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【第一子】通知は無音で届く

― 相田ユウ ―

ベッドに背中を沈めたまま、ユウは天井を見つめていた。

白くて、無機質で、空気の温度すら管理された部屋。目を閉じていても、何も変わらない朝だった。


ピッ。


壁の一部が音もなく淡く光る。

生活モニターが静かに開き、例の通知が映し出される。


【交配適齢通知】


適齢者番号:043291-76-A

氏名:相田ユウ(28)

推奨ペア候補:川原ミサキ(25)

適合率:98.2%

面談予定:明日14:30/第9ブロック市民センター


高いな、とユウはぼんやり思った。

適合率98.2%。遺伝子スコア、心理傾向、過去の恋愛履歴、経済活動履歴、あらゆる数値の掛け算で導かれた、科学的に“最適なペア”。


「知らない誰かと、子どもをつくるために出会うってのは、やっぱり変だよな……」


声に出すと、空気が少しだけ揺れた。返事などあるはずもない。

制度に対して文句を言う者は多いが、反抗する者は少ない。黙って従うのが、もっとも効率的な生き方だと、皆が知っていた。


ユウも、その“皆”の中にいた。

少なくとも昨日までは。




その日の午後、ユウは外へ出た。

第3特区再開発エリア――中之島の北端、川沿いに沿って整備された灰色の街。ビルはどれも同じようなデザインで、看板すら最低限。


人々はマスクをし、一定の距離を保ちながら歩いている。無言のまま、正確なリズムで横断歩道を渡り、スマートパスで建物に吸い込まれていく。


“交配適齢者”と刻まれた腕章をつけた男女が時折すれ違った。

それは一種の社会的ステータスであり、見えない圧力でもあった。


ユウは、河川沿いのベンチに腰かけた。

指先に残る朝の通知の余韻が、まだ体温を支配しているようだった。


目を閉じると、幼い頃の記憶が浮かんだ。

――父と母が、笑いながら鍋を囲んでいた場面。

いま思えば、あれは「自由な恋愛と出産」の最後の世代だったのかもしれない。


自分がこれから会う相手――“川原ミサキ”という女性は、どんな顔をしているのだろう。

真面目か。冷たいか。諦めているか。あるいは……ほんの少し、希望を持っているか。


そのとき、風が吹いた。


通りかかった若い女性のスカートの裾がふわりと舞い上がり、

ほんの一瞬、純白の下着が覗いた。


ユウは、慌てて視線を逸らす。

その行動自体が、何かを思い出そうとしている自分の心を暴いているようで、ひどく居心地が悪かった。


——性欲なんて、もう管理されて久しいのに。

国家のAIは、毎日のホルモンバランスまで調整してくれるというのに。


「……俺たち、ちゃんと人間なんだよな」


自嘲気味に呟くと、ふと風が止んだ。


ミサキとの面談は、明日。

制度に従って、彼女の前に座り、“繁殖の可能性”について話し合わなければならない。


ユウは立ち上がった。

彼の中に、ほんのわずかなざわめきが生まれていた。それが怒りなのか、好奇心なのか、自分でもわからなかった。


ただひとつ、言えることがあるとすれば——

「彼女と出会えば、何かが変わる」

そんな予感だけが、胸の奥に残っていた。

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