【第四子】まっすぐ見つめるその理由
―相田ユウー
白い壁と銀のドア。静かすぎる空間は、まるで誰かの記憶さえ拒絶するようだった。
次のマッチング面談は、再びこの無機質な部屋で行われることになった。相手も、変わらず――ミサキ。
いつからだろう。
制度の下で他人と向き合うことに、こんなふうに“緊張”を覚えるようになったのは。
それは、期待じゃない。希望でもない。
ただ「彼女がなにを考えているのか」を、知りたいと思ってしまった。
制度なんて、とうの昔に信じていないはずなのに。
ドアの向こうで足音が止まり、カチャリとノブが回る音がした。
「……遅れてごめん」
ミサキだった。
この数週間で、少し髪が伸びたように見えた。
タブレット端末を片手に、少しだけ疲れたような顔。けれど、それがどこか“大人”に見えて――ユウは不意に視線を外した。
「来てくれてありがとう」
「制度だから。来ないって選択肢、ないし」
そう言いつつ、彼女は向かいの椅子に腰かけた。
口調はそっけない。でも、その声色は以前よりも少し、柔らかい。
「最近どう?」
「変わりない。交配通知も5件目。慣れてきたって言うのも、変な話だけど」
「それでも、来たってことは……」
「会いたかった、って言ったら制度違反になる?」
ユウは目を見開いた。
けれどミサキは、ふっと笑った。
「冗談。……半分くらい」
場の空気が緩んだ。
けれど、それはただの軽口ではないとユウは感じていた。
25歳。
制度的には“交配可能なラスト数年”に入る年齢。
彼女のような存在は、国家にとって貴重な“数値”の一つに過ぎない。
でも、ユウにとっては――少しずつ、そうじゃなくなりつつあった。
「……俺、制度にずっと反発してた。今も、信じてるわけじゃない。
でも最近、自分でもわからなくなってきたんだ」
「何が?」
「気づいたら、お前のことを考えてる。制度の外で、思い出してる時間が増えてる。
それが義務から来てるのか、ただの錯覚なのか、わからなくてさ」
ミサキは一瞬だけまばたきを止めて、真っ直ぐにユウを見た。
「それって、錯覚じゃなくて本音かもしれないよ」
「だったら、余計にわからない。
制度がなかったら、俺たちは出会わなかった。
でも制度があったから、出会ってしまった。
この関係に、どこまで意味を見出せるのか……」
「意味なんて、誰かが決めるもの?」
言葉が詰まる。
ユウのように理屈で組み立ててきた人間にとって、ミサキのような答えはとても不安定で、でもなぜか安心する。
「私、最初はあなたのこと、“最悪”って思ってたよ。
年上で、冷静ぶってて、自分の傷に気づいてない感じがして」
「……痛いな、それ」
「でも今は――ちょっとだけ、その距離感がありがたいって思ってる」
ユウは息を吐いた。
すぐに言葉にはできない感情が胸の奥に滞っていたが、それは決して悪い感覚ではなかった。
「次、また会える?」
ユウの問いに、ミサキは軽く頷いた。
「うん。たぶん、私はまだ……あなたのこと、もっと知りたい」
面談室のドアが開いたとき、もう一度彼女を振り返った。
目が合った。
何も言わずに、微笑んだ。
この瞬間が、きっと“制度”じゃなくて“感情”だったと、ユウは信じたくなった。
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【登場人物紹介】
相田ユウ(28歳)
交配制度に強い疑念を抱きながらも、ミサキとの関わりの中で「制度の中でも人は惹かれ合うのか?」という問いに揺れている。
彼の冷静さの裏には、孤独と責任感、そしてまだ昇華できていない“喪失”がある。
川原ミサキ(25歳)
過去に一度制度から離脱し、再び戻ってきた背景を持つ。制度に巻き込まれながらも、心はしっかりと自分を保っている女性。
ユウの“気づかなかった優しさ”に惹かれつつも、自身の本心にまだ確信が持てずにいる。