リンゴの味・ルシファー
ミゲルを始末して学校へ戻る間にミカエルとマルコシアスにテレパシーで語りかけた。
「そっちで何かあるか!?」
「変なのがやってきたよ。誘い出されたね、兄さん」
ミカエルからの返事が頭に響いた。
「今すぐ旧校舎の屋上まで来い!」
それだけ言うと屋上まで一気に瞬間移動した。
屋上に着くとまだ誰もいない。
するとミカエルからテレパシーがきた。
「こっちだ。僕らの校舎に来てくれ」
再度移動すると屋上にはミカエルとマルコシアスがいた。
「やっかいなことになったよ」
ミカエルが校庭を指さす。
見ると校庭では数頭の犬と生徒が逃げまどう生徒を襲う異様な光景が繰り広げられていた。
「なんだありゃあ?」
「パピルザクの仕業です」
マルコシアスが校庭の先――
校門の方を指すと一頭の黒い犬がいた。
「どうやら犬を媒介にして瘴気を人の体内に注入、凶暴化させてるようだね」
「なんのために?」
「おそらくはマリアを襲わせるために」
ミカエルが真剣な顔で言った。
「ルシファー様!!」
マルコシアスがフェンスの向こうを指さす。
見るとマリアが他の生徒を助けている。
「マルコシアス!下に行ってフォローしてこい」
「ルシファー様は?」
「俺は雷に見せかけて、あいつらの中にある瘴気を消し飛ばす。そしてパピルザクをここから引き離してケリをつける」
マルコシアスは黙ってうなずくと俺の前から姿を消した。
「僕も生徒会長だからね。何もしないわけにはいかないか…… まだ伏兵が潜んでいたら始末しておくよ」
「別に頼んでねーぞ」
俺が言うとミカエルは肩をすくめて姿を消した。
さて……と。
行くか!!
空に飛び上がると学校全体と校庭を見下ろした。
学校の中に入り込んでるかもしれねえからな。
一気にまとめて行くぜッ!!
両手を天空にかざすと魔力を溜めて放出するとボール状の光球が両手の間にできた。
効果は派手だが人体や建物に影響はない。
あくまでも瘴気を消し飛ばすだけだ。
両手を校舎と校庭に向かって振り下ろす。
光球は幾条もの稲妻のようになり轟音とともに落下して強烈な光を放った。
その隙に校門にいるパピルザクのところまで急降下する。
俺の気配に気がついた黒い犬が顔を上げた。
そのまま犬の首をつかむと、相手もろともさっきの裏山へ瞬間移動した。
「てめえがパピルザクか!?」
「貴様!ルシファー!!もう戻ってきたのか!?」
「あんな雑魚どもで俺の足止めができると思ったか?」
パピルザクが変身した犬の爪が鋭く伸びて俺の手の甲を切った。
「チッ…!」
犬の口が大きく開かれる。
咄嗟に首から手を離して突き飛ばすと口からは紅蓮の炎が吐き出された。
空中で身を翻してかわす。
パピルザクはそのまま森の中へ逃げ込んだ。
「野郎!」
着地すると辺の様子を伺う。
どこだ――!?
すると森の奥で恐ろしい量の瘴気が増大していくのを感じた。
「あそこか!?」
森の奥から獣のような咆哮が響いてくると同時に巨大なものが駆けてくる足音がした。
近づくにつれて地面を振動させる。
周囲の大木を薙ぎ倒しながらパピルザクが異様な姿を現した。
「グハハッハハ――!!どうだルシファー!!」
「それがてめえの本体か?」
俺の前に姿を現した魔神パピルザクの本体。
その大きさは20メートルを超えていた。
漆黒の肌に隆々とした筋肉をそなえた上半身。
肩と頭には無数の角が生えている。
下半身は巨大なワニの頭を二つ持った四足歩行の獣で表面がカニを思わせる甲殻類のような殻で覆われていた。
「答えろパピルザク!なんでてめえは俺の目的がわかった!?」
「簡単なことよ!我らは大気を瘴気となって分散し漂うことができる!それも広範囲にな!もっともその間はこのように力は発揮できぬが見て聞くことは十分にできるのよ!どんなに分散していても瞬時に伝達される」
フン。
なるほどな。
俺が感じていた瘴気が実はこいつにいろいろと伝えていたわけか。
「そのことをアーリマン様に報告したら貴様の抹殺命令が下ったのだ!」
「フン・・・ 貴様ごときがこの俺を殺すのか?」
「そうだッ!八つ裂きにして食らってやるわ!!」
パピルザクが吠えた。
俺もこみ上げてきた。
「ハーッハッハッハー!!笑わせるぜ!!この下郎が!!」
我慢できなく大笑いした。
「なにっ」
「パピルザク!てめえの運命は俺様にあった瞬間から決まっている!!肉片一つも残さずに消滅するってな!!!」
「ほざくなぁッ!!我が同族の恨み思い知れッ!!」
そう叫ぶと巨大なワニの口から炎を吹き出した。
飛び上がってかわすとミゲルを蒸発させた超高熱を手から発射した。
しかしパピルザクの本体に届くことはなく周囲に蒸気を発生させただけだった。
「結界か!」
「そうだ!我の周囲に張り巡らせた幾重もの結界が貴様の魔力を弾くのよ!」
クソッ!もう少し魔力を上げねえと届かねえか!?
「さしもの魔王も非力な人間のままでは万分の一も魔力を発揮できぬか!?」
パピルザクは嘲笑うと火炎攻撃に拍車をかけた。
周囲の木々があっという間に燃え散る。
「いつまで逃げ回る?ルシファー!!」
「調子に乗ってんじゃねぇ――!!」
体内の魔力をさらに高める。
大気は振動し、周囲の木々が砕け散った。
両手を合わせてゆっくりと離していくと漆黒の炎を纏った剣が現れた。
「なんだそれは!?」
「フフッ… 俺様の魔力を体外に放出した。言ってみれば魔力の剣さ」
「そんな剣で何ができる!?くらえッ!!」
パピルザクの放った火炎が竜巻のようになりながら迫る。
「ナメるな下郎ッ!!」
迫り来る瘴気めがけて剣を振り下ろした。
魔力でできた剣は黒炎を噴き出しなが伸び、炎を切り裂きながらパピルザクの右肩から腕を結界ごと切り落とした。
「グワアアアア――!!」
天に向かって悲鳴を上げるパピルザク。
傷口には黒い炎が燃え盛っている。
「な、なんの!こんなものすぐにでも再生してくれるわ!!」
しかし再生するどころか黒い炎はますます傷口を焼き尽くす。
「なにっ!まるで、さ、再生できない!?」
苦痛と驚愕にパピるザクの顔が歪む。
「言っただろう?これは俺の魔力が剣になったものだって」
「そ、それがどうした!?」
「黒い炎は地獄の業火・・・ 属性の違う、より強大なエネルギーの干渉で再生はおろか傷口から焼かれ、消滅するのさ」
黒炎は俺の言葉に呼応するかのごとく、一気に燃え上がった。
右肩から半身にまで燃え広がっていく。
「お、おのれ――ッ!!」
パピルザクは牙を剥き、射殺さぬばかりに睨みつけると最後の力を振り絞って突進してきた。
「パピルザク!てめえの最後だ!!」
突進してくるパピルザクに向かって俺も突っ込む。
パピルザクが最後の瘴気を俺に吐き出そうとする刹那、剣を縦横に振るった。
脚、上半身とバラバラに切断されるパピルザク。
その断片を焼き尽くすように黒い炎が竜巻のように燃え上がる。
「グギャアア――!!アーリマン様ぁ――!!」
地獄の業火に包まれながら、パピルザクは断末魔の叫びを上げた。
炎はパピルザクを焼き尽くすと小さくなり、風に流されるように消えていった。
残ったのは地面に焼き付いた巨大な焦げ跡だけだった。
ふう……。
とりあえずはカタがついたみてえだ。
周囲に瘴気は感じない。
それにしても、我ながら派手に暴れたもんだぜ。
人に見られねえうちに消えるかな。
目を閉じると学校の屋上に瞬間移動した。
屋上に着くと校庭には救急車が何台も来ていた。
おやおや、大変だねぇ。
さてと……
マリアのやつはどうしてるかな?
旧校舎からマリア達の校舎へ歩いて行った。
見るとお馴染み?のメンバーと一緒に玄関の前にいる。
救急隊になにやらいろいろ聞かれてるみてえだな。
男はジャージ姿、マリアや他の女は体操着にブレザーを羽織っていた。
「ヨオ――!!どうしたんだよ?」
俺が声をかけるとマリアと詩乃、純、美羽ってのとその他数人、それにマルコシアスとミカエルが俺を見た。
「あ~あ… ひでえザマだなこれは。何があったんだよ?」
「はぁ?何言ってんだよあんた」
詩乃が驚いて言う。
「ん?何かあったか?さっきまで屋上で寝てたんだよな」
俺が聞くと詩乃と純が教えてくれた。
「ふうーん。そういうことか」
欠伸をしながら答える。
「ちょっと」
マリアが俺の手を引っ張って数メートルはなれた。
「あのさあ…」
小声で聞いてくる。
「ん?」
「さっき犬を抱えて学校の外にいかなかった?」
えっ……。
見られたか?
「いや。なんでだよ?」
「うん… なんかそんな風に見えたの。黒い影が犬に覆いかぶさるように」
「みんな見たのか?」
「ううん。私だけ」
見るとマリアの腕に血の跡があった。
「怪我したのか!?」
腕をとって聞く。
「うん、さっきドアを開けようとしてガラスで切っちゃって。でももう大丈夫だから」
見ると腕に10㎝くらいの赤い線が見える。
これが傷口か?
「けっこう血が出たんだけど、気がついたら傷がふさがってたの」
マリアの腕や体操着に着いた血の跡を見るとけっこうな出血だ。
それがこんな綺麗に、あっという間に治るもんか?
「みんなには綺麗に切れすぎたからすぐくっついたみたいに誤魔化したけど、これがあなた達が言っていた神様の力?」
違う。
マリアの中からそんな気配は感じられない。
まだ純粋な人間のままだ。
「いや… 違うな」
「じゃあなんでだろう…?」
マリアは不安そうに自分の腕を見つめた。
そして気を取り直したように俺を見ると微笑みながら言った。
「助けてくれてありがとう。私やみんなを助けてくれて」
「フン。おまえには悪魔の宇宙を創ってもらわなきゃならねえ。他のヤツはたまたま、ついでだ」
「でも…ありがとう…」
そう言うとマリアは俺の手を取った。
パピルザクにつけられた手の甲の傷を見る。
そして羽織っているブレザーのポケットから黄色い柄付きの絆創膏を出すと俺の手の甲の傷に貼った。
「おい、なんだよこの女くせえ絆創膏は?」
「だってこれしかないんだからしょうがないじゃん」
マリアが憮然として返した。
「まあ、俺の場合こんな怪我はあっという間に治っちまうけどな」
「そっか… なら良かった」
ホッとしながら笑顔を見せるマリアを見たときに不思議な感覚を感じた。
妙にふわふわして……。
よくわからねえが、何かが満たされてるような気がする。
それが何なのか?どういうものなのか?わからねえ。
ただ、一つ似ているものを思い出した。
お袋が俺に用意するリンゴだ。
あれを食べたときの感じによく似てるな……。
ん?
俺は腹が減ってるのか??
「マリア――!!」
後ろの方でマリアの友達が手を振って呼んでいる。
「ほら、呼んでるぜ」
俺が言うとマリアはもう一度俺に礼を言って「またね」と言うと友達連中のところに走っていった。
友達と笑顔で話すマリアを見て、俺は旧校舎に戻った。
別に人間どもが魔神に殺されようと食われようと知ったことじゃない。
俺には関係ねえ。
だがマリアだけは――
マリアだけは俺が守る。
まあ、周りの取り巻きも追加しといてやるか。