【第三子】適合率
翌週、再び「適合センター」に足を運ぶと、ロビーの空気は前回より少しだけ和らいで感じられた。
慣れたというより、“ミサキに会える”という理由が、悠の中に確かに芽生えていた。
受付から誘導され、二人は同じブースに通された。
「こんにちは、結城さん」
ミサキは今日も落ち着いた服装だったが、前回よりも少しカジュアルに寄っていた。
白のブラウスの襟元はわずかに開き、鎖骨のラインが目に入る。
本人は意識していないかもしれないが、ユウは一瞬だけ視線を泳がせた。
「こんにちは、水城さん……あ、もう“ミサキさん”って呼んでいいですか?」
ミサキはふっと笑う。
「もちろん。じゃあ、わたしも“ユウさん”って呼ばせてもらおうかな」
呼び方ひとつで、距離がぐっと近づく気がした。
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数値としての“相性”
モニターには「初期適合率:62%」という表示が浮かんでいた。
「……高い方、なんでしょうか」
ミサキが呟く。
「平均は50%前後って聞きました。だから……まあ、悪くはないはずです」
悠も少し気恥ずかしそうに返した。
「制度が“恋愛”を数値化するなんて、ほんと、味気ないですよね」
ミサキの言葉は皮肉めいていたが、その瞳にはどこか憂いがあった。
「でも、逆に言えば――これって“赤の他人”が、たった数回の対話で60%以上の相性ってことですよね。
それって、すごい偶然か、あるいは……運命、って言ったら、笑います?」
「笑わないです。むしろ……ちょっと、ドキドキしました」
悠の声が、わずかに低くなった。
その瞬間、ミサキが目を伏せ、頬を赤らめる。
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制度がもたらす“異常な日常”
「……ところで、聞いてもいいですか?」
ミサキがふいに、真面目な顔に戻った。
「ユウさんは、なんで通知が来るまで交配制度に登録してなかったんですか?」
「正直、制度に反発してました。
恋愛も結婚も、自由であるべきだって……どこかで“制度の被害者”って決めつけてたんだと思います」
ミサキはゆっくりと頷いた。
「でも、実際に誰かと出会ってみて、少しだけ気づいたんです。
“自由”って、何もしなければ、何も起きないことと同じかもしれないなって」
「……わかります」
しばし沈黙。
ただ、沈黙が苦ではなかった。
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淡い色気と、無意識の距離感
ミサキが手元の水を取ろうとして、グラスを倒しかけた。
慌てて手を伸ばした悠の手と、彼女の指先が触れる。
一瞬、時が止まったようだった。
「……すみません」
「いや、俺こそ……反応、遅かったですね」
手を引くタイミングがわずかにずれたことで、ふたりの距離は一気に縮まった。
ミサキの吐息がわずかにかかる。
(やばい。これ以上近づいたら、理性が試される)
だがミサキはすっと体を引き、何事もなかったかのように席に戻った。
その仕草に、悠は逆に心を揺さぶられた。
“わかっているけれど、踏み込まない”――そんな境界線の美しさが、そこにはあった。
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ふたりで、未来を想像する
最後に、センターから渡された「仮適合交際同意書」にふたりで目を通す。
項目には、日常的な接触、同居の可否、避妊の選択、生活圏の調整――現実的で、容赦のない記述が並ぶ。
「ねえ、ユウさん。
“本当に子どもを持つ”ことを、制度が迫ってきたら……そのとき、どうします?」
ミサキの瞳は揺れていた。
「そのときは、ちゃんと自分で決める。
君と、ちゃんと向き合って、答えを出したい」
その言葉に、ミサキの目が見開かれた。
「……じゃあ、わたしも。ちゃんと考えます。
今まで避けてきたけど、そろそろ、覚悟しなきゃいけない気がするから」
ふたりは同意書に仮署名し、今日の面談を終えた。
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帰り道
「じゃあ、次の面談も……?」
「もちろん」
二人は並んで歩き始める。
そして――別れ際。
「悠さん、ちょっと前髪、伸びました?」
「あ、そうかも。気づきました?」
「……似合ってますよ」
不意にそう言われて、ユウの心臓が跳ねた。
「ありがとう。……ミサキさんも、今日の服、すごく似合ってました」
言った瞬間、互いに照れくさそうに笑い合う。
制度の外では、ただの男女。
けれど今は、その“一歩手前”の、いびつな関係が愛おしく感じられた。




