バトル・イン・シティ
全ての魔法は催眠術が源流になっているらしい。
デュクスやキャトレ……そして俺が使ったあの光の超能力を、彼女は直球で魔法と呼んだ。
「魔法は暗示よ。自分や悪夢に対して幻想を見せるイメージ。それが奴らの作る瘴気に触れると、魔法となって現象するわ」
デュクスが「寒かったでしょ。あれが瘴気だよ」と付け足した。あの寒さは俺だけが感じていたわけではなかったのか。
「それって、魔法は気の所為ってことか」
「まあ、そうかもね。重要なのは、悪夢に対抗する数少ない手段であるということ。あろうがなかろうが、私たちは魔法に頼るしかないわ」
キャトレは肩を竦める。
「戦うためにはいくつか習得すべき魔法があるわ。少なくとも【解呪魔法】、【対抗魔法】は必須と言っていい」
「それは習得にどれくらいかかるもんなんだ?」
「人それぞれよ。もしかすると、もう使えるかもね」
「やってみる?キャトレ」
「そうね。ものは試しよ」
「は?」
「眠れ」
「……。」
キャトレがそう唱えると、デュクスはガクリと首を折った。
「おい、大丈夫なのか……?」
「ほら、早く解いてあげて」
「……目覚めよ!」
「わっ……!」
「うわっ」
デュクスが正気を取り戻し、わあわあと騒いで俺の手を取る。
「キャトレ、その……それ、あんま人に使わないほうがいいんじゃないか」
俺がそう言うと、キャトレは目を丸くしてから言った。
「……使わないわよ。一般人には」
「そうか」
「ええ。それより魔法よ。魔法は強い意志が威力に変わるわ。どんな現象を起こしたいのか、なぜそうしたいのかを強くイメージするの」
「イメージ……てことは、キャトレは対抗魔法を、悪魔を殴るための魔法と考えているのか?」
キャトレは頷く。
「そうね。あれは悪夢を打ち祓う加護のようなものだから、壁にも武器にもなるわ。奴らの炎をかき消せるならどんな使い方でもいいの」
「へー」
キャトレは湯気の立つコーヒーを口にすると、真剣な表情で言った。
「残る悪夢の数はわからないけれど、それらは何年も生存した強個体と考えたほうがいいわ。 あなたも魔法を使えるようだし、可能な限りの助力をお願いしたい」
「ヒュートを誘ったのも、実は二人じゃ厳しくなってきたからで……」
デュクスも浮かない顔をする。
「そう……。昔はもっと人数がいたわ。でもみんな戦いで傷ついたり、引退してしまった。昨日みたいなことも起こるでしょうね」
そこまで言って、キャトレはなにやら居直ると、まっすぐこちらを見て続けた。
「改めて、昨日はごめんなさい。不甲斐ないところを見せてしまったわね」
俺は手を振って答える。
「いやいや、あれはなんというか仕方ないというか、むしろ俺が二人の足を引っ張ったせいで。俺の方こそ力になれなくてごめん」
「正直予想外だったわ。まさか悪夢が複数、それも共闘するように現れるなんて。しかも、最初のを抱えて消えたんでしょう?」
「うん。ヒュートと魔法を使ったとき、諦めてあれを回収していった」
キャトレは難しい表情を浮かべる。
「もし悪夢たちまで結託して行動するとなったら、もはや人類側に生存の道はないわ。能力に差がありすぎるから……」
「次に悪魔を刈るのはいつなんだ?急いだほうがいいのか?」
「そうね……まあ、別に今日行ってもいいのだけど。悪夢は場所を決めて定着するまでは、曖昧で輪郭を掴みづらいわ。逃げられたら戦闘経験を与えてしまう」
「うーん……」
黙ってしまった俺たちを見てか、デュクスが話題を変える。
「ねえ、ヒュートはなにか能力ないのかな」
「能力?魔法のこと?」
「いえ、それよりも少し特別なものよ。魔法よりも超常現象に近い、デュクスの捻じれ扉のようなもののことを言ってるのでしょう?」
デュクスは頷く。
「確かめる方法があるのか?」
「ううん、特にないよ」
「ないのかよ。うーん、多分無いだろ、素人だし。キャトレはなにか有るのか?」
「無いわ」
「無いんじゃねえか。まああの動きを見れば、実質特殊技能と言えそうだけど…」
デュクスがいたずらっぽく笑う。
「ふふ、キャトレって意外と努力派なんだよ」
「努力派?そうなのか」
「デュクス」
「へへ」
キャトレはまたコーヒーをあおると、「気が変わったわ。今日出ましょう」と言った。
「あの背の高い悪夢と会敵できるならもう一戦やりたいけど、通常の個体も潰しておきたい」
デュクスがテーブルに地図を広げた。都心を描く大きな地図だ。赤いバツが数え切れないほどついており、それが戦闘の記録であることが察された。
「昨日のことがここ、その前回がここ……やっぱり、法則性は掴めないわね」
「人が多いところを歩いていれば、そのうち会えそうだけどね」
三人で地図をのぞき込む。よく見ると今と駅名が違ったり、最近の施設が抜けたりしている古い地図。
──不思議な感じだ。一つ一つのバツ印に、戦う人々の姿が想像される。高架下、真夜中の車道、ビルの屋上、昨日みたいな袋小路……。
地図をなぞる。長い得物を持った男、神社か寺の祭具のようなものを振る女、いくつかのポイントでは衣装をそろえた集団が悪魔を迎え撃っている。
幻視するように、白黒の映像が浮かんでくる。
俺は何を見ているんだ。馬鹿馬鹿しい妄想、やはり中二病は不治の病か。
ぼんやりとした思考から覚めた時、俺が地図を指差すのを、二人は訝しんだ。
「どうしたの」
「そこに何かあるの?」
「……え?ああ、いや、別に。何でもない」
すぐに手をどける。
「何か感じた?」
「えっと、いや、妄想だよ。悪魔と戦う人たちを想像してた」
デュクスたちが顔を見合わせる。
「能力かな」
「わからないわ。けれど目的地も決まっていないし、行ってみる?」
「その…多分何もないぞ」
「それでもいいわ。調査しながら歩きましょう」
デュクスが扉を開ける。そこはまた俺の知らない道に出た。
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「いたね」
「いたわね」
「ぐ、偶然偶然…」
結果、俺たちはそこを目的地に歩き、偶然にも悪魔と会敵。
背の高い影も現れることなく撃破を完了したのだった。
「いやあ、運が良かったな」
「運ね……」
キャトレは納得していない様子だ。
悪魔たちは当てずっぽうで見つけられるほどは数がいないのだろうか。
「ねえヒュート、明日も来れる?」
デュクスが問う。
彼のキラキラした目をみると、邪気を削がれてしまう。俺は頷く。
「多分な」
それから連日、俺たちはダイヤ柄の部屋と街の各所へ繰り出した。
あの部屋に戻るたび、俺は瞑想と指差すことを繰り返したが、実に6回中5回会敵に成功。
いずれも小規模ながら、着実に撃破を重ねていた。
「やっぱりおかしいわ」
キャトレが顎に手を当てて言う。
「何かの能力と見て間違いないわね。索敵かしら」
「あれはもっと感知っぽい能力だったと思うな。地図から読み取れるって、すごい超能力みたいだよ」
俺からすれば今更だ。魔法を使う人間が超能力で驚くなんて。そもそも当てずっぽうなのでまぐれなのだが。
「予感……とか。ま、名前は何でもいいわ。会敵には成功してるわけだし、このまま利用するのが吉ね」
「今日はどこに行けばいいですか?ヒュート先生っ」
「ハハ……」
何度もやっていると、集中して探すのが気恥ずかしくなってくる。悪魔がいるかどうかは実際運で、"能力"を確信していない今、外れようが責められる謂れはない。
地図を撫で回し、引っ掛かりのある場所をそのまま指差す。
「当てがないなら、ここに行こう」
「ええ。……ちょっと頼り過ぎかしら」
「気配のないところで覚醒魔法を使うほうがおかしいんだよ。見つかる分オトクだよ」
ドアが開く。高いビルの屋上に出た。
夕焼けが見える。街に沈む真っ赤な太陽が、高層ビルの影を伸ばしていき、やがて闇になるだろう。
夜まで時間がなかった。
「一日に二回行動は厳しいか」
「早く終わればいいんだけど──出ておいで」
「……」
表情が硬くなる。沸き上がる冷気は冬を先取りしたようで、むっとした湿気を吹き飛ばした。
炎が弧を描いて広がっていく。足元がジリジリと焦げ、それが円に繋がった時、中心で青い小爆発が起きた。
「オ、オオ……」
薄墨色の靄が立ち上る。凝縮し形になっていくそれは、ランプの魔人が如くコンクリートの亀裂から現れた。
「行くわよ」
キャトレの呟きが合図。三人は一斉に駆け出した。
「オオオオオオオ──!!」
叩きつけられた凄まじく太い両腕が、地面をバラバラに砕く。飛び散った石片が砲弾となって俺たちを襲った。
「ぐわッ……!」
「「破邪の光よ」」
直撃すれば骨折の程度では済まないであろうそれをくぐり抜けると、すぐさま莫大な膂力が振るわれた。
鈍い音を立てて空を切るそれが人体を跡形もなく潰すに足ることを容易に想像できてしまう。
巨大な腕、巨大な体高。圧倒的な射程の差。
たった一つの非力な生身で、どう攻略すればいい──?
「破邪の光よ!!」
凛とした声が響く。キャトレが剛腕をかいくぐって、魔人の腹に白光を叩き込んだ。
呻き、敵の攻撃が一瞬止まる。
掴みかかろうとする手をひらりと躱し、間髪入れずにデュクスの短剣が相手の胸を突く。
短剣は光線のように爆発し、厚い胸板に風穴を開ける。
「ウグオオオーッ!」
叩きつけられた拳が再び礫の雨を作り出し、キャトレたちを遠ざける。
「そうだ……」
一つの生身ではない、三つだ。そして防護の術も身につけた。俺にもできることがあるはずだ。
希望を捨てるな。勇気を持て!
奴の標的は主にキャトレだ。
俊敏さ、戦闘センス、打撃の威力どれをとってもデュクスを上回っているように見える。
魔人の意識が彼女に集中するたび、デュクスが【対抗呪文】を纏わせた短剣を突きこむ。
完成されたコンビネーション。
それを邪魔しないだけで自分の役割が完結しているようだ。美しい連続攻撃に魔人は少しずつ押されていく。
やがて動きの鈍くなったそれは断末魔の咆哮を上げ、力なく倒れ伏した。
「……。」
「はー……はぁ」
二人の顔を照らす夕日が途切れる。オレンジ色の空は一瞬にして薄い紺色に変わり、気づけば月が見えていた。




