ラビット・アンド……
それから、8年の歳月が過ぎた。
今になって思えば、サンタがいようがいまいが、プレゼントは手元にあって俺を愛する両親もあったのだから、泣かなくてもよかったのだろう。
多少真実を知るのが遅かったわけだが、それさえ純真だった頃を、懐かしさと喪失感の中に振り返る。
だから、その時の俺が、信頼していた人々に何年も騙されていたことを理解して涙を流したのか、俺はもう覚えていないのだ。
夏の本質が、閉じられた空間の冷風に流されて消えていく。
この酷暑続きの日に、誰も外に出ようとは思うまい。いつからそうだったのかは覚えていないが、もはや夏とはクーラーのきいたこの部屋の中にだけあるのであって、可能な限り短時間で事を済ませようと繰り出す灼熱は、むしろ一時に過ぎ去っていく場所だった。
何もしたくない。
何かすごいことをしたい。
ざらざらとしたテレビの音声が、俺の中の炎をくすぶらせる。
相反する欲求が、それなりに楽しめるはずの娯楽を苛立ちに変えていた。
飛び出してしまいたい。それはどこへか、何からか。
毎日続く平凡に辟易として……など、誰もが思うことをわざわざ考えるのも無意味だ。
渦巻く問答に痺れを切らした俺は乱暴にリモコンを置いて、真っ白な地獄に転がり出た。
刺すような陽光は近年矢のように鋭く絶え間ない。
鉄板になったアスファルトの上を歩く俺は考えるもんじゃ焼きだ。暑さに溶かされてさながら亡者の人混みが、小賢しくもビルの影めがけて動いていくのを俺は見逃しはしなかった。誰も苦しむ顔の中に余裕を潜ませている。動き続ける中に、思惑が紛れ込んでいた。
目的もなく熱い道路を歩く俺の目に、ふとちいさな影が映る。
不意に弾けたその幻覚は、男子高校生のひと夏を破壊するのに足るだけの熱量を持っていた。
「…ねえ、君」
「!」
大都会のド真ん中で、妙に目を引く小柄な体格。
大きなベレー帽と短パンを身に着けた、モノクロコーデの少年に声をかけられた。
「え、な、何」
思わずどもる。
その澄んだ声は、言われれば少女と間違えるほど高く、よくみるとかわいらしい顔立ちをしている彼にドキドキしていたわけでは断じてない。
茹るほどの暑さの中で気を抜いていたら、何が起こってもまず人は驚くものだ。本当に。
「ねえ、ちょっと助けてほしいんだけど。いいかな?」
「……はぁ?助けるって何を」
少年はにこりと笑って、手をこまねいて俺を呼ぶ。
警戒心を強めて近づかない俺を、なんなら反対方向に動き始めていた俺を見て、今度はクスリと笑うと、手をつかんで引っ張った。
「こっち。来て」
有無を言わさない柔らかな手と可憐な笑顔が俺の判断を狂わせたわけでは断じてない。
困っている人がいたら、人は助けてやるものだ。本当に。