プロローグ
「…また、誰かが連れていかれた」
誰かのすすり泣く声が、コンクリ壁越しにかすかに響いた。
相田ユウはベッドに腰かけ、無機質な白光に照らされた天井を見つめていた。
“適合通知”が届いたのは、昨日の夜。
部屋に設置された生活モニターに、いつものあの声が流れた。
「相田ユウ様、あなたは本日をもって交配適齢期に達しました。
推奨ペア:川原ミサキ(25) 適合率:98.2%」
画面には、女性の顔写真とプロファイルが表示される。
年齢、職歴、遺伝子スコア、健康履歴、そして「妊孕性ランク」。
恋も、未来も、自由も、数値に置き換えられる時代。
ユウは思う。
「もし、彼女がこの制度を憎んでいたら。
それでも、俺たちは出会ってしまうのか?」
そしてその“出会い”が、国家に抗う始まりになるとは、
このときのユウはまだ知らなかった。
--------------------------
【登場人物】
相田ユウ(28歳)
制度に黙って従っているように見えるが、内心では深く制度を疑っている。
かつて技術職として働いていたが、職場での“交配拒否者”拘束をきっかけに心を閉ざす。
冷静だが、誰よりも怒りと理想を持っている。
川原ミサキ(25歳)
AIマッチング制度に強い嫌悪感を持つ知性派の女性。
かつて家族と制度について対立し、縁を切った過去を持つ。
距離を置きながらも、ユウの真っ直ぐな内面に少しずつ惹かれていく。