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【第二子】初めての面談

― 相田ユウ ―


交配面談センター第9ブロック分室――

梅田の旧グランフロント南棟に再設された、国家指定の出会いの場。


会議室と病院の中間のような無機質な空間に、ユウはひとり腰を下ろしていた。

床から天井まで白で統一された室内には、二脚の椅子とモニターしかない。


ここで行われるのは、面談。

そして、その実態は「子どもをつくるかどうかを話し合う」という建前で行われる、制度的な交配交渉だ。


「遅れてるな……」


ユウは腕時計型のPDIに目をやる。14時33分。面談は14時30分開始のはずだった。

相手は“川原ミサキ”。通知に記された適合率は98.2%。


自分より3つ年下。どんな相手が来るのかは知らされていない。だが、制度に反感を抱いている人間なら、きっと遅れて来るだろう――そんな予感があった。


数秒後、ドアが開いた。


「……ごめん、待った?」


入ってきたのは、黒髪を無造作にまとめた女性だった。

白いパンツスーツに、グレーのジャケット。目元には薄くアイラインが引かれている。洗練された雰囲気を纏っていたが、どこかよそよそしさもあった。


「川原ミサキです」


その名乗りに、ユウは思わず目を細めた。

感情を削いだような声。視線も、挨拶も、どこか遠い。


「相田ユウ。……はじめまして、かな」


「そうね。はじめまして。でも、“はじめて”って感じはしないわ」


ミサキはそう言うと、壁に設置されたモニターの横にある椅子へ無言で座った。

まるでビジネスミーティングのような姿勢。ユウは苦笑しそうになるのを押し殺した。


「じゃあ、始めましょうか。“国の望む会話”を」


皮肉っぽく笑った彼女の表情には、どこか憂いが混ざっていた。


------


「“交配面談”って言葉、なんか下品よね」

ミサキが、ふっと笑った。口元だけが笑っていて、目は笑っていなかった。


「“結婚相談所”の方がまだマシだと思わない?」


「……どうだろう。こっちの方が、誤解はない」


「確かに。“好き”とか“愛”とか、そういう甘ったるい要素が最初から排除されてる分、誠実なのかもね」


ミサキは、組んだ足を組み替える。

滑らかな動き。膝下から伸びるラインに、ユウの視線が一瞬引き寄せられたのを、彼自身が一番よくわかっていた。


「見るなら堂々と見て。どうせ適合通知で“生殖可能性高”って出てたでしょ、私」


「……見てたわけじゃない」


「じゃあ、見ればいいのに」


ミサキは皮肉めいた笑みを浮かべたまま、身を乗り出してきた。

指先が、テーブルの中央に置かれた共有端末をトン、と軽く叩く。


【面談内容記録中】

【発言・表情・心拍数ログ記録中】


モニターの下部に、小さく表示されている。

この面談も、結局は監視下だ。


「義務感で抱かれるくらいなら、断った方がマシ」

ミサキは低い声で言った。


「でも、“断る権利”もあと2回しかないんだよね。あなたも?」


ユウは、軽くうなずいた。


「俺も、あと1回」


ミサキの瞳が、ほんの一瞬揺れた。


「そう。……じゃあ、たぶん、私がどう出るかで決まるのね」


「違う」


ユウは口を開いた。


「俺は、自分で決める。誰かに“どう出るか”を見てから決めるようなことは、したくない」


ミサキはその言葉を受け取ると、少しだけ目を細めた。


「意外。あなたみたいなタイプ、もっと流される人かと思ってた」


「昔はそうだった。でも、流された結果、“誰も責任を取ってくれなかった”」


沈黙が落ちた。

しばらくして、ミサキがふっと笑った。


「……変なの。

今日会ったばかりの相手と、こんな話をしてるのに、まったく他人事じゃない感じがする」


「適合率、98.2%だからな」


「やめて。数値で語られるの、一番嫌いなの」


ミサキはふっと椅子から立ち上がった。

机を回り、ユウの隣に来て、彼の目の前で止まった。


「このまま、帰ってもいいのよ。制度に従うふりをして、時間稼ぎして、また逃げる。でも……」


彼女はゆっくりと、ユウの肩に手を添えた。

その動きが自然だったのか、試すようだったのか、ユウには判断がつかなかった。


「触られるの、嫌?」


「……今は、嫌じゃない」


本当は少しだけ、動悸が早かった。

指先に伝わるミサキの温度が、意外なほどあたたかくて、

その温度が「制度の人間」ではなく「ひとりの女性」として彼女を感じさせた。


ミサキは、ユウの肩に置いた手をそっと引っ込めた。


「今日はここまで。まだ、信じたわけじゃないから」


「信じなくていい。ただ……俺たちは、会った。それだけで、もう何かが始まってる」


ユウの言葉に、ミサキは小さく目を伏せた。


「……次、会うとき、私がちゃんと笑ってたら、そのときは少しだけ、信じてもいいかも」


彼女は背を向け、ドアへ向かう。

白いジャケットの裾がふわりと揺れ、閉まりかけたドアの隙間に吸い込まれていった。


ユウは、静かに息を吐いた。


温度が残る肩を、そっと左手で押さえながら。


-------------

【登場人物】

相田ユウ(28歳)

国家制度による交配通知を受けた28歳の男性。

一見クールで淡々としているが、制度に巻き込まれた過去の記憶と他者への共感性を内に秘める。

面談で出会ったミサキに対し、「制度の相手」としてではなく「自分の意志で向き合う相手」として対話を試みた。


川原ミサキ(25歳)

国家交配制度の適合通知でユウの相手として選ばれた女性。

皮肉屋で感情を隠す傾向があるが、その言葉の裏には深い痛みと自衛心が見え隠れする。

面談の場でユウと初めて本音をぶつけ、ほんの少しだけ肩に触れた。

それは制度ではなく、“自分の手で繋ごうとした接触”だった。

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