黒い雲と雨・マリア
朝食を終えると三人で学校に行った。
いつもの見慣れた美しい風景。
鳥のさえずり。
暖かい日差し。
その日は雲一つない青空だった。
学校に行くと出迎えてくれる友人の笑顔。
予鈴が鳴ってみんな席に着く。
一日の始まりだ。
一限目が始まって30分くらい経った頃、窓際の席にいた私はふいに差し込む陽射しが陰ったのを感じた。
何気なしに外を見る。
いつの間にか雲が空を漂っていた。
そして三限目が終わるころだった。
「あっ…」
窓の外を見た私は思わず声が漏れた。
それは異常な光景だった。
空の雲が、まるで地上に押し迫ってくるように低く幾重にも重なっている。
重なり合った雲は太陽の光を遮る。
その隙間から差し込む陽光が、この不気味な空を神秘的なものに見せていた。
「これは…なに!?」
教室の窓から空を見上げた私は思わず声を出した。
「わからない… でも怖い…」
となりにいる美羽が私の腕を強くにぎる。
教室は一種、異様な雰囲気に包まれていた。
いや――
多分、この空を見た人、見える場所はみんなこんなふうだろう。
不気味で、怖くて、まるで心臓を何かに鷲掴みにされたような感覚。
「大丈夫だ。ただの雨雲だろ」
いつの間にか私の後ろにいた詩乃が言った。
「でも…」
「恐がることないって」
詩乃の言葉にうなずいたものの、目の前の空から目がはなれない。
「ホラッ! 授業するぞ!!席につけ!」
先生が手を叩きながら言うけど誰も窓際から動かない。
「先生、これって休校じゃん?絶対おかしいって」
誰ともなく上がった声。
「バカ言ってるな!授業はやるんだよ」
「マジ!?絶対おかしいって」
「おいおい、授業やるのかよ?」
みんな口々に文句を言いながら席に戻ろうとしたとき。
「あっ…」
美羽が空を見上げながら声を漏らした。
私も一緒に空を見る。
雨だ。
空を覆い尽くす黒い雲から静かに降り注いでくる。
雨がぽつぽつと窓にあたっている。
「なにこれ?黒い…」
窓にあたって滴る水滴は黒く濁っていた。
席に戻りかけたみんながまた窓の側に集まる。
今度は先生も。
みんな無言で見ていた。
霧のように降り注ぐ、黒く濁った雨を。
その日の夜。
テレビでは黒い雨について語っていた。
ここだけじゃなく、世界中が同じように空が雲に押しつぶされ黒い雨が降っている。
テレビに出ている専門家は世界中で降っている雨は人体に影響のあるものではないと繰り返し強調した。
「なあ?あの雨って結局なんだったの?」
夕食の席で詩乃が誰にともなく聞いた。
「テレビでも言ってるでしょう?害はないって。単なる汚い雨ってことよ。念のためにお父様が研究所に行ってるじゃない」
神尾先生が詩乃に、いや、私たちに対して言った。
あの雨のせいでパパの姿は夕食のテーブルにはいない。
丘の上の研究所に残って、あの雨が人間や自然環境に影響がないか調べている。
「でも気持ち悪いよね」
瑞希がサラダをフォークでつつきながら言う。
次の日になっても雨は降り続けた。
その次の日も。
学校に行くときにながめる川面は雨水のせいでどす黒く濁っていた。
流れもどこか鈍くてまるで油のよう。
「ほんとに鬱陶しい雨だよな」
歩きながら詩乃が言う。
「どう見ても体に悪そうなんだけど」
瑞希が傘の下で体を小さくしながら言った。
「なんかテンション下がるよね」
私は自分の中にある得体の知れない不安を振り払うように明るく言った。
「だよな」
詩乃も苦笑いしながら応える。
不安。
不吉な雨は激しくもなく、ただ静かに降り続けている。
まるで大地に染み込むように。
それが却って不気味だった。
私達の中にも侵食してくるようで…
あれほど綺麗と感じた通学中に見る川面の景色は消えてしまった…
下校時に見る夕焼けも今は無い。
私達の景色は変わってしまった。




