表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/24

【第一子】通知

朝6時。

結城ユウは、スマートウォッチからの微かな震動で目を覚ました。カーテンの隙間から差し込む白んだ光が、もうすぐこの街に日常を運ぶことを告げていた。


起き上がっても、隣に人の気配はない。

結婚も同棲も――恋愛さえも、遠い世界の話だった。

31歳、独身。かつては会社員、今は在宅で請負のデータ仕事を細々と続けている。年収はギリギリ生活できる程度。恋愛市場からはとっくに降りていた。


そんなユウの前に、**“通知”**は、突然現れた。



「対象者:結城ユウ(31)

第1回適合通知を送信します。

あなたは“交配適齢期制度”により、国家より交配候補者として選出されました」


眼前に浮かぶのは、政府公式の通知画面。

間違いなく本物だ。ホログラフィック認証の印が、拒否不能の意志を刻み込んでいた。


(ついに……来たのか)


現行の制度では、16歳から35歳までのすべての国民に、出生適性や社会性、遺伝的リスクを評価した“交配適合通知”が、AIにより選出される。

拒否はできない――累積通知回数が一定を超えると、罰則または強制収容が科される。


「この通知に対し、72時間以内に候補者との面談を行ってください。

第1候補者情報:水城ミサキ(29)」


見慣れない女性の名前と、添えられたプロフィール。

どこかの誰か。会ったことも話したこともない。

だが、この名前はこれから、自分の人生に強制的に関与してくる存在だ。


悠は、無意識に手を握りしめていた。



昔の記憶が、ふと蘇る。

学生時代の恋、うまくいかなかった就職、親との確執、そして――この国の転換点。


少子化の加速は、もはや社会の存続を揺るがす国家危機とされていた。

数十年続いた自由主義では人口減少に歯止めがかからず、政府は強権的な**「交配適齢期制度」**を導入。


批判はあった。暴動も起きた。

だが、「未来なき自由」と「生存の強制」を天秤にかけた国民は、後者を選んだ。

こうして制度は合法化され、ついにはこども家庭庁が交配計画の中枢となった。


悠のような「適合者」は、データで選ばれ、数回の面談・性格検査・心理適合率を経て交配へと進む。

愛があるかどうかは、もはや重要ではない。

国家が求めるのは「次世代」であり、「家族」ではないのだから。



(拒否できるなら、していただろう。けど、これは……“義務”なんだ)


指先が、通知画面の“承諾”ボタンに触れる。


「第1候補者・水城ミサキとの面談日程を調整します」


AI音声が淡々と響いた。



数時間後、ユウは部屋を出た。

久しぶりに髭を剃り、シャツにアイロンをかけ、まともな靴を履いた。

面談場所は、市内の交配面談センター。

封鎖された商業施設を改装した無機質なビルだが、ガラス張りのロビーには光が差し込み、どこか希望すら感じさせた。


だが――


「はじめまして、水城ミサキです」


そう声をかけられた瞬間、悠の呼吸は一瞬止まった。

彼女は、思っていたよりも、ずっと普通で、ずっときれいだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ