【第十一子】法改正
◆ユウ視点◆
再検査の結果が届いたのは、曇りがちな秋の午後だった。
端末に表示された数字を見た瞬間、思わず息をのんだ。
適合率:85%
前回の60%台から大きく上がっている。
数値に救われたような安堵が胸を満たす一方で、すぐに冷静な自分が顔を出した。
「……90%じゃないんだな」
政府の統計によれば、適合率90%以上のペアはほとんどが円満な生活を送っているらしい。
それに比べれば、俺たちはまだ“途中”だ。
けれど、昨夜のミサキの笑顔を思い出すと、この数値の上昇が決して虚構ではないことも分かる。
端末をスクロールすると、新たな通知が目に飛び込んできた。
【速報】
交配適齢制度、翌月より一部改正へ
これまで一人に限定されていた適合者を複数選択可能とし、面談を経て交配を確定させる方式に移行。
政府は「個人の尊厳を尊重する改善」と説明。
「……やっぱり来たか」
制度に対する抗議デモ、SNSでの署名活動。
政府は強制のイメージを和らげるために、この改正を“進歩”と呼ぶだろう。
だが実際は、自由に見せかけた新しい管理にすぎない。
選択の余地を与えられたように装っても、最終的に「交配しない」という選択肢は存在しないのだから。
さらに追い打ちをかけるように、新しいスケジュールが表示される。
《複数適合者との面談予定:翌月より開始》
胸の奥が冷たくなった。
俺だけじゃない。ミサキにも、別の候補者が現れる。
「選択できる」という言葉は、時に“試される”ことを意味する。
制度は、俺たちの関係にまた揺さぶりをかけてきた。
――けれど。
俺は心のどこかで確信していた。
どんな候補者が現れようと、俺はミサキを選ぶ。
制度の数字じゃなく、昨夜の温もりに、朝の何気ない会話に、答えがある。
「……大丈夫だ。俺は、もう決めてる」
小さく呟いた声は、誰にも届かない。
だが、それは自分自身に向けた誓いだった。
◆ミサキ視点◆
再検査の結果を見たとき、胸の奥がじんわりと温かくなった。
適合率:85%
あの60%台からここまで上がったのは、きっとユウと過ごした日々が形になった証だ。
――そう思うと、涙が出そうになる。
でも、同時に怖くなった。
“90%のペアはほとんどが円満”と広報される世界で、私たちはまだその境界に届いていない。
「もう少しで安心できる」と思えば思うほど、“まだ足りない”と囁く声が消えない。
ニュースを開くと、新しい言葉が並んでいた。
【制度改正】
翌月から複数の適合者との面談が可能に。
適合率70%以上の相手とは全員、交配候補として仮交際が義務化。
画面を見つめる手が震えた。
複数……。
つまり、ユウも他の誰かと会うということ。
「尊厳を尊重する改善」なんて、きれいな言葉に聞こえない。
むしろ、私の不安を大きくしただけ。
もし、もっと適合率の高い人が現れたら?
もし、ユウが揺れてしまったら?
考えれば考えるほど、胸の奥が冷たくなっていく。
制度に憎しみを抱くのは簡単だ。けれど、同時に、自分の弱さが恥ずかしい。
信じたいのに、疑ってしまう。
でも。
昨日、一緒に市場でりんごを選んだときのことを思い出す。
何気ない日常の中で、彼が見せてくれた穏やかな笑顔。
あれが、私を支えてくれる。
「……制度が変わるなら、それでもユウを選ぶ」
声に出してみると、不思議と心が落ち着いた。
制度が試練を与えるなら、それを超えて証明するしかない。
次に面談が始まったとき――
誰が現れようとも、私は迷わずユウを選ぶ。
窓の外を見上げると、曇り空の隙間から陽が差し込んでいた。
その光に照らされながら、私は小さく微笑んだ。