【第二子】水城ミサキ
「はじめまして、水城ミサキです」
明るすぎないトーン、けれど曇りのない声だった。
彼女はロビーの隅で、きちんとした姿勢で立っていた。
アイボリーのブラウスと淡いグレーのスカート。地味な服装のはずなのに、清潔感と凛とした空気を纏っていた。
「……結城ユウです。よろしく」
そう言いながら、ユウは軽く会釈した。
緊張していた。だが、それは制度への反発でも恐怖でもない。
“この人に失礼なことをしたくない”という、ごく自然な感情だった。
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面談室
受付に誘導され、二人は個室ブースへ通された。
部屋の中央には丸テーブル、対面に並べられた椅子、天井に小さく設置されたカメラ。
全てが「交配制度」の下で管理されていることを、空気が伝えてくる。
「……こういうの、初めてですか?」
ミサキの方から、静かに話しかけてきた。
穏やかな口調だったが、どこか探るような、いや、自分を落ち着かせるための言葉にも聞こえた。
「はい。第1回通知でした。あなたは……?」
「わたしも、1回目です。通知が来たとき、ちょっと……戸惑いました」
ミサキは微笑んだ。柔らかいが、どこか距離のある笑顔。
ただそれでも、作り物のようには見えなかった。
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「通知って、もっと淡々と来ると思ってたんです。
でも、プロフィールに“この人との未来を想像してみてください”って書かれていて……」
「え、そんなのありました?」
ユウは思わず聞き返した。
自分の通知には、そんな“人間味”のある文言はなかった気がする。
「たぶん、パターンがあるんだと思います。わたし、過去に“制度反対署名”をしたことがあって。
それで気遣われたのかも?」
「……制度反対?」
「昔、仲の良かった友人が強制的に交配センターに入れられて……。
拒否権がないって、やっぱり怖いですよ。
でも最近は……“希望する自由”さえ奪われている人が多いんだなって、思い直して」
「希望する自由……か」
ユウの心に、その言葉が残った。
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“誰か”と“何か”
数十分の面談は、驚くほど自然に進んだ。
・普段の仕事(ミサキは児童福祉関連の事務職)
・家族構成(兄が一人。両親とは別居)
・休日の過ごし方(散歩、読書、友人とのランチ)
・過去の恋愛(長く続いた人が一人。もう何年も前)
互いに用心しながらも、少しずつ壁を崩していくようなやりとりだった。
やがて、AIが指定する「適合度テスト」が始まると、空気がまた少し硬くなる。
項目は心理傾向、価値観、倫理観、子育て方針、性的傾向など。
いずれも制度が“良い交配”を成立させるために必要とされる指標だった。
「ねえ、結城さんは――」
ふと、ミサキが言葉を切って、真っ直ぐに目を見てきた。
「“子どもを持つこと”について、どう思ってますか?」
直球だった。だが、避けてはいけない問いでもある。
「……正直に言えば、怖いです。
ちゃんと育てられるのか、将来を考えたこともなかった。
でも、制度がなければ、そんなこと一生考えなかったかもしれない。
だから今は、考えるきっかけをもらえたのかな、って」
「それ、わたしも同じです」
ミサキは、ほんの少しだけ嬉しそうに微笑んだ。
ようやく、心の温度がほんのり上がった気がした。
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別れ際に
帰り際、二人はビルの外で立ち止まった。
空は曇っていて、遠くから秋の匂いが運ばれてきた。
「今日はありがとうございました。
……次も、来ますか?」
「来ます。あなたが、来るなら」
それは、口にしてから少し恥ずかしくなるほど率直な返答だった。
だがミサキは、まっすぐに頷いた。
「……来ます。ちゃんと、向き合いたいですから」
二人は小さく手を振り、別れた。
だがその背中は、どちらも、少しだけ名残惜しさを残していた。




