第三話 「牛の首に念仏」起3
俺は無事に中谷さんと新しく入って来た大学生の人にシフトを交代してもらい(結果文化祭期間中、朝昼は文化祭、夜はバイトというハードスケジュールが待っている)、中間試験もそこそこの手応えで終え、いよいよバスツアー初日を迎えた。オカルト同好会と学校の正門前集合だというので、俺はキャリーケースを転がしながら、電車に乗って、学校に着いた。早く着き過ぎたな。一番乗りだった。
朝6時の学校というものを見たことがあるだろうか。守衛さんもまだ来ておらず、当然ながら門は閉め切られていて、その門の格子越しに見える学校は、普段の騒がしい姿とは打って変わって無人の廃墟のようにも見える。これから、恐ろしいバスツアーに向かうとあって、俺には一層その景色が不気味に見え、急激に心細くなった。
「江戸川くん早いネ。」
「あ、部長。おはようございます。」
あくび混じりの部長が来てくれたのとほぼ同時に、王子と、もう一人、細身ながら鍛えていそうな、見知らぬ先輩が来た。
「あ、紹介するネ。この子がこないだ紹介できなかった部員の1人。加賀亮馬くん。柔道部と掛け持ちしてるんだ。」
「どうも。」
柔道部だなんてTHE体育会系☆じゃないか。あの部室の何が怖いんだろう。幽霊には足がないから、足技かけられなくて怖いのか?
「はじめまして、江戸川湊と言います。」
「湊ね。了解。」
え、いきなり下の名前で呼ぶ系の人なの?……まあ、うん。体育会系ってそうなのかもしれない。
「あれ?私達、遅刻ですか?」
佐野詩織と自称吸血鬼の末裔が小走りしながら来た。
「いや、思いの外皆が早く集まっただけだよ。」
王子が優しく微笑みながら答えた。
そんなこんなで駄弁るうちに、修学旅行用のバスより一回りぐらい小さい銀色のバスが来た。停車したバスのドアが開くと、中から明るい茶髪の、いかにも動画配信者なお兄さんが降りてきて、「おっはよーございまアす!」と元気よく挨拶された。その奥に、バスを運転する黒髪のお兄さんが姿勢よく会釈しているのが見えて、こっちがさとるくんでありますように、と思いながら、手前の茶髪に、皆と声を揃えて「おはようございます。」と挨拶した。
「君、イケメンだねっ!」
茶髪にウィンクされた。
「俺らの仲間にならないかっ?」
「ならないです。」
真顔で即答してしまった。
「なんか、その冷静な感じ、謙信と気ぃ合いそーな感じっ!」
逆になんであんたはそんなに朝からテンション高いんだよ。
「ここ、路駐禁止っぽいから早く乗っちゃって。」
運転手の男性が淡々と告げた。
「宜しくお願いします。」
と運転手さんに挨拶しつつ、俺達はバスに乗り込んだ。
乗り込んでみたら、バスの中には既に俺達以外の乗客が座っていて、ビビった。
「あ、空いてる席適当に座っちゃって。」
と茶髪に言われて、先に乗り込んでいた体育会系・加賀先輩の隣に座った。最終的なバスの席順は俺の右側で窓際の席に加賀先輩、通路挟んで向こう側の席は1列しかなかったので、俺の左側のその席に部長、部長の前の席に王子、俺の前の席に自称吸血鬼の末裔、その右隣に佐野詩織、となった。
「じゃ、皆さん揃いましたので!自己紹介しましょ〜!まずは俺から!動画配信者のさとるんこと竹下悟でっす☆」
やっぱりこいつが「さとるくん」だったか。くそぅ。
「じゃ、次、最前列の水川さん!」
「え、私?立ったほうが良いのかしら、これ。顔見えないわよね。」
という前の方に座った女性の声がして、一向に座らないさとるくんの隣に、40代後半ぐらいの女性が並んで立った。
「えっと、構成作家やってます、水川です。水川は旧姓で本当は森田です。……それは、別にいいか。悟くんと謙信くんとは、動画の企画構成とかの仕事で仲良くなって、今回は私が今持ってるラジオ番組の企画に活かせそうだな、と思って参加させて貰いました〜。よろしく〜。」
まだ、出発しなくて良いんだろうか?路駐禁止なんじゃないのか?警察が来たらすぐ車を動かせるように乗れってだけだったのか?
なんてことを考えていたら、次の人に自己紹介が回っていた。
「鬼島幸三と申します。鬼の島という名字なもので昔から怪談話が好きでして、それが高じて民俗学者をしております。いやぁ、『牛の首』というのは大変興味深い話でしてねぇ、直接私の今の研究に関わる訳ではないので、今回は趣味として参加を。皆様よろしくお願いします。」
鬼島さんは名前とは不似合いなほど、優しそうな雰囲気の、ニコニコした物腰柔らかなおじいさんだった。
次に立ったのは鬼島さんとは対照的に眉間にしわの入った不機嫌そうな怖いおじいさんで、心なしか軽く鬼島さんを睨んでから自己紹介を始めた。こっちを鬼島さんと呼んでしまいそうだ。
「杉森と言います。一つ宜しく。」
名字しか自己紹介しない、って、斬新だな。
その次からはオカルト同好会の面々と俺の自己紹介だったので、ここでは割愛させてもらう。
「滝香奈恵でぇす。オカルト雑誌の記者やってまぁす。危ない目に遭うのとかほんと勘弁なんで、よろしくお願いしまぁす。」
すげえ脱力系。最後尾に荷物広げて陣取ってるあたりからして気強そう。なるべく関わらんとこ。
「あ!肝心の謙信!」
「さとるくん」さんがそう言うと「謙信」さんが運転席からひょこっと顔を出した。改めて見ても謙信さんの方が圧倒的に堅実で真面目そうなんだが。メガネがそう思わせるだけだろうか。
「どうも、佐藤謙信です。この、暴走トロッコのブレーキ役やってます。」
「『ブレーキ役』ってなんだよぉ!」
「それよりも『暴走トロッコ』に突っ込めよ。」
いちゃつくな、そこ。
「この人、無駄にたっくさん資格持ってるんですよ〜。」
「無駄って何だよ。まあ、基本なんでも出来るんで、何か困ったことあったら、何でも頼ってください。よろしくお願いします。じゃ、出発しま〜す。」
バスが走り出してからしばらくして、俺がうとうとし始めた頃、お菓子の入った四次元リュックを抱えた部長に話しかけられた。
「江戸川くんは、たけのこ派?きのこ派?」
「きのこ派です。」
「オッケー、きのこネ。」
部長はしばらくリュックをガサゴソした後、一瞬止まって、申し訳なさそうな顔で俺にたけのこの方をくれた。
「江戸川くんには、たけのこの魅力に気づいてもらおう。」
「あ、ありがとうございます。」
その四次元リュック、無限に在庫あるわけじゃないのか、流石に。
「みっなさーん!まずはお寺に着きましたよ〜!」
「さとるくん」さんの大きな声で、寝ていた俺は起きた。眠い。寺?なんで寺?あ、そうだ牛の首だ。5万だ。シャキッと目が覚めた。
「荷物はここに置いといて大丈夫だけど、降りてから山の中を30分ぐらい歩くそうなので、水分だけ各自持っていってくださ〜い!」
え、そんな歩くのかよ。
俺達はバスから降りると、「さとるくん」さんを先頭に、油断すると滑り落ちそうな細い山道を歩き続けた。ある時から、道が石で舗装され始め、ついでに幅が広くなって、お寺が近くなってきたのが分かった。あともうちょっとか。
にしても、謙信さん、ずっとカメラ構えてて、重くないのか?テレビ用カメラに比べれば小型とはいえ、手ブレ補正用のゴツい機材越しにカメラを持ち続けるのは疲れないんだろうか。「さとるくん」さんが手からぶら下げてる自撮り棒とズボンの尻ポケットに入れたスマホだけじゃ足りないのか?動画配信者って大変だな。
「あ〜!さとるんチャンネルの皆様!」
前方から見るからにお坊さんな人が2人駆け足気味に現れた。
「いや〜、申し訳ない!メールを確認するのが遅かったもので、麓に着かれたのとご連絡を先刻拝見したばかりでして!お迎えに上がらねばと思っておりましたものを。」
比較的年上に見える方のお坊さんが頭に手を添えて、ペコペコしてきた。40代ぐらいか。
「あ〜!長谷川さん!」
どうやら「さとるくん」さんの知り合いらしい。
「いやはや、本草寺へようこそおいでくださいました。こんなクソ田舎にまぁ……」
「これ!やめんか!罰当たりな!」
20代前半ぐらいに見える方のお坊さんが口を滑らせ、頭を叩かれていた。俺達今何を見せられてるんだろう。
そのままその人たちに連れられるまま、お寺の境内に着くと、何人かのお坊さんが庭をほうきで掃除されていて、その人たちに心なしか厳しい眼差しを注がれた。あ、歓迎されてないな、これ。
縁側越しに長谷川さんが、読経中らしき住職さんに声をかけた。
「住職さま!例のテレビの方々いらっしゃいましたからね!蔵の方にご案内しますよ!」
テレビ……?
住職さんはこっちを向かない。返事もしない。
「さ、蔵の方に参りましょう。」
え、大丈夫なのか?住職さん怒ってないか?
「え、あ、あの、テレビって……?」
俺は堪りかねて、謙信さんに小声で尋ねた。
「あぁ、言ってなかったっけ?ここのご住職さん相当厳しい人らしくて、ネットで流れる動画の取材って言ったら絶対許可貰えないからって、長谷川さん、住職さんにはテレビの取材ってことにしてるらしい。」
やっべぇな、長谷川さんよぉ。
古い木造の蔵の前に着くと長谷川さんは袂から鍵を取り出しつつ、俺たちに注意勧告した。
「こちらの蔵は神聖な場所でして、関係者以外の立ち入りは固く禁じられております故、皆様こちらでお待ち下さいませ。すぐに『牛の首』を取って参ります。」
「あ、じゃあ、撮影もダメですかね。」
と謙信さんがカメラを仕舞おうとした時、長谷川さんが慌てたように手を振ってそれを制止した。
「後でモザイクを掛けて頂ければ結構です!むしろ撮っておいて頂かないと、我が本草寺がかの『牛の首』をずっと保管していたのだと皆様に示せないではありませんか!」
「そうですか。じゃあ後で、モザイク入れる範囲だけ確認お願いします。」
謙信さんが再びカメラを構えたのを確認すると、長谷川さんは蔵の戸を開け放ち、中に入って行った。
入り口の外から俺が中を覗こうとしたら、
「ここから一歩も立ち入らないようお願い申し上げます。」
と釘を刺された。
蔵の中には、三方に棚があって、それぞれ段数や高さの幅は違えど、本や陶器、漆器、木魚らしき何かに布がかかったものなど様々なものがぎっしり並べられていた。
長谷川さんは時々こちらをチラチラ見ながら、横に寝かせたパイナップルでも入りそうな大きさの黒い漆塗りの箱を手にした。長谷川さんはその箱を左腕で抱えつつ、蓋を右手で開けようとして、一瞬手を止め、もう一度こちらをチラ見してきた。そんなに警戒しなくても立ち入りませんて。長谷川さんは蓋を外すと、軽く頷いて蓋を閉め、箱を両手で持ち直して、こちらに向かってきた。
長谷川さんが、とうま、閉めて、と若い方のお坊さんに小声で指示すると、挿しっぱなしだった鍵を使ってとうまさんが蔵を閉めた。とうまさんと言うのか、こっちの人は。どういう字を書くんだろう。
「一応皆様がこちらの『牛の首』をお読みになる前に、読経のほう、させて頂きます。」
と長谷川さんが言って、さっき縁側から見た読経部屋に通された。
高齢のご住職は非常に不機嫌そうな顔でこちらを見つつ、数珠を構えてお辞儀してから去っていかれた。なんでこんなに歓迎されてないんだ。
長谷川さんは漆器の箱を仏壇の手前にある卓の上に置き、俺たちに座るよう促した。
横4枚縦3列にとうまさんが並べてくれた座布団に、各自座っていった。
俺は一応背の高さを考慮して一番後ろの列右端に座った。
「それでは皆様、読経のほう、始めさせて頂きますので、お手を合わせて黙祷のほう、よろしくお願いします。」
長谷川さんと、とうまさんは袂から取り出した数珠を構え読経を始めた。これがそこそこ長くて、俺はいよいよ『牛の首』と対峙するその時が近づいてくる不安を募らせていたのだが、最前列のおさげ頭が時々こっくりこっくりしているのが見えた。寝るな佐野詩織。危機感のないやつだな。
というか、俺も足の正座の痺れがヤバい。噂によると骨盤の形状上、男は普通いわゆる女の子座りができないらしいが、俺は少年野球でキャッチャーをやってたせいか、女兄弟に囲まれて育ったからか、なぜか女の子座りができる。なんとかして、周囲に気づかれないように正座から女の子座りに移行したい。よし、誰も見てない。ていうか、ほぼ皆目瞑ってないか?黙祷であって瞑想じゃないんじゃないのか?俺全然目瞑ってないんだけど。となりの部長も目つぶってる。まあ、いいや。これはチャンスだ。よいしょっと。
「ありがとうございます。皆様おなおりください。それでは、読経も済みましたので、『牛の首』を読ませて頂きます。」
俺が女の子座りに移行し終わった瞬間に読経も終わった。無駄な頑張りだった。
そして、長谷川さんが、箱を我々の前に置き、両手で慎重に蓋を持って外した。
皆が息を呑んで見守る中、途端に長谷川さんが顔面蒼白で腰を抜かし、口をパクパクさせ、最前列に座っていた人たちから、「「「きゃああ!!」」」という悲鳴が上がった。とうまさんは、慌てた様子で「きゅ、じゃない、け、警察!」と叫びながら廊下に走っていった。
俺は、何が起きたのかと思って、立ち上がり、箱の中身を覗き込みに行ってしまった。
そこには、今となっては見なきゃよかった、と思うほどグロテスクな、知らないおじいさんの生首が横たわっていた―。
そして、最前列にいながら唯一悲鳴を上げなかった佐野詩織は周囲をキョロキョロしながら
「私これ、牛の首じゃなくて人の首に見えるんだけど。」
と、恐る恐るといった感じで俺に聞いてきた。
「うん、全員人の首に見えてるから悲鳴あげてるんだよ。」




