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第一話 「悪魔隠して札隠さず」起 1

失敗した。


俺はバイト禁止の高校に通いながら、家の近くのスーパーでバイトしている。極力バレるリスクを減らすため、裏方である青果部門で働いている。しかし、このスーパーにはお客様用のトイレというのがなく、従業員用のトイレしかないので、稀に、トイレを借りに来たお客様が裏に入り込んでくる。そのことをすっかり忘れ、新しく来た店長からの人望ポイントを稼ごうと、トイレットペーパーの補充を買って出てしまった。今、俺の両手には溢れんばかりのトイレットペーパー。目の前には、トイレットペーパーを補充したいトイレ。と、その手前に立つ、中等部の頃から不動の学年1位と言われる天才同級生・佐野詩織。そして、スーパーのエプロンと三角巾を身に着けておいて、言い逃れのしようがない俺。

トイレから出てきた佐野詩織と目が合った瞬間俺は間髪入れずに「お願いしますこのことは誰にも言わないで下さい!」と一息に、精一杯の情熱を小声に込めて、頼んだ。そして両手で抱えたトイレットペーパーがこぼれ落ちない程度に頭を下げた。すると思いがけない返答が飛んできた。

「あの〜傷つかないで聞いてほしいんだけど、我々は知り合いなのかな?君は私を知っているような口ぶりだけど。」

初めて面と向かって話したが、博士のような話し方をする人なんだな。

「不動の学年1位、なのに、オカルト同好会に入ってる佐野詩織でしょ?」

「『なのに』っていう逆接にはなんか引っかかるけど、とりあえず人違いではないらしい。あれかな?バイト禁止『なのに』ここでバイトしていることを学校で言わないで欲しいというお願いかな?」

「はい!」小声で縋るように返事をした。

「だとしたら、冷静に考えてみてほしい。従業員用のお手洗いを借りるほど切羽詰まって駆け込んだお手洗いから出てきたら、高校の同級生に出くわしている私もまあまあ恥ずかしい状況なので、学校でベラベラ話したりはしない。加えて、先生に『誰々君がバイトしてました〜』とか言おうにも、私は君の名前を知らないので言えない。というか、言うつもりもない。」

あれ?なんだろう。この虚しい安堵は。

「じゃ。バイト頑張って。」

向こうもいたたまれないといった雰囲気で、早々と去っていかれた。あれ?さっきまで生きた心地がしないほど追い込まれた気がしてたけど、なるほど、これが拍子抜けか。ていうか、俺、佐野詩織に知り合いと思われていなかった。軽くショック。

とりあえず俺はトイレットペーパーを補充した。そして店長のいる事務所に戻った。今の店長は、好青年がそのままおじさんに向かっている感じの30代半ばぐらいの男性で、接しやすい。この人の好感度を上げて、給料を上げてもらえたらな〜、なんて野望を抱いている。

「あの〜補充終わりました。」

「あ〜!ありがとう!あと、ついでにさ、辞めちゃった林さん?のロッカーに何も残ってないか、確認してきてくれない?」

「分かりました!」

よし!バイトは学校にバレなそうだし、店長からの信頼も着実に獲得出来ているようだし、良かった良かった。佐野詩織に名前はおろか存在ごと認識されていなかったことだけは、まあ、うん。しょうがない。これから知り合いになっていけば良いんだ。

俺は林さんのロッカーを見に、男子更衣室に移動した。林さんのロッカーは、三段重ねの更衣室のロッカーの二段目にあって、俺にとっては中腰になると中を覗ける高さだ。ロッカーには名札がついている。「林」の文字を確認して、林さんのロッカーの扉を開けてみると、ぱっと見何もなさそうだった。それでも一応念入りに確認しておこうと思って、俺は頭をロッカーに突っ込んで、ロッカーの上面まで見た。俺は勢いよくロッカーの戸を閉めた。何だ?今のは。見たら呪われそうな、血のような、赤い絵の具のような、ドロっとした感じの何かで描かれた一筆書きの逆さまの星の絵。それが林さんのロッカーの上面に、確かに、あった。もう一度、開けて覗いてみた。やっぱり、ある。とりあえずスマホで写真を撮った。「星 逆さま」で検索したら、これは逆五芒星と呼ばれるもので、悪魔の象徴だ、とか、悪魔の使徒であることを示す、とか、悪魔を召喚出来る、とかとにかくやばそうなマークだった。なんでこんなところにこんな落書きがあるんだ?店長に言うべきだろうか。言ったほうが良いよな。だって今言わないで、あとで見つかったら俺がむしろこの落書きの容疑者になるもんな。俺は更衣室を出て、店長のところに戻った。

「あの〜、林さんのロッカーに、不気味な落書きがあったんですけど……。」

店長はパソコンを触る手を止めて、こちらを向いて言った。

「不気味な落書き?どんな落書き?ちょっと見せて。」

そう言うと、店長は立ち上がって男子更衣室の方に向かい始めたので、俺もついて行った。

「えっと『林』…、『林』…、」と店長が名札を見て林さんのロッカーを探していたので、「そこです。」と指差して教えた。

「あ、ここか。ありがとう。」

そして店長が扉を開けた瞬間、赤い液体が、ボトボトボトと、ロッカーの上面からロッカーの下面に落ち、それはまるでロッカー内部に降る血の雨雫だった。

「ゥワァ〜!」と僕は悲鳴を上げ、腰を抜かした。

店長は、というと、俺の方を向いて、冷静に「これ、何の悪戯?悪ふざけが過ぎるよ。」と言ってきた。

「いやいやいや、僕は何もしてないですって!」

「でも君しかいないでしょ。」

俺はスマホでさっき撮った写真を店長に見せ、「ほら!さっき言ってた落書きです!いたずらで血の雫を落とすだけなら、わざわざこんな落書きする必要ないじゃないですか!」と主張し、立ち上がって再度林さんのロッカーの上面を覗いた。

やはり、さっきの血の雫は、あの落書きに使われていた血らしきものだったのだ。落書きが、まばらに残った赤いシミを残して、消えている。乾ききっているようには見えなかったとは言え、一度固まった絵の具が、再び液状に戻るなんて、あり得ない。一体どういうことなんだ?

「確かに、僕が君にロッカー確認してくれ、って言ってから、この落書きの絵の具乾かして、また消して、絵の具が落ちてくるように仕込む、って、まあ時間的に無理か。」と店長は俺にスマホを返してくれた。

「信じてもらえて良かったです……。」

俺は受け取ったスマホで、再度ロッカー内の写真を撮った。

店長は、どこからかキッチンペーパーらしきものを出してきて、「これでとりあえず拭いちゃうから、どいて。」と言われた。

俺は大人しくロッカーの前からどいた。店長がロッカーを拭くのを黙って見つめていたら

「あのさ、この件はひとまず誰にも言わないでね。気持ち悪がられて、ただでさえ人手不足なのに辞められたりしたら困るから。」

そりゃそうだ。俺も金持ってたら辞めてる。「もちろんです。ていうか、店長冷静過ぎませんか?」

「だってどうせ誰かの悪戯だから。林さんとか。」

つ、強い……。そうこうするうちに、拭き終わったようで、

「さてと、僕はゴミ捨ててくるから、君も落ち着いたら青果の仕事に戻ってね。また、何かあったら遠慮なく相談してくれて良いから。」と言われたので、僕がお礼を言うと、店長はそのまま更衣室を出ていった。

店長が完全に出ていったあと、一応、本当に全部落ちたのか気になって、林さんのロッカーの内部を指でなぞりながら、もう何も付いていないのか確認した。上面に付いていた赤いのも綺麗に取れている。本当に何が起きたんだ?店長はいたずらだと言っていたが、これは本当に人間に可能な所業なのか?

……色々気になることはあったが、とりあえずお給料が出ている以上仕方がないので、俺は青果の仕事に戻った。


シフトが終わって、俺は帰路に着いた。もうすっかり日は落ちている。あんなことがあった後で、暗い夜道を一人で歩くのは流石になんか怖かったので、なるべく大通りを通って帰ることにした。コンビニやらカラオケやらがある道で全体的に明るい道なのだ。そして、改めてあの件について考えた。林さんはレジの人で、ほとんど話したことはなく、大学院生でうちのスーパー近くのアパートに下宿していることと、眼鏡の縁が太すぎるせいか、目元が暗い印象だったことしか知らない。ただ、前の店長の送別会のときに、中谷さんという古参のパートさんの冗談に1人だけ一切笑わず、場の空気を凍らせた人なので、いたずらなんて仕掛けて去る人ではないと思う。一応中谷さんの名誉のために言っておくが、中谷さんはレジも青果も事務処理もこなす優秀な人だ。そして中谷さんの冗談はちゃんと面白い。少なくとも俺にとっては。こんな感じで考え事をしていたので、俺は少し下の方を見ていた。そして、まさに俺の足元を、黒猫が通過した。俺はびっくりして止まった。黒猫って不吉の象徴じゃなかったっけ……?黒猫の行方を目で追うと、そこには神社の鳥居に繋がる石階段があった。石階段の上にさっきの黒猫を抱えた神主さんらしきおじさんがいて、目が合ったので会釈した。すると、神主さんは、渋い顔で石階段を下ってきて、

「あらら。また厄介なものにつき纏われていますねぇ。」と言ってきた。いかにも何でもお見通し、という佇まいだった。

「え。何か見えてるんですか?」

「逆に何も感じないんですか?」

俺の脳裏にある考えがよぎった。

「もしかして、その憑きまとっているやつというのは……悪魔、ですか?」

「悪魔?まあ、脅威の度合いで言えば、そのように呼び得る存在かもしれませんが。なぜ、そう思われたのです?」

「実は、今日、バイト先で、逆五芒星って言うんですかね、逆さまの星のマークの落書きを見てしまって、他の人に見せようと思ったら、それが消えちゃったんです。」

「なるほど。逆五芒星は西洋では悪魔の象徴とされていますからね。そのマークは貴方という取り憑き先を見つけたから消えた、と。……だとすると、良いものがあります。少しの間、待っていて下さい。」

良いもの?そう言うと、神主さんは猫を抱えて、また石階段を上っていった。しばらくして、神主さんが帰ってきて、俺にお守りを見せて言った。

「お待たせしました。これは貴方がどこにいても神のご加護を受けられるようになるありがた〜いご利益の詰まったお守りです。」

「え、そんなもの下さるんですか!」

俺は喜んでお守りを受け取ろうとした。

「はい。お一つ、一万円です。」

そういう系かよ!

「あ、そういうのは大丈夫です。マジで。」

俺はそそくさとその場を走り去った。

一万円って、俺があのスーパーで6時間働いても足りない額なんだが!?あのジジイ、俺をカモ扱いしやがって〜!あんな悪質な商売するやつ絶対に神主じゃないだろ!何だあの不審者は!

そんなこんなで俺は足早に帰宅した。

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