表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/24

【第九子】一つになる夜

「ユウさん……今日は、隣で寝てくれる?」


その一言が、やけに自然に聞こえたのは、たぶん一日を通して、ふたりの間に“それだけの時間”が流れていたからだろう。


「うん。……もちろん」


ユウは迷わずそう答え、静かに頷いた。


ミサキが寝室へ向かう足取りはゆっくりで、どこかためらいがちだった。

彼女の後ろ姿を見つめながら、ユウもゆっくりと歩を進める。

制度によって割り当てられた“適合者”としての関係は、今日、ようやく形を変えようとしていた。


寝室のドアを閉めると、そこには仄暗い灯りと、ミサキの静かな呼吸だけがあった。


「……まだ、緊張してる?」


ミサキがベッドの端に腰を下ろしながら、そっと尋ねた。


「……少し、かな。ミサキは?」


「うん。……少し、だけ」


お互いに顔を見合わせて、ふっと笑い合う。

それだけで、空気が少しやわらかくなった。


ミサキがそっと手を伸ばす。

ユウの指先と彼女の指先が触れ合う。

それは、儀式ではない。制度の命令でもない。

ただ、ひとりの人間として、もうひとりの人間を「選んだ」証だった。


「ねぇ、ユウさん」


「ん?」


「私ね……初めて会った日、覚えてる?」


「通知を受けて、面談室で会ったとき?」


「そう。でも、そのときは、どこか無理やりで……“交配制度”って言葉が頭の中でずっと反響してて、あなたの顔すらちゃんと見れてなかったの」


「俺も、正直に言えば……ミサキの名前すら、当時は他人事みたいに響いてた」


「……でも今は違うよね?」


ユウはゆっくりと頷く。


「うん。今はもう、“制度で選ばれた人”じゃない。ミサキは、ミサキだから、ここにいてほしいと思ってる」


その言葉に、ミサキの肩がふるりと震えた。


「……ありがとう。……嬉しい」


涙ではなく、喜びとも違う、何か深い場所で安堵したような声だった。


ユウはそっと彼女の肩に手を添え、ベッドの隣に座る。


ふたりの距離がゆっくりと近づいていく。

呼吸が、鼓動が、温度が交わりはじめる。

仮同棲の生活で積み重ねた小さな信頼と、少しずつ育てた想いが、ようやく“夜”を迎える。


エプロンの紐がほどかれる音が静かに響く。

ミサキの肩を覆っていたシャツがするりと落ち、素肌が露になる。

灯りに照らされた肌は薄く震えていたが、それは恐怖ではなかった。


ユウは手を伸ばし、彼女の頬に触れる。

ミサキは目を閉じ、優しくその手を受け入れた。


「……怖くない?」


「ううん。ユウさんとだから、大丈夫」


制度に反抗するわけではない。

けれど、誰かに命じられてすることではなく、自らの意思で繋がる夜にしたい。

その想いが、ふたりをやさしく包んだ。


唇が重なり、互いの熱が伝わる。

焦らず、急がず、互いの気持ちを確かめながら、静かに時間は流れていった。


そして――ふたりは、ひとつになった。


心も、身体も、制度を超えて。


■ それから


朝の光がカーテンの隙間から差し込む。


ミサキの髪が枕元に広がっているのを眺めながら、ユウはゆっくりと起き上がる。

彼女はまだ眠っている。微かに寝息を立てながら、ユウの方へと自然に身体を寄せていた。


(こんな未来を、想像できていただろうか)


通知を受けたあの日、絶望しかなかった。

人生を他人に預けさせられるような無力感と、抵抗のしようもない制度の圧力。

それでも今、こうしてミサキと一緒にいるこの時間には、確かな意味が宿っている。


制度に屈したわけじゃない。

ミサキを“選び直した”のは、他の誰でもない、自分自身だった。


(……ありがとう、ミサキ)


寝顔にそっと口づけをして、ユウは胸の奥でそう呟いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ