第三話 「牛の首に念仏」起1
中間試験1週間前のある朝、事件は起きた。
「え、さ、佐野さん……?」
「江戸川いる?」
ざわめく俺のクラスメイト。前回やむなく二人で登校してしまったことにより生まれた疑惑が、勝手に確信に変えられようとしていた。
ので、俺はその会話を耳が捉えた瞬間に窓際の自席から猛ダッシュして教室の扉前に駆けつけた。
「な、なんの御用でございましょうか……?」
俺は、親しくないですよアピールのために敬語を使ってまで距離感の遠さを演出したというのに、全く空気を読まない佐野詩織が爆弾発言をした。
「来週、中間試験終わったらさ、バスツアー行かないかい?」
確信に変わってしまったようで、ざわめきが一層強くなり、クラス中の視線が俺に集まった。
「佐野さん、もう一度よく考え直してください、本当に、コイツで、良いんですか?」
今年初めてクラスが同じになったばかりでろくに話したこともないはずの桐島芽郁にコイツ呼ばわりされたことは、一旦脇に置いておこう。それより何より、なんだっていきなりバスツアーなのか、だ。
「いや、本当は、後輩くん連れて行くはずだったんだけど、親御さんのNG出ちゃって。」
勘の良い俺はこの発言から、複数人で行くバスツアーの人数合わせとして誘われていることを察したのだが、思い込みの激しい桐島は、この発言を全く違う角度から捉えていた。
「本命の子が、親からの反対でダメになっちゃったからって、よりにもよってコイツじゃなくても良いんじゃないでしょうか!」
「いや、あの、」
俺が誤解をとこうとした瞬間、佐野詩織がさらに誤解を深めに行った。
「江戸川なら、こういうのある程度慣れてるし、適任かな、と。」
佐野詩織が一体、俺が何に慣れていると考えているのかは分からなかったが、案の定桐島は、男女交際に慣れてるという意味にとったようで、私はあなたにドン引きしています、という態度を全く隠しもしないで、俺を汚物でも見るような目で頭から爪先までジロジロ見てくる。どう誤解を解こうか。何に慣れてるのかと聞いてみて、生鮮食品の扱いとか接客業とかと、答えられたら結構終了だよな〜。と思っていたら、佐野詩織自ら誤解を解くための助け舟をくれた。
「江戸川、『牛の首』って知ってる?」
ちなみにスーパーで働いている俺は、牛の首の肉が、ネックと呼ばれる硬く比較的低価格の肉で主にコンビーフに使われるということを知っているのだが、そんな話をしたらバイトがバレる恐れ大なので、すっとぼけた。
「「牛の首?」」
桐島と俺の声が揃った。思わず顔を見合わせると、桐島はハモったことが嫌で仕方ないとばかりに顔を歪ませて見せた。
「牛の首って普通に、牛の、首のことじゃなくて?」
俺は自分の首に右手を添えながら聞いた。
「いや、そっちじゃなく、怪談。内容が誰にも分からない、怪談。」
「内容が分からないのに怪談なのが分かるのおかしくない?」
「鋭い。『牛の首』という話はあまりに怖いので、聞いた人は身震いが止まらず3日以内に亡くなるという怪談で、それ故に誰にもその内容が知られていない、という一種のオカルト話なのです。」
「はぁ。なんかそういう話を聞いたことはあるような、ないような。」
「で、その『牛の首』の話が書き留められたお坊さんの手記みたいなのがある寺が見つかったらしくて、そこに行って、それ読んで、皆3日以内に死ぬのか試すバスツアー。」
「……は?」
桐島とまた、ハモった。
「いや、勘弁してください。なんでそんなもん好き好んで行く人がいるんですか!」
「3日目まで生きてたら、5万貰える。」
処理しきれなくなったらしい桐島が、真剣な顔で、「つまり新手の闇バイトってこと?」と言い出した。
しかし、5万はでかい。携帯をぶっ壊した今の俺に、5万はでかい。だいたい、話を聞いただけで人が死ぬなんて非科学的なこと、起こりようがないし、言ってしまえば3日過ごせば5万手に入るってことだ。
「なんで5万も貰えるの?」
5万で頭がいっぱいになった俺は思わず、いつも通りのタメ口にしてしまった。
「ん〜、なんか私もよく分からないんだが、有名なオカルト系動画配信者が今回のイベントの主催者で、その出演料、みたいな?ただ、顔出しが義務ってわけでもないらしく、よく分かりません。興味出てきたんなら、江戸川のこと、部長に紹介して良い?」
「ドーガハイシンシャ……。」
桐島はそれだけ呟いてフリーズした。
やっぱりオカルト同好会で行くのか。何度も言うが、やはり5万はでかい。
「まだ、行くって確定じゃないけど気になるから話だけ聞きに、放課後部長に会いに行きたい。」
「お〜。良かった〜。じゃ、放課後、部室棟4階にある、扉の『暗室(写真部)』の文字にでっかく『✕』って書いてある部屋に来て。」
「分かった。」
「じゃ。」
佐野詩織がそう言って自分の教室に帰っていくと、それと入れ替わるようにホームルームをしに担任がやってきて、去りゆく佐野詩織を二度見しつつ、俺に、やっと、待ちに待ったあの質問をぶつけてくれた。
「え、江戸川と佐野、付き合ってんの?」
普通に考えたらノンデリでしかないが、今はこの質問がありがたくて仕方ない。俺は嬉々として、元気よく否定した。
「いいえ、全くの赤の他人です。」
それまでクラスメイトから一極集中していた耳と目が一斉に散った瞬間だった。
俺は自席に戻ると、隙を見て中間試験後のバイトのシフト表を確認し、いざとなったら中谷さんに代わってもらえると分かったので、次に『牛の首』について調べてみた。
そして、話の発信源となる怪談の作者が、話した相手が皆死んでいくのに耐えきれず、仏門に入ったということを知って、じゃあ話の内容知ってても生きてたやついるじゃないか、となって、完全にこの話がフィクションであることを確信してしまった。あとは、オカルト同好会の人たちが嫌な人たちでないかということだけ確認できたら、バスツアーに行こう、と決めてしまった。このバスツアーで、どれだけ恐ろしいことが起こるかも知らずに……。




