【第七子】好奇心と期待と妄想
「うそ……。うそでしょ……!」
朝霧レナは部屋の中で飛び跳ねた。いや、正確には飛び跳ねるようにしてベッドに突っ込んだ。
「キターッ!! やっとキターーッ!!」
両手を突き上げ、部屋中に響く声。
部屋の天井にはプロジェクター式の生活モニターが埋め込まれていて、そこに浮かんだのは、国家交配制度の“適合通知”。
【朝霧レナ 様】
あなたは本日、交配適齢期に達しました。
推奨ペア候補:相田ユウ(28)
適合率:92.6%
面談予定:6月8日 14:00/第9ブロック市民センター
「92.6……けっこう高くない? ていうか年上じゃん。10コ! やばっ……!」
レナはスマホを握りしめながら、思わず頬を赤らめる。
「てか、この人ちょっとかっこいいし……。マジで、やば……」
画像検索で表示された“相田ユウ”の資料用顔写真。
真面目そうで、少し影があって、しかもスーツが似合う大人の男。
「えー、ちょっと、こういうの……アリなんだけど……」
胸の奥がざわざわと熱くなる。
制度のことは、正直そんなに信用していない。でも、ずっと想像はしてきた。
いつか、自分も「誰かのもの」になる日が来ることを。
その夜。
レナはひとり、シーツの上で仰向けになったまま、息を潜める。
「好きでもない人とって、どうなんだろ……でも、ユウさんなら……」
パジャマのボタンを外しながら、手のひらがゆっくりと下腹部へ伸びていく。
想像の中のユウの姿が浮かび、それだけで身体が熱を持っていく。
「もし、こういうの見られたら……絶対ドン引きされるよね……」
そんなことを考えながら、下着の上から触れた場所がじんわりと熱を帯びた感触がした。
⸻
― 相田ユウ ―
午後2時直前、第9ブロック市民センターの面談室。
ユウは既に椅子に座り、静かに呼吸を整えていた。
(10歳も下か……)
前回までのミサキとは、まったく別の属性の相手。
国家制度が選んだ“交配候補”に年齢制限はない。だが、年齢差があると心の準備も変わってくる。
ガチャ。
ドアが開いた。
「こんにちはっ!」
入ってきたのは、制服のようなチェック柄のミニスカートに、白のパーカーを羽織った少女。
黒髪をポニーテールにまとめ、ぱっと花が咲いたような笑顔を浮かべている。
アイラインが強すぎない、けれどぱっちりとした目元。
そして、眩しいくらいのエネルギー。
「朝霧レナですっ! えっと……ユウさんですよね? わー、本物だぁ……!」
「……よろしく。相田ユウです」
そのテンションにやや戸惑いながらも、ユウは立ち上がって軽く会釈する。
「思ったより大人っぽい……いや、当たり前か、10歳も上なんだもんねっ!」
レナはそう言いながら、彼の正面にちょこんと座った。
背筋を伸ばし、足を組んだりせず、まっすぐにユウを見つめてくる。
「私、ずっと面談ってどんな感じなのか妄想してて……あ、変な意味じゃなくてね!」
「妄想?」
「うん。どんな人が来るのかなーって。年上? 優しい? イケメン? それとも、すっごく堅い感じの人とか……」
ユウは少し笑ってしまった。
「想像よりはどうだった?」
「うーん、想像よりも……好きかも」
レナはそう言って、にかっと笑った。
あまりにも無邪気なその一言が、逆にユウの心に微かな波紋を投げかけた。
彼女の言葉は冗談か、本気か。どちらでもないような、ただの自然体。
ミサキとは違う。
真逆の空気を持つ少女。
「じゃあ、今日の面談、よろしくお願いしますね、ユウさんっ!」
手を差し出してきたその仕草は、どこかデートのはじまりのようにも見えた。
(……また、面倒な相手が来たかもしれない)
だがその“面倒さ”が、なぜか嫌じゃないと思ってしまった。