【第一子】通知
朝6時。
結城ユウは、スマートウォッチからの微かな震動で目を覚ました。カーテンの隙間から差し込む白んだ光が、もうすぐこの街に日常を運ぶことを告げていた。
起き上がっても、隣に人の気配はない。
結婚も同棲も――恋愛さえも、遠い世界の話だった。
31歳、独身。かつては会社員、今は在宅で請負のデータ仕事を細々と続けている。年収はギリギリ生活できる程度。恋愛市場からはとっくに降りていた。
そんなユウの前に、**“通知”**は、突然現れた。
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「対象者:結城ユウ(31)
第1回適合通知を送信します。
あなたは“交配適齢期制度”により、国家より交配候補者として選出されました」
眼前に浮かぶのは、政府公式の通知画面。
間違いなく本物だ。ホログラフィック認証の印が、拒否不能の意志を刻み込んでいた。
(ついに……来たのか)
現行の制度では、16歳から35歳までのすべての国民に、出生適性や社会性、遺伝的リスクを評価した“交配適合通知”が、AIにより選出される。
拒否はできない――累積通知回数が一定を超えると、罰則または強制収容が科される。
「この通知に対し、72時間以内に候補者との面談を行ってください。
第1候補者情報:水城ミサキ(29)」
見慣れない女性の名前と、添えられたプロフィール。
どこかの誰か。会ったことも話したこともない。
だが、この名前はこれから、自分の人生に強制的に関与してくる存在だ。
悠は、無意識に手を握りしめていた。
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昔の記憶が、ふと蘇る。
学生時代の恋、うまくいかなかった就職、親との確執、そして――この国の転換点。
少子化の加速は、もはや社会の存続を揺るがす国家危機とされていた。
数十年続いた自由主義では人口減少に歯止めがかからず、政府は強権的な**「交配適齢期制度」**を導入。
批判はあった。暴動も起きた。
だが、「未来なき自由」と「生存の強制」を天秤にかけた国民は、後者を選んだ。
こうして制度は合法化され、ついにはこども家庭庁が交配計画の中枢となった。
悠のような「適合者」は、データで選ばれ、数回の面談・性格検査・心理適合率を経て交配へと進む。
愛があるかどうかは、もはや重要ではない。
国家が求めるのは「次世代」であり、「家族」ではないのだから。
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(拒否できるなら、していただろう。けど、これは……“義務”なんだ)
指先が、通知画面の“承諾”ボタンに触れる。
「第1候補者・水城ミサキとの面談日程を調整します」
AI音声が淡々と響いた。
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数時間後、ユウは部屋を出た。
久しぶりに髭を剃り、シャツにアイロンをかけ、まともな靴を履いた。
面談場所は、市内の交配面談センター。
封鎖された商業施設を改装した無機質なビルだが、ガラス張りのロビーには光が差し込み、どこか希望すら感じさせた。
だが――
「はじめまして、水城ミサキです」
そう声をかけられた瞬間、悠の呼吸は一瞬止まった。
彼女は、思っていたよりも、ずっと普通で、ずっときれいだった。




