【第四子】仮交際生活
「では本日より、仮交際プログラムを開始します」
面談室で事務的にそう告げたのは、こども家庭庁の女性職員だった。
タブレットに表示された書類には、びっしりとルールが書き込まれている。
•指定された共同住宅での同居義務(最長3か月)
•食費・光熱費は国家補助
•生活状況をAIが監視し、報告は週次で提出
•性的接触は推奨されるが強制ではない
•避妊の有無は制度に従って選択
(まるで、人間じゃなく実験動物みたいだ)
悠は、乾いた笑みを浮かべた。
しかし、ミサキの横顔は落ち着いていた。書類を一通り読み、きちんと署名してペンを置く。
その所作に、妙な安心感があった。
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新しい部屋
案内されたのは、都心から少し外れた共同住宅。
見た目は普通のマンションだが、各部屋の玄関には小さな黒いレンズが埋め込まれている。監視カメラだ。
「……思ったより、普通の部屋ですね」
「そうですね。ホテルみたい、って言った方が近いかも」
キッチンは二口コンロ、リビングには二人掛けのソファ。
寝室は――一つ。ダブルベッドがどんと置かれていた。
ミサキは少し視線を逸らし、髪を耳にかける仕草をした。
悠は無意識に喉を鳴らしてしまう。
「えっと……一応、ソファでも寝られるから」
「いえ……そんなに気を遣わなくても大丈夫です」
どちらも、それ以上は踏み込まなかった。
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小さな日常
初日の夜。
二人でスーパーに行き、鍋の材料を買った。
「こうやって買い物するの、久しぶりです」
「誰かと一緒に食べるのは?」
「もっと久しぶりですね」
鍋の湯気が上がる。
白菜の甘み、鶏肉の旨味。
テーブルを挟んで向かい合い、互いに取り分け合う。
「……結婚って、昔はこういう日常から始まったんでしょうね」
「今は、制度から始まる」
ミサキの箸が止まる。
けれど、すぐに小さく微笑んだ。
「でも、悪くないです」
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夜の距離感
食後、ミサキは風呂から上がり、髪をタオルで拭きながらリビングに現れた。
薄手のルームウェア。生地越しにうっすらと肌のラインが浮かんで見える。
悠は慌てて視線を逸らす。
けれど、視界の端に残る柔らかな影が、どうしても意識を奪っていく。
「……結城さん」
「な、なんですか」
「今日は、隣で寝てもいいですか?」
問いかけは冗談のようで、けれど冗談ではなかった。
ミサキの瞳は真剣で、少しだけ震えていた。
「制度が決めたからじゃなくて……人と人として。
ただ、一緒に眠りたいんです」
悠の胸が、強く打ち始める。
だが、すぐに深く息をつき、頷いた。
「……わかりました」
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眠りの境界線
ベッドに並んで横になる。
距離はわずか数十センチ。互いの呼吸が触れるほど近い。
「おやすみなさい」
「……おやすみなさい」
沈黙。
だが、その沈黙は心地よかった。
眠りに落ちる直前、悠は気づく。
“制度に従う”だけの関係ではない。
確かに今、隣に「ひとりの女性」がいる――その事実が、自分を温めていた。




