ではリサは眉間にシワを寄せて視線を僕に向けている。

「見目麗しい女性が三人いるのに、どこぞの女の水着のほうがいいですか……そうですか、そうですか」

リサの声のトーンが明らかに変わった……まじでやばいかもしれない……

「源さん……行くぞ……」僕が囁くと、源さんは「よし、大智……ワシはいつでも大丈夫じゃ……」とうなずいた。リサが何かを言おうと口を開きかけた瞬間、二人同時に、全力で店の外を目指して駆け出した。

「急げ、源さん!」

「ワシは逃げ足には自信があるんじゃ!」

居間から店に下りて、急いで靴を履き、店の外に駆け出そうとしたところで、源さんの「ほいっ」という掛け声が聞こえ、僕は足がもつれて転んでしまった。

「大智ー!すまんのー、また来るから、それまでになんとかしといてくれよー!」

勢いよく店の扉を開けた源さんが走り去っていく……あいつ、足をかけやがったな……いや、今はそれどころではない。もし捕まったら、逃げ出したことも問い詰められるのが目に見えている。

立ち上がろうとした僕に「マスター……」「親方……」「主様……」と三人の声が同時に届いた……振り向くと、リサとリナとリゼが鬼神の如き形相で僕を見下ろしていた。ああ、昨日からついていない……

「マスター、今日はお休みでしたね?」

「いや……仕事があった気が……」

「仕事なら、あたいが行ってやるよ」

「そうだ!結衣ちゃんを保育園に……」

「結衣さんなら私が送っていきます……リゼ」

リサの呼びかけに「うむ、任せよ」と応じたリゼが、胸元から謎の小瓶を取り出した……まさか、僕はここで葬り去られてしまうのか……

「主様……万能回復薬『シビレル君』だから心配はいらない……原液だから効果抜群……」

口に流し込まれたシビレル君を吐き出そうとした瞬間……僕のみぞおちにリゼの拳が叩き込まれ、その拍子に飲み込んでしまった……

薄れゆく意識の中で目に映る、優しさのかけらもない表情で僕を見下ろす三人……もう、今日を無事に乗り切れる未来が見えない。

お読みいただきありがとうございます。楽しんでいただけたなら幸いです。

毎週土曜日投稿予定。よければブックマーク・評価のひと手間を。誤字は各話末の『誤字報告』からお願いします。

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