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盛った猫と推し活騒動

本日も開店休業状態のまごころ堂源屋……大智は一人で仕事に出かけ、リサはカウンターの電話の前に陣取り、倉庫で見つけたガラクタを改造中、リナは打ち合わせテーブルで読書、その向かいではリゼが結衣のためにおもちゃを作っている。店内にはそれぞれの小さな音だけが聞こえていた。

ぱたんと本を閉じたリナは、「ふうー」と小さくため息をついて顔を上げた。向かいに座り、小さく切った紙に黙々と絵を描いているリゼを見ると、「リゼは何やってんだ?」と首を傾げる。

「結衣姫の将来を握る、闇のカルタシスの制作中……」

リナが「それ、かるただろ?」と言った瞬間、リゼの手が止まり、顔を上げてリナを睨みつけた。

「違う……闇のカルタシス……ふざけたことを言うと我が闇の深淵に送り込む……」

「にひひひ、リゼは難しいことばかり言うな」と笑うリナに、リゼが「リナは何を読んでいる?」と問いかけると、「これだぞ」と言って、一冊の本を掲げて見せた。

リゼはその本のタイトル『路地裏カフェのその裏で、いけない猫が恋をする』を見て、「盛った猫の話か?」と目を細めた。

「猫の話だけど盛ってはいないぞ……猫の恋愛だ」

「くだらない……」

「そんなことないぞ。親方と真琴を見ているみたいだな……ちょっと意識しつつも、真琴の愛を素直に受け止めない親方。献身的に尽くしていた真琴が寂しさに耐えられず、ふといなくなった時、親方は真琴の愛に初めて気づくんだ。そして、心を決めた真琴が、あきらめと別れの言葉を切り出そうと、再び親方の前に現れた時、親方は真琴を抱きしめて涙を流すんだぞ」

「あのエロ眼鏡にそれは似合わない……犯罪臭すら漂う……」

「そうです!似合いません!」

突然聞こえた声に、リナが振り向くと、リサがカウンターからムッとした表情で睨みつけていた。

「マスターは盛りのついた猫……いえ、それ以上にギラつく瞳で獲物を捕えると、ハアハアと口で息をし、よだれを撒き散らしながら飛びかかるのです。無理やり押し倒し、乱暴に服を破くと、夢中になって豊満な胸に顔をうずめる……そんな素敵な男性です!滾ります!」

拳を握りしめ、耳まで真っ赤に染めたリサを見て、「それのどこが素敵なんだ?」とリナは首を傾げ、リゼは「滾るところが皆無……エロ眼鏡にそんな度胸はない……」とため息をついた。

「それにリナ、マスターには私がいるんですよ。こんなに豊満な胸を持つ私が。真琴さんのような中途半端で微妙な感じは、マスターの好みではありません」

「いや、親方はあんまり興味なさそうだぞ。あたいの胸チラを見せたときも顔をそらしたしな」

「リサ、リナ……次に胸の話をしたら……殺す……」

「ともかく、マスターには私がいるのですから、勝手な妄想で興奮するのはやめてください」

「いや、興奮はしてないぞ。それに、リサは子どもができないだろ?あたいは親方には普通に家庭を持ってほしいぞ。それなら真琴が一番だ」

「我もそう思う……相手は誰でもよいが、そうなれば結衣姫は我だけのもの……」

「なっ……」とたじろぐリサを、リナとリゼが呆れた表情で見つめる。

「そ、そんな……リゼ、なんとか私にも子どもができる方法はありませんか?」

懇願するリサに、リゼはため息をつき、「無理……」とさらりと吐き捨てて、闇のカルタシスの制作を再開し、リナは黙って『路地裏カフェのその裏で、いけない猫が恋をする』を開いた。


しばらく落ち込んだように、ぶつぶつと何かを唱えていたリサが、ふいに顔を上げ、「そうです!」と言って立ち上がった。

「急に大きな声を出すな。びっくりするだろ」と振り返ったリナに、リサは微笑んだ。

「真琴さんではなく、美緒さんがマスターと結婚すればいいのです。あの女のほうが少し抜け……い、いえ、しっかり者ですから。そして私はお手伝いさん。料理、洗濯、育児を押し付けられて疲弊の日々……そんな哀れなお手伝いさんを、妻の目を盗んでは襲うマスター……それも妻よりも激しくです……滾ります!」

両手を握りしめて目を閉じ、天を仰ぐリサを見て、リナは「結局、リサの願望じゃないか……」と、リゼは「盛った猫より、リサは盛っている……」と同時に呟き、ため息をついた。

「決めました!マスターと美緒さんを結婚させましょう。そして私はマスターの慰み者にされる、哀れなお手伝いさんを目指します!」

リナが急に立ち上がり、「だめだ!マスターには真琴が似合う。絶対に真琴と結婚したほうが幸せになる!」と言いながら、リサの前に歩み寄った。

「おや?リナは私のお手伝いさん計画を邪魔するつもりですか?」

流し目を向けるリサに、リナは「リサ、目的が変わってるぞ」と冷たく吐き捨てると、打ち合わせテーブルに向き直った。

「なあ、リゼ、あたいと一緒に真琴を推そうぜ」

「卑怯ですよ、リナ。リゼ、私と美緒さんを推しましょう」

二人を呆れた目で一瞥したリゼは、「我は結衣姫を独占できればそれでいい……エロ眼鏡が誰と結婚しようと興味はない……」と言い捨てて、闇のカルタシスを作り続ける。


「よし、あたいは真琴を推す仲間を探しに行くぜ!」

「どこまで卑怯な手を使うのですか!私も行きます!」

「うるさいぞ。リサは電話番してろよ。サボったら親方に怒られるぜ。にひひひ」

店を飛び出したリナを見送ると、リサは「ふっ」と息を吐き、笑みを浮かべた。打ち合わせテーブルで闇のカルタシスを作り続けるリゼの隣に腰を下ろし、「本当はリゼもマスターが好きなんですよね?」と漏らした。

「何を言うか……あんなエロ眼鏡、我は興味ない」

「マスターに褒められたくて、結衣さんにお勉強を教えてるんですよね?」

「違う……結衣姫は医者になるという夢を持っている……それを叶えるため」

「マスターがリゼに興味を持つようにお手伝いしましょうか?」

闇のカルタシスを作っていたリゼの手が止まり、「……本当か?」とリサに視線を向けた。

「本当です……今はリナがマスターの部屋を独占しています」

「うむ、それは我も気に入らない……リナのせいで、我は夜な夜な主様に甘えられぬ……」

「ここは二人で協力して、マスターと美緒さんをくっつけて、リナを引き離す……なんてどうですか?」

黙り込んだリゼに、リサは笑みを浮かべた顔を近づけて話を続ける。

「真琴さんは勘が鋭すぎます……それに独占欲も強く、私たちは排除されかねません。その点、美緒さんなら、二人の仲を取り持った私たちがマスターに近づいても勘ぐることはありません。ここは美緒さんを推す協議会を発足しませんか?」

「うむ、深淵たる美緒推し協議会……いいと思う……だが、約束は違えるな……」

鋭く睨んだリゼに、リサは「もちろんです。でも、お手伝いさんは譲りませんよ」と笑顔で返すと、リゼは「……分かった。我も主様の膝は譲らない……」と言い、二人は固く握手を交わした。

ひとつうなずき、静かに立ち上がったリサが、「リゼさん、夕食は何がいいですか?」と優しく問いかけると、リゼは恥ずかしそうに顔を伏せ、「オムライス……」と漏らした。


——店の外、まごころ堂源屋の向かいの塀に、ヴェネツィアンマスクを付けた三人組が身を潜めていた。

「エイダ様、MAiD二号が出てきましたよ」

今日も青一色のエナメル全身タイツを着たニコラ。

「どこかに行くのかね?」

同じく真っ赤なエナメルハイレグスーツのエイダ。

「自転車を出しとるみたいやで」

同じく緑のエナメルタンクトップのゴードン。

三人の視線の先では、リナが仲間集めのために仏恥義理・愛三輪で出かける準備をしている。

「チャンスだよ、ニコラ」エイダの声に、表情を引き締めたニコラが、リールのついたクロスボウのようなものを手に取った。

「お任せください、エイダ様。この『グルクルワインダー』があれば、MAiD二号の捕獲なんて簡単なんですから」

「本当に大丈夫なのかい?」と訝しむエイダに、ニコラは「大丈夫ですよ。シュババインダーMk−Ⅱと違って、これは物理的に拘束するんですから」と胸を張る。

「そうかい、それで作戦は?」エイダがため息まじりに問いかけると、ニコラは手を口元に当て、ヒソヒソと作戦を説明し始める。

「前回の失敗を踏まえてちゃんと考えたんですよ。名付けて『狙って縛って釣り上げろ作戦』です」

「何だいそれは?」と呆れるエイダを、ニコラは恨めしそうに見ると、「前回は作戦の名前がなかったですからね、それも失敗の一因かと……」とため息をつく。

「それで、どうするんや?」めんどくさそうに問いかけたゴードンに、ニコラが「まず、やつが出てきたら、ゴードンがやつの前に立ちふさがります」と言って視線を向けると、ゴードンは小さくうなずき、「任せるんや」と小声で答える。

「やつが怯んだ隙を見て、あたしがこのグルクルワインダーを発射します」

愛おしそうにグルクルワインダーに頬ずりをするニコラに、エイダが「それでどうなるんだい?」と尋ねると、ニコラは得意げな表情を浮かべた。

「この矢が当たると、グルクルワインダーのロープが、獲物を捕えた大蛇みたいに、当たったものにぐるぐる巻き付くんですよ。やつの身動きが取れなくなったところで、この発射装置のボタンを押せば、この象でも巻き取る強力リールが作動して、動けなくなったやつをこっちに引き寄せます」

「なるほど、それで私は何をすればいいんだい?」

「エイダ様は、引き寄せられたやつに、このシュババインダーMk−Ⅱで一撃食らわせてください」

ニコラがシュババインダーMk−Ⅱをエイダに手渡すと、受け取ったエイダは「ふん、お前にしてはいい作戦じゃないか、ニコラ」と笑みを浮かべた。

「そうでしょう」と得意げなニコラの目に、仏恥義理・愛三輪で車庫から出てくるMAiD二号が映った。

「おや、やつが出てくるみたいですよ」ニコラの声を聞いたゴードンは、「おっしゃ、ワイの出番や」と飛び出していった。


「まずはリサと仲のいい、肉屋のおっさんを味方につけるぜ」

ひとり言を漏らしながら、仏恥義理・愛三輪にまたがったリナの前に、「ちょっと待つんや!」とゴードンが立ちふさがった。

「なんだ、おっさん。また、その変な格好してんのか?あたいは急ぐんだ、どいてくれよ」

「いや、どかへんでー。それに変な格好違うやろ、かっこええやろが!」

「うるさいおっさんだな……」とリナが呆れた次の瞬間、ビュンと空気を裂く音が響いて、リナの背中に何かがぶつかった。

「なんだ?」と後ろを振り返ろうとするリナの体に、シュルシュルっと音を立ててグルクルワインダーのロープが何重にも巻き付いていく。

「やりましたよ、エイダ様!」叫んだニコラに気づいたリナが、「あたいの仏恥義理・愛三輪には、パワーブーストがついてんだ」と声を上げ、仏恥義理・愛三輪のペダルを思いっきり踏み込むと、グルクルワインダーを持ったニコラの体が、ジリジリと引っ張られ始める。

「ややっ」と焦ったニコラが、「ちょっと、エイダ様も手伝ってくださいよ」と声を上げるが、エイダは呆れた声で「何やってんだい、巻き取りスイッチがあるんだろ?」と頭を抱えた。

「そうでした、では、象でも巻き取る強力リール作動ですよ」ニコラが発射装置のボタンを押した瞬間、グルクルワインダーのロープがキュッと縮み、彼の体がリナに向かって引き寄せられる。

「ちょっと、なにやってんだい」慌てたエイダが、よろめいたニコラの体を掴んだ拍子に、手に持っていたシュババインダーMk−Ⅱのボタンを押してしまい、ジジジっと鈍い音が響く。電撃を受けて倒れるニコラの手から、グルクルワインダーがするりと抜け落ち、勢いよくリナに向かって飛んでいった。

とっさに「逃さへんでー」と叫びながらロープを掴んだゴードンの腕を、グルクルワインダーのロープが蛇のようにするすると這い上がり、胸から腰へと巻き付いたその瞬間、仏恥義理・愛三輪がグンと前に飛び出し、ゴードンの体とグルクルワインダーがリナの背中に吸い寄せられ、そのままガッチリとくくり付けられてしまった。

「なんやこれー!」と叫ぶゴードンを背負ったまま走り去る仏恥義理・愛三輪にため息をついたエイダは、倒れたままのニコラを見下ろし、「私は伸餅の手伝いがあるから、先に行くよ」と言い残して、立ち去ってしまった。

——『狙って縛って釣り上げろ作戦』は、おっさん一人を路上に放置して、失敗に終わった……


背中にグルクルワインダーとゴードンを背負ったリナが、キョロキョロと周囲を見回しながら商店街を進む。そのあまりに滑稽な姿は、自然と行き交う人の目を引き、中にはリナにチラチラ視線を送りながら、口元を隠してヒソヒソと話をする主婦も見える。

「おい、おっさん。肉の三段腹はどこだったか覚えてるか?」リナが背中のゴードンに問いかけるが、羞恥の現実から逃避するために目を閉じたままの彼は、「ワイは前が見えへんのやで……ここがどこかも分からんで」と首を振る。

「なんだよ、おっさん。勝手についてきたくせに役に立たないな」

「ついてきたんとちゃいますわ……」

仕方なくリナが商店街を適当にうろついていたら、「あれっ、リナちゃん!」と声をかけられた。その声に視線を向けると『肉の三段腹』の看板の下で、大将が手を振っていた。

「おっ、肉屋のおっさん、やっと見つけたぜ」笑顔で近づいてくるリナを見た大将は、「今日はリナちゃんが買い物?——じゃ、なさそうだな……」とため息をついた。体にロープを巻き付け、背中にぐるぐる巻きになったゴードンと、クロスボウを背負ったリナは、どこからどう見ても面倒にしか見えない。

店から出てきた大将が、リナの背中のゴードンに「ゴンさん、あんた何やってんだ?」と声をかけると、リナが「そのおっさんはどうでもいいんだ、肉屋のおっさん、親方と真琴をくっつけるのを手伝え。リサに負けたくないんだ!」と割り込んできた。

「源屋さんと真琴?……真琴——あー、この間の娘か!いいじゃねえか、あの子はかわいいし源屋さんにお似合いだな。面白そうじゃねえか、よっしゃ乗った!」

乗り気になった大将が「さしずめ『真琴推し同好会』ってところか?」とリナに右手を差し出すと、リナは「にひひひ、いいじゃん『真琴推し同好会』発足だな」と大将とガッチリ握手を交わした。

「肉屋のおっさん、親方と真琴には内緒にしてくれよ」

「ああ、分かってるぜ……それと、いいことを思いついたんだ……まあ、見てな……リサちゃんに一泡吹かせてやるぜ」

急に悪そうな口調になった大将に、不穏な笑みを浮かべたリナが「じゃあ、頼んだぜ」と言い残し、店を後にしようとすると、「ちょ、ちょっと待ってくれや」と叫ぶ声が届いた。

「なんだ、おっさん、まだいたのか?」呆れた声で返すリナを無視して、ゴードンは「大将、その発射装置のボタンをどれか押してくれへんか?ロープを解くボタンがあるはずなんや」と悲痛な願いを肉屋の大将に託す。

「なんだ、遊んでるんじゃなかったのか?」

「違いますわ、解けんようになったんですわ」

リナの背中に回り込んだ大将が、「発射装置ってこれか?」と言ってグルクルワインダーの発射装置を手にした。

「おい、ゴンさん。こいつはガッチリくくり付けられてて取れないぜ」

「そこにボタンがついてませんか?」

「ああ、あるな……これを押せばいいのか?」と大将が赤いボタンを押すと、ロープがきしむ音を立ててリナとゴードンを締め上げる。

「イタタタ、そっちとちゃいます」と急に痛がりはじめたゴードンに、「おう、すまねえ」と大将が青いボタンを押すと、シュルシュルとロープが解けて、ゴードンとグルクルワインダーが地面に落ちた。

「なんか……すげーな」と呟く大将に、ゴードンが「助かりましたわ、大将。ほな今日はワイの当番やし、帰りますわ」と礼を述べて立ち去ろうとすると、後ろから首根っこを掴まれた。

「おい、おっさん。どこに行くんだ?」

リナの冷たい声にゴードンが振り向くと、不敵な笑みを浮かべたリナと大将が目に映った。

「いや、ワイ、親衛隊の当番やし……」

「おっさん、あたいたちの秘密を聞いてただろ?」

「そうだぜ、ゴンさん……」

大した秘密でもない話を聞かされただけで、責められるゴードンが困惑した表情で、リナと大将を交互に見ると、二人とも悪そうな笑みを浮かべている。

「そんなん……勝手にしゃべっただけですやん」

「いや、逃さないぜ、おっさん」

「そうだな……今日の当番は俺が行くから。リナちゃん、ゴンさんを頼むぜ」

「任せな……おい、おっさん。お前も真琴推し同好会に入れ、いいな」

よくわからない会に入会させられそうになったゴードンは、「いや、誰ですねん、それ」と少しばかりの抵抗を試みるが、リナは「いいから、入れ!」と凄んできた。

ここで入会しなければ、結衣様親衛隊のパトロール当番を肉の三段腹の大将に奪われてしまう……小さくため息をついたゴードンは「分かりましたわ……」と呟いた。続けて「ほな、帰らせて……」と言いかけたところで、「ダメだ、暇なおっさんはあたいと一緒に来るんだ」とリナに掴まれ、「ワイは暇とちゃうんやでー」と悲痛な叫びと涙を商店街に残して引きずられていった。


二人を見送った大将に「お肉屋さん!」とかわいらしい声が届き、振り向くと、真琴が笑顔で立っている。

「あ、あんたは……」焦る大将を不思議そうに見る真琴。とっさに「あれ、仕事はないのか?」と首を傾げた大将に、真琴は「園長先生に頼まれてお買い物です」と紙袋を見せると、「お肉屋さんは、また、ロープで遊んでたんですか?」と地面に落ちているグルクルワインダーに視線を落とした。

「いや、俺じゃねえよ。なんか、リナちゃんとゴンさんを締め上げてた機械なんだけどよ」

「締め上げてた?なんですかそれ?」

「俺にもわかんねーよ。どうも巻き付いたらその青いボタンを押すまで、ロープが解けねえみたいだぜ」

大将の言葉に真琴が瞳を輝かせ、口元に一瞬笑みを浮かべた。

「お肉屋さん、これ、もらってもいいですか?」

「あ、ああ、いいんじゃねえか?あいつら置いて行きやがったし、もういらねーんだろ」

「ありがとうございます」とグルクルワインダーの発射装置を拾った真琴が赤いボタンを押すと、リールが回転し、またたく間にロープを巻き取ってしまった。

期待に満ちた輝きを瞳に宿らせ「すごいですね、これ!」と歓喜に満ちた声を上げる真琴に「あ、ああ……すげえな」と答えた大将は、心の中で少し後悔する。『この子、なんかヤバそうだな……すまねえ、源屋さん』


——ゴードンを引きずるリナが商店街を出発するころ、リサとリゼが残るまごころ堂源屋に一人の男が訪ねてきた。

「ごめんください……」

チリンチリンと鳴る扉の音にすらかき消されそうなほどに小さく、どこか遠慮がちなその声に、リサは顔を上げた。

腰の低い態度の割に、とても目立つ金髪のモヒカンで、バツの悪そうな表情を浮かべた男を見て、リサは「あら、あなたはたしか……」と首を傾げる。

「姐さん……その節はどうも……」

はにかみながら、頭をペコペコと下げて店に入ってきた小豆沢に、リサは頬を膨らませて、ぷいっと顔をそむけた。

「マスターを助けると言っておきながら、このお店で女といちゃついたうえに、お持ち帰りしてしまうような男に、姐さんと呼ばれるのは不愉快です」

リサが陣取るカウンターの前に膝をついた小豆沢は、「どうもすみませんでしたー!」と大声で謝罪し、額で地面をこするように土下座する。それを一瞥したリサだったが、まるで興味がないかのように再び顔をそむけた。

「それで、あのエイダとかいう女とはどうなったのですか?」

リサの意外な質問に顔を上げた小豆沢が、「いえ……まあ、それなりに……」と頭を手で掻きながら、歯切れの悪い返事をすると、リサは急に立ち上がり、床に膝をついたままの小豆沢を見下ろした。

「さあ、吐きなさい。どんなプレイをしているのか、洗いざらい吐きなさい」

「えっ、何でですか?」と戸惑う小豆沢に、「その内容を私がマスターに聞かせるのです」とリサは頬を染めて笑みを浮かべた。

「あなたたちの変態的プレイを聞いたマスターは、そのあまりの変態っぷりに堪らなくなり、私に襲いかかってきて童貞を失います。そうすればマスターの私に対する依存度は高まり、マスターが美緒さんと結婚する障壁が一つ崩れ去り、魔女っ娘になれると言った私の嘘もバレずに済む。全てがうまくいくわけです」

「リサ……見損なった……主様の変態的な童貞至上主義はリサが原因……」

その声にリサが振り向くと、リゼが冷たい目で睨んでいる。

リサは小さくため息を漏らし、「あなたのせいで私の秘密がバレてしまいました。責任を取ってもらいます」と言って、スカートの中から愛用拳銃H&KのP7を取り出し、小豆沢の額に突きつけた。その無慈悲なまでに冷たくて硬い銃口の感触に、小豆沢の背中を冷たい汗が伝い、喉を鳴らしたとき、「やめろ……リサ……」とリゼが声をかける。

「夕食のオムライスにナポリタンがつくだけで、我は今聞いた話を忘れる。あとはその男が黙っていればいい……」

リゼの話を聞いたリサが小豆沢に視線を向けると、愛想笑いを浮かべて、何度も首を縦に振っている。


リサは銃を下ろすと、静かにスカートの中にしまった。そして、小豆沢に「それで、何の用ですか?」と冷たく問いかけた。

「自分を姐さんの弟子にしてください。どうかお願いします」

土下座をする小豆沢を見て、リサは「いったい何の話ですか?」と首を傾げる。小豆沢は顔を上げると、困惑した表情で「源屋さんを助けたら弟子にしてくれると……」と声を詰まらせた。

「ああ、そうでした。あなたがあの三人組からマスターを助けたら弟子にすると言いましたけど、あなたは女をお持ち帰りしただけじゃないですか」

「そこを何とか……女性にもてたことがなくて……自分好みの年上の女性に迫られて……つい……」

ひたすらに頭を下げる小豆沢を一瞥したリサは「いやです」と吐き捨てて、そっぽを向いたが、「その熟女マニアのモヒカンを、協議会に入れればいい」とリゼが勧めると、「それはいい考えです」とうなずいた。

リサは視線を戻し「あなたはどうしますか?」と問いかけると、小豆沢が「入ります!」と即答したのを見て、口元をほころばせた。

「では、こうしましょう。協議会に入ったあなたは、私に貢献したと認めて『リサたんポイント』を一つ差し上げます」

何かの協議会に入れば弟子入りできると思っていたのに、後出しでポイントシステムが導入されたことに、小豆沢は「はあ……」と肩を落とす。

「ポイント三つで、ほのかにチーズの香りがするマスターの脱ぎたて靴下、ポイント五つで、スルメの風味が漂うマスターの脱ぎたてパンツを差し上げます」

弟子入りとは全く関係ない上に、罰ゲームでしかない景品を聞いた小豆沢は「はあ……」とため息を漏らす。

「そして、リサたんポイントを十個集められれば、なんと、私かマスターに弟子入りすることができます。どうです?素晴らしい特典ばかりでしょう」

小豆沢にとっては、リサに弟子入りができるかどうかも分からないポイントシステムだが、エイダをお持ち帰りした手前、従うしかないと諦めた。

「えっと……自分はどんな貢献をすれば、リサたんポイントがもらえるんですか?」

「それは私の気分次第……あなたには関係ありません」

リサから返ってきた言葉に、小豆沢は目を丸くして、口をぽかんと開けた。

「リサ……それでは身も蓋もない……金髪モヒカンに課せられた、弟子入りのための修行と言っておくといい」

「そうです。あなたの修行です。では頑張ってください」

どう考えても適当に作ったポイントシステムと弟子入り条件の修行、それに罰ゲームでしかない景品……だが、リサに弟子入りして、自転車改造の技術を教われる可能性があるなら……今の小豆沢はリサたんポイントに賭けるしかない。

小豆沢はすっと立ち上がって、「修行に励みますんで、よろしくお願いします!」と深々と頭を下げた。そして、顔を上げると「姐さん、自分に何かさせてください!」と期待に満ちた目でリサを見る。

その覚悟と決意を示す態度に、リサが大きく深くうなずき、「邪魔です、帰ってください」と笑顔を向けると、小豆沢は表情一つ変えずに姿勢を正し、「分かりました!失礼します」と深々と頭を下げて、店を後にした。


小豆沢が店を出てしばらく経った頃、リナが店に帰ってきた。その手で引きずるゴードンを見て、リサとリゼが怪訝な表情を浮かべる。

「リナ、なぜその男を連れてきたのですか?」

「そいつは主様の敵……すなわち我らの敵……」

「にひひひ、あたいが真琴推し同好会にコイツを入れたんだぜ」

リナはそう言うと、引きずっていたゴードンを足元に落とし、得意げに胸を張る。リサはその様子を鼻で笑うと、少し顎を上げて横目でリナを見る。

「リナ、仲間が一人増えたくらいで勝ったつもりですか?美緒推し協議会にはリゼと金髪モヒカンがいるんです。三対二ですのでマスターは美緒さんと結婚することになりました」

「しんべーのやつ裏切りやがったな!」と両手を膝に当て悔しがるリナを、余裕の笑みを浮かべて見下ろしていたリサの耳に、「にひひひ」とリナの笑い声が届いた。

「あたいは肉の三段腹のおっさんも仲間に入れたんだ。これで三対三だ」

リサは「あの変態肉屋、裏切りましたね……」と一瞬たじろぐが、すぐに「そうでした、マスターが『おっさんは二人で一人分の価値しかない』と言っていました」と言い張った。

「嘘つけ!親方は帰ってきてないだろ」

「リナ……主様が戻ったら、我が半殺しにしてでも、そう言わせる」

リサとリゼに「卑怯だぞ!」とリナが大声を上げたとき、チリンチリンと扉の開く音が響き、三人の争いに水を差した。


「なに騒いでんだ?——あれ、ゴードンじゃないか」

店に帰ってきた大智が声をかけると、リサとリナとリゼは一斉に大智に顔を向け、ゴードンはバツが悪そうに笑って、小さく会釈する。

なぜゴードンがおかしな格好で店にいるのか?と不思議そうに首を傾げる大智の後ろから、「こんにちは」と優しい声で挨拶をして美緒が店に入ってきた。

それを見たリサは目を輝かせて美緒に駆け寄り、「これは美緒さん、ようこそお越しくださいました。ゆっくりしていってください」と、彼女の両手を丁寧にとる。意外な歓迎に驚く美緒の手を取ったままのリサは、大智を流し目で見て、「昼間っから女を連れ込むなんて、マスターも隅に置けません」と不敵に微笑んだ。

「いや、店の前で会っただけだから」

「そうなんです、今日も面白い商品がないかと思って来たら偶然……」

美緒の言葉を遮って、リサは彼女の手を引いて、居間へ歩き始めた。

「美緒さん、そうおっしゃらずにどうぞ上がってください。すぐにお茶と童貞を用意しますので、ぜひ召し上がってください」

「えっ、童貞ですか?」

リサが「リゼ、布団の準備をお願いします」とリゼを一瞥すると、リゼは「任せよ……」と言い残し大智の部屋へ向かった。

「あのな、リサ……立花さんは……」と大智がリサに言いかけたところで、「リサさん、私、結婚してますよ」と美緒が割って入った。

「童貞のくせに寝とり属性スキルを身に付けているとは……」少しの期待と、多くの軽蔑を含んだリサの視線が大智に刺さる。

「えっ、童貞って、篠田くん……」なぜかちょっと嬉しそうな、面白がっていそうな、そんな美緒の視線も大智に刺さる。

「あーもう、なんとでも言ってくれ!」

投げやりになった大智を見て吹き出した美緒が、小首を傾げてリサに微笑んだ。

「あの……私、篠田くんはリサさんとお付き合いしているんだと思っていました」

「私がマスターとですか?」と驚いた様子のリサの両手を、美緒が優しく包むように握り、「はい、二人はとてもお似合いだと思いますよ」と小さくうなずく。

恥ずかしそうに大智を見つめ、「分かりました。ではマスターは私がいただきます」と言ったリサを、布団を敷き終え、戻ってきたリゼが「リサ……我との約束を違える気か?」と睨む。「オムライスとナポリタンでしたね」と優しく微笑むリサに「その約束ではない……」とリゼが頬を膨らませそっぽを向いてしまった。

「美緒推し協議会は解散して、『リサとマスターの結婚式準備会』となります」と高らかに訳のわからない宣言をするリサ。

「ずるいぞリサ!真琴がいいに決まってるんだ」と訳のわからない理由でリサに食ってかかるリナ。

「主様、我が敷いた布団に美緒と入れ」と訳のわからない命令を下すリゼ。


いったいコイツらは何で盛り上がってるんだ?呆れて三人を見ていた大智に、ゴードンが声をかける。

「なあ、ワイが推せって言われた真琴って誰なんや?」

「ああ、お前にスタンガンを食らわせた先生だよ」

驚いた顔でゴードンが大智の肩を掴むと「なー!大智はん、あれはやめときなはれ。あの女は危険でっせ」と声を上げた。

その声を聞いたリナが「おい、おっさん!裏切る気か!」と大声を上げて振り向くと、ゴードンは大智の後ろに身を隠し、「裏切るも何も、ワイは無理やり入らされただけやで」と言い返す。

「ふふふ……リナ、どうやらお手上げのようですね」余裕の笑みを浮かべるリサ。

「この際リサでいい……だが、我との約束は守れ……」リサのスカートを引くリゼ。

「やっぱりそうか、どうせ汚い手でリゼを仲間にしたんだろ!」リサを指差して大声で怒るリナ。


大智が後ろに立つゴードンに「なあ、ゴードン。あいつらどうせすぐ飽きるから、お前もう帰っていいぞ」と声をかけると、「そうさせてもらいますわ」とホッとした様子でゴードンは店を後にした。

ゴードンを見送った大智は、美緒に微笑んだ。

「立花さん、僕は結衣ちゃんを迎えに行きますけど、一緒に出ませんか?」

「そうですね。何だか忙しそうなので、また今度寄ります」

大声で言い争う三人を放置して、大智と美緒は一緒に保育園へと向かった。

お読みいただきありがとうございます。楽しんでいただけたなら幸いです。

毎週土曜日投稿予定。よければブックマーク・評価のひと手間を。誤字は各話末の『誤字報告』からお願いします。

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